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2026年3月12日木曜日

「際」を生きるということ ―― 福沢諭吉 と「迷子になる勇気」

 

私の人生に大きな影響を与えた日本人の一人が、

福沢諭吉です。

福沢の人生を眺めていると、あることに気づきます。どこかで聞いたこともあります。彼は、ある意味で 「際(きわ)」に立って生きた人でした。

福沢諭吉が生きた「際」

福沢の人生を並べてみると、すべてが境界の上にあります。
  • 武士の時代 → 明治国家
  • 漢学 → 蘭学 → 英学
  • 封建社会 → 市民社会
  • 日本 → 西洋
彼の人生は、常に世界の変わり目 にありました。

福沢自身が書いていますが、蘭学を学ぶために長崎へ行ったとき、彼は気づきます。世界はオランダ語ではなく、英語で動いている。

そこで彼は迷わず方向を変えます。大胆な意思決定です。

つまり福沢は、最初から確信を持っていた人ではありません。
むしろ 現実を見て、方向を変え続けた人でした。

「迷子になる勇気」

私は『迷子になる勇気』という本を書きました。
後から考えてみると、この感覚は福沢の思想にかなり近いのではないかと思います。

福沢の有名な言葉があります。

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず

これは単なる平等論ではありません。

本当の意味は
自分で考えろということです。

そして自分で考えるためには、ときには既存の道を外れる必要があります。

つまり、『迷子になる勇気』です。

日本思想の面白さ

ここで少し面白いことがあります。

西洋の思想は、多くの場合
体系(システム) を作ります。

しかし日本の思想は、むしろ

境界に立つ人から生まれることが多い。
例えば
  • 空海
  • 本居宣長
  • 福沢諭吉
  • 夏目漱石
  • 新渡戸稲造
  • 小林秀雄
この人たちは皆、どちらの世界にも完全には属していません。
だからこそ、世界の矛盾が見えたのだと思います。

私もずいぶん迷子になってきました

自分の人生を振り返ると、
私もまた境界の上を歩いてきたように思います。

言い換えれば、
私もずいぶん迷子になってきました。

仕事や生活の場としては
  • 日本(地方都市と東京)
  • 中国
  • アメリカ
三つの世界を経験しました。

しかも、アメリカのITやコンサルティング会社という
大きな組織の中でです。

これはある意味で
文化の境界線でした。

さらに考えると、私は
  • 技術
  • ビジネス
  • 歴史
  • 思想
そうした分野の境界にも立ってきたと思っています。

境界に立つ人には、一つの特徴があります。

違和感を感じることです。

そしてもう一つあります。

境界に立つ人は、どこにも完全には属さないため、少し孤独になります
授業をサボって喫茶店にいる時のように。

その結果、人は次のどれかを始めます。
  • 研究する
  • 思想を作る
  • 書く
福沢は『学問のすゝめ』を書きました。

私はそんな立派なことができる人間ではありません。
研究ができるほど忍耐力もありません。

ただ、自分の人生で経験してきたこと、考えてきたことを、
忘れてしまう前に少しずつ書き残しているだけです。

小さな檸檬

私が好きな短編があります。

梶井基次郎の『檸檬』です。

この作品もまた、境界の文学です。
  • 都市と個人
  • 近代と感覚
  • 憂鬱と解放
その境界に主人公は立っています。
そして彼は世界を変えようとはしません。

ただ、檸檬という小さな爆弾を置いて立ち去る。

文章を書くこと

私が文章を書き続けている理由も、
たぶんそれに近いのだと思います。

世界を変えることはできません。
あと10年以内に死んでしまう確率が高い。

しかし、日本の歴史や社会、教育や主体性について、
読んだ人が 少しだけ違う角度から考える きっかけになればいい。

それで十分です。

それはきっと、
小さな檸檬だからです。

私の愛車である
黄色のコペンのように。

***

2025年11月15日土曜日

大谷翔平はなぜ特別なのか ~ 答えは“本質への偏愛”です

AI が生成した「大谷翔平っぽい人物」

大谷翔平のMVPが問いかける ― 才能の扱い方、日本の教育への疑問

大谷翔平選手が、今年のナ・リーグMVPを獲得しました。毎年のように大きな結果を残しながら、そのたびに本人は淡々と前を向きます。ワールドシリーズ優勝からわずか一週間後には、すでにトレーニングを再開していたと聞きます。

私は大谷選手の活躍を見るたびに、アメリカの Gifted and Talented プログラム を思い出します。そして同時に、日本の教育は才能をどう扱っているのか――その問いを避けられません。

■ 大谷翔平は「ギフテッド」であり、さらに「タレンティッド」です

大谷翔平選手は、明らかに gifted(天性の資質)を備えて生まれた人です。並外れた身体能力に加え、野球という競技を俯瞰して捉える抽象的思考や、課題を自ら設定して解決する創造性、そして高い判断力が若い頃から際立っていました。

しかし、それだけでは大谷翔平にはなれません。

gifted に talented がつくのは、「生まれつきの才能は、努力によって伸ばさなければ消えていく」というアメリカ教育の哲学からです。

大谷選手はまさにその「才能を磨ききった人」です。野球が好きで仕方なかった。だからこそ、好きなことに思い切り没頭し、知識を自然に取り込み、技能を自ら高めていきました。

その背景には、好きな野球に打ち込む息子を尊重し、環境を整えたご両親の理解があったと考えます。小さな大谷少年が自ら考えた課題にとことん向き合えるよう、親が“余計な口出しをしなかった”ことは想像に難くありません。

才能は、こうして環境と自立の中で育つのだと思います。

■ 平等主義の誤解 ― 「機会」と「結果」は違います

日本の教育には二つの平等がしばしば混同されています。
  • 機会の平等(Equal Opportunity)
  • 結果の平等(Equal Outcome)
「みんな一緒」が美徳に見えるのは幼い時期だけです。小学校高学年から中学生になると、能力差がはっきり現れます。この段階で「全員同じペース」を求める教育は、優秀な子どもほど知的好奇心を満たされず、やる気を失わせてしまいます。

■ 「選別はかわいそう」が議論を止めています

日本では能力別クラス編成という言葉すらタブーです。「選ばれなかった子が可哀想」という感情論が支配するからです。しかし、才能は一つの軸だけではありません。
  • 絵が上手い
  • 歌がうまい
  • 走るのが速い
  • 人をまとめる
  • 算数が得意
  • 機械が好き
  • 本を読むのが好き
子どもは多様なスペクトラムを持っています。算数の上級クラスに入れなくても、活躍の場はいくらでもあります。

必要なのは、子どもの特性をよく観察し、対話し、強みを伸ばす大人の姿勢だと思います。

■ 日本の教育は、gifted を摘み取っていないでしょうか?

日本の学校では、突出した才能がしばしば抑えられます。
  • 皆と同じスピードで学ばされる
  • 先に進もうとすると止められる
  • 教室の秩序を乱すと言われる
  • 特別扱いすると不公平だと批判される
この文化が、gifted の芽を早々に摘み取っているように見えます。教育の目的が「平均を揃えること」になってしまえば、社会全体の創造性は確実に痩せ細ります。

■ 大谷翔平は本来「平均に埋もれる側」の子ではなかったか

もし大谷選手が日本的な「みんな一緒」の教育の中だけで育っていたら、二刀流の挑戦は間違いなく止められたでしょう。

それでも彼は救われました。野球という広い世界の中で自分の居場所を見つけ、大リーグという、より高度な gifted & talented の仲間たちと出会い、その環境で才能を最大化できたからです。

大谷翔平は、“平均”ではなく“世界”を選んだ才能だと言えます。

■ MVP受賞が投げかける、日本の教育への問い
  • 日本の教育は、才能を伸ばしていますか?
  • それとも、才能を摘み取っていませんか?
大谷翔平選手のMVPは、単なるスポーツニュースではありません。才能が才能として生きられる社会とは何か。平等主義の誤解に覆われた日本の教育は何を見失っているのか。その問いを、私たちに突きつけているのだと思います。

才能とは本来、「本質を愛し、本質に偏愛できる力」です。

その偏愛が許され、育まれ、伸ばされる環境を、日本もそろそろ取り戻すべきではないでしょうか。
  
***


2025年11月11日火曜日

日本人は本当に働きすぎなのか ― 労働という信仰の系譜

 

働くという宗教 ― 日本人の勤勉の起源と誤解された“改革”

「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」――日本初の女性総理となった高市早苗氏のこの発言が、賛否両論を巻き起こしました。

「時代錯誤だ」との批判もあれば、「本音を言ってくれた」と喝采する声もある。興味深いのは、この一言が、私たち自身の「働くこと」への無意識の信仰を見事に浮かび上がらせたという点です。

日本社会では、「働く」ことは単なる生活の手段ではありません。それは“使命”であり、“徳目”であり、時に“信仰”でもあります。高市氏の発言が反発と共感を同時に呼んだのは、そこに「働くこと=善」という、日本人の深層倫理が刺激されたからにほかなりません。

江戸の「労働倫理」がつくった日本精神

日本人の「働く」ことへの執念は、戦後の企業社会に始まったものではありません。その源流は、江戸時代の思想家・石田梅岩にまで遡ります。梅岩は、「勤勉・正直・倹約」を徳とし、働くこと自体を天の理(天理)にかなう行いと説きました。つまり、仕事とは単なる生計手段ではなく、宗教的修行であり、人が救済に近づく道だったのです。

この思想を山本七平は「仕事の思想」と呼び、「日本教」という言葉で表しました。輸入された宗教や制度を日本流に翻案し、道徳と労働を結びつけてしまう――この“文化的変換装置”こそが日本社会の特徴です。仕事=救済という思想は、江戸庶民の心学を通じて社会全体に浸透し、やがて渋沢栄一の「論語と算盤」へとつながっていきます。

「働き方改革」は何を改革すべきか

日本人の勤勉は、近代化の原動力であり、同時に呪縛でもあります。問題は「働き過ぎ」そのものではなく、「なぜ働くのか」という哲学を失ったことです。欧米の制度を模倣し、残業時間の上限を定め、テレワークを導入しても、肝心の“仕事観”が空洞化したままでは何も変わりません。改革とは制度の輸入ではなく、価値観の再解釈なのです。

江戸時代の人々が、士農工商の身分を問わず、労働を通して「天に恥じぬ生き方」を追求したように、現代の私たちも「働くことの意味」を問い直す必要があります。働くことを単なる経済活動ではなく、自らの倫理や信念を体現する行為と捉えること――それこそが日本人の「働く」という概念の核心なのです。海外からの労働者を組織に取り込もうとしてもうまくいかないのは、こうした精神的背景が共有されていないからでしょう。

日本人は本当に働きすぎか

日本人は「休むこと」に罪悪感を覚えやすい民族です。休暇中でもメールをチェックし、会議資料を整える。それは単に勤勉だからではなく、「働くことが自己の存在証明」だからです。もちろん、欧米でも同じような感情は存在しますが、日本ではそれがより強烈に作用します。山本七平が指摘したように、日本では「空気」が人を支配します。周囲の期待、組織の雰囲気、沈黙の了解――そうした“見えない倫理(peer pressure)”が、私たちを机に縛りつけているのです。

だからこそ、働き方改革の本質は、時間や場所の問題ではなく、この“空気”をどう読み替えるかにあります。日本人が誇る「働くことの意味」――勤勉・倹約・正直を否定するのではなく、その根底にある倫理を理解し直すこと。それが、これからの社会に求められる精神的アップデートだと思います。

「働く」という日本的概念

私は、日本人が働き過ぎだとは思いません。

アメリカでも、本当に働く人は文字どおり24時間働いています。組織で出世や昇給を望むなら、他人と同じ努力では評価されない。一方で、9時から5時まできっちり働き、昇進を望まない人たちもいます。どちらの生き方も、それぞれが自ら選び取った結果です。

つまり、働くとはその社会の価値観(人生観)の表れであり、日本には日本独自の考え方があります。石田梅岩が説いたように、日本人にとって働くとは、勤勉であり、正直であり、倹約を旨とする生き方のこと。それは、士農工商を問わず共有された、日本人の根本精神であり、いわば日本的宗教観の一部でもあります。

問題は、この何百年も続く「働くこと」の思想を理解しないまま、欧米の制度や価値観を“正しいもの”として輸入してしまうことです。「働くことの意味」は、国によって異なります。日本には、日本人の“働く哲学”がある――私はそう思います。

***

2025年10月29日水曜日

大谷翔平が教えてくれる“本質を愛する力”

 
野球
(ネットで見つけた画像です)


昨日のワールドシリーズ第3戦、ドジャース対ブルージェイズは本当にすごかったですね。

延長18回、まるで二試合分のような死闘でした。びっくりしました。最後はフリーマンのウォークオフ・ホームラン(サヨナラ本塁打)で決まりましたが、私が心を打たれたのはやはり大谷翔平の姿でした。

彼は勝敗だけを追っているのではない。
もちろん勝ちたい気持ちは誰よりも強いでしょう。
それでも彼の表情には、勝ち負けを超えた「野球そのもの」への愛情があふれていました。

延長18回を戦い抜いたあとも、大谷は笑っていた。
その笑顔を見て、敵味方の選手も観客も、誰もが感じていたはずです。
――大谷は、野球というスポーツそのものを愛しているのだと。

この姿を見て、私は言語学の「シニフィアン」と「シニフィエ」という概念を思い出しました。少し難しい言葉ですが、簡単にいえば「シニフィアン」は言葉の“かたち”、“音”であり、「シニフィエ」はその言葉が指し示す“意味”や“本質”のことです。

たとえば、赤ん坊が「りんご」という言葉を覚えるとき、最初はただ音として「りんご」を覚えます。そのあとに、丸くて赤くて甘い果物だと理解する。つまり「りんご」という音(シニフィアン)と、「果物としてのりんご」(シニフィエ)が結びつくことで、初めて“モノの概念”が形づくられていくのです。

そして、その「概念」は育つ文化や環境によって違ってきます。
私には二人の孫がいます。二人ともアメリカの南部で生活しています。
当然ながら英語の世界の中で成長している訳です。

ジージとしては少し寂しいのですが、私が「りんご」と言っても、彼らの頭の中に浮かぶ“apple”は、私が思い描く「りんご」とは少し違うのです。言葉を覚えるということは、同時に「世界の見方」を身につけることでもある――そう感じます。

だからこそ、私は幼児や小学生の「英語早期教育」に懐疑的です。言葉を学ぶことは単なるスキル(ツール)ではなく、その人がどんな文化の中で世界をどう感じ取るかという、もっと深い営みだからです。
  
大谷翔平が見せてくれるのは、まさに「シニフィエ=本質」を愛する姿勢だと思います。アメリカの野球、日本の野球という枠を超えて、彼は「野球そのもの」という普遍的な本質を楽しんでいる。その姿が観る人の心を打ち、国境を越えて感動を共有させるのです。

私たちも、ものごとを見るときに“思い込み”というフィルターを外し、
その奥にある「本質」に目を向けてみたい。

そうすれば、少し大げさかもしれませんが――
生きることそのものが、少し楽しくなるような気がします。
   
***

2025年8月26日火曜日

ユーモアとリーダーシップの大谷翔平

 

45号ホームラン直後の大谷選手

ユーモアとリスペクト――大谷翔平の姿勢に見るもの

2025年8月、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平は、サンディエゴ・パドレスとの試合で45号ホームランを放ち、試合を決定づけました。しかし、注目すべきは、そのホームランの後に見せたユニークな行動です。試合中、大谷はサンディエゴのペトコパークで、観客から絶え間ない野次を受け続けていました。その観客は、日々の生活の辛さを球場での野次にぶつける、パドレスファンの中でも有名な人物です。試合の初めから終わりまで、大谷の打席に対して厳しい言葉を投げかけていました。しかし、大谷はそれに対して驚くべき反応をした。ホームランを打った後、わざわざその観客とハイタッチを交わしました。この行動は、普段の冷静な大谷からは想像できないもので、周囲を驚かせました。

ドジャースの監督デイブ・ロバーツは「普段の大谷では考えられないことだが、観客が試合中ずっと彼に厳しい言葉を投げかけていたから、最後にそれを上手く受け流して、ハイタッチをすることで彼に最後の一撃を食らわせたのだろう」と語っています。大谷自身は試合後にコメントを避けましたが、この行動が彼の持つユーモア精神と相手に対するリスペクトを象徴していると考えられます。

日本では見られない「余裕」と「無駄」

大谷の行動から感じるのは、スポーツマンとしての真摯な姿勢に加え、相手へのリスペクトを忘れない余裕です。日本では、この「無駄と余裕がなさすぎる」という点を私は若い頃から指摘してきました。特に日本の社会では、勝敗を決する場面において「負けられない」というプレッシャーが強く、余裕を持った対応が少ないように感じます。大谷は、勝負の世界でも一線を画す人物でありながら、相手を挑発することなく、むしろその挑発にユーモアをもって返すことで、観客や対戦相手を一歩引かせています。結果として、ファンもファンでない人も「みんなで楽しもうよ」という気持ちが共有されているように思います。

私は以前から、リーダーに必要な条件は「決断力」「イニシアティブ」「ユーモアのセンス」であると述べてきました。大谷が見せた行動は、まさにリーダーに必要な資質の一端をスポーツの場で体現したものと言えるでしょう。翻って日本の政治を見れば、現総理大臣にはこの3つの条件に達する以前に、人格そのものに大きな問題があるように感じます。国を導くべき立場にある人が、決断力もイニシアティブもユーモアも欠いていることは、日本社会全体に重苦しい影を落としているのではないでしょうか。

結論

大谷翔平が野球に対して示すのは、単なるスーパースターとしての姿勢ではなく、まさに「野球を楽しむ心」の体現です。それは、競争の厳しさの中でも、他者との関係性を大切にし、ユーモアを持って接することの重要さを教えてくれます。彼の姿勢は、単なる技術的な勝負だけでなく、心の余裕と対人リスペクトの大切さを改めて感じさせてくれます。

そして、日本の政治や社会がもっと柔軟で余裕のある態度を持つことができれば、もっと健全なコミュニケーションが生まれるのではないでしょうか。大谷のように、勝者も敗者も一緒に楽しめる余裕を持つことこそ、現代社会に求められる姿勢ではないかと私は思います。

***

2025年7月22日火曜日

責任という言葉の重さ

 

今村均将軍と今の日本政治を見つめて

今回の参議院選挙と、それに際して聞こえてきた総理の発言を通じて、私は改めて、戦後80年を経たこの国の「失敗の帰結」を突きつけられたように感じました。今の日本の政治の姿は、敗戦後の歩みの総決算のようにも見え、その象徴が、いま総理大臣の座にある人物なのだと思えてなりません。

これまでの人生で、私の身のまわりには、このような人物は一人もいませんでした。そんな「スペックの人」が、国のリーダーであるという現実に、ただ茫然とするばかりです。

そんなとき、ふと思い出したのが、40年ほど前に読んだ角田房子さんの『責任 ラバウルの将軍 今村均』という本でした。初めて読んだとき、私はとても強い衝撃と感動を覚えました。「責任とは何か」「リーダーとは何か」という問いに、ここまで明快に応えた人物が、日本の戦後にどれほどいたでしょうか。

今村均さんは旧日本陸軍の大将として、徹頭徹尾「責任を取る」ということを実行した人でした。戦局が悪化する中、ラバウルで数万人の兵を指揮しながら、玉砕も飢餓も許さず、終戦まで秩序を保ち続けたそうです。戦犯として収容されたあとも、自ら進んで責任を負い、帰国後は部下やその遺族の支援に奔走しました。その姿は、占領軍のマッカーサーさえも動かしたといいます。

「その時は責任を取ります」と言う人は今もたくさんいると思います。でも、実際に取った人は、ほんのわずかしかいません。今村将軍は、部下たちの苦しみを自分自身の問題として引き受け、帰国後も自らの意思で、ふたたびマヌス島の収容所に戻ろうとさえしました。それは、単なる義務感や軍人としての誇りではなく、「仁」の心に裏打ちされた、深い人間性の表れだったのだと思います。

それに比べて、今の日本の政治に「責任」という言葉は、本当にあるのでしょうか。たとえ総理の口からその言葉が出たとしても、どこか軽く、空虚で、胸に響いてきません。なぜなら、その人が「責任とは何か」を真剣に考えた形跡が見えてこないからです。政治家が、手段と目的を取り違え、ただ権力の座にしがみついている。そんな姿に、私たち国民は人質のようにされているのではないか――そんなふうに思えてなりません。

今村さんと同時代を生きた人々に直接話を聞くことは、もはや難しい時代になりました。でも、今村さんのような人が、かつてこの国にたしかに存在したこと。そして、その生き方が、丹念な記録として書き継がれていることは、私たちに希望と方向性を示してくれているように思います(角田さんが本書のために行った数々のインタビューは、まさに最後の生き証人たちとの貴重な対話でした)。

歴史は繰り返すと言われます。だとすれば、「今」という、このどこか敗戦にも似た空気のなかで、今村将軍の「責任」のあり方に学ぶことは、決して無意味ではないはずです。

私が総理に望むことは、たったひとつです。せめて今村均という人物の存在を、知っていてほしい。それすら難しいなら、どうか、軽々しく「責任」という言葉を口にしないでほしい。

責任とは、その人の生き方そのものを指す言葉なのですから。
  
***

2024年11月3日日曜日

西尾幹二さんを偲んで

 評論家の西尾幹二氏が死去 「自虐史観」是正に尽力、ニーチェ研究の第一人者(産経新聞) - Yahoo!ニュース

news.yahoo.co.jp
評論家の西尾幹二氏が死去 「自虐史観」是正に尽力、ニーチェ研究の第一人者(産経新聞) - Yahoo!ニュース
産経新聞「正論」メンバーで評論家の西尾幹二(にしお・かんじ)氏が1日、老衰のため死去した。89歳。葬儀・告別式は家族葬で執り行う。後日、お別れの会を開く予定。 東京都生まれ。東京大文学部を卒業後、


西尾幹二さんはテレビの対談番組なんかで失言も多かったけど、立派なドイツ文学者であり思想家でした。若い時に随分と勉強させてもらいました。西洋史学者の会田雄次(故人)も同じですが、ヨーロッパを研究してアメリカを見る人の洞察は非常に納得のいくものです。西尾さんに関して言いたいことは山ほどあるのですが、アメリカ大統領選が来週ということもあり一つだけ紹介します。アメリカの宗教性ということです。
アメリカはイスラエルと双璧をなす宗教国家です。ヨーロッパよりもはるかに神を信じます。ヨーロッパでいじめられた人々が新大陸に逃げてきたピューリタンです。ユダヤの起源と同じです(出エジプト記)。つまり、エジプトの迫害から逃れモーゼの下に集まった他民族の奴隷(後のイスラエル)とよく似ています。
日本人はアメリカの宗教性を考えない。明治・大正・昭和と考えて来なかった。和魂洋才の「才」ばかりに注目し「魂」を置き去りにした。アメリカという国は建国以来同じです。常に宗教を考え敵対する国の宗教(精神的主柱である魂の部分)をつぶすことを考えます。イスラエルと同じですよね?      昭和の敗戦直後のGHQ占領政策は、日本の宗教性(天皇を中心とした)をいかに消滅させるかを第一義としました。だから、歴史(国史)教育を禁止した。仕方がないので歴史を社会科の一部として組み入れた。即ち、宗教性(神話性)を抜いたものが社会科の日本史や世界史になった。これは令和の今でも変わりません。 
歴史は革命(今でいうイノベーション)によって変化するというキリスト教的歴史観と、歴史は動かない、つまり、四季のように繰り返すと考えるアジアの歴史観は異なると教えてくれたのも西尾幹二の著書でした。        西尾幹二先生、R.I.P.

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2024年10月10日木曜日

政治のドタバタ

 

日本政治のドタバタは日本国民が覚醒する絶好の(最後の?)機会かもしれません。石橋湛山(55代首相)と吉田茂(45代、48~51代首相)を比較することで、敗戦後80年の日本政治を理解するヒントになると思います。考えは異なりますが、二人とも日本の生き残りをとことん考えたのでしょう。  

自信を持つということは個人も国家も大事です。日本が自信を持つには経済の繁栄だけでない。1945年の敗北に立ち返り、栄えるも滅びるも自分たちの運命は自分たちの意志で引き受ける誠実さが必要だと思います。今の政治家に誠実さがありますか?

***

2023年1月29日日曜日

ごぼう

ごぼうの肉巻き(八幡巻)

ごぼうは地中に長くまっすぐ根を張ることから、家庭や組織の基礎がしっかりと堅固であることを願い、縁起のいい食材としておせちに使われます。ibg のスローガンは「照顧脚下」です。

「日本軍は捕虜に木の根っこや枝を食べさせた。これは捕虜虐待だ」と敗戦後の裁判で訴えがありました。木の根っこというのは「ごぼう」です。日本軍の兵士も同じものを食べていました。本間雅晴中将(フィリピン方面大14軍)は戦後の戦争裁判で捕虜虐待その他の罪で銃殺刑に処されました。本間中将は今村均大将の親友で、親英米の人道主義者で大変立派な日本人でした。





2019年9月30日月曜日

エコロジー思想の先駆者 ~ 岡倉天心



名古屋で話題になっている展覧会よりも、こういった意味のある試みに注目が集まり政府としても助成すべきだと思います。特に環境大臣になる人は人間と自然の関係を正そうとした岡倉天心を勉強してもらいたい。天心の思想の本質さえ振り返らない敗戦後70数年の日本や日本人って一体何なんでしょうね。日本人の視野狭窄って、戦前だけのことではないのです。

10年前に帰国してから岡倉天心の五浦に行ってみました。海外から日本や日本人のアイデンティティーを考えた岡倉天心に共感する部分は多いのです。2011年の津波で天心の六角堂は消滅しちゃいました(その後再建されました)。

「幻のオペラ」、結局「幻」に 岡倉天心のNY公演中止

【ニューヨーク共同】日本近代美術の父と呼ばれる岡倉天心の未完のオペラを11月にニューヨークで公演する計画が中止になったことが24日、主催者の話で分かった。「幻のオペラ」が約100年ぶりに、創作された米国に凱旋する予定だったが、文字通り幻に終わることになった。
 天心が亡くなった1913年に書かれた最後の著作「白狐」(原題・THE WHITE FOX)の日本語版で、11月21~30日にニューヨークのアートスペース「ホワイトボックス」で芸術祭の一環として公演する予定だった。
***

2018年4月5日木曜日

西部邁

西部さんの笑顔は最高です

「『孤独』の肯定」 五木寛之さん「老人の自立と養生」を語る 3/31(土) 9:16配信

西部さんは世間やジャーナリズムと自分のギャップなんて全く平気だったでしょう。西部さんの「信念」に対して「疑念」を抱く相手がいない事で「生きる意味」を感じなくなったのだと思います。奥様が亡くなるまでは奥様が西部さんに疑念をぶつける唯一のパートナーだったに違いないのです。

西部さんは(自分の)生き方は仮説検証の連続だと言っています。自分の「信念」を他者にぶつけて議論する。他者には「疑念」を持ってもらいたい。そうすれば、自分の信念も検証することができる。全てのベースは奥様との会話で、「信念」と「疑念」のバトルだったのだと思います。奥様との会話を準備段階として他者(ジャーナリズムや知識人や学者)との更なるバトルを望んでいた。でも今の有識者の中で論理的に西部さんに対して疑念をぶつけてくる人がいなくなった。 

結局奥様が公私ともに最高のパートナーだった。だから、西部さんは「奥様と精神構造が一体化している」と言っていたのだと思います。その奥様が亡くなって、もう仮説検証はできない。信念と疑念のバトルもできない。要するに、生きる意味がない。 

会社も同じです。トップの意見(信念)に疑念を抱かない組織はダメです。(信念がないという会社も多いのですが、、、)。トップも社員の意見をオープンかつ柔軟に対応するマインドセットが重要です。これがなかなか難しい。「忖度」と「惻隠」(そくいん)の関係です。部下は上司を忖度する。同時に上司は部下を惻隠の心をもって接する。この場合、忖度は気遣い気配りであり、惻隠は愛情です。 

日本の会社だけでなく、日本全体や昨今の日本人は愛情が減ってきていると感じます。最も「忖度」の意味も何だか怪しくなってきていますが、、、、。 

***

2018年1月10日水曜日

西郷どん

上野の西郷どん

今を生きている著名人より、歴史上の人間に愛着を覚えるようになったら年をとったという証拠だそうです。私はそれを「大人になった」と考えることにしましょう。歴史上の人物はどの人も良い処も悪い処も併せ持っていると思います。自分が年を重ねるうちに、どんな人物にも何となく魅力を感じるようになるのは不思議です。大河ドラマは観ませんが、西郷どん、好きですよ。

私が西郷さんの実績で一番すごいと思うのは、最初に軍隊を整備したことです(兵制改革)。国が大きな改革を実行するための後ろ盾を作ったのです。要するに、習近平が共産党のドーベルマンとして人民解放軍をスタンバイさせていることと同じです。兵制改革を行った上で、廃藩置県に取り組みました。

明治2年6月(1869年)には、全国各地の諸大名から土地と人民を朝廷に返還させる「版籍奉還」が実施されました。ところが、実際に藩はそのままの形で存続しており、藩主も知藩事と名を変えただけで、領内の運営は全てこれまで通り大名が行っていました。

明治4年7月9日(1871年)、廃藩置県の手順や方法を巡り、大久保と木戸の間で議論が起こったそうです。その激論を聞いていた西郷が口を開きました。

「貴殿らの間で廃藩実施についての事務的な手順がついているのなら、その後のことは、おいが引き受けもす。もし、暴動など起これば、おいが全て鎮圧しもす。貴殿らはご心配なくやって下され」。

こうして明治4年7月14日(1871年)、正式に「廃藩置県」が発布されました。全国各地の諸大名は、突然の大きな改革に驚きました。江戸幕府が開かれて以来、保有していた地位と財産を全て奪い去られたのです。彼らが黙っている訳はない。薩摩藩でさえ。

しかしながら、西郷が創設した兵隊が睨みを効かせていたため、特に大きな騒動や混乱が起こることもなく、廃藩置県は平和裏に達成されたのです。西郷さんが上司の顔色を窺っているだけのイエスマンだったら、こんなことはできません。

内村鑑三が『代表的日本人』で最初に取り上げた人物が西郷どんです。「正義のひろく行われること」が西郷の文明の定義だったと書いています。

http://ibg-kodomo.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html

***

2017年9月10日日曜日

自らの決断で今を生きる

お日様に照らされて蕃椒は「本質」へと変化する

人間の場合、実存が本質に先行する。最初は自分が何者か分からない。知識を得、色んな人に会い、経験を積んで、何者かになって行く。それが本質である。

これは、サルトルの実存主義に関する私の理解です。主体性に欠け自己欺瞞を続ける日本人は、新たな価値の創造なんて益々苦手になって行くのかも知れません。

***

2016年10月23日日曜日

R.I.P. 平尾誠二

山口良治は、平尾誠二の母校である伏見工業高校のラグビー部総監督

今は心を鍛える場面が非常に少ない。 社会に出たら理不尽なことばかりですよ。 「こんなはずではなかった」とその度に心が折れていてはダメ。 前に進むには心の強さが必要なんです。 色々な理不尽なことや、葛藤や苦悩があって、人間は鍛えられるのではないか (本文より)。

30数年前、会社の同僚にラガーマンがいて彼の後輩が平尾誠二でした。 私の同僚はFWで大学日本一になりました。 そこに花園(全国高校ラグビー)を制した平尾誠二が入り、大学三連覇を達成したのでした。

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2016年8月13日土曜日

福沢さんは凄い ~ 140年前の警鐘


反ナショナリズムの人たち、それも政治家である場合、自分の国の伝統や文化をほとんど承知せず勉強もしようとしない傲慢さは非常に危険なことです。

福沢諭吉は140年ほど前に著書『文明論之概略』の中で、「国の独立は目的なり。今の我が文明はこの目的に達するの術なり」と、上滑りな明治初期の文明開化を批判しました。

更に、「文明だけではだめだ、精神が独立すべきである」と言ったのです。 文明とは西欧から色んなものを取り入れることではなく、国民の民度(智徳)を高め一国として独立することだと「一身独立」を主張しました。

耳が痛くなる政治家や経済人はいっぱいいると思います。 要するに、福沢諭吉は今のグローバル経済の中での日本の現実に対して140年前に警鐘を鳴らしていたのです。 すごいですね。

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2016年8月10日水曜日

福沢諭吉 『学問のすすめ』 ~ まだ読んだことがない人のために

福沢諭吉の『学問のすすめ』を5~6年ぶりに読み返しました。


これまで10年に一回くらいのわりで読んでいます。福沢諭吉は今でも好感を持っていません。どちらかと言うと「嫌な奴だ」というイメージがあるのです。しかし、『学問のすすめ』ではいいことをいっぱい言っています。「さすが、お札になるだけの人だ!」。

『学問のすすめ』は17編より成っています。福沢諭吉は「小学の教授本」と言っているのですが、小学とは小学生のことです。ただし、四編と五編は学者向けに論じたようです(本文中に書いてある)。

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啓蒙思想家の福沢諭吉は大した人物です。今の日本の教育にも、コンサルタントの世界にも、学習する価値は十分にあります。真理をついているからでしょうね。

今の政治家先生たちは読んだかな?

10年以上前に『学問のすすめ』を読んだ時は特に何とも思いませんでした。ところが、今読んでみると全く違った印象を受けるのです。面白いものです。要するに、自分も右や左、上や下に変化しているということだろうと思います。

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初編 


「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という誰でも知っている部分です。しかし、本当の意味を知っている人は少ないのではないでしょうか?

福沢諭吉の問いかけは、「天は人の上に、、、と言われるが、世の中にはなぜ金持ちや貧乏人ができ、賢い人がいたり愚かな人がいるのでしょうか?」です。

「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と善人と悪人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るものなり。また世の中にむつかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむつかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という」。

「学ばないとちゃんとした大人にならないよ。しっかり学ぶのはあんたたち小学生の義務であり責任なのよ」と説明しています。この初編の冒頭の部分は全体の枕になる部分です。一般には「天は人の上に、、、」が一人歩きして平等について語っているような印象がありますが、そうではありません。「学問をしないとロクな大人にならないよ、日本はとんでもない国になるよ」という警告なのです。

初編ではもう一ついいことを言っています。「自由」と「我儘」の違いです。英語で言えば「FREEDOM」(自由)と「LICENSE」(勝手気ままな自由)の違いです。日本ではFREEDOMLICENSEの別が非常に曖昧で、日本の自由は英語で言うLICENSEのような感じがします。

(注)LICENSEという言葉は「学問のすすめ」には出てこない。

「ただ自由自在とのみ唱えて分限を知らざれば我が儘放蕩に陥ること多し。即ちその分限とは、天の道理に基づき人の情に従い、他人の妨げをなさずして我一身の自由を達することなり。自由と我儘の界(さかい)は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり」。


二編 


平等に関して書かれています。

「人と人との釣合を問えばこれを同等と言わざるを得ず。但しその同等とは有様の等しきを言うに非ず、権理通義の等しきを言うなり」。

権理通義とは、権利、道理、世間一般に通じる意義のことであり、平等とは基本的人権の平等を言っています。決して結果に対する平等という意味ではありません。また、悪政・愚政は国民の無知によるところが大きいと言っています。今の日本には耳が痛い話です。

「人民もし暴政を避けんと欲せば、速やかに学問に志し自ら才徳を高くして、政府と相対し同位同等の地位に登らざるべからず。これ即ち余輩の勧むる学問の趣意なり」。

このあたりはギリシャの哲学者ソクラテス、プラトンにも通じるでしょう。恐らく、福沢諭吉のことだからギリシャ哲学は勉強したのでしょう、「民主主義の行きつくところは衆愚政治だ」と。今の日本に対する警告には聞こえませんか? 今のTVは衆愚を加速させる触媒(メディア)だと思いませんか?


三編


これは独立心について。つまり、「依存心ばかり強いと国は独立しません」と言っています。もっともな話です。今の日本は国家国民相互依存型だ。更に外国に依存する自己欺瞞国家です。

「外国に対して我国を守らんには、自由独立の気風を全国に充満せしめ、国中の人々貴賤上下の別なく、その国を自分の身の上に引き受け、智者も愚者も目くらも目あきも、各々その国人たるの分を尽さざるべからず」。

「人民に独立の心なきより生ずる災害なり」と言って事例を3つ挙げ、次のセンテンスでまとめています。依存心という言葉のかわりに「独立の心」を使っています。

「今の世に生れ苟も愛国の意あらん者は、官私を問わず先ず自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商共に独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛して独り心配を求むるより、人を放ちて共に苦楽を与にするに若かざるなり」。

「与」というのは仲間という意味です。関与の与。与力の与でもあります。政府は国民を独立させて(国民の依存心を取り払い)国民と苦楽をともにしなさいと言っています。父兄や教師に対しては、「子弟や生徒の独立心を育みなさい」と強調しています。これはアメリカの公立学校の基本精神であります。親が独立していない場合、子供の独立を助け成すことはできるのでしょうか?


四編


この四編も重要です。なぜ独立心が重要かを説明しています。「日本は独立国か?」という問いかけから始まってどきっとするのです。「日本が独立するには政府だけでなくて国民一人一人にも責任はあるのですよ」と言っています。果たして、今の日本の政治家にこういった意識・感覚があるのでしょうか?

「政は一国の働きなり、この働きを調和して国の独立を保たんとするには、内に政府の力あり、外の人民の力あり、内外相応じてその力を平均せざるべからず。故に政府はなお生力の如く、人民はなお外物の刺衝の如し、今俄にこの刺衝を去り、ただ政府の働くところに任してこれを放頓することあれば、国の独立は一日も保つべからず。苟(いやしく)も人身窮理の義を明らかにし、その定則をもって一国経済の議論に施すことを知る者は、この理を疑うことなかるべし」

「国民は一人一人が独立し政府に対しての刺激とならんとアカンのよ」と言っています。人身窮理、、、難しい言葉ですね。これは江戸時代の生理学のことだそうです(辞書を引きました)。ここでは道理を追求するという意味で、理にかなった道を追求しなさいという意味です。窮理は易経の言葉でもあるので、福沢さんはさすがに学者ですね、片鱗をみせています。

「苟もこの国に生まれて日本人の名ある者は、これに寒心せざるを得んや。今我輩もこの国に生まれて日本人の名あり、既にその名あればまた各々その分を明らかにして尽くすところなかるべからず。固(もと)より政の字の義に限りたる事をなすは政府の任なれども、人間の事務には政府の関わるべからざるものもまた多し。故に一国の全体を整理するには、人民と政府と両立して始めてその成功を得べきものなれば、我輩は国民たるの分限を尽くし、政府は政府たるの分限を尽くし、互いに相助けもって全国の独立を維持せざるべからず」。

この部分は全体の中でも気に入っているパラグラフです。私は国粋主義者でも何でもありませんが、たまたま日本という国に生まれて日本人として生きています。アメリカが引き留める力よりも、この日本人の部分の力のほうが大きかったから帰ってきたとも言えます(大袈裟ですね、、、)。諭吉つぁんは、「政府に関しては大久保さん伊藤さんに任せたよ、自分は人民の教育に頑張るから」と言っているのでしょう。

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伊藤博文は千円札で福沢諭吉が一万円札。大久保利通や勝海舟はお札にならない、、、、不思議ですね。


七編


七編は、国家と国民の関係を説明しています。国とか国民の役割を分かりやすく説明するのもいいかも知れません(いまどき日本では「国」とか言うと右翼だと言われるか?)。国会議員の先生方の中にも、国民と言わずに市民という先生方も多いのです。

凡そ国民たる者は一人の身にして2箇条の勤めあり。その一の勤めは政府の下に立つ一人の民たるところにてこれを論ず。即ち客の積りなり。その二の勤めは国中の人民申し合わせて一国と名づくる会社を結び社の法を立ててこれを施し行うことなり、即ち主人の積もりなり。
(中略)
第一 客の身分をもって論ずれば、一国の人民は国法を重んじ人間同等の趣意を忘るべからず。
第二 主人の身分をもって論ずれば、一国の人民は即ち政府なり。その故は一国中の人民悉皆(しっかい)政(まつりごと)をなすべきものに非ざれば、政府なるものを設けてこれに国政を任せ、人民の名代として事務を取扱わしむべしとの約束を定めたればなり。故に人民は家元なり、また主人なり、。政府は名代人なり、また支配人なり。

このあたりの説明は小学生には難しいかも知れません。要するに、政府の役人は公僕よ、主権は民にあるのよと説明しています。恐らく、今の日本人はこういった感覚が麻痺しているのではないかと思います。

次のパラグラフも基本的な国家と国民の関係に関してです。つまり、税金のことです。「国民の義務としてお金がかかるよ」と説明しています。国民の三大義務である納税の義務を忘れて、お金を貰うことだけに邁進する日本国民とは本当に国民なのかと思ってしまいます。

人民は既に一国の家元にて国を護るための入用を払うは固(もと)よりその職分なれば、この入用を出すにつき決して不平の顔色を見わすべからず。国を護るためには役人の給料なかるべからず、海陸の軍費なかるべからず、裁判所の入用もあり、地方官の入用もあり、その高を集めてこ

れを見れば大金のように思わるれども、一人前の頭に割付けて何程なるや。日本にて歳入の高を集めてこれを見れば大金のように思わるれども、一人前に一円か二円なるべし。一年の間に僅か一、二円の金を払うて政府の保護を被り、夜盗押込の患(わざわい)もなく、独旅行(ひとりたび)に山賊の恐れもなくして、安穏にこの世を渡るは大なる便利ならずや。凡そ世の中に割合よき商売ありと雖(いえ)ども、運上を払うて政府の保護を買うほど安きものはなかるべし。

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福沢さんは10歳を「人心の出来し時」と言っています。人生の計画表(ROAD MAP)を作成するような話を子供にしても面白いかもしれません。

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八編


人間の権利と義務についてです。この編は福沢諭吉が読んだ本の受け売りですね。

アメリカのウェイランドとなる人の著したる「モラルサイヤンス」という書に、人の心身の自由を論じたること在り。

第一、    人には各々身体あり。
第二、    人には各々智恵あり。
第三、    人には各々情欲あり。
第四、    人には各々至誠の本心あり。
第五、    人には各々意思あり。

以上五つの者は人に欠くべからざる性質にして、この性質の力を自由自在に取扱い、もって一身の独立をなすものなり。
(中略)
ただこの五つの力を用いるに当たり、天より定めたる法に従って、分限を越えざること緊要なるのみ。即ちその分限とは、我もこの力を用い他人もこの力を用いて相互にその働きを妨げざるを言うなり。かくの如く人たる者の分限を誤らずして世を渡るときは、人に咎められることもなく、天に罰せらるることもなかるべし。これを人間の権義と言うなり。

人間には、①身体(ハードウェアとしての)、②知恵(ソフトウェアとしての)、③欲望(人間の様々な欲)、④誠実さ(誠の心)、⑤意志の力、これら5つの性質がある。これらは人間が誰でも持っているものであり、各人はこれらのバランスをとらなくてはいけない。欲望がなくては目的を達することができないし、欲望は誠の心でコントロールされる。

また、意志がないと目的は成就されない。意志は「志」で企業で言えばビジョンや理念のようなものでしょう。他人も5つの性質を持っているのであり、各人は自分の5つの性質をうまくコントロールすること(分限を越えざる事)が、人間の権利と義務(権義)なのであると解説しています。


九編と十編


九編と十編は二つで一つです。

九編のまとめは十編の冒頭に書かれています。衣食が足りただけで満足しちゃアカンよ。人のネットワークの中に飛び込んで(人は一人では生きられない)、ネットワークの一員として世のために尽くさないと愚かものか虫けらのようなものだと解いています。

これは、人的ネットワークを大事にしなさい。その中で自分の役割を果たしなさい。将来的に必ず見返りがありますよ、質の高い人的ネットワークに自分の身をおけば(投資)、必ず成長しますよ(投資に対するリターン)と言うことでもあるかなと、私なりに拡大解釈しました。

人たるものはただ一身一家の衣食を給しもって自ら満足すべからず、人の天性にはなおこれよりも高き約束あるものなれば、人間交際の仲間に入り、その仲間たる身分をもって世のために勉むるところなかるべからず。

これは十編の冒頭にある九編のまとめです。

私が「福沢の諭吉さん、あんさんキツイねぇ~」と思うのは以下の部分。

我輩の職務は、今日この世に居り我輩の生々したる痕跡を遺して、遠くこれを後世子孫に伝うるの一事に在り。その任また重しと言うべし。豈(あに)ただ数巻の学校本を読み、商となり工となり、小吏となり、年に数百の金を得て僅かに際しを養いもって自ら満足すべけんや。こはただ他人を害せざるのみ、他人を益する者に非ず。

単に本を読んで何らかの仕事をして妻子を養って他人に迷惑をかけないだけの人生ではだめだ。それでは意味のある人生とは言えないと言っています。

これは私のようにアラ還の身にはキツイ一言だ。今更言われてももう手遅れです。だから、小学生に対して思いっきり高い人生のレベルセットをするのは意味があるのでしょう。明治の小学生は今よりもずっとレベルが高かったのか?今の小学生は20~30年前より精神的なレベルが低いと聞きますが、このまま時の流れに身を委ねていくと日本人のレベルは100年後にはどうなるのか?

自由独立と言うときには、その字義の中に自ずからまた義務の考えなかるべからず。独立とは一軒の家に居住して他人へ衣食を仰がずとの義のみに非ず。こはただ内の義務なり。なお一歩進めて外の義務を論ずれば、日本国に居て日本人たるの名を恥しめず、国中の人と共に力を尽くし、この日本国をして自由独立の地位を得せしめ、始めて内外の義務を終えたりと言うべし。

上の部分はリーダーシップ教育のフレーズでもあると思います。「日本人としてグローバルで立派な人になりなさい、そして日本を自由独立の一流の国にしなさい」と言っているように聞こえるのです。

方今天下の形勢、文明はその名あれども未だその実を見ず、外の形は備われども内の精神は耗し。今の我海陸軍をもって西洋諸国の兵と戦うべきや、決して戦うべからず。今の我学術をもって西洋人に教ゆべきや、決して教ゆべきものなし。却ってこれを彼に学んで、なおその及ばざるを恐るるのみ。

これは、「自分を客観的に冷静に眺めるとまだまだダメだよね。外見だけはなんとなく体裁がついているようだけど、中身は全くないではないか」と、中身の無さに警鐘を鳴らしています。

九,十編はかなり手厳しい福沢諭吉の(明治初期の)現状認識です。まさか、福沢諭吉は130年後の日本人の精神レベルはもっと下がっているとは思ってもみなかったでしょう。


第十二編


演説とは英語にて「スピイチ」と言い、大勢の人を会して説を述べ、席上にて我思うところを人に伝うるの法なり。
(中略)
学問の本趣意は読書のみに非ずして精神の働きに在り。この働きを活用して実施に施すには様々の工夫なかるべからず。「オブセルウェーション」とは事物を視察することなり。「リーゾニング」とは事物の道理を推求して自分の説を付(つく)ることなり。この二箇条にては固より未だ学問の方便を尽くしたりと言うべからず。なおこの外に書を読まざるべからず、書を著さざるべからず、人と談話せざるべからず、人に向かって言を述べざるべからず、この諸件の術を用い尽くして初めて学問を勉強する人と言うべし。即ち、視察、推求、読書はもって智見を集め、談話はもって智見を交易し、著書演説はもって、智見を散ずるの術なり。
(後略)

「本を読んで、文章を書いて、人と議論して、人にプレゼンしなさい。これらをやってはじめて勉強する人だといえるのです」。「観察、推察、研究をして知識を蓄積し、議論して意見交換し、文章を書いてプレゼンして知識をひろめなさい」。

これは、アメリカのK-12(義務教育)からMBAに至るまで首尾一貫した考えに近いと思います。福沢諭吉さんは『学問のすすめ』のなかで非常にいいことをいっぱい言ってくれています。


十三編


ここでは「怨望(えんぼう)」について説明しています。人を怨む心が諸悪の根源だと言っています。ワーキングプアの議論かと思ったのですが、読み返すとそうでもありませんでした。最初にそう思ったのは、自分の貧困を人のせいにするようなことが福沢諭吉の言っている「怨望」だと思ったからでした。

私は弱者を救済するなと言っている訳ではなく、貧困にも色々と理由があって本人に原因がある場合もあるだろうから全部をひとまとめにして救済キャンペーンはオカシイだろうと思うのです。

この編で一番共感したところは、「人を受け入れることができなければ、他人もアンタのこと受け入れてくれないよ」と言うくだりです。これはコンサルタントの資質としても重要であり、リーダーの資質でも重要なことです。自分のことを全く語らず他人の共感を得ることは難しいのです。「リーダーは孤独であるべきだ」と多くを語らないリーダーは多いのですが、どうでしょう? 私はやはりユーモアがあって魅力的な人がトップにいる方が好ましいと思います。

心志怯弱(きょうじゃく)にして物に接するの勇なく、その度量狭小にして人を容ること能わず、人を容るること能わざれば人もまたこれを容れず、彼も一歩を退け我もまた一歩を退け、歩々相遠ざかりて遂に異類の者の如くなり、後には讐敵の如くなりて、互いに怨望するに至ることあり。世の中に大なる禍と言うべし。また人間の交際において、相手の人を見ずしてそのなしたる事を見るか、もしくはその人の言を遠方より伝え聞きて、少しく我意に叶わざるものあれば、必ず同情相憐れむの心をば生ぜずして、却ってこれを忌み嫌うの念を起こし、これを悪んでその実に過ぐること多し。これまた人の天性と習慣とに由って然るものなり。物事の相談に伝言文通にて整わざるものも、直談にて円く収まることあり。

フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションは大事ですよと言っています。その通りです。


十四編


十四編はなかなか含蓄があります。特に下の部分は私には耳が痛い、、。

生涯の内または十年の内にこれを成すと言う者は最も多く、三年の内にと言う者はやや少なく、一月の内或いは今日この事を企てて今正にこれを行うと言う者は殆ど稀にして、十年前に企てたる事を今既に成したりというがごときは余輩未だその人を見ず。

かくの如く期限の長き未来を言うときには大造なる事を企つるようなれども、その期限漸く近くして今月今日と迫るに従って、明らかにその企ての次第を述ぶること能わざるは、必竟事を企つるに当たって時日の長短を勘定に入れざるより生ずる不都合なり。

アメリカでよく90 DAYS  ACTION PLANは?と聞かれるのはこう言ったことかも知れない。

長期のビジョンだけを語って近々の具体的なアクションプランがなければ、それは意味がない。 「長期ビジョンと言って大袈裟なこと言ってもそれは単なる大法螺吹きじゃないか!」と言われているようで耳が痛いのです。

次に、「人生の棚卸し」をしなさいと言っています。「スキルだけでなく精神の棚卸しもしなさい」と言っているところが福沢さんらしいところです。
福沢諭吉は「人心の出来し時」を10歳くらいと明記しています。アメリカ人が、「9歳頃で人の人格はほぼ決まる」と言っているのを聞いたことがあります。人生の棚卸しは10歳くらいから始めないといけないと福沢諭吉は諭しています(そうか、諭吉の諭は諭すだ!)。この頃に一度人生のロードマップを作るのがいいのかも知れません。

人間生々の商売は、十歳前後人心の出来し時より始めたるものなれば、平生智徳事業の帳合を精密にして、勉めて損亡を引請けざるように心掛けざるべからず。

商売の勘定は定期的な棚卸しをやって損益を確認するように、人の勘定も十歳くらいから、、、と言っています。

世話」の字の意味するところは大事です。

世話には保護の意味と命令(指示)の意味がある。二つが揃わないと世話の意味がない。世話だけしていたのでは過保護であり、命令(指示)がないと正しくガイドできないと言っているのです。日本は社会全体が過保護すぎて、過保護が何なのか分かり難くなっています。だから、日本を出ると忽ち困ってしまいます。命令(指示)はDOsとDON’Tsを明確に命令することです。

世話の字に二つの意味あり、一は保護の義なり、一は命令の義なり。保護とは人の事につき傍らより番をして防ぎ護り、或いはこれに財物を与え或いはこれがために時を費やし、その人をして利益をも面目をも失わしめざるように世話をすることなり。命令とは人のために考えて、その人の身に便利ならんと思うことを差図し、不便利ならんと思うことには異見を加え、心の丈けを尽くして忠告することにて、これまた世話の義なり。


十五編


十五編は取捨選択の話。「事物を疑って取捨を断ずる事」。

情報氾濫のインターネット時代には一層この取捨選択の能力が必要になると思います。何を信じて何を疑うのか。「確固たる信念を持て」と。日本の子供たちにはTVを見せないことが先ずは第一歩かもしれません。

福沢諭吉は言及していませんが、取捨選択する以前に自分自身のVISIONを持たないと取捨選択する情報は集まって来ないと言うのが私の考えです(明治の日本人にとっては当たり前なので特にこういったことは言わないのかも知れません)。

例えば「子供の教育に関心があって何とかしたい」と常日頃から思っていたら、「子供の教育」に関する情報が自然と集まってくる。これは問題意識のなせるワザかも知れない。何の問題意識もなければ氾濫する情報の中に身を任せるのみです。

事物の軽々信ずべからざること果たして是ならば、またこれを軽々疑うべからず。この信疑の際につき必ず取捨の明なかるべからず。蓋(けだ)し学問の要は、この明智を明らかにするに在るものならん。

このセンテンスだけでも日本の現行教育ってこれでいいのかと思ってしまいます。親がいつも子供に「自分が納得するまで質問しなさいよ」と言っていたらどういった子供に育つでしょうか?自分が納得するまで質問したら受験戦争に勝てない?

十五編の最後に「我々がしっかりせねばならん」と訴えかけていますが、「我党の学者あるのみ」が具体的に誰を指しているのかはよくわからない(たぶん、慶応の研究者や先生に対してだろう)。このあたりは、巷の解説書で確認して下さい。

されば今の日本に行わるるところの事物は、果して今の如くにしてその当を得たるものか、商売会社の法令の如くにして可ならんか、政府の体裁今の如くにして可ならんか、教育の制令の如くにして可ならんか、著書の風今の如くにして可ならんか、加之現に余輩学問の法も今日の路に従って可ならんか、これを思えば百疑並び生じて殆ど暗中に物を探るが如し。この雑沓混乱の最中に居て、よく東西の事物を比較し、信じ、疑うべきを疑い、取るべきを取り、捨つべきを捨て、信疑取捨その宜しきを得んとするはまた難きに非ずや。然りしこうして今この責に任ずる者は、他なし、ただ一種我党の学者あるのみ。

もし、これが慶応の先生を指しているのであれば、教師の役目は重要だと言うことです。死ぬまで両親が尊敬できて、自分が教わった先生を尊敬できることが理想だと思います。勿論、先輩や友人も尊敬できればいい。

私の場合はアウトローだったので、小学生の頃から学校とは「先生との闘争の場」でした。全てにおいて反体制をきどっていた「かわいくないガキ」だったのです。


十六編


十六編は最後の部分がいいと思います。「人を批判する前に相手の立場にたってみろ」ということです。「独立の意味には2つある。それは有形(物)と無形(精神)である」から始まります。

独立に二種の別あり、一は有形なり、一は無形なり。なお手近く言えば品物につきての独立と、精神につきての独立と、二様に区別あるなり。

議論と実業に展開している。議論は学問の世界だと思う。実業は現実の世界。うがった見方をすると、このあたりは学者である福沢諭吉のコンプレックスなのかなと。自分は学者で議論はやってきたが実業は経験していない。これではダメじゃないかと英米のビジネス書を読んで考え込んだのかも知れません(そんなヤワじゃないか、、、)。

議論と実業と両(ふたつ)ながらその宜しきを得ざるべからずとのことは普(あまね)く人の言うところなれども、この言うところなるものもまたただ議論となるのみにして、これを実地に行う者甚だ少なし。そもそも議論とは心に思うところを言に発し書に記すものなり。或いは未だ言と書に発せざれば、これをその人の心事といいまたはその人の志という。故に議論は外物に縁なきものと言うも可なり。必竟内に存するものなり、自由なるものなり、制限なきものなり。実業とは心に思うところを外に顕わし、外物に接して処置を施すことなり。故に実業には必ず制限なきを得ず、外物に制せられて自由なるを得ざるものなり。古人がこの両様を区別するには、或いは言と行といい、或いは志しと功といえり。また今日俗間にて言うところの説と働きなるものも即ちこれなり。

Criticizing is something different from doing something」。これはビル・クリントンが大統領在任中に発した唯一の私が好きな言葉です。

人の仕事を見て心に不満足なりと思わば、自らその事を執ってこれを試むべし、人の商売を見て拙なりと思わば、自らその商売に当たってこれを試むべし。隣家の世帯を見て不取締と思わば、自らこれを自家に試むべし。人の著書を評せんと欲せば、自ら筆を執って書を著わすべし。学者を評せんと欲せば学者たるべし。医者を評せんと欲せば医者たるべし。至大の事より至細の事に至るまで、他人の働きに嘴を入れんと欲せば、試みに身をその働きの地位に置きて身自から顧みざるべからず。或いは職業の全く相異なるものあれば、よくその働きの難易軽重を計り、異類の仕事にてもただ働きと働きとをもって自他の比較をなさば大なる謬(あやまり)なかるべし。


十七編


最後は人望論。

福沢諭吉は「学問のすすめ」を書いていくうちで、自分に人望がないことに気づき、自分に友達が少ないことに気づいた。だから、最後に人望論を書いてここで「学問のすすめ」を書くのを止めたのでしょうか?

とにかく、これが最終回、そして人望について、友達をいっぱいつくることが肝要であると言っています。

私の福沢諭吉に対する感想はきわめて主観的、先入観の強いものであり、福沢諭吉の伝記のようなものさえ多くは読んだことがありません。だから、すごく失礼なことを言っているかも知れません。

十人の見るところ、百人の指すところにて、何某は慥(たし)かなる人なり、頼母しき人物なり、この始末を託しても必ず間違いなからん、この仕事を任しても必ず成就することならんと、預めその人柄を当てにして世上一般より望みを掛けらるる人を称して、人望を得る人物と言う。凡そ人間世界に人望の大小軽重はあれども、苟(かりそめ)にも人に当てにせらるる人に非ざれば何の用にも立たぬものなり。

自分の意見を提示し説明し質疑応答し相手に納得してもらって共感してもらう。そうして周りの人から支持されるような人でないとダメだと言っています。これもコンサルタント会社のプロモーション(人事考課)に似ています。いくら優秀で数字があがっても周りに支持されないとパートナー(執行役員)にはなれない(なってしまう人がいるところが問題だが、、、)。

世のため人のために働くには以下のことに気をつけなさいと説明しています。

1.  言語をまなばざるべからず。日本人なんだから日本語をしっかり勉強しなさい。
2.  顔色容姿を快くして、一見、直ちに人に厭わるること無きを要す。いつも明るく前向きに、服装は身綺麗にして人に嫌われることのないように。外見は大事ですよ、と。
3.  道同じからざれば相与(とも)に謀らずと。これは「論語」からの引用。福沢諭吉は孔子に批判的ですね。恐らく虚学(議論)として忌み嫌う代名詞として使っているのかも知れない(要確認)。

この3つめはどう解釈するのでしょう?

すぐ後のパラグラフから最後まで「専門分野に拘わらず友達をいっぱい作りなさい」と説明しています。だから、3つめは道が違っても仲間(与)をいっぱい作りなさいと言っているのだろうと思います。

試みに思え、世間の士君子、一旦の偶然に人に遭うて生涯の親友たる者あるに非ずや。十人に遭うて一人のぐうぜんに当たらば、二十人に接して二人の偶然を得べし。人を知り人に知らるるの始源は多くこの辺に在りて存するものなり。人望栄名なぞの話は姑(しばら)く擱(お)き、今日世間に知己朋友の多きは差向きの便利に非ずや。

この「差向きの便利に非ずや」の部分が福沢諭吉らしいと感じるのは私だけでしょうか? 私のうがった先入観かもしれません。「差向き」を辞書で調べると、「さしあたり、とりあえず」と出て来ます。「友達がいっぱいいると、さしあたり、とりあえず便利だ」、なんとなく薄っぺらい朋友です。明治維新の志士たちは朋友のためには命を賭けたと思うのですが、、、。

さて、結びの一番。

「人にして人を毛嫌いするなかれ」、これは海外を見てきた福沢諭吉が当時の日本人に言いたいことの全てなのかも知れません。「井の中の蛙(ここでは鮒ですが)大海を知らずじゃだめなんだ」と。島の外に目を向けると色んな人がいっぱいいるし、島の外から日本という島国を見ると国の様相は呈していないし、国民のレベルは低い。

交わりを広くするの要はこの心事を成る丈け沢山にして、多芸多能一色に偏せず、様々の方向に由って人に接するに在り。腕押しと学問とは道同じからずして相与に謀るべからざるようなれども、世界の土地は広く人間の交際は繁多にして、三、五尾の鮒が井中に日月を消するとは少しく趣きを異にするものなり。人にして人を毛嫌いするなかれ。

「もう何でもいいから色んな人と交流しろ!」と哀願しています。

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五編が抜けていました

順不同にやっているから訳が分からなくなります(六編は国の法律の話なので省略です、十一編も省略)。


今年の初めに映画「七人の侍」をDVDで観る機会があり、これは企業研修に使えると思っていたら、すでに同じ事を考えてコースに開発して実施している会社がありました。「学問のすすめ」も何らかの研修で既に使われているかも知れないですね(慶応義塾では活用しているでしょうが、、、、)。

政治家の新人議員研修に使ってもいいかもしれません。


第五編


五編は独立の精神に関して。これは極めて重要だと思います。「独立の精神がないと文明なんて意味がないのよ」が主旨です。依存の精神で成り立っている今の日本としては耳が痛い話の筈です。

明治6年、政府首脳からなる岩倉具視使節団が2年近く欧米諸国を歴訪して帰国しました。木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、金子健太郎、牧野伸顕、中江兆民等がメンバーでした。学校で教えているかどうか怪しいですが、世界各国に日本は「国家」であると宣言しに行ったのですね。

明治維新という革命を乗り越えた日本の政府首脳陣には日本という「国家」が常に頭の中にあったのでしょう。「国家って一体なんなんだろう?」と考えた。日本という島には多くの「藩という国」が存在していたのですが、いきなり、世界の中の「日本」という「国」になってしまったのですからね。

咸臨丸で幕末期にサンフランシスコに行った勝海舟はサンフランシスコのホテルの赤い絨毯とエレベータとレディ・ファーストに驚いたそうですが、この総勢107名の岩倉具視大使節団は欧米諸国の実情を見てもっともっと沢山のことに驚愕したのに違いありません。福沢諭吉は勝海舟艦長の咸臨丸でサンフランシスコに同行していますが、岩倉具視の使節団には加わっていません。福沢諭吉は咸臨丸による訪米の後、単独でのヨーロッパ訪問と、ちょうど明治維新の時に再度のアメリカ訪問を行っています。

福沢さんは、岩倉使節団の頃は方針が決まり塾経営(慶応)に忙しかったのでしょう。欧米諸国を自分の目で見てきて、「日本国民のレベルの底上げをしないと国の独立なんて有り得ない」と彼なりのプレッシャーを感じていたのだと想像します。

『学問のすすめ』は、明治5年が初編で明治9年に十七編を書いて終了しています。
岩倉具視使節団は明治4年から6年。

「学問のすすめ」の第五編。

今日に至るまで国の独立を失わざりし由縁は、国民鎖国の風習に安んじ、治乱興廃外国に関することなかりしをもってなり。外国に関係あらざれば、治も一国内の治なり。乱も一国内の乱なり、またこの治乱を経て失わざりし独立もただ一国内の独立にて、未だ他に対して鉾を争いしものに非ず。これを譬(たと)えば、小児の家内に育せられて未だ外人(よそびと)に接せざる者の如し。その薄弱なること固(もと)より知るべきなり。

福沢先生は「日本は東洋のガラパゴスだ」とは言っていませんが、「家の中だけで育てられ未だに他人と接触がない幼児のようだ」と言っているのです。マッカーサーが日本人は12歳と発言した昭和の戦争後のずーっと前です。

国の文明は形をもって評すべからず。学校といい、工業といい、陸軍といい、海軍というも、皆これ文明の形のみ。この形を作るは難きに非ず。ただ銭をもって買うべしと雖(いえど)も、ここはまた無形の一物あり、この物たるや、目見るべからず、耳聞くべからず、売買すべからず、貸借すべからず、普(あまね)く国人の間に位してその作用甚だ強く、この物あらざればかの学校以下の諸件も実の用をなさず、真にこれを文明の精神と言うべき至大至重(しだいしちょう)のものなり。蓋(けだ)しその物とは何ぞや、云く、人民独立の気力、即ちこれなり。

このあたりが福沢諭吉の一万円札になった由縁かも知れません。「上っ面だけじゃだめよ、中身が大切よ」と言っています。大切な無形の一物は「独立の気力だ」と。

人民に独立の気力あらざれば文明の形を作るもただに無用の長物のみならず、却って民心を退縮せしむるの具となるべきなり。
(中略)
故に文明の事を行う者は私立の人民にしてその文明を護する者は政府なり。これをもって一国の人民あたかもその文明を私有し、これを競いこれを争い、これを羨みこれを誇り、
国に一の美事あれば全国の人民手を拍って快と称し、ただ他国に先鞭を着けられんことを恐るるのみ。

上の部分も極めて重要です。国家と国民のことを述べています。「文明の事を行う者は国民で、それを保護するのが政府である」と。「国に何か素晴らしいことがあれば(美事)国民はみんなで賞賛し、外国に負けないようにしましょう」。

国家と国民の両方にこういった自覚がないと困ったものです。福沢諭吉は当時の明治政府のことをチクリチクリと批判している訳ですが、日本の情況は今でも大差ないように感じてしまうのです。主義主張の枠を越えて一丸となっていないぶん、現代のほうが劣るか?

国民の先をなして政府と相助け、官の力と私の力と互いに平均して一国全体の力を増し、かの薄弱なる独立を移して動かすべからざるの基礎を置き、外国と鉾を争って豪も譲ることなく、今より数十の新年を経て顧みて今月今日の有様を回想し、今日の独立を悦ばずして却ってこれを憫笑するの勢いに至るは、豈(あに)一大快事ならずや。学者宜しくその方向を定めて期するところあるべきなり。

主義主張や方法論は違うけど(明治政府のやっていることは好かんが)、政府とは別に自分らは自分らの信じるやり方で政府をサポートして日本を立派な独立国にして行こうと言っているのだと思います。

独立心をベースにして外国に一歩も譲ることなく努力し、数十年たった将来、今日を振り返って笑い話とできればいいだろう。学者たるものはそういった気構えで取り組んでもらう必要がある。

2009年 秋

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2016年2月7日日曜日

正師を得ざれば


ノーベル賞受賞者の大村智さんがテレビ対談されているのを拝見しました。 魅力的な方ですね。大村さんが本当にすごいのは、化学者としての偉業だけでなく、ビジネスでも成功を収めたことです。北里研究所に新しい生命を与え、ご本人も資産を形成した(恐らく)。ノーベル賞受賞瞬間のインタビューでご自宅の玄関が映りました。素敵なお宅です。特に、門から玄関に続く石畳が素晴らしいと思いました。

「正師を得ざれば、学ばざるに如かず」(道元禅師) 

「正しい先生に出会わなければ学ばないほうがましだ」という事です。

大村さんは、「自己研鑽なしには人を指導・育成する立場にはなれない」と、自らが学び行動する姿勢を崩しません。経営者としては、経営とは人材育成が柱になっているということを確信しておられる。人とのつながりを大切にできる人でもある。人一倍の努力を重ねてきたことは言うまでもないのでしょうが、世界中の研究者との交流が大村さんに想定以上の成果をもたらしてくれました。

ノーベル賞受賞後の記者会見で大村さんは後藤新平の言葉を紹介されていました。「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上と明治期の政治家、後藤新平が言っているように、いい人を多く残すことだ」。

大村さんとまでは行かなくても、そういった志の先生が1人でも増えてもらいたいものです。

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2015年2月16日月曜日

アインシュタインのピアノ


奈良ホテルでアインシュタインが宿泊時(1922年)に弾いたというピアノを見ました。 以前このブログで、アインシュタインの以下の名言を紹介しました。

「学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ」

彼の業績を理解する能力は私にはありませんが、アインシュタインの名言を信じた私は子供の頃から一方的にアインシュタインに愛着を感じていました。 ユーモアのセンスと辛口のコメントを得意としたというアインシュタイン、小さい時からピアノにもバイオリンにも親しみ、情緒豊かな天才だったのでしょう。

「ゲームのルールを知ることが大事だ。そしてルールを学んだあとは、誰よりも上手にプレイするだけだ」

この言葉も名言で、個人の人生でも会社でも国家でも、ルールに汲々としてゲームを楽しめない日本人は損をします。










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2015年1月1日木曜日

いま大切なこと


NYの息子夫婦から年末年始の挨拶が届きました。 普段は全く音沙汰がないのにどうしたのでしょう。 まだ日本人の情緒的なところが残っていたのですね。 安心しました。

世界的な数学者であった岡潔さん(1901~1978年)は、東洋と西洋の違い、キリスト教的世界観と東洋的物の観方には違いがあるということを、全ての考えの基礎としています。 例えば、自然や時間に対する考え方です。 それを「情緒」と言っています。

岡潔の言うところの「情緒」って、「主観的な美意識」と言ってもいいと思います。花を見て色は何色で何科の植物で成分は何々と言うのではなく、「色が鮮やかで綺麗で、自分はこの季節に咲くこの花が好きだ」と言うことです。

人と人との間には「情」がある。人によって情緒の濃淡はあるだろうけど、情緒は組織の潤滑剤にもなります。 相手の立場を考慮して自分の考えを主張する。年をとるごとに、仕事をするごとに、子育ての経験を積むごとに、自分の背骨を太いしっかりしたものにしていけばいい。連続した試行錯誤だと思います。

岡潔は偉大な教育者でもありました。日本の戦後民主主義教育に異を唱え続けた。政府にも掛け合ったけど、とうとう当時(1960年代)の日本政府や教育界からバッシングされてしまいました。

今、これからの時代だったら、もっともっと理解されると思います。だって、上滑りの「口だけ」「今だけ」「金だけ」「自分だけ」の社会がここまで進んでしまったのですからね(日本も世界も)。

明けましておめでとう!   











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