2013年12月31日火曜日

かやくごはん


チラシ寿司、ばら寿司、五目寿司、まぜごはん、かやくごはん、、、。

関東では「チラシ寿司」というと、寿司ネタをすし飯の上に散らして載せたもので、西日本で言う「ばら寿司」も「チラシ寿司」というようです。 つまり、チラシ寿司には2種類あるようです。

私は関西で生まれ、九州と関西で育ったのですが、チラシ寿司やばら寿司というよりも、「五目寿司」のほうが聞きなれています。ちなみに、「かやくごはん」の「かやく」は、「加薬」と書き、漢方薬の効果を高めるために薬を加えることを言うのだそうです。 これは関東でいう炊き込みご飯ですね。

慌ただしく毎日を過ごしていると、自分で考えることをせず、永遠に幼稚なまま時間だけが過ぎて行きます。 2013年も最後の一日となりました。

よいお年を!
         
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2013年12月28日土曜日

舟を浮かべたいくらい綺麗な青空

実家の庭に山茶花が咲いていました

先週の上海のPM2.5200300。 まともに息もできない状況でした。 

軍事よりも人工衛星よりも安倍さんのことよりも、自国の大気汚染に全力を集中してもらいたい。 でないと、地球が滅亡する。 舟を浮かべたいくらい綺麗な青空にしてください。今から始めても何十年もかかるでしょう。

太宰治の『新郎(はなむこ)』は、1941年128日の日米開戦の日に書かれたものです。 太宰の『新郎』は、先日読んだ百田尚樹『永遠のゼロ』の凝縮版のような小説です。 イメージと違って、太宰治には読後に人を前向きにする文章って結構あるんですよ。

新郎

太宰治

一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。舟を浮べたいくらい綺麗だ。山茶花の花びらは、桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。何もかも、なつかしいのだ。煙草一本吸うのにも、泣いてみたいくらいの感謝の念で吸っている。まさか、本当には泣かない。思わず微笑しているという程の意味である。

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2013年12月27日金曜日

永遠のゼロ



昨日、百田尚樹の『永遠のゼロ』を読みました。
この作家の本を読むのは初めてで、300万部も売れたというので読んで見ました。

戦争体験者に今の日本の若者がインタビューする設定だったので、先の戦争に対する現代人の無知と、戦争体験者の思考との対比がよかったのでしょう。 この作者は、『失敗の本質』を参考にしていると思います(巻末の参考文献リストにはあげられていませんでしたが)。

http://ibg-kodomo.blogspot.jp/2010/05/blog-post_11.html (『失敗の本質』のブログ)。
 
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2013年12月25日水曜日

百合根


昨日、スーパーで百合根を買いました。

子供のころ、7年前に亡くなった母親が、「茶碗蒸し」の具や「卵とじ」にしたりと百合根を使った料理を作ってくれました。 私は特に好物だったという訳ではありませんが、冬になり正月だというと何となく欠かせない食材です。

スーパーのレジで、若い女店員さんが百合根を手に取り眺めながら、なかなか金額をレジスターに打ち込みません。 しばらくして、「これはカブでしょうか?」と聞かれました。「最近は食べないのかね、、これは百合根といって茶碗蒸しなんかに入れると美味しいんだよ。 試してごらん」と答えました。

百合根なんかも、世代が交代して消えゆく文化なのでしょうかね?

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2013年12月23日月曜日

空気が有難い日本の朝

今朝の東名浜名湖SA

思いっきり呼吸ができる日本の Nippy Morning ! 

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2013年12月21日土曜日

PM2.5は300!


中国の大気汚染の深刻化を受け、日本でも関心を集めている汚染源の微小粒子状物質「PM2」。 金曜の朝、上海の中心地 静安寺のPM2の値は300です。 これまで比較的無頓着な中国の若者も、さすがに挨拶代わりに空気の話をします。

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2013年12月19日木曜日

中国語でいう「覚悟」

ibg上海オフィスの玄関

日本人でも中国人でも国籍は問わないのですが、一つの組織を立ち上げてビジネスを継続する場合、相手に対する根本的な信頼がなければなりません。 しかし、その信頼は将来的に相手に裏切られないということを意味しないのです。 裏切られない率を三割くらいに考えておいたほうがよろしい。 それが覚悟というものです。

中国語で覚悟は「承諾」と言います。 中国語で「覚悟」というと、責任を伴わないそうです。 責任を伴う、日本語で言う覚悟は「承諾」です。

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2013年12月16日月曜日

谷島さんの著書 ~ 我々は適応異常に陥っている

『ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国~「経営と技術」から見た近代化の諸問題』

先日、W大学のOさんと、日経BP社の谷島さんに会ってきました。 上の本を12月に出版されるそうです。 早速、読ませてもらいました。 私は若い人に「第2章」を読んでもらいたいですね。 夏目漱石や福田恒存、そして、吉田満さんまで登場します。

「個人の弱さ」、「立体感、距離感が乏しい日本人」は、まさに的を射ています。 福田恒存もどこかで書いていたと思いますが(40年程前)、自分の立ち位置が理解できていない。 特に、スマホやゲームが発達した現代では、他者に興味がないから、他者との距離感、自分の立ち位置なんてどうでもいいのでしょう。

学生さんたちには嫌われる発言ですが、あえて言わせてもらうと、どうも最近は「美意識」に欠ける人が多いように思います。 自分自身の美的感覚が弱い。 自己本位でない、自分の物差しがない、つまり、自分自身に対するイニシアチブ(initiative)と決断力(determination)がないという印象があります。 ついでに、夏目漱石のようなユーモアのセンス(sense of humor)も、、、。

谷島さんの本と夏目漱石を読むと、漱石が明治の末期に訴えたかった自己本位ということが、何となく分かると思います。 また、「我々は適応異常に陥っている」のは、明治だけではなく、福田恒存が考えた敗戦後の昭和も同じ、そして、平成25年の今でも同じだった訳です。 大きな問題は、今の日本に漱石や福田恒存のような知性の存在がないということでしょう。 学生さんに期待です!














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2013年12月12日木曜日

家庭の意義


1963年12月12日 60歳の誕生日に小津安二郎はなくなりました。 欧米の映画人が小津映画を好むのは、小津安二郎の美意識でしょう。 この美意識こそが日本人の思想であり、恐らく、今の日本からどんどん無くなって行く日本の文化かも知れません。 

生涯家庭を持たなかった小津さんは、自分の人生と映画の世界のギャップを楽しんでいたのかも知れません。

上は、少し前にブログで取り上げた人生トラックのスライドですが、今の日本は第一コーナーに入るまでのホームストレッチに大きな問題があると思います。 すなわち、家庭を重視しないで、人生の第一コーナーから第二コーナーに入っても、遅かれ早かれ行き詰まるか、修羅場を上手に乗り切ることは難しいといううことです。 

家庭に対する愛情や貢献、または、束縛に耐えられないのに、どうやって社会でやっていけるのでしょう。 ましてや、価値観の大きく違った外国で仕事などできるはずがありません。

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2013年12月11日水曜日

再び、「自由とは?」


そもそも、「自由」なんて意識しないのが日本人でしょう? 「自由には覚悟が必要」なんて発想はありません。 「自由なんて、生まれながらにして保障されている」と考えるのが、通常の日本人だと思います。 

自由の意味を十分に理解した上で、意識して自由を放棄している人もいるのだろうと思います。 また、自由なんて意識したこともなく、理想のイメージ(Vision)を欠き、めくらめっぽうに目先の能力を獲得しようとする人もいるでしょう(例えば就活の一環として)。

自由であることを望んでいる人ですが、100%自由な人っていないと思います。 何らかの制約を受けているのです。 しかし、自由になりたい人は、自分の自由度を高めるために、(Visionに向かって)能力を獲得し、成功しても失敗しても、自分自身で責任を取る覚悟がある人だと思います。

会社組織も同じですし、国家なんかも基本は同じだと思います。


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2013年12月7日土曜日

男としての人生


全く忘れていたのですが、1年以上前に図書館で予約した本が利用可能になったので、早速取りに行って読んでみました。      

木村久邇典著 男としての人生 - 山本周五郎のヒーローたち 』という本で、今では絶版となっています。 俳優高倉健さんがお気に入りの一冊として持ち歩いているということで、中古でも数万円のプレミアムがついている本です。

かなりワクワクと期待していたのですが、山本周五郎作品からの抜粋が、全体の大部分を占めるという構成で、かなりガッカリしました。しかし、高倉健という役者の生き方は何となく分かったような気がしました

高倉健さんは、第一の人生である実の人生以外に、映画の中で、第二、第三、第四、、、の人生を生きて来ました  映画の中の人生のほうを全面に出して、より実存感を持って自分のイメージをブランド・マネージしてきたのでしょう。 衆からすると、映画の高倉健さんを高倉さんとして見るわけですが、高倉さんご本人にしたら、実人生と役との間の距離感を楽しんで来たのかも知れません。

山本周五郎という作家は、小説の主人公を通じて自分の実人生と小説の中の虚構の主人公とのギャップを楽しんでいたのだろうと思います。 小説の主人公を通して自分の人生のVISIONを語ったのかも知れません。 

高倉健さんが『男としての人生 - 山本周五郎のヒーローたち 』を愛読書としたのは、高倉さんの映画に対する姿勢と、山本周五郎の小説に対する姿勢が一致していたからではないでしょうか? 『男としての人生 - 山本周五郎のヒーローたち という本に感動して持ち歩いていたというのではないと思います。
   
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2013年12月5日木曜日

豚そば



何を血迷ったか、、、、、 濃厚な豚骨醤油ラーメンは、元気でテンションが相当にハイでないと完食はできません。  

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2013年11月30日土曜日

教養とは? ~ グローバルに通用するファンダメンタル

あくまで自己中のチャーリー

オイラ犬やけど、エゴイストやねん。 オイラだけやなくて、人間だってみんなそ~やと思うな。 特に、社会に出る前の学生はんらは利己的や、自分中心ちゅうことや。 

そういった利己主義者たちが一緒に生きていくには、 「お互いが協力せなあかん」ちゅう根本的
な「和諧」の気持ちが大切なんや、これを「教養」っていうねん、「躾」って言わはる人もおるな。 この「教養」や「躾」が一定レベルに達していない社会は無茶苦茶になるんや。 この能力を身につけることが教育来の目的やねん。 ガッコ(学校)では知識の詰め込みばかりで教わらんのが日本の教育の問題やと思うワ。

国家と国家の関係でも同じでっせ。 中国の前主席胡錦濤はんは「和諧」をスローガンにしはった(そこまでふこ~考えてはったか知らんけど)、せやけど、習近平はんが出てきはって、「中国夢」に変えはった。 ホンマ、エライこっちゃな、、、。 


人間なんて、エラそうやけど、オイラと大差ないワ。

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2013年11月27日水曜日

自由ということ ~ グローバルに通用するファンダメンタル


チャーリーのエゴイズムと私のエゴイズムのバランスを如何にとるか? チャーリーは自分のエゴに引っ張りこもうとするし、私は人間でありご主人様であるという強烈なエゴでチャーリーを思い通りにしようとします。

最近の国際情勢をみると、どの国も国家と国民のエゴイズムのバランスが悪い。 国家間のバランスも悪い。 どうも、自由(freedom)ということの意味を勘違いしているかのように振る舞います。 自由とは、先ずは願望があって、願望を達成する能力を身につけ、最終的には自分で責任をとるという覚悟のことです。 どれが欠けてもいけない。 願望はない、能力はいらない、責任をとるのは真っ平御免だ。 これは、freedom(自由)というのではなく、license(勝手気まま)というものです。

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2013年11月22日金曜日

民主主義の理解 ~ グローバルに通用するファンダメンタル


JFK(ジョン・F・ケネディ)大統領が暗殺されたのが1963年11月22日。 日本では翌23日、勤労感謝の休日でした。小学生の私は父親の運転する車で、油山(福岡市)に向かっている途中でした。 ちょうど油山のふもとに着いたあたりで、「JFKが暗殺された」という臨時ニュースが飛び込んできました。アメリカ映画やTVドラマ、そして、ベンチャーズの音楽により、アメリカにはぼんやりとした憧れを抱いていたので、その時のことは今でも鮮明に記憶に残っています。 もちろん、小学生である私が政治的な背景は分かるはずはありません。

JFKのことも含めて、今のほとんどの日本人は、戦後の実情をほとんど理解していないと思います。

JFKの暗殺には多くのナゾがあり、本当のところは分かっていません。 日本が理想とする民主主義の模範国であるアメリカにおいて、JFK、RFK(JFKの実弟であるロバート・ケネディ)、キング牧師の3人が立て続けに暗殺されました。 そして、アメリカはベトナム戦争10年の泥沼に突入しました。 私は1976年に初めてアメリカに行ったのですが、そこには自信を失って退廃的なアメリカが横たわっていました。私の憧れたホームドラマのアメリカは、JFKの暗殺を機に終焉していたのでしょう。

グローバルに展開する日系企業に対して長年コンサルティング・ビジネスをやってきました。 特に90年代は、パッケージ・ソフトウェアを使った業務改革プロジェクトなどが計画通りに行かないで泥沼化することを見てきました(幸い自分のプロジェクトが泥沼になったことはありませんが)。 問題の本質に「民主主義」の理解があります。 民主主義は相互理解のための話し合いではありません。 民主主義とは話し合いによって解決しない対立を、合理的に、且つ、限られた時間内に処理する手段なのです。 欧米の人たちは理解しているのですが、日本人はそうではない。 だから、大きな全社的なプロジェクトは泥沼化します。

敗戦後に押し付けられたアメリカ型民主主義は、アメリカではどうも1960年代には木端微塵に砕け去っていた(らしい)。 ところが、日本はほぼ70年もの間、金科玉条として崇め奉ってきた。 それも、間違った理解のまま。

JFKの暗殺は、日本人にとって何を意味するのでしょうか? 冷静に民主主義を考え、アメリカの現状を見つめては如何でしょうか? 盲信はよくないですよ。

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2013年11月19日火曜日

義理を通す ~ グローバルに通用するファンダメンタル

アメリカで仕事をしていた時、仲間にアメリカ海軍や海兵隊の将校出身者が混じっていました。 7年間将校として駆逐艦に乗って湾岸に行っていた友人もいます。 アメリカ人の立派な人に共通することの一つが「義理」の「義」であることは、間違いないと思います。 

欧米でも日本でも、もしかしたら殆どの国で共通することかも知れません。 下の記事では、「義」を「duty」と訳していますが、たぶん、「sense of obligation」 のほうがニュアンス的にあっていると思います。 新渡戸稲造さんが『武士道』の冒頭で、全ての基底にあるのは「義」だと言っています。 義理を欠くということは、卑怯者だと言う事です

最近の日本では、義理なんて言葉は聞かなくなりました。

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日本人の母に教え込まれた「義理」 日系初の米太平洋艦隊司令官 ハリー・ハリス海軍大将(57)

2013.11.18 21:56
「harry harris」の画像検索結果
ハリー・ハリス米太平洋艦隊司令官=18日、東京・広尾のニュー山王ホテル(田北真樹子撮影)
「こんにちは。はじめまして」
18日に都内のホテルで行われた記者会見の冒頭。ややぎこちない感じで日本語を口にした。先月16日に太平洋艦隊司令官に就任後、海外メディアとの初めての会見は自分が生まれた日本で行われた。日系人初の米海軍大将でもある。
父は第二次世界大戦にも従軍した米海軍の軍人で、母は神戸市出身の日本人。1958年に米国に移り、南部テネシー、フロリダ両州で育った。
遊び相手の父親や祖父の中には、大戦で旧日本軍と戦った人もいた。日本語をあまり話せないのも、「息子を環境になじませようとした母が、日本語を教えなかったからだ」という。少年には難しい環境だったに違いないが、「母のおかげで乗り越えられた」と振り返る。
その母に幼少の頃から教えこまれた価値観は「義理(duty)」。「6、7歳の子供が理解するにはとても重い概念だった」と話す。父が軍人だったこともあり、「国民は国家が必要とするときに奉仕する」ことを当然とする姿勢を身につけ、高校時代に海軍を目指すことを決意した。
米軍の主要ポストにはヒスパニック系やアフリカ系米国人などが就任してきた。「多様性が米国を強くする。この点を潜在的な敵対国にも、友好国にも分かってもらいたい」。時折、人懐こい表情が浮かぶ。
好きな本は、大戦前に日本人外交官と結婚し、日米の平和の懸け橋になることを目指した米国人女性の著作「太陽にかける橋(邦題)」。悲劇を繰り返さないとの強い思いが伝わってきた。(田北真樹子)

2013年11月14日木曜日

二宮尊徳は古いのでしょうか?


アメリカ義務教育の理念は、自尊心(self-esteem)を育みそだてることだと思います。 南カリフォルニア大学の先生たちが1990年代前半、盛んに議論したのは、自律・自立です。 これらは、二宮尊徳の思想でもあります。

日本には、二宮尊徳の思想をどうしても教育から排除したい勢力があるようですね。 何が何でもも日本や日本人を依存心の強い状態にしておきたいのでしょう。

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2013.11.13 03:09 産経抄
 子供のとき両親を亡くした二宮金次郎は伯父の家に預けられる。迷惑をかけてはならないと田畑で懸命に働く一方、儒教の『大学』を入手し、深夜に勉強した。ところがこれに気付いた伯父は「そんな勉強のために貴重な灯油を使うな」と禁じる。
 ▼金次郎は川岸の空き地でアブラナを育て、採れた菜種と灯油を交換してやっと夜の勉強を再開した。それでも伯父は「時間を無駄に使うな」と許さない。そこで今度は夜もむしろ織りなどをして働き、山に薪取りなどに行く往復の時間を勉強に充てたのである。
 ▼内村鑑三の『代表的日本人』などで語り継がれる二宮尊徳の逸話だ。小学校などでおなじみだった金次郎の銅像が生まれた所以(ゆえん)でもある。ところが、その金次郎像がどんどん姿を消してきている。学校でほとんど教えず、金次郎が子供たちから遠い存在となったからだろう。
 ▼文部科学省の有識者会議が道徳の「教科」への格上げと検定教科書の使用を求める報告書案を公表した。当然に思えるが、案の定「特定の価値観の押しつけだ」との批判があるらしい。文科省内部にも「教科書検定の基準を決めるのは難しい」と腰を引く声もあるという。
 ▼だが二宮尊徳をはじめ、近江聖人といわれた中江藤樹、「稲むらの火」の濱口梧陵ら、誰もが子供たちに生き方を教えたい人は多い。外国にもヘレン・ケラーやマザー・テレサがいる。そんな人物を語るだけで立派な教科書となる。検定も問題ないはずだ。
 ▼昨年、その試験版として『13歳からの道徳教科書』を編集した「道徳教育をすすめる有識者の会」の渡部昇一氏はこう話していた。「人生のある場面において、教科書に載った人物の良い行動原理が無意識に助けてくれると確信している」。

2013年11月12日火曜日

情緒 ~ 人間が人間である中心

ストラトキャスターは美しい

犯罪を犯す人に欠けているものは、「情緒」だそうです。 

数学者の岡潔と評論家の小林秀雄の対談『人間の建設』(1965年)で、岡潔は、「人間が人間である中心になるものは、科学性でもなければ、論理性でもなく、理性でもない。情緒だ」と言っています。 

携帯によるコミュニケーションは、情緒を育まないと思います。 まだ、PCで文章のやりとりをするほうがましだ。 

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2013年11月8日金曜日

蕃椒(トウガラシ)

ベランダのトウガラシ

蕃椒横むいたのはなかりけり   


正岡子規 (明治25年 秋)

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2013年11月5日火曜日

読書について ~ 英語よりも大事なこと


『読書について』が新訳で出版されていました。

読書は自分で考えることの代わりにしかならない。自分の思索の手綱を他人にゆだねることだ」(本文より)。

頭の中の言語空間が広がらないうちに外国語を詰め込んだって、思考のベースラインを構築することはできませんね。 『読書について』は本を読むなと言っているのではなく、意義の有る中身のある本を何度も読んで、自分の思想を形成することが大事だと言っています。

学校を卒業したら、自由に本を読んで考える時間を見つけるのは難しくなります。 学生時代、貴重な時間を社会人の真似事で無駄にする必要はない。 きっと、学校やマスコミに仕向けられているのでしょうが、反逆する学生さんの出現を待望します。

いかに大量にかき集めても、自分の頭で考えずに鵜呑みにした知識より、量はずっと少なくとも、じっくり考え抜いた知識のほうが、はるかに価値がある。 なぜなら、ひとつの真実をほかの真実と突き合わせて、自分が知っていることをあらゆる方向から総合的に判断してはじめて、知識を完全に自分のものにし、意のままにできるからだ」(本文より)。

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2013年11月1日金曜日

コミュニケーションの基礎 ~ 英語よりも大事なこと


就職活動中の学生さんの中には、自分のやりたいことが分からない人が多く見うけられます(一般的なことだと思います)。 自分のやりたいことを知るには、色んな人とコミュニケーションして(人間交際)、自分をためしてみなければいけないのです。

コミュニケーションの基礎って、外国語を学習する以前に、こういったところにあるのではないでしょうか? 外国語がペラペラできても、信用される人間だと思われない場合、世界で仕事はできません。   

特定の組織やグループの中だけで、塩漬けになってはいけないということです。 

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2013年10月29日火曜日

引き出しが多い人 ~ 英語よりも大事なこと


ibgの新人教育で説明していることです。 

コンサルタントは、話し相手をみて、その場に相応しいネタを、タイミング良く、引出から出してこなければいけません。 英語や中国語のスキル以前の問題なのです。 普段の生活(仕事)スタイルからネタを収集する習慣を身につけることが大事です。 もちろん、たまにはネタの棚卸も必要ですよ。 不易(普遍的なもの)もあるし、流行のものもあるからです。  

ところで、世の中には、善玉と悪玉、二種類の頑固じじいがいます。 悪玉には要注意です。

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2013年10月26日土曜日

自信を回復するには?

自信を回復するには、チャレンジ(挑戦)し続けるしかない。 停まったら、自信は絶対に回復しない。 デフレスパイラルを脱するには、前向きに進み続けるしかない。 失敗も大きな前進です。


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2013年10月23日水曜日

ダイヤモンドヘッド


全てはテケテケから始まった。 

私の小学生の頃、エレキギターは「テケテケ」でした。 ご存じベンチャーズの「ダイヤモンドヘッド」、 レコードに忠実にアコギでやってみました。 ピックなしの指弾きでのベンチャーズです。 

久しぶりにやってみると、これも意外とリズムが難しい。 まさに、「眼高手低」、実際にやってみないと分からないですね。

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2013年10月21日月曜日

ブラックサンダー


数年前まで知らなかったチョコバー。 名古屋限定のお菓子だと思っていましたが、最近になって、東京は小平の会社だと判明しました(工場は豊橋なので、「とよはし産」と書いてあります)。

来日中のロックバンドのキッス、リクシルのグローエ買収、そして、OEMを主とする松本のギター製造会社FUJIGEN楽器を見ていて、ブランドマネジメントって大変だなと感じました。 ブラックサンダーも、どこまで継続させることができるか楽しみです。 これも、商品を提供する企業(ブランド)と消費者との信頼関係です。

ブラックサンダーは、世に出て20年だそうです。 果たして40年継続するか? 裏切らないでね。

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2013年10月17日木曜日

意識から無意識に、、、、が重要


これは、ibgの新人教育で使っているスライドです。

若い時に習慣化する、つまり、無意識に行動するようにすることは重要です。 ただ、悪い習慣が身につくと、40歳50歳になった時に損をします。 その時に気づいても後の祭り。 上手に年をとる作業に失敗したということになります。

フィードバックの習慣を身につけたメンバーからなる組織は強いものです。 できれば、ポジティブなフィードバックがよろしい。 日本人組織の場合、フィードバックはネガティブで単なる批判になる傾向があるので、意識的にポジティブなフィードバックをするといいと思います。

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2013年10月14日月曜日

法隆寺の柿






柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」 
正岡子規


法隆寺の近くで柿をもらった。チャーリーは、鐘が鳴くてもかぶりつき。


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2013年10月12日土曜日

日本の貯蓄率


日本は貯蓄率が高いと思っていませんか?
社会保障が充実しすぎると、自分で備えようとは思わないのです。 

将来の物質的な備えよりも、何が起こっても大丈夫なように心の備えが重要なわけですが、日本人の精神面も大丈夫でしょうか? 日本の義務教育は、精神面の基底となる自尊心の育成を軽視してきたように思います。 

日本人の感覚も、ここ20年でかなり変化してきています。 

1.税金は安い方がいい
2.社会保障はもっと手厚くしろ  
3.貯蓄はしない(できない?)

もう一つ重大な現実があります。 

高齢化の進展です。 日本は全人口に占める65歳以上の高齢者の割合は25%ほどです。 収入を年金だけに頼っている方も少なくない。 現役時代に蓄えた預貯金を取り崩して生活しているわけです。 今後、家計貯蓄率の一層の低下は避けられない。 現役時代のように、国債を買う余裕なんてなくなります。 すると、政府は国債発行によるファイナンスができなくなるし、アメリカ国債も購入できなくなる。すると、防衛もしてもらえなくなるでしょう。

上の国税庁のグラフにはありませんが、1980年頃の日本の貯蓄率は20%近かったわけですから相当の落ち込みです。若い学生さんは、以上のことを認識しておいたほうがいいと思います(私が学生の頃は何も考えていませんでしたが、、、)。 

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2013年10月6日日曜日

日本のパン


パニーニとはパンで具材を挟んだサンドイッチの意味だそうだが、白っぽい少し粉をふいたような薄めのパンというのが特徴かも知れません。東名高速の浜名湖サービス・エリアにあるリトル・マーメイドのパニーニは、いつ食べても最高に美味しい。
http://www.littlemermaid.jp/shopsearch/shizuoka/post-205.html

宗教に対して寛容であり、極めて柔軟性のある日本は、パンに関しても同じです。原理主義の立場をとることはないのです。 日本独自の考えや研究を重ねて「日本のパン」を生み出しています。 だから、 「日本のパン」はオリジナルと言っていいのだろうと思います。

ただ、マンハッタンのブロードウェイで食べるような、たまにはアゴが痛くなるようなベーグルや、デリーで作ってもらう朝食のベーコンエッグ・サンドイッチのロールはありません。それらはアメリカ、否、マンハッタンのパンなのです。

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2013年10月2日水曜日

すべての宗教の結束 ~ 伊勢神宮

伊勢神宮 五十鈴川

イギリスの歴史学者 アーノルド・J・トィンビーは、1967年に伊勢神宮に参拝しました。 トィンビーは、神道は人間と他者との調和のとれた協調関係を説いているといい、以下のように記帳しています。    

Here, in this holy place, I feel the underlying 
unity of all religions. 

すべての宗教の結束を伊勢神宮に感じる。

あらゆる原理主義者が神の聖域である伊勢神宮の境内に入ると、トィンビーの気持ちになれるか?

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(時事 2013/10/01-18:28)
2日に「遷御の儀」=20年ぶり、ご神体引っ越し-式年遷宮、最高潮へ・伊勢神宮










2日の「遷御の儀」を前にした「川原大祓(かわらおおはらい)」で、調度品などをはらい清める神職ら=1日午後、三重県伊勢市の伊勢神宮内宮(代表撮影)


三重県伊勢市の伊勢神宮で20年に1度行われる「式年遷宮」の中心行事で、新社殿にご神体を移す「遷御の儀」が2日、内宮(ないくう)で行われる。新社殿用木材の伐採と運搬の安全を祈願する2005年5月の「山口祭」から始まった一連の祭典・行事は、最高潮を迎える。

前日の1日には、新調された調度品や、遷御の儀に従事する神職らをはらい清める「川原大祓(かわらおおはらい)」が行われた。清められた調度品などは、翌日に備えて新旧正殿に分けて運び込まれた。

当日は午後8時に大宮司らがご神体を携え、白い絹布でできた「絹垣(きんがい)」と呼ばれる囲いの中に入って新正殿へと進む。百数十人の神職らでつくる遷御の列が約40分かけて移動する。

1回目の「式年遷宮」は690年にあり、今回で62回目。20年ごとの移転は、常に社殿を新しく保つほか、技術を継承する意味合いもあるという。

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2013年10月1日火曜日

リアリストとは



小林秀雄が言っています。

「リアリストというものをひと口で定義するなら、好きなものは文句なく好き、嫌いなものは文句なく嫌いだという信条のうえに知恵を築いている人だ」(『スポーツ』 1959年)。

チャーリーがどれだけ知恵を築いているリアリストかは甚だ不明だが、チャーリーは、イタズラを信条として生きていることだけは確かだ。

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2013年9月28日土曜日

忍耐とは

武蔵野のチャーリー ~ どこまで私の忍耐を試すんだ!

「忍耐とは、癇癪持向きの一徳目ではない。私達が、抱いて生きて行かねばならぬ一番基本的なものは、時間というものだと言っても差支えないなら、忍耐とは、この時間というものの扱い方だと言っていい。時間に関する慎重な経験の仕方であろう」(小林秀雄 『還暦』 1962年)。

日本の教育や社会は、この時間というものを無視することに問題があると思います。 一日は24時間、一年は365日、人の一生は不可逆性です。 これを無視しちゃいけない。

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2013年9月27日金曜日

唐招提寺


奈良って、いつまでたっても京都のようにメジャーになりません。 だから、奈良なんでしょうね。 本当の日本精神があるのかもしれない。

古寺巡礼

和辻哲郎

西の京――唐招提寺金堂――金堂内部――千手観音――講堂

堂の正面をぶらぶらと歩きながら、わたくしは幸福な少時を過ごした。大きい松の林がこの堂を取り巻いていて、何とも言えず親しい情緒を起こさせる。松林とこの建築との間には確かにピッタリと合うものがあるようである。西洋建築には、たとえどの様式を持って来ても、かほどまで松の情趣に似つかわしいものがあるとは思えない。パルテノンを松林の間に置くことは不可能である。ゴシックの寺院があの優しい松の枝に似合わないことも同様であろう。これらの建築はただその国土の都市と原野と森林とに結びつけて考えるべきである。われわれの仏寺にも、わが国土の風物と離し難いものがある。もしゴシック建築に北国の森林のあとがあるとすれば、われわれの仏寺にも松やひのきの森林のあとがあるとは言えないだろうか。あの屋根には松や檜の垂れ下がった枝の感じはないか。堂全体には枝の繁った松や檜の老樹を思わせるものはないか。東洋の木造建築がそういう根源を持っていることは、文化の相違を風土の相違にまで還元する上にも興味の多いことである(1919年)。

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2013年9月26日木曜日

上海料理を洗練させた台湾の小龍包


台湾のおいしい小籠包のお店京鼎樓(ジンディンロウ)です。 鼎泰豊(ディンタイフォン)で修行した陳三兄弟が開いたお店だそうです。   

写真は、デザートの「芋泥小龍包」(タロイモの小籠包)と、手前は「豆沙小龍包」(あずきあん入りの小龍包)です。 
タロイモのやさしい甘さが、いかにも台湾らしくて最高です!

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2013年9月25日水曜日

台湾新幹線

台湾新幹線の台北駅(月台はプラットフォームのことです)

日本の「新幹線」 を走らせている台湾でも、一部で韓国車両を導入したことがあるそうです。そしたら、故障が続出。 更に無責任な対応だったために、いま台湾では鉄道における韓国メーカーは、出入り禁止状態となっていると聞きました。

アフリカはともかく、アジア
諸国では中国や韓国の鉄道は眼中にありません(ブラジルは入札プロセスの最中ですが、だんだんと気づいています)。 実は、中国でも川崎重工の車両技術を取り入れているのです。 

15年ほど前ですが、ニューヨークのブロンクスとウェストチェスター郡の境にあるヨンカースの川崎重工地下鉄車両工場を訪問したことがあります。 NYでも日本製車両は抜群の信頼性だと説明をうけました。 どんな時代であろうが、地域であろうが、一番大切なのは信頼性で、一朝一夕に養い得ることではないのです。

今回の台湾iCCP(ibg career counseling program)では、日本の大学生たちに、台湾新幹線に乗車してもらいました。 色んなことに気づいてもらいたかったのです。

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2013年9月24日火曜日

台湾の歴史問題

台湾 台南市国立台湾文学館

日本統治時代の旧台南州庁舎は、現在国立台湾文学館となっています。 東京帝国大学建築学科出身の森山松之助によって設計されました。 森山さんは、台南州庁舎以外にも、明治・大正期の台湾の多くの官庁を設計しました。建物は米軍の台南空襲の際に大きな損傷を受けたそうですが、現在はきれいに修復されています。

親日的だと言われている台湾でも、反日の活動は確実に広がっています。 

下関条約で清国が日本に台湾を割譲し、日本が台湾を統治したというのが、史実なのですが、日本が軍事的に台湾を強奪したというニュアンスの「日拠」が歴史教科書で使われ出しました。 国民党独裁時代には「日拠」と教えていたそうですが、民主化運動により「日治」に変更されました。 ところが、現在の馬英九政権になってから「日拠」がよみがえって来たのです。 外圧なんでしょうね。


旧台南警察署本部(1931年建設: 現在も警察署)









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2013年9月23日月曜日

立派な人 ~ 八田與一

烏山頭ダムにある八田與一像

大学生たちと台湾に来ています。

台湾で日本統治時代の昭和5年(1930年)、当時アジア最大級の烏山頭ダムを建設するなどして、不毛の嘉南平野を台湾最大の米作地帯に変えたのが金沢市出身の日本人技師、八田與一です。

八田さんは、1942年、灌漑調査のためフィリピンに向かう途中、乗っていた大洋丸が米国潜水艦に撃沈され殉職しました。 そして八田さんの外代樹夫人は、終戦後の1945年9月1日、夫が身命を賭けて築いた烏山頭ダムの取水口に投身自殺したのです。


日本の大学生が一人でも多く八田さんのことを知ればいいと思います。
 




 
今月9月1日、八田記念公園で外代樹夫人の銅像の除幕式が行われ、関係者が八田夫婦をしのびました。 

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2013年9月21日土曜日

台湾の中秋節

なぜか台湾の中秋節はバーベキュー 

台湾の中秋節は月餅でなく、BBQをしながら路上で月を愛でる!

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2013年9月18日水曜日

眼高手低

私よりも更に忍耐力に劣るチャーリー (2013年9月17日)


周知のことですが、私に一番欠けることは「忍耐」です。 忍耐力が全くない。

今年のiCCP(ibg Career Counseling Program)インターンシップは台湾で実施します。 大学生との付き合いは、私の弱点である忍耐力を試されているようで、頭を掻きむしりたくなるのです。 まだまだ私の修行が足りないということでしょう。

小林秀雄が還暦を迎えた時に発表した作品に『還暦』があります。 今の日本は、経験の積み重ねから、何かが生まれるのではなく、怪しげな理解とその場しのぎの批評だけが飛び交っているのでしょう。

『還暦』 文芸春秋 (1962年)

眼高手低という言葉がある。それは、頭で理解し、口で批評するのは容易だが、実際に物を作るのは困難だと言った程の意味だ、とは誰も承知しているが、技に携わる人々は、技に携わらなければ、決してこの言葉の真意は解らぬ、と言うだろう。実際に仕事をすれば、必ずそうなる、眼高手低ということになる。眼高手低とは、人間的な技とか芸とか呼ばれている経験そのものを指すからである。

(中略)

成功は、遂行された計画ではない。何かが熟して実を結ぶ事だ。其処には、どうしても円熟という言葉で現さねばならぬものがある。何かが熟して生まれて来なければ、人間は何も生むことは出来ない

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2013年9月16日月曜日

守破離(しゅはり)

 

「守破離」は、最近の新入社員教育で流行っているそうです。 どう説明しているのか興味があります。

故桂枝雀さんが言っていました。 弟子入りしたら自分の師匠に稽古をつけてもらう。 これが10数年。 師匠の噺を完全にマスターしたら、師匠に別の師匠を紹介してもらって、その師匠に稽古をつけてもらう。 こういった出稽古を10数年やって、やっと自分の噺家としてのスタイルを確立していく、、、と。

ギターも同じです。 クラプトンは黒人ブルース・ギタリストのロバート・ジョンソンを完全にコピーして、それから、その他の黒人ブルース・ギタリストの真似をしていった。 そうして最終的に、自分のスタイルを確立しました。 でも、クラプトンって、正直でカワイイところがあって、「コピーしたフレーズはカッコいいけど、自分で考え出したフレーズはあまり好きじゃないんだ」ってインタビューで答えていました。

要するに、噺家もギタリストも、基礎ができていて、引出が多いのがいいってことじゃないですかね?  状況に合わせて臨機応変にやるには、基礎と引出の多さが重要になります。 コンサルタントも同じなのです。

やはり、気になります。 新入社員を育成する側が、「守破離」についてどれほど理解しているのでしょうか?

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2013年9月15日日曜日

インコンピタントということ

大宅壮一 『炎は流れる』 (1964年 文藝春秋)

37年ぶりにパラパラと中を見ていると、以下の部分に鉛筆で線が引いてありました。 昭和30年代40年代の知識人のレベルは、今よりずっと高いような気がします。 それは、昭和の戦争からあまり時間が経っていなかったからでしょうか? 

“保護国”というのは、第三国からの侵略を防衛する義務や外交の権利が、保護する立場にある国にゆだねられている国のことである。“従属国”というのは、内政の面ではあまり干渉をうけないが、外交関係は宗主国にまかせている国のことである。どっちにしても、たいしてちがいはなく、この時代(明治末期)には、世界各地にこういった準禁治産的な国がたくさんあった(『炎は流れる』 第三巻 P147)。

incompetent (禁治産的な、無能な)

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2013年9月13日金曜日

カマキリな奴

何年、否、何十年ぶりかでカマキリに遭遇しました 

蟷螂の さりとては又 推参な   夏目漱石

中国語でカマキリは蟷螂(タンラン)といいます。 日本でも昔は「蟷螂(とうろう)」と言いました。「推参」というのは、「出過ぎた無礼な奴だ」という意味です。

漱石は、カマキリを題材にした句をいくつか詠んでいます。 ユーモア精神に溢れる漱石にとって、カマキリというのはイジリ易いのでしょうね。 カマキリを見て、人間や国家の行為に例えるなんて、漱石にしかできません。否、日本語にしかできないでしょう。

カマキリだけでなく、漱石は「推参」という言葉が好きなのかも知れません。 『吾輩は猫である』に、「是は推参な奴だ、人の運動の妨(さまたげ)をする」というのがあります。 漱石は、中身を伴わず形式だけを西欧列強のマネばかりする田舎者の日本人や日本という国家を、「推参な奴」と揶揄したのだと思います。

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2013年9月12日木曜日

30年ぶりに出てきたレコード

30年ぶりに実家の納屋から出てきたレコード

あの不規則に入るプチプチっていうノイズが聞きたくて、レコードプレーヤーを買うしかないかと思います。 選曲も、針を曲と曲の間の溝に落とす。 あの感覚が懐かしい。

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