2012年7月31日火曜日

酢飯のない握りすし

  
酢飯がきいている金沢の寿司ランチ

世界のSushi レストランには日本人以外の経営・調理によるものが増加し、日本人による寿司店の割合は10%以下とまで言われるほど減少しているそうです。 伝統的な寿司の調理法から大きく逸脱したものまで寿司と言われてもねぇ、どうでしょう? ニューヨークの寿司はニューヨークにいると美味いのですが、やはり酢飯になっていないなど不満がありました。 民族の味ですから欧米の人たちが何と言おうと日本の食文化として保守すればいいのです。 
 
オリンピックの柔道って、酢飯がきいていない握りすしのようじゃありませんか?(もっとも私は柔道の知識は全くありませんが、、、、)。
 
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2012年7月30日月曜日

スイカは果物に準ずべきもの

 
久しぶりにスイカを食べました。 田舎のスイカなので、そこはかとなく懐かしい香りがします。 正岡子規によると、スイカは「果物に準ずべきもの」だそうです。 『くだもの』というエッセイの中で以下のように書いています。
 
〇 くだものに准ずべきもの 畑に作るものの内で、西瓜と真桑瓜(まくわうり)とは他の畑物とは違うて、かえってくだものの方に入れてもよいものであろう。それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。
 
スイカとは全く関係ないですが、オリンピックですね。 
 
オリンピックを見ていると、「国家」と「民族」の両方を意識します。 オリンピックのルールがワクとして存在します。 そして、そのルールは毎回誰かの都合の良いように変化していきます。 これって国際関係そのものですよね? 自己防衛のためには自分を取りまく外界に対して常に配慮を怠らないようにしなければならないということです。 国家という人造的な枠組みの維持と、自分は日本人だから日本を応援するという精神的なこと。 この両方の感覚が必要です。
 
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2012年7月29日日曜日

吾輩も暑いのは苦手

ちょっといい置物でしょう!

こう暑くては猫といえどもやり切れない。 皮を脱いで、肉を脱いで骨だけで涼みたいものだと英吉利(イギリス)のシドニー・スミスとか云う人が苦しがったと云う話があるが、たとい骨だけにならなくとも好いから、せめてこの淡灰色の斑入(ふいり)の毛衣だけはちょっと洗い張りでもするか、もしくは当分のうち質にでも入れたいような気がする(夏目漱石『吾輩は猫である』第六話の冒頭)。

『吾輩は猫である』の登場人物の中に、吾輩の主人である珍野苦沙弥(ちんの くしゃみ)の友人で美学者の迷亭くんがいます。 ホラ話で人をかついで楽しむのが趣味の人です。 私はこの迷亭くんの存在が『吾輩は猫である』を粋な物語にしていると思います。 こういった人物を創造できるところが夏目漱石のユーモアの精神で、私が好きなところです。 
  
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2012年7月28日土曜日

夏休みの宿題

中央道 諏訪SA (ゴミ箱までピッカピカ)

オリンピックが始まりました。 開会式、参加国の入場行進を見ていて、問題を抱えていない立派な国って見つかりましたか? 日本国憲法前文によると日本は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しなければならない」わけですが、多くの日本以外の国は日本の憲法が何を言っているのか全く理解不能でしょうね。

日本って、大昔は中国文化を学び、明治に入ってからはヨーロッパを模範として近代国家をつくり、戦後は180度転換してアメリカの全てを受け容れました。 一度国会で、何が日本という国をまとめているのかを徹底的に議論すればいいと思います。 もちろん全国生中継で。 そうすれば、何が国家の厳しさかが見えてくるかも知れません。 
 
「義をみてせざるは勇なきなり」。 「勇」があるとかないとかではなく、何が「義」なのか、見ても分からなくなっているのが今の日本でしょう。 政治家先生も学校の先生も国民全体の夏休みの宿題にしてはどうでしょうか?

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2012年7月27日金曜日

正岡子規の「悟り」とは?

庭で見つけたヤモリ

「やもり」がいっぴき這ふて居る(正岡子規『
病牀六尺』より)。

子規は、亡くなる前々日の9月17日まで新聞『日本』に127回にわたって『病牀六尺』(びょうしょうろくしゃく)を連載しました。

病牀六尺』六月二日

余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。
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2012年7月26日木曜日

蟹とたはむる

石川県徳光海岸

「砂浜」と「蟹」ときたら、石川啄木『一握の砂』の冒頭の一首です。

東海の小島の磯の白砂に 
われ泣きぬれて 
蟹とたはむる

石川啄木というと、20年前に26才で突然死した歌手 尾崎豊とイメージがダブります。 啄木も26才の時に肺結核で亡くなりました。 尾崎豊のことは名前さえ知らなかったのですが、数年前にYouTubeでたまたま見つけて何となく引かれるものを感じました。 二人の共通点は、非常に凝縮された濃厚な人生を生きたと言うことでしょう。 私なんか彼等の2倍以上生きていますが、中味はどんどんと薄まっていきます。

ところで、「東海」とは日本海じゃなくて、日本のことを言うそうですよ。

 自己防衛本能が芽生える北陸の海
  
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2012年7月25日水曜日

梅の土用干し


梅雨明けの年中行事である梅の土用干しです。 当たり前ですが、梅干しって、梅を干すから梅干しですね。 太陽の熱の力には消毒効果があり、だから梅干しは長期保存ができるのです。 土用干しを省略した梅干しを食べていませんか?

梅干や夕がほひらく屋根の上  正岡子規 (明治25年)
 
金沢 ひがし茶屋街

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2012年7月24日火曜日

夏の金沢


加賀野菜の治部煮風。 金沢特産の「すだれ麩」も入っています(日航ホテル金沢)。

生きのびて 又夏草の 目に沁みる   徳田秋聲










夏の金沢は初めて訪れますが、夏草が目にしみます。

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2012年7月22日日曜日

日本という社会

鉄人28号は国家防衛のために開発された最終兵器だった
 
安全保障を考えるって、「国家とは?」を考えることです。
 
問題は、戦後民主主義教育と言われるもののおかげで、日本人の国家意識は極めて希薄になってしまったということです。 日本人にとって「国家」なんて何となく嫌なもの、だから、「国家」は「社会」になっちゃった。 「アメリカという国家」の枠の中にある「日本という社会」になっちゃったのですね。
 
今の日本には、個人のエゴを規制する枠がなくなってしまいました。 これは、自由だと喜ぶべきものではないでしょう。 これまでの日本は、「世間」という強制力が、個人のエゴの発散を規制していました。 でも、東京を見たらよくわかるように、世間の強制力なんて跡形もなく崩れ去ったのですね。 マスメディアが崩壊を加速させます。
  
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2012年7月21日土曜日

それ相応の、、、

 
夕べの四ツ谷見附の交差点

自分が生きのびるためにはどんな卑怯なことをやってもいいというのは、日本人のアイデンティティである武士道の精神とは真逆のことです。 

他国によって日本を守って欲しいけど、武力を持ち込んでくれるな。 問題が起これば、国際何とかといった国際機関が調停してくれると政治家までが考えているようです。 

やはり、非独立国家(non-sovereign state)には、それなりのリーダーと国民しか生まれないということでしょうか? 株式会社の経営とNPOの運営に違いがあるように、、、。 そういえば、独立のsovereignって日本人には発音しにくい。

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2012年7月19日木曜日

エネルギーって難しい

日本人のアイデンティティ ~ 武士道

「このままだと日本もギリシャになる」と脅されているわけですが、ギリシャ問題って何でしょうね? 私は、ソクラテスやプラトンを生んだギリシャという国を、今のギリシャを生きる人たちが分からなくなったことだと思います。 これをちゃんと理解しておかないと、日本の未来だって絶望的かも知れません。

さて、話は昨日の続きです。

エネルギーって抽象的でわからないものなのですが、あらゆる分野をつなぐ、基本的な概念であることは間違いないのです。 宇宙を構成するすべての物質を動かすもの、人間の細胞を構成するもの。 電気はいろいろな形のエネルギーがその形を変えたものです。 力学的エネルギー(ダム)、光エネルギー(ソーラパネル)、運動エネルギー(風力発電)、化学・熱エネルギー(火力発電)、そして、原子核エネルギー(原子力発電)、これら全てが電気になり生活を支えているわけです。

「たかが電気のために日本を危険にさらすべきではない」というスローガンはちょっとへんですね。 電気とエネルギーと原子力を混同しないように。

私は電気会社の回し者ではありません。 ただの老百姓です、念のため。

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2012年7月18日水曜日

夏の風物詩 ~ 蚊とり豚


エネルギーって抽象的で分かりにくい概念です。

日本の夏の風物詩は、蚊とり豚のようなものがいいですね。 風物詩が節電や反原発デモにならないように。

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2012年7月16日月曜日

トレード・オフと同じくらい大事なこと

"Where  we're going, we don't need roads" 
by Doc from  映画 『Back to the Future』

この夏、上海ibgオフィスで開催する第二回キャリア・カウンセリング・プログラム(iCCP:ibg Career Counseling Program)の説明会を開催しました。 息子より若い学生さんたちと話をすることは、こちらが影響を与えるというよりも、こちらが彼等に試されているようで、非常に緊張します。

会社訪問をしたり、内定を取りつけるためのインターンシップへの参加など最近の学生さんたちの夏は忙しい。 すべてを試してみることはできません。 したがって、数ある選択肢の中から一つを選ぶという「トレード・オフ」を迫られるのです。

「トレード・オフ」と同時にもう一つ大事な考え方があります。 それは、機会費用(Opportunity Cost)と言われるものです。

機会費用とは「ある行動を選択したために、結果として諦めることになった別の行動から得られたはずの利益のうち最大のものをコストと見なすこと」です。 つまり、日本での夏の会社訪問のために上海のiCCPには参加しないことにするとします。 この場合、上海で得られる可能性のある利益の最大のものをコストと考えます。 例えば上海での人との出会いが将来生むかも知れない利益や、上海で知りうる知識を使って将来獲得できるかもしれない利益、習得できるかもしれない中国語のスキルが生み出す価値などが考えられます。 勿論、会社訪問をして大企業に就職できて生涯賃金が、上海で得られるかもしれない利益(→ コスト)を大幅に上回ることだってあります(生涯賃金が最優先事項かどうかは分かりませんが、、、)。

機会費用は、正確に数字にしようとしても難しいものです。 将来といっても、10年で考えるのか一生で考えるのか、どのくらいのスパンで考えるのが適当なのかもよく分かりません。 しかし、全く考えないで付和雷同はよくない。 みんなが就活や企業訪問をするから自分も同じことをするというのではなく、選択肢の中から自分でトレード・オフを克服し、機会費用を吟味して行動することが重要なのです。

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2012年7月15日日曜日

ジミヘンの「Little Wing」 ~ YAMAHA ミニアンプのご紹介 Vol.2

  video

YAMAHA THR 5 とPCはUSBケーブルで接続されています。 今回は、ジミー・ヘンドリックスの「Little Wing」 を iTuneで流し、私のギターをかぶせています。

ギターとアンプの間にエフェクターはかませていません。 アンプはクリアーサウンドで、リバーブ系をかけています。 THR 5のコーラスやリバーブはかなりハイ・クオリティです。 THR 5 は、PCのスピーカーとして使うだけでも価値はあると思います。

私のギターの技量の問題があるので、アンプの良さを十分引き出せているかは甚だ疑問ですが、 このミニアンプは私のライフスタイルを変える一品です!

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2012年7月12日木曜日

マグロとアボカドのカルパッチョ


カルパッチョはマグロの赤身がいい。

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2012年7月11日水曜日

トレード・オフの克服

トレード・オフってMBAで習うことではなくて、アメリカの中高生が公立の学校で最初に習うことです。 トレード・オフとは、人は欲しいものすべてを手にすることはできないために、欲しい物、つまり、選択肢の中から一つを選び出すことです。 アメリカの中高生は、10代の早い時期から意思決定プロセスを学んでいくのです。

セミナーの講演料として二万円の臨時収入がありました。 下の表は、使いみちの選択肢と意思決定プロセスを表しています。


論理的に思考すると、コーヒー・メーカーを買う事になるわけですが、非論理的で天邪鬼の私は、YAMAHAのギター ミニ・アンプを買ったのでした。

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2012年7月10日火曜日

映画 『アメイジング・スパイダーマン』

吉祥寺

映画 『アメイジング・スパイダーマン The Amazing Spider-Man』 を観てきました。 全てがお子様向けになっています。 簡単にマスクをとらないでほしい!  

「鉄腕アトム」より「鉄人28号」、「ビートルズ」より「ローリングストーンズ」、「スパイダーマン」よりも「バットマン」、、、天邪鬼ですか?

この映画の評価が高いのには驚きです。

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2012年7月8日日曜日

語学エリート?

National flag (伊勢神宮)

世界を舞台に仕事をする人材の育成が目的であれば、それは、日本や日本人をもっと意識することでしょう。 ただ単に高水準の語学力を備えた人材の育成にフォーカスすることではないと思いますよ。

自分がグローバル人材だと思っても、「グローバル国」なんて国家はありません。 国籍が「グローバル」なんてないのです。 国境を越えるにはパスポートが必要ですし、入出国審査のプロセスは我々が生きている間はなくならないでしょう。 そもそも、自分が背負っている歴史や文化は否定できない。 嘘もつけない(嘘をつこうとする国はあるだろうが、、、)。 だから、できるだけ理解しておかないと、日本以外の歴史や文化とやって行くことは難しいのです。
  
外国語は出来たほうが便利なのは間違いありません。 だが、それよりも重要なことは、自分を知り説明できることだと思います。 
  
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2012年7月6日金曜日

何度もやりなおす

1976年大阪のライブハウスのスケジュールです。当時の大阪ってなぜかブルース一色でした。
 
昨日は、Freeの「All Right Now」(1970年)の前奏を弾いてみました。 YouTubeはスゴイですね。 当時の映像がありました。 ギタリストのポール・コゾフの手元が映っています。 人差し指から小指までを大きく開いた押さえ方をしています。 単純に5フレットでAとDコードの繰り返しだと思っていたら大間違いでした。 40年間勘違いをしていました。

何度もやりなおすのはいいですね。 以外な発見があり非常に効果的です。

ブリティッシュロックは10代後半から聞かなくなりました。 R&Bやブルースのような黒人音楽のほうがカッコいいと思ったからです。 でも、全体を体系的に振り返ってみる「なんだロックか、、」とバカにできない、ただものではないことが分かります。 ペイジもベックもクラプトンも、そしてポール・コゾフもそれぞれがプロフェッショナルでした。

若い時って、余裕がないから目先のことで必死になります。 だから、全体をコンテクスト、つまり、脈絡を追って眺めるってできないものです。 そんな時に長いスパンで全体を見るようなアドバイスをしてくれる先輩や先生がいるといいですね。 親の役割だってそういうものなのかも知れません(ウチはもう手遅れですが、、、)。 

まぁ、他人の力を借りなくても何度もやりなおすことによって体系立てて見えてくる日が来ます。 ちょっと月並みな言い方かもしれないけど、「諦めない」って大事ですね。

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2012年7月5日木曜日

趣味の話


1960年代後半から1970年代にかけてのイギリスのミュージックシーンを時系列に並べてみました。 ジミー・ペイジはレッド・ツェッペリンそのものです。 一方、ジェフ・ベックや当時のエリック・クラプトンはバンドの人と言うよりも、一人働きの仕事人です。 フリーというバンドは日本ではあまり知られていませんが、本国イギリスでは圧倒的な人気です。 ギタリストのポール・コゾフは早くに死んでしまいましたが、リーダーのボーカリストであるポール・ロジャースは今でも第一線で活躍しています。

私にとってのカッコいい音って、恐らくこのあたりのイギリスの音なんでしょうね。 この後、フリーのポール・ロジャースは、世界的なヒットをもくろんでアメリカの音を取り入れたバッド・カンパニーというバンドで成功しました。 私の耳も急速にアメリカの音に慣れていったのですが、40年経っても1970年前後のブリティッシュの音はカッコいいと感じるのです。

音でも味でも文学でも、一流のものにいっぱい触れておくのがいいと思います。 自分の気に入ったものを徹底的に吸収するのがいいですね。 プロフェッショナルになる第一歩だと思います。 私は中途半端に取り入れたので、平凡な人生を送っていますが、、、。

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2012年7月3日火曜日

誠実であるということ

 
将来を見据える母猿

ブログや日記を書くことは、自分が何を考えているか知る意味でいいツールだと思います。 最近の大学では、ハウツー本や就活セミナーで場当たりのスキルを身につけることが、プロフェッショナルやグローバルになることだと思われているようです。 政治家だって塾で促成栽培される日本ですから想像に難くありません。
 
全く知らない人たちと交わり自分を試して、自分が何者かを理解することから始めないと、死ぬまで流行のスキルや知識を追い続けるしかないでしょう。 今の日本の課題は(大袈裟ですねぇ、、)、自分を知ることなく、世間(日本の社会)に身を任せるから個性が生まれず、結果、「埋もれた日本」になっていることだろうと思います。 コミュニケーションなんて言葉が流行っているようですが、自分とのコミュニケーションがスタートポイントじゃないですか?
 
小林秀雄が『私の人生観』で言っています。
 
「知性の奴隷となった頭脳の最大の特権は、何にでも便乗出来るという事ではありませんか」。

何ごとにも便乗しないロック魂のような反骨スピリットってなくなってしまったのですか? 政治家先生が誠実不誠実を声高に語っていますが、誠実であるということは「自分のやっていることに対して一生懸命だ」と言うことでしょう。 大臣ともあろう方が、不誠実と嘘つきや詐欺師を混同してもらっては困ります。

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2012年7月2日月曜日

埋もれた日本

和辻哲郎

和辻哲郎が『埋もれた日本』(1951年)という随想集に『甲陽軍鑑』のことを書いています。 『甲陽軍鑑』は、甲斐の武田氏の軍法で、軍鑑とは戦(いくさ)の鑑(かがみ)と言うことです。 

和辻哲郎の『埋もれた日本』(1951年)は、キリシタン渡来時代前後(応仁の乱から江戸時代初期)の日本の思想的な状況について書かれています。 多様性(diversity)のあった思想が、徳川時代の長い鎖国政策によって芽を摘み取られたと言うのが和辻哲郎の主張です。 面白いですね。 応仁の乱以後の時代は下克上など社会が崩壊する時代で、そこから一揆といった民衆運動がおこりました。 

さて、『甲陽軍鑑』に国を滅ぼす4種類の大将のタイプが書かれています。

1.バカなる大将(頭が良くても武芸が優れていても、うぬぼれが強い人)
2.利根すぎる大将(見栄っぱりな人)
3.臆病なる大将(道義的性格の弱い人)
4.強すぎる大将(穏健な意見には耳をかさない人)
  
理想の大将は賢明な道義的性格のしっかりとした仁慈に富んだ人物であり、「人を見る明」が大事であると言っています。「明」は、うぬぼれや虚栄心や猜みなどのような私心を去らなくては得られない。 「大将がこの明を得れば、彼の率いる武士団は強剛不壊のものになる」と。 「明」と言うのは、真理を悟る智慧のことです。

果たして、今の「埋もれた日本」を掘り起こして再生させる大将は誰でしょう? 日本の軍法は
  
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