2017年4月27日木曜日

那須高原のシイタケ

那須産の巨大シイタケでポークステーキ


那須まで先輩の様子を見に行き、東山道伊王野(とうさんどう いおうの)の道の駅で野菜山菜を手に入れました。 

原発事故後の除染の関係からこのあたりではタケノコは売られていませんでした。空の青さと飛行機雲、田植えの準備をする田畑の緑の中で複雑な気持ちになりました、、。



***

2017年4月22日土曜日

足かせ・首かせ

手羽先の甘辛煮(高校時代の弁当のおかずを思い出し作ってみました)

有名な大学に入学したり、皆が羨む大企業に就職したりすると、今度は出身大学の名前や大企業の社員であることが足かせ・首かせとなり身動きが取れなくなることがあります。損得勘定が働き大胆な意思決定が出来なくなるのです。

1952年(昭和27年)4月28日、日本国との平和条約(Treaty of Peace with Japan)が発効し、第二次世界大戦後、停止状態にあった日本主権が回復しました。

日本は1952年にとりあえずの独立をした訳ですが、100%の主権回復よりも経済復興を優先させました。高度成長期を経て(
1955年から1973年の18年間)世界の経済大国になったのです。ところが、今度は経済大国の地位が惜しくなり、それが足かせ・首かせになって身動きが取れなくなったのでしょう。

今回の朝鮮半島問題で、日本は右側の人も左側の人も、未だに足かせ・首かせ状態にいることが明らかになったのではないでしょうか? 恐らく、そんなことさえ分からなくなったお花畑状態なのだろうと思います。

***

2017年4月19日水曜日

日本の人口減少を考える

ベランダの三つ葉

日本の人口減少に関する思慮の浅い記事が目立ちます。下は昨日のブルームバーグに掲載された editorial board のJapan Needs More People」という記事です。


人口減少が必ずしも不幸な時代とは言えないでしょう。 それは、次のステップへの充電期間とも言えるからです。智慧を出して次の社会を創造する期間と考え、あらゆる分野で長期的に問題解決に取り組めばいいと思います。単純に移民で埋め合わせればいいというものではないのです。EUの現状が端的に証明しているじゃないですか?

全ての年代の人に役割と責任のある社会を考えることは重要です。未来の展望がないから若い人は閉塞感があり、高齢者の多くは自己中心的になる。今は鬱屈した気分だけの若者もすぐに中年になり高齢者の仲間入りをして自分勝手になる。

人口減少というのは、未来に対する VISION をつくるには丁度いいタイミングだと言えるのです。それができなかったら、どんどん人口が減少して日本は世界の中で消滅するでしょう。

***

2017年4月11日火曜日

気遣いと気配り

9日(日曜)の井の頭公園

週末に ibg の花見で井の頭公園に行ってきました。人がいっぱいで相手を気遣う気配りなんて出来ないのか、何度も人にぶつかりました。 「それは、あんたが年寄りだからだろ!」 と言われれば、「その通り」と言うしかないか! 

以下は、花見の後の会食での会話です。


Aさん: 気配りって未来に対してだと思う。微分するみたいに。気遣いって今のことじゃない? 気配りって主に他者にたいしてする。気遣いって、自分のためのほうが多いんじゃないかなぁ、、。
Bさん: そうですね。相手との距離を置くための気遣いって、ありますよね。
Aさん: 相手に気遣いさせないように、こちらが気配りする。
Bさん: それが最大の気遣いとも言えるかもしれません。これまで私はそのように考えていました。
Aさん: 自分勝手な思い込みとか独善性が先行すると気配りなんてできない。自分で勝手に気遣いして他者のためにならない。周りをよく観察する、相手がしてほしいことをする、イニシアチブを発揮する、、、、これらがないと気配りはできない。
Bさん: そうですね。
Aさん: 気配りは行動しないといけない。自分で悩んで考えるけど、何もしなかったら気配りしていることにはならない。気遣いして気遣いして自分で悩んで悩んで他者に何も伝わらないことは多い。日本の多くのサラリーマンたちは、気配りなんてする必要がない状況で長年仕事をしてきている。胃が痛くなるほど気遣いはするかも知れないけど、、、。でも、気配りは少ない。組織が大きいから顧客第一主義じゃない。自分自身にも気を配るって自己認識力でもある。他者との接点が少ないから自分が分からない。
Bさん: 客観的に自分を観るということですからね。
Aさん: そうだね。相手に不安を感じさせないというのも気配りだと思う。特に上司やリーダーは部下やメンバーを不安に陥れない気配りをしないといけない。組織運営やプロジェクト管理のスキルでもある。それから、気配りしても相手からの見返りを期待してはいけない。相手が何も気づかなくても平気でないとね。
Bさん: おもてなし、ウラがない精神ですね。
Aさん: そうだね。もし、組織の誰かがハッピーでなくストレスを感じているとすれば、その人に自分自身に対してや他者に対する気配りが足りないからだよ。それは、別の言葉でいうと、視野、視点、視座に問題がある。プロの3要素でいえば、ピープル・マネジメントに問題がある(プロの3要素:専門性、自己管理能力、ピープル・マネジメント)。
Bさん: 周囲がプロばかりだと、余計に自分に対する気配りをしないといけませんね。どんどん周りが見えなくなってくるので、、、。
Aさん: 明るく振る舞うことだって気配りだよ。
Bさん: そうですね。会話のあと、相手が元気になるようにしないといけないですね。
Aさん: そうだね。内容は仕事だけとは限らない。
Bさん: 精根尽き果てさせる(エネルギーを奪う)のは、良くないです。
Aさん: 会話が暗くなることはよくない。
Bさん: 人が集まって来ないですし・・・。
Aさん: 自分から他者をシャットダウンすることになるからね。


***

2017年4月8日土曜日

認識の壁を超えるのは難しい

時間の感覚についてもう一つ。

「ハスの葉のクイズ」というのがあります(誰が考えたのか知りません)。
これまで何度かクライアントに紹介したことがあります。

「池にハスの葉が浮いていて、葉の面積は一日毎に二倍のスピードで増えてゆく。その葉が池の水面を覆い尽くすと池の中の魚などの生物が窒息死してしまう。池の水面がすべて覆われるまで三十日間かかるとすると、水面が半分覆われるのは何日目か?」というクイズです。

秋篠川のカメ

答えは一日前の二十九日目。

まだ池の半分しか覆われていないから大丈夫だと思っていると、次の日には池が100%ハスの葉で覆われて、みんな窒息して死んでしまいます。時間があると思い込み、アクションが遅れると、とんでもないことになるという話です。

「まだまだ大丈夫だろう」と「認識の壁」を超えるのは極めて難度が高いことなのです。

***

2017年4月7日金曜日

時間に関する感覚

奈良 秋篠川

毎年この季節に桜が咲くのは循環的変化です。在原業平の時代から今に至るまで同じです。来年のこの季節にはまた咲くでしょう。一方、人は不可逆的変化です。人生は一回。青春期も壮年期も中年期も老年期も一回きり。二回目はないのです。

最近、日本人は時間に対して非常に鈍感になったように感じるのですが、どうでしょうか? もっと、一日一日を楽しく過ごせばいいのに。

世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし (在原業平)

世の中に桜と云うものがなかったなら、春になっても、咲くのを待ちどおしがったり、散るのを惜しんだりすることもなく、のんびりした気持ちでいられるだろうに。

これには以下の反歌があります。

散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき

桜は惜しまれて散るからこそ素晴らしいのだ。世に永遠なるものは何もない。

***

2017年4月3日月曜日

棘のあるサクラ

薬師寺の桜はまだまだ、、、(4月2日)

パッと咲いてパッと散るだけでなくて、みんな一緒に咲いてみんな一緒に散るところも日本人に似ていますね。

ただ、最近ではその本質も随分と変化してきているのが気になります。真紅でトゲのある桜ができたりして!?

新渡戸稲造 『武士道』 より

私たちの愛する桜花は、その美しい装いの陰に、トゲや毒を隠し持ってはいない。自然のなすがままいつでもその生命を捨てる覚悟がある」(which it is ever ready to depart life at the call of nature)。

その色はけっして派手さを誇らず、その淡い匂いは人を飽きさせない」(whose colors are never gorgeous, and whose light fragrance are volatile, ethereal as the breathing of life)。

***