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2025年9月11日木曜日

若手をどう育成するか?

 

中小企業の経営者の約8割が、若手社員の育成に課題を感じているという調査があります。育成手法としては1on1ミーティング、OJT、オンライン研修が中心ですが、経営者の3割弱が「効果があまりない」と感じており、現場では指示待ちの若手や主体性の欠如に悩む声が少なくありません。主体性やコミュニケーション能力を育むには、座学だけでなく実践を通じた体験型の研修が重要だと考える経営者も多いようです。

しかし、このような調査結果は「どう育てるか」という手法の話に偏りすぎています。つまり、what(生き方や在り方)よりもhow(方法論)が前面に出てしまう。これまで機会あるごとに何度も言及しましたが、日本社会は「無駄と余裕がなさすぎる」ため、時間をかけて内面から育つプロセスに余白がありません。   
 
ロールモデルは持つだけでは十分ではないと思います。それを自分なりに咀嚼し、少しずつ超えていくことこそが本当の成長です。私はこれを「ロールモデルの継承と超克」と呼んでいます。何事も簡単には変わらず、すぐに超越できるわけではありません。経験上、徐々に時間をかけて変わるもので、いくら努力してもすぐには結果が出ないことも多いのです。でもあきらめてはいけません。何十年もたって、気が付いたら自分が若手のロールモデルになっていた──そんな感覚で日々を過ごすことが大切だと思います。

この考え方は、私が音楽や芸能の体験からも実感しています。例えば、エリック・クラプトンの演奏は、初期のブルースの影響を受けつつも、長年の試行錯誤の末に自分の音楽性として消化されています。単に模倣するだけでは、あの独自の表現は生まれません。同様に、桂枝雀さんの落語も、師匠の型を受け継ぎながら、自らの経験や観察を加えて独自の笑いを作り上げました。いずれもロールモデルの「超克」があって初めて、その個性や魅力が花開いたのだと感じます。

若手社員育成においても同じことが言えます。教えたり指示したりするだけでは限界があります。経営者や先輩の背中を見せつつ、本人が失敗や試行錯誤を通じて学び、自分なりのやり方を見つける余白が必要です。そのプロセスを丁寧に支えることで、主体性や課題解決能力といったスキルは自然に身についていきます。座学だけではなく、実践を通じた学びが重要であると多くの経営者が感じているのは、まさにこの「時間をかけて自己形成を促すプロセス」が必要だからだと思います。

私自身も、若手に対して「こうしなさい」と教えるだけではなく、自分の経験や考え方を共有する中で、彼らが少しずつ自分の軸を見つける手助けを意識してきました。そして、彼らが成長し、自分のやり方を確立したとき、いつの間にか自分が若手のロールモデルになっていたことに気づくのです。

結局、若手育成とは「結果を急がず、プロセスに寄り添うこと」だと、私は経験上そう思います。短期的な成果や即効性だけを求めるのではなく、時間をかけたロールモデルの継承と超克を支援することが、組織全体の持続的成長につながるのではないでしょうか。

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2025年6月27日金曜日

レイラを弾きながら思う事

久しぶりにギターを手に取りました。およそ二か月ぶりでしょうか。何を弾こうかと迷った末、やはり選んだのはクラプトンでした。気がつけば、再会の曲はいつも彼のものになっている気がします。

クラプトンほどの大御所でも、いまなお毎日ギターを弾くのだそうです。しかも、ステージで演奏する曲は毎日必ず練習するという。「忘れるから」と彼は語る。才能と経験を重ねた巨匠でさえ、なお“忘れる”ことを恐れ、日々ギターに向き合う。その姿勢に、クラプトンに可愛さを感じます。

継続することの重みは、年を重ねてますます深く感じるようになりました。この曲——「レイラ」を初めて聴いたのは、中学生のころでした。もう50年以上も前のことです。あの衝動的なギターリフと、どうしようもないほど切ない歌声。若い頃にはただ「カッコいい」と思ったその曲が、今では痛いほど心に響くのです。

クラプトンは、自分自身を自虐的に唄う。まるで、太宰治を読んでいるかのような気分になります。どこか似ているのです。自己否定と孤独を抱えながら、それでも生きようとする人間の姿が。

文学と音楽、ジャンルは違えど、私は彼らの根っこに、「ダメな男」という意味で、共鳴しているのかもしれません。ひょっとすると、私はクラプトンのファンなのですね。いまさらながら、そんな気がしています。


What Comes to Mind While Playing “Layla”
I picked up my guitar for the first time in a while—about two months, I think. As I sat wondering what to play, I found myself turning, once again, to Eric Clapton. Somehow, whenever I return to the guitar after a break, it's always his music that marks the reunion.
Clapton, despite being a legend, still practices the guitar every single day. He says he plays the songs he performs on stage daily—because otherwise, he might forget them. Even a master with decades of talent and experience fears forgetting, and so he keeps facing the instrument, day in and day out. There’s something endearing about that—a kind of humble honesty.
As I grow older, the weight of persistence—of simply continuing—feels deeper than ever.
I first heard this song—“Layla”—when I was in junior high school. That was more than fifty years ago. The raw, impulsive guitar riff, and that achingly desperate voice—when I was young, I just thought it was cool. But now, the song cuts deeper, hits harder. It aches in a way it didn’t back then.
Clapton sings about himself with a kind of self-mockery, a wounded honesty. It reminds me of reading Osamu Dazai. There’s a resemblance between them: men carrying self-loathing and loneliness, yet still struggling to live.
Music and literature are different mediums, but I feel a strange affinity with both. Perhaps what I recognize in them—what resonates—is the figure of the “flawed man.” The broken, but still breathing.
Maybe, after all this time, I’ve always been a Clapton fan. And only now do I truly realize it.

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2025年4月22日火曜日

クラプトンから学ぶ継続と感謝

 

エリック・クラプトンが2年ぶりに来日し日本武道館でコンサートが開催されています。武道館での公演回数は既に100回を越えており、海外アーティストとして最多の公演回数として更新されています。先週の武道館公演では毎晩このロバート・ジョンソンの、『Kind Hearted Woman Blues』がセットリストに入っていました。曲に入る前のフレーズまで一緒ですね。クラプトンは自宅でくつろいでいるときでもこの曲を弾いているのでしょうね。

人の喜びを自分の喜びとする。それが生きがいになる。感謝がなければ生きがいは生まれない。いくつになっても生き生きと毎日を過ごしている高齢者に共通しているのは、今を一生懸命生きる姿勢です。若い人にとって「終活」と言うと遠い遠い先のことのような気がしますが、日々の連続がゴール、つまり、“今”の積み重ねなのです。そういった意味でクラプトンはロールモデルかも知れません。またコンサルティングという仕事は、クライアントの喜ぶ姿を見て自分が幸せになるという姿勢がないと成り立ちません。最近の業界はコンサルタント側もクライアント側も感謝の気持ちが足りないような気がします(自省をこめて)。

私の場合ギターは中学生の頃に始めましたが、なかなか上手になりません。それは練習を継続しなかったり上手くなりたいという熱意が圧倒的に不足していることです。でも途切れ途切れでも弾くことを継続すると1ミリでも進歩します。文章を書くことも同じなのですが、記録に残しておくことで1ミリが見えてくる。いまは録画もパソコンやスマホで簡単にできます。自分の演奏を記録してたまに振り返ると違いが見えて楽しめるのです。主観的なものが有るや無しや、自分がどう感じるかが重要です。実際は1ミリも進歩してなくても、自分が進歩していると感じればそれでいい。それが、年を取る上での生きがいになる。

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2023年10月12日木曜日

ギターの弦交換



4~5年ぶりでギターの弦を交換しました。5年も経つと弦の交換方法を忘れていました。結果、上の写真のように悲惨な状態になりました。クラプトンズ・チョイス(マーチン社製)という弦は安かったのですが(1セット 1100円)、5弦6弦の響きが今一歩に感じました。


ギターを弾くと自己の進歩の無さに空しさを感じますが、弦交換もギターを弾き始めた中学生の頃からやっているので大丈夫だと思っていても、謙虚に向き合わないと経験が経験でなくなっちゃいますね。

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2023年8月7日月曜日

夏目漱石とクラプトン

夏目漱石 『道楽と職業』(明治44年8月

漱石によると、職業は人の為のもので、芸術や哲学・科学などは自分本位の仕事だそうです。 漱石にとって文学は道楽であり職業でした。 それは「己のためにする結果、すなわち自然なる芸術的心述の発現の結果が偶然人のためになって、人の気に入っただけの報酬が物質的に自分に反響して」成り立つところに意味があるという漱石の働く事・生きる事に関する基本姿勢なのです。根底にあるのは漱石がイギリス留学中に手に入れた「自己本位」です。

ibgを起業した頃に漱石の『道楽と職業』を何度も読み返し考えました。道楽であり職業に他人を巻き込んでいいものか? と。人の気に入っただけの報酬で17年目に突入することができたので何とかバランスが取れていると考えるべきか? どうなのでしょう?

エリック・クラプトンと漱石の『道楽と職業』

『Old Love』は、クラプトンがパティ・ボイド(元ジョージ・ハリソンの妻)との別れを唄った曲です。パティ・ボイドとの婚姻期間中も何度も浮気して子供もつくったのに、、、。あくまでも自分や自分の音楽を一番愛しているクラプトンなのです。

己のためにする結果に世界中の多くの人が気に入った。その報酬が莫大なものになって、自分が物質的に成り立つレベルどころじゃなくて、世界的な大金持ちになっちゃった。

土日に肩こりになりながら一生懸命練習したのですが、このソロは難しい。クラプトンの集大成みたいなものです。速いしフレット上を動き回るし、同じスピードで弾くのは大変です。


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2023年7月24日月曜日

60歳をすぎたら存在自体がパワハラ

「60歳をすぎたら存在自体がパワハラ的」と認識するくらいがいい…ブッダが説くアンガーマネジメントの教え、、、という記事をネットで読みました。

著者の斎藤孝(大学教授)さんは1960年生まれ。アラ還ですね。仰ることはごもっとも。間違っていません。私自身を見ていると「存在自体がパワハラ」そのものだ。しかし、65歳を過ぎると人生終わりが見え始める。日本人男性の健康寿命は72歳です。だとすると、運と周囲の人に恵まれただけで生き延びた私のような人生でも何か役に立つことがなかったか?と考えてしまうのです。Look at me, I am old, but I’m happy ですから。

クラプトンにこだわって(revisit)3か月くらいです。ネットで1万円のDVDプレーヤーとクラプトンのアンプラグドを購入しました。クラプトンの指の動きが良く分かります。左手の人差指と中指が異様に長いですね。第一関節から先は私の倍の長さはあります。どうりで小指なんか使わなくてもいいんだ、、、。



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2023年7月17日月曜日

クラプトンは温故知新


今日は何の日?

海の日ですね。 「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国家日本の繁栄を願う」ということだそうです。

人生って辛いものですね。乗りきっていくには技術や方法論だけでなく、生き方そのものが大事でしょう。国も同じだと思いますよ。 国の生き方、つまり、それは、国のアイデンティティーであり文化です。 国民の祝日ってそういうものを代表しているものだと思っていました。 通常、そういったものは、勝者が敗者から剥奪するものなのに、自分から進んで放棄したり意味の無いものにする必要はない。

クラプトンは温故知新

クラプトン『Unplugged』(1992年)から『Malted Milk』です。いつものようにあまり練習しないで夜中の一発録画でした。

クラプトンはロバート・ジョンソンのこの曲が大好きなのでしょうね。80年代のクラプトンはアル中で施設にも入っていたそうです。アル中と闘いながらこういった曲をアコースティックギター一本で毎日のように歌っていたのでしょう。Malted Milk は麦芽乳です。禁酒時代にロバート・ジョンソンはビールやモルト(麦芽)ウイスキーを思い浮かべてこの曲を作ったのでしょう(1937年)。

私はデラニー&ボニー時代(1971年頃)以降のクラプトンはほとんど聞かなかったし動向もしらなかったのですが、1992年のアコースティックの『Unplugged』は発売と同時に買いました。クラプトンは、70年代はヘロイン80年代はアルコールと20年間ヘロヘロボロボロの人生だった訳ですが、そもそもそれがブルースそのもの、クラプトンはロバート・ジョンソンのようなブルースマンの楽曲を自分の人生と重ねて新たなクラプトン・ブルースにしました。要するに『温故知新』なわけです。

明治維新は温故知新の失敗

ヨーロッパ近代は文化が成熟した後に、文明が進化しグローバル化が進んだ。ヨーロッパの没落が始まりました(20世紀初頭)。そして人間の理性や合理性を全面的に押し出したアメリカが台頭した。ニーチェが言ったニヒリズムのアナーキーな世界になった(WWI以降のベルサイユ体制)。

日本はこういった歴史の流れの中で独立を保つべきだと主張したのが福沢諭吉でした。福沢諭吉は日本人の魂を残しつつ西洋文明を早急に取り入れるべきだと思っていたのです。福沢諭吉や後の西田幾多郎たちは西洋文明や思想は限界だと考え、日本を含む世界全体の調和を如何にして実現するかを考えたのだろうと思います。

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2023年6月29日木曜日

高齢者の楽しみ

 

高齢者の楽しみのベスト3は、1.テレビ・ラジオ、2.新聞・雑誌、3.仲間とのおしゃべりだそうです。

私は高齢者の楽しみとしてクラプトンでも真面目に研究してみようかと思い、アマゾンでローランドのヘッドホン(RH300)を購入しました。

私は左耳が聞こえないのですが、このヘッドホンを使えばクラプトンのアコースティックギターの1~3弦の音が良く分かります。クラプトンはアコースティックがエレキよりも上手だと思います(本当にギターが上手なんでしょうね、、、)。この曲はクラプトンでヒットしましたが、作詞作曲はクラプトンではありません。


音楽はヘタッピーでも聞いているより自分で演奏するほうがいい。料理も食べに行くよりも失敗するけど自分で作る方が楽しい。それぞれに小さいですが進歩に対する達成感を味わえますからね。

Look at me. 
I am getting old, but I am happy !

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2023年6月15日木曜日

太宰治とクラプトン (続)

『太宰治情死考』坂口安吾 1948年

https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43137_30135.html

https://youtu.be/l3hZS-0tomM

太宰治の桜桃忌が近づいてきました。「芸道というものは、その道に殉ずるバカにならないと、大成しないものである」(『太宰治情死考』坂口安吾)。

エリック・クラプトンと太宰治はよく似てると思います。超ダメ男だけど、どちらもハンサムでカッコよく、とてつもなく女性にモテる。安吾が言うように作品で評価すべきなのでしょうね。

私はクラプトンの大ファンではありませんが、クラプトンから一曲選べと言われれば 1966年の『Hideaway』です。クラプトンが21歳の時の録音です。発表から何年か遅れて聞いた高校受験直前の私は、このあたりから学校教育から距離をおくようになりました。

クラプトンのギターはこの一曲に詰まっています。クラプトンは57年経った今でも同じフレーズを弾いています。大ファンからは怒られるかも知れませんが、クラプトンはこの頃が頂点だったように思うのです。

ちゃんと弾けないまま50年以上経ってしまいましたが、YouTubeのおかげで謎だった部分が随分と解明されました。


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2023年5月7日日曜日

太宰治とクラプトン

 
Cream『Sunshine of Your Love』(1967年)

自分の人生にかなり大きな影響を与えた曲です。2008年の自分の映像がありました。不思議なリフのようですが、メジャーとマイナーペンタのミックスでクラプトンの真骨頂です。

誰も言ってないようだから備忘録として書いておきます。

私の中ではエリック・クラプトンって太宰治とダブって仕方がないのです。自分の私生活の葛藤や浮き沈みをそのまま赤裸々に作品として世に出してしまう。二人とも酒に麻薬に女にと、ギターや小説家としての才能が無ければ本当に波乱万丈のダメ男です。でも二人とも好きですよ。放っておけない魅力があるのでしょう。

クラプトンはクリーム時代(1966 ~ 1968)が自分の頂点だという意識から離れられず、つまりギタリストのキャリアはクリームのまま止まってしまったと考えた。それが 1970〜1980年代は麻薬に酒に不倫へと彷徨い歩いたのでしょう(全くの私見ですよ)。リアルタイムで聞いていた私がリリース時に買った最後のアルバムは1974年の『461 Ocean Boulevard』 、次に買ったのは1992年の『Unplugged』でした。

今回のクラプトンの来日、武道館における公演は100回目を記録したそうです。78歳のクラプトンですが、すごい人気のようです。どの時代のクラプトン、クラプトンのどこに惹かれているのでしょうね?

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2023年5月5日金曜日

クラプトンでノスタルジーに浸る

 

長い間聞いていなかったエリック・クラプトンを聞く日々が続いています。エレキバージョン(1971年 Derek & The Dominos)『Layla』に至っては、15〜16歳の頃以来挑戦していませんでした。

この曲は難しい。武道館のクラプトンはテンポをオリジナル録音よりもすごく遅くして演奏しました。クラプトンは「レイラのエレキバージョンは演奏したくない」と言ったそうです。歌いながらでは印象的なリフが難しいのでしょうね。高齢になったクラプトンにとって自分自身を癒してくれるのは、自分が一生かかって愛した3コードのブルースなのでしょう。

Aメロ(半音下がる転調)に入るとチョーキングも半音上げと一音上げが混じっているので、耳が遠く音痴の私には無理です。クラプトンの弦は009だそうですが、私のストラトの何年も張り替えてない弦は011です。チョーキングは辛い。

YouTube は速度を半分や0.75にできるのでコピーも随分と楽になりました。50年前はテープでしたからね。今の若者はすぐに上達する訳だ。。。。

クラプトンでノスタルジーに浸る今年のゴールデンウィークでした。

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2023年1月28日土曜日

ジェフ・ベックが亡くなった

ジェフ・ベックが亡くなりました。自分にとってここまでショックだとは正直驚いています。

クラプトンとジミー・ペイジと亡くなったジェフ・ベックが3大ロック・ギタリストと言われていますが、3人とも60年代イギリスのヤードバーズというグループに交代で在席していました。クラプトンは私にとってはボーカリストです。黒人ブルースのフレーズは黒人よりも黒っぽい。真似の隙間で自分のオリジナルを出しているのですが、そのオリジナルが秀逸なのです。

ペイジはギタリストでありプロデューサーです。ツェッペリンというヤードバーズの後継みたいなバンドをプロデュースしました。ツェッペリンは今でもよく聞きます(1970年代前半までの楽曲)。クラプトンだって1975年くらいまでのクラプトンが好きです。ベックもフュージョンになる前、70年代半ばまでが特に好きです。

要するに、彼らとの出会いと当時の自分の年齢がポイントなのです。彼らは私の自己が形成される過程での重要な存在ですね。だから今でも同じ音楽を聴いて当時を思い出します。

1973年、ジェフ・ベック(BBA)の大阪公演を観ました(中間試験直前だったと思う)。日本中のギター小僧は「ベックのピックは何を使ってるんだ?竹を使っているのだろう」という噂まで流れていた。私は前から12番目の席で目を凝らして見ていたのですが、何が何だか分からないうちに終わりました。

今だとYouTubeがあって画像を繰り返し見ることができる。0.5倍速にだってできる。ギターTAB譜だってネットで見ることができます。もちろん、それでもジェフ・ベックのようには弾けないのですが、隅から隅まで分かってしまう。100%分かると想像の余地がなくなります。1970年代のギター小僧たちは夏休みの間中、会えば自分の考えを主張して侃侃諤諤の議論をしていました。分からない部分は各自が想像して自分で行間を埋めるしかない。でもそういった積み重ねが後々の個性豊かなプロギタリストを生んだんでしょうね。

私は一生かかっても真似をする領域にも達することはない。熱意も才能も不足しているのでしょう。でも満足満足。ありがとう、ジェフ・ベック。R.I.P. 



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2018年2月3日土曜日

「守破離」の「守」を脱する


守破離の「守」は、ジミー・ヘンドリックスの教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階です。「破」は、クラプトンやジェフ・ベック師匠や他の流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、ギターの巨匠から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階なのです。

「Little Wing」から半世紀近く、、、。
私は未だに「守」の段階を脱することができない。

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2014年4月10日木曜日

現代の三大ギタリスト ~ ジョン・メイヤー

JR三鷹駅のジョン・メイヤー

アメリカでは絶大な人気のジョン・メイヤー。 しかし、日本ではいつまでもギタリストと言えば、エリック・クラプトンやジェフ・ベックです。 

ジョン・メイヤーは、子どものころにクラプトンやベック、その他の一流のギタリストを完全にマスターして、それから自分のスタイルを確立したのでしょう。 どんな有名なギタリストとも即座にセッションができるプレイヤーです。 

私はデビューアルバムも含めて4,5枚CDを持っているのですが、オリジナルはというと、、、、私の趣味の音楽ではないですね。 やはり、往年の名曲をメイヤー流に弾きまくるライブがいい。 

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2012年11月15日木曜日

トンカツ、たい焼き、果たしてサンタナは?


エリック・クラプトンはトンカツを食べに日本へ、エアロスミスはたい焼きを食べに、さて、カルロス・サンタナは何を求めて日本へ?  

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2012年8月7日火曜日

YAMAHA ミニアンプのご紹介 Vol. 3


私の知っているディープ・パープルは1972~3年まで、ボーカリストがイアン・ギランの頃です。 先日、キーボード奏者のジョン・ロードが亡くなりました。 71歳だったそうです。 ニュースを聞いてYouTubeで検索してみると、1972年のライブ映像がUPされていました。 当時、フリー、レッド・ツェッペリンやクラプトンに夢中だった私はディープ・パープルはあまり好きではありませんでした。 でも、40年たった今になって当時のライブ映像を見ると、このバンドも魅力がいっぱいでした。
 
代表曲である『Smoke On The Water』は、ジョン・ロードやメンバー全員の共作です。 ギターはもちろん、リッチー・ブラックモア。 誰もが知るクラシックロックの代表的フレーズです。

YAMAHA THR5ですが、アンプとギターの間にエフェクターはかませず、アンプシミュレータのMODERNを選択しました。 アンプに付いているDELAYを隠し味程度にかけています。 バックはYouTubeで見つけたDeep Purple 「Machine Head」(1972年)の『Smoke On The Water』をUSB接続でアンプから出力しています。

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2012年7月6日金曜日

何度もやりなおす

1976年大阪のライブハウスのスケジュールです。当時の大阪ってなぜかブルース一色でした。
 
昨日は、Freeの「All Right Now」(1970年)の前奏を弾いてみました。 YouTubeはスゴイですね。 当時の映像がありました。 ギタリストのポール・コゾフの手元が映っています。 人差し指から小指までを大きく開いた押さえ方をしています。 単純に5フレットでAとDコードの繰り返しだと思っていたら大間違いでした。 40年間勘違いをしていました。

何度もやりなおすのはいいですね。 以外な発見があり非常に効果的です。

ブリティッシュロックは10代後半から聞かなくなりました。 R&Bやブルースのような黒人音楽のほうがカッコいいと思ったからです。 でも、全体を体系的に振り返ってみる「なんだロックか、、」とバカにできない、ただものではないことが分かります。 ペイジもベックもクラプトンも、そしてポール・コゾフもそれぞれがプロフェッショナルでした。

若い時って、余裕がないから目先のことで必死になります。 だから、全体をコンテクスト、つまり、脈絡を追って眺めるってできないものです。 そんな時に長いスパンで全体を見るようなアドバイスをしてくれる先輩や先生がいるといいですね。 親の役割だってそういうものなのかも知れません(ウチはもう手遅れですが、、、)。 

まぁ、他人の力を借りなくても何度もやりなおすことによって体系立てて見えてくる日が来ます。 ちょっと月並みな言い方かもしれないけど、「諦めない」って大事ですね。

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2012年7月5日木曜日

趣味の話


1960年代後半から1970年代にかけてのイギリスのミュージックシーンを時系列に並べてみました。 ジミー・ペイジはレッド・ツェッペリンそのものです。 一方、ジェフ・ベックや当時のエリック・クラプトンはバンドの人と言うよりも、一人働きの仕事人です。 フリーというバンドは日本ではあまり知られていませんが、本国イギリスでは圧倒的な人気です。 ギタリストのポール・コゾフは早くに死んでしまいましたが、リーダーのボーカリストであるポール・ロジャースは今でも第一線で活躍しています。

私にとってのカッコいい音って、恐らくこのあたりのイギリスの音なんでしょうね。 この後、フリーのポール・ロジャースは、世界的なヒットをもくろんでアメリカの音を取り入れたバッド・カンパニーというバンドで成功しました。 私の耳も急速にアメリカの音に慣れていったのですが、40年経っても1970年前後のブリティッシュの音はカッコいいと感じるのです。

音でも味でも文学でも、一流のものにいっぱい触れておくのがいいと思います。 自分の気に入ったものを徹底的に吸収するのがいいですね。 プロフェッショナルになる第一歩だと思います。 私は中途半端に取り入れたので、平凡な人生を送っていますが、、、。

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2012年6月30日土曜日

久しぶりの一目惚れ


YAMAHAのミニアンプに一目惚れしちゃいました。 5種類のアンプシミュレーターやエフェクターを内蔵しています。 PCとつないでYouTubeの音をギターと一緒にアンプから出力することが可能です。 昔のラジカセみたいで外見にもこだわりがあります。 カッコいいでしょう!

曲はクリーム時代のクラプトンのクロスロードのコピーです。 久しぶりに弾いてみました。 

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2012年5月10日木曜日

クラプトンのギターは高度なアナログ

  
アナログはデータを連続した値として扱い、デジタルはとびとびの数値として扱います。

久しぶりにエリック・クラプトンの生ギター バージョンの「レイラ」を弾いています。  クラプトンは、ギターの弦を強くはじいたり弱くはじいたり、フレットの上のほうで弾いたり下のほうで弾いたり、そして、弦をひっぱりあげるチョーキングというテクニックを駆使して、マーチン(アコースティックギター)の良さを十二分に引き出します。
  
チョーキングは、フレットの同じ位置で弦を指で押上げ無段階に音の高さを変えることです。 クラプトンは、半音、一音、一音半と正確に高さを変えるだけでなく、微妙な感覚でチョーキングし半音と一音の間の音を出したり、さらにビブラートをかけます。 とびとびの数値でなく連続した非常に複雑な波形を生み出しています。 だから味があっていいのですね。

視覚と同様に聴覚もアナログです。 人は鼓膜で音を感じます。音楽がCDやインターネット配信のデジタルになっても、クラプトンが発する音は非常に高度なアナログなのです。 CDはアナログデータをサンプリングして0と1のデジタル・データに変換して記録しています。 CDを聞く時、空気振動による鼓膜の振動が脳に伝わって音楽として聞こえます。

私の場合、鼓膜の振動から脳の間、または、脳での音を解析する能力に少々問題があるようで、だから、音痴だし、いつまでたってもギターが上手くなりません。 トホホ、、、。

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