2025年12月31日水曜日

子どもが巣立ったあと、なぜ心が落ち着かないのか ――40代・50代が感じる正体不明の焦りについて

人がいないダイニングテーブル
~ 不在は喪失ではなく静けさ ~

「このままで人生、終わっていいのか」

年末が近づくと、こうした言葉が胸に浮かぶ中年世代が増えているといいます。

子育てが一段落し、家庭内での役割が急に軽くなる。仕事は続いているものの、新鮮さも成長実感も乏しい。予定表は空白が目立ち、SNSを開けば、誰かの成功談や自己啓発の言葉が流れてくる。そんな中で、自分だけが取り残されているような感覚に襲われる――。これが、いわゆる「空の巣症候群」(empty nest syndrome)と呼ばれる状態です。

この症状は年末に強まります。周囲が帰省や忘年会、仕事納めで忙しそうにしている一方、自分には特に予定がない。その「静けさ」が、不安を増幅させるのだそうです。そして、MBTI診断のような性格分類に飛びつき、「自分は主人公タイプだ」と一瞬の高揚を得ながらも、現実との落差に虚しさを覚える。結果として、「何者かになりたい症候群」が静かに広がっていくそうです。

しかし私は、この「空の巣症候群」を、単なる喪失や不幸としてだけ捉えてしまうのは、少しもったいない気がしています。なぜなら、その不安の正体は「子どもが巣立ったこと」そのものではなく、それ以前から積み重なってきた問題だからです。

問題の本質は「空」ではなく「未完」

40代、50代になっても自己が確立されていない。自律できず、克己もできないまま、還暦を迎えてしまう人が少なくない――多くの人が感じているこの実感は、決して個人的な感想ではなく、社会全体の構造的な問題です。

多くの人は、人生の節目節目で訪れる試練から、無意識のうちに逃げてきました。逃げるというか、世間の波に流されてきた。受験では「正解」を選ぶことが重視され、仕事では「空気を読む」ことが評価される。失敗しないこと、波風を立てないことが最優先される中で、自分の意志で決断し、引き受け、耐え抜く経験が極端に少ないまま大人になっていきます。

その結果、「親」という役割に自分を預けることで、ようやく人生が安定する。子育ては確かに大変ですが、同時に「自分が何者かを考えなくて済む」時間でもあります。ところが、子どもが独立した瞬間、その仮面が外れる。そこで初めて突きつけられるのが、「自分は空っぽなのではないか」という感覚なのです。

つまり、空の巣症候群とは、巣が空になったことへの悲しみではなく、巣立ち以前から自己が育ってこなかったことへの遅すぎる気づきだと言えるでしょう。

なぜ自己啓発に走るのか

この不安に直面したとき、多くの人が自己啓発本やスピリチュアル、副業情報に惹かれていきます。それは怠惰だからでも、浅はかだからでもありません。「このまま終わりたくない」という切実な叫びがあるからです。

しかし、そこで提示される多くのメッセージは、「簡単に変われる」「今日から主人公になれる」といった、耳触りの良いものばかりです。本来、自己の確立や自律、克己とは、長い時間と痛みを伴う試練の積み重ねによってしか得られないものです。それを飛ばして結果だけを欲しがれば、失望するのは当然でしょう。

しかも、その姿を子どもは見ています。試練から逃げ、安易な答えを求める親の背中を見て育った子どもは、同じように育っていく。空の巣症候群は、個人の問題であると同時に、世代を超えて再生産される問題なのです。

空の巣症候群へのポジティブな反論

では、どうすればいいのでしょうか。

私は、「空の巣」を敗北や喪失として捉える必要はないと考えています。むしろそれは、人生で初めて与えられた「自分自身の課題に正面から向き合う時間」なのです。

大切なのは、「何者かになろう」としないことです。主人公になろうとするから苦しくなる。肩書きや成功を求めるから疲弊する。そうではなく、小さな責任を、自分の意志で引き受けることから始めればいいのです。

毎週決まった曜日に通う場所をつくる。頼まれごとをひとつ、途中で投げ出さずにやり遂げる。結果が評価されなくても、自分で決めたことを続ける。そうした些細な行為の中にこそ、自己は静かに立ち上がってきます。

試練とは、何か特別な挑戦ではありません。「逃げられる状況で、あえて逃げないこと」。「誰も見ていなくても、手を抜かないこと」。その積み重ねが、自律と克己を生みます。

空になった巣から、ようやく始まるもの

子どもが巣立ったあとに残る静けさは、確かに不安を呼びます。しかしその静けさは、人生の終わりを告げる鐘ではありません。むしろ、「これまで先送りしてきた自分自身と向き合え」という、最後の呼びかけなのかもしれません。

空の巣症候群とは、人生の失敗ではありません。試練を避け続けてきた人に、ようやく訪れた“本番”なのです。

このままで人生を終えていいのか。その問いを感じられること自体が、まだ終わっていない証拠です。答えは、自己啓発本の中にはありません。日常の中で、自分に課す小さな試練の中にこそあります

空になった巣から、ようやく人生が始まる。


良いお年をお迎えください!


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