2018年2月21日水曜日

ゆるぎない信念、それに向かう情熱


小平選手は「前は迷いがあると結城先生に助けを求めていたけど、オランダの2年間で自立心が育った」とインタビューで答えています。

ゆるぎない「信念」とそれに向かう「情熱」の2つが並大抵じゃない。needs(目的) を満たす wants(手段) もクリアに理解して日々を過ごしているのでしょう。

Congrats !

2018年2月18日日曜日

日本はロックも衰退期?

ロックで独立した忌野清志郎

高円寺の楽器店経営の男が、客から預かったヴィンテージ・ギターやベースを勝手に質屋に横流しし、業務上横領容疑で逮捕されました。私のギターのリペアショップも高円寺なので、「だいじょうぶ?」という声も聞こえてきました。ご心配無用、大丈夫です。

最近では10代20代の若者がバンドやエレキギターに憧れないと聞きました。エレキギターは難しそうだし、バンドは人間関係が面倒だからだそうです。たとえ、ギターを始めるとしても、一人でできるフォークギター志向だとか。

憧れるギタリストのコピーをしたり、人前で演奏できるようになるには、練習が必要だし忍耐力もいる。もし、ギターで食べて行こうなんて思うのであれば、相当の覚悟やへこたれない自尊心がないといけない(テクニックは覚悟と自尊心という基礎の上にくる)。

今は、色んな情報がある世の中だけど、一つのことに「大好きだ!」って向かうエネルギーがない、、、。スマホでラインやゲームをやっているほうがマッタリと楽チンですもんね。このままの状態が続くと、スーパーギタリストの出現はおろか、日本のロックは衰退する‼

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2018年2月9日金曜日

匿名で上から目線の本ブログ!

2月8日午前5時半、南南東の空 ~ 下弦の月と木犀の接近です

「自分をモノ化」し「弱者が弱者をたたく」…なぜ人々はヤフコメだと上から目線なのか?という記事がニュース雑誌に掲載されていました。

「視点の自由化」は、都合の悪い他者を排除するというより、「自分が自分を排除する」、そうした心理的傾向の表れでもあるだろう。視点の自由化は、もともと自分が何をどう捉えているか、といった問いを発する前に他者の意見を採り入れてしまう。故に問題は、目の前の自分に向き合うことを放棄すること、あるいはそうでもしなければ生きていくことが困難な状況にあるのではないか (SankeiBiz サンケイビズ)。

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雑誌に記事を寄稿すると、無茶苦茶で無責任なコメントが匿名できます(弱者が弱者をたたく?)。若い頃は気になりましたが、今は平気の平左です。齢を重ねるという「時間」が解決したという事でしょう。

自由というのは、自分が置かれた状況とどう向き合い、それを引き受けるかです。高校の授業をサボってジャズ喫茶で音楽を聴くのも、喫茶店で本を読むのも自由です。でも、授業をサボってみると分かるのですが、楽しいよりも不安の要素のほうが大きい。自分で結果に対して責任をとる覚悟がないといけないからです。

自分の道は、悩みながら試行錯誤を繰り返し自分で選ぶ。

今の日本は確信犯的なところがあって、自由とは苦しいものだと十分に承知しているから自ら自由を放棄したり、そもそも自由を考える事をしないようにしているのではないだろうか思ってしまうのです。

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2018年2月3日土曜日

「守破離」の「守」を脱する


守破離の「守」は、ジミー・ヘンドリックスの教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階です。「破」は、クラプトンやジェフ・ベック師匠や他の流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、ギターの巨匠から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階なのです。

「Little Wing」から半世紀近く、、、。
私は未だに「守」の段階を脱することができない。

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2018年1月29日月曜日

蕎麦を打つ


蕎麦を打ちながら「そば前」(お酒)
ぐいっと引っかけながら、蕎麦を切って茹でる

人生初の蕎麦打ちをやってみました。


有る一定の年齢に達すると、特に定年退職後の男性はなぜ蕎麦打ちにハマるのか?

雑誌には、定年後のあこがれの仕事として蕎麦屋を開業するというような記事も掲載されます。田舎暮らしを始め、蕎麦屋を開き、庭の畑で育てた野菜を天ぷらにして出すテレビ番組も数多く作られています。

恐らく、完全リタイアするのではなく、何かやっていたいのでしょう。そこに蕎麦打ちがあった。何となく男のロマンを感じ、組織の中の歯車として長年過ごしたことからか、自分が主導権を握るという満足感に憧れるのかもしれない。また、ビジネスマンとしてのキャリアを歩んできた男性は、単に匠の世界という職人気質願望があるのかもしれません。

家で焼くパンの香ばしい匂いと同じで、部屋に蕎麦の香りが充満するのはいい。そして、打ちたての蕎麦も蕎麦湯も確かに旨いのです。だったら、蕎麦打ち専用の道具を揃えるかというと、私はそこまでのめり込むことはないだろうと思います。ましてや、蕎麦屋を開くために田舎暮らしを始めることもないでしょう。せいぜい年に一回、いや二回、自宅を蕎麦の香りでいっぱいにする程度だろうと思います。それで満足満足。










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2018年1月27日土曜日

大丈夫よ

武蔵野のドカ雪(1月23日の朝)


「宿命」は変えられないのですが、「運命」は前向きな態度や口癖で変化してくるのです。ポジティブな口癖が運を引き寄せてくれるということです。

「大丈夫よ」って大事ですね。「宿命」は変えられないけど、人の「運命」なんて環境や気持ち次第でどうにでも変わる。年がら年中スマホとにらめっこでは、負のスパイラルの運命になってしまいます。

人生は不可逆的なもので、それは「宿命」です。人は必ず老いて死ぬ(余計な事ですが、国家間の取り決めなんて不可逆的でも何でもない)。「運命」って、自分の行動や選択、または、自分を取り巻く人間関係によって後天的に生まれる人生の波の事です。要するに、運気はある程度引き寄せることができるのです。

自分一人では躊躇するような大きな波でも、「大丈夫よ」と声を掛けられると一歩前に踏み出すことができるのです。

コンサルタントは単に専門知識を売るのではなく、野村監督の奥様のように「大丈夫よ」とクライアントをサポートできるのが理想です。恐らく、親が子供に対する支援も同じでしょう。

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2018年1月24日水曜日

ロールモデル不在

私のギターのロールモデルはジミー・ヘンドリックス

「ロールモデル」とは、自分にとって、具体的な行動や考え方の模範となる人物、つまり、お師匠さんです。通常は、「あの人のようになりたい」というロールモデルを選び、その影響を受けながら成長するといわれます。100%でなくてもいい、あの人のこの部分は見習おうでいいのです。それが集まって仮想のロールモデルができる。

最近の日本企業ではトップやミドル層の弱体化が著しく、社内でロールモデルを見つけようとしても、見つけにくくなりました。若い人には気の毒な状況です。マネジメントは自分の信念に頼るのではなく、規則や様々な付随するルールで縛りつけ、管理したような気になっている。要するに、リーダーの仕事を理解していないマネジメントが多い。

枠組みがはっきりしない企業の外の世界はもっと深刻です。新聞やテレビはその酷さを競っている。テクノロジーが大量消費を実現させたのでしょう。質のいい情報なんてどこにあるのか誰も分からなくなっている。満員電車の中で、誰もが30秒で読める情報だけをスマホを通して手に入れ、世の中の動きに自分は遅れていない情報強者だと自己暗示にかける。

テクノロジーへの過度の依存は問題なのですが、最も難儀なのは、大きな日本のビジョンを語れるロールモデルが何処にもいなくなったことでしょう。

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