2011年12月31日土曜日

大晦日の井の頭公園


井の頭弁財天の起源は平安中期

噴水は池の水をきれいにするためのものです。 井の頭池では、自然の浄化作用を応用した水質浄化装置が設置されているほか、噴水によるエアレーション効果を兼ねた水中曝気(ばっき)ポンプを稼動させています。


徳川家康は江戸城内の飲料水として、井の頭池から流れ出す神田川を改修して神田上水とすることを命じました(井の頭と命名したのは三代将軍家光だそうです)。 江戸の人々に井の頭弁財天信仰が盛んで、井の頭池は一日の行楽に好適の景勝地として名所にもなっていました。 写真は井の頭池の西端から東を撮影したものです(以前もこの角度でブログに写真を掲載しましたね、、、)。

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2011年12月30日金曜日

歴史の解釈はむずかしい

湯島天神の絵馬

プライバシー保護の観点から、絵馬に書かれた願い事や住所・氏名の部分にステッカーを貼ることができる絵馬も販売されているようです(湯島天神で使われているのは見つかりませんでしたが、、、)。

歴史や伝統って国の財産ですよね。 そして、それらが国民精神のバックボーンとならなくてはいけませんから。 無視したり軽視したり、はたまた自虐的に歪曲していては自らを否定することです。 政府や学校がやらないなら、自分で一歩前に踏み出すしかない。 そうすれば、視界は広がります。

勝海舟は歴史の解釈は慎重にせよと言っています。

「おれはいつもつらつら思うのだ。およそ世の中に歴史というものほどむずかしいことはない」(氷川清話)。

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2011年12月29日木曜日

乃木邸のハナミズキ

乃木坂の旧乃木邸のハナミズキ

マッカーサーのお父さんは、陸軍中将で フィリピンの初代軍政総督でもありました。 息子のダグラス・マッカーサーは日本占領軍の最高司令官だったことは多くの日本人の知るところです。 しかし、マッカーサー父子が乃木大将に大きな敬意を払い尊敬していたことは知られていません。

ダグラス・マッカーサーはトルーマン大統領に更迭され本国にもどる前に、旧乃木邸にハナミズキの植樹をしています(写真)。 私はエゴイストの権化のようなマッカーサーは嫌いです。 しかし、そのマッカーサーは、軍人のトップに必要な資質、つまり、強い精神力(mentally tough) という意味で、乃木希典を崇拝していたのでしょう。

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2011年12月28日水曜日

立派な日本人 ~ 柴五郎


柴五郎を知っている日本人ってどれくらいいるでしょう。 幕末から明治を生きた有徳の人です。

柴五郎は、義和団の乱(1900年)で総指揮をとりました。 各国からの寄り合い所帯で意思疎通が難しい中、事態収拾後、日本人からだけでなく欧米人からも柴五郎のリーダーシップには賛辞が寄せられました。 柴五郎は、英語、フランス語、そして、中国語に堪能だったそうです。

柴五郎は会津藩士の家に生まれました。 戊辰戦争で官軍(指揮官は板垣退助)の攻撃を受けて落城した時、母や祖母は自刃しました。 生き残った父や兄たちと津軽に流刑の身となり凄惨な生活を強いられました。 わずか10才だったのですが立派な武士の子でした。

の後、苦労を重ね陸軍幼年学校から士官学校へとすすみ、最終的には陸軍大将まで上り詰めました。 柴五郎の遺書である『ある明治人の記録』(中公新書)には華々しい活躍の時代は書かれていません。 苦労して士官学校に上がるまでが遺書としてまとめられています。

国会議事堂の中央広間の3つの銅像の一つは板垣退助です。 国会議員の中で柴五郎の会津魂を知らない人なんていないと思いますが、、、、、。

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2011年12月27日火曜日

有能か有徳か?

乃木神社の乃木大将

世の中、特に日本には有能な人はいっぱいいます。 でも有徳の人、つまり、立派な人は少ない。 それが日本の近代化の過程で見落とした大きな問題点だったのだと思います。 実は、平成の今でも続いている。 私は乃木希典は有徳の人だったと思います。

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2011年12月26日月曜日

テレビ離れ

武蔵野吉祥七福神 延命寺の境内

延命寺の北隣に中島飛行機武蔵野製作所がありました。 敗戦までは高い技術力を誇る世界有数の航空機メーカーでした。 戦時中は集中的に爆撃を受け、延命寺には中島飛行機に投下された爆弾の残骸が残っています。

若い世代のテレビ離れが加速しているそうです。

本来、危機感を煽ることで視聴率をかせぐことに主眼をおくテレビが見向きもされなくなってきている。 低俗な芸能番組や偏向した内容のドキュメンタリーに辟易とした結果ならいい。 しかし、電車の中で携帯ゲームに夢中になっている若者の姿を見ていると、利己的な享楽追究に没頭しているように見えてしまうのです。

これまでの一見平和な日本の社会においては、何もしなくても危機的状況から逃れることができました。 実力というよりも、ただ単にラッキーだったのですね。 自分自身を見ていてもよーく分かります。

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2011年12月25日日曜日

クリスマス・ディナー

丸ごとチキンを買ってきてロースト・チキンにしました。

買ってくるフライド・チキンもウマイですが、自家製のロースト・チキンのほうが安全でヘルシーでしょう。

ケーキはクリスマス・ケーキの定番ブッシュ・ド・ノエルです。フランス語でクリスマスはノエル。

クリスマスになればメリー・クリスマス。 年末はお寺で除夜の鐘、年が明けると神社に初詣。 そろそろ、日本全体が宗教のお世話になることを真剣に考える時かもしれませんよ。


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2011年12月24日土曜日

パンジーと葉牡丹


 
パンジーと葉牡丹。 パンジーの花言葉は「思考」、葉牡丹は「利益」だそうです。 ちゃんと考えて利益を出すビジネスをしっかりやれと言う私への警告か?




Nikon D5100にもD90と同じVRレンズを付けました。 2枚とも手持ちでの撮影です。 もともと撮影技術がない上に、カメラの機能をよく理解していないのです。 NYのMさんからRAWファイルの処理ソフトのことを聞いて、30日無料お試しバージョンをダウンロードしてJPEGファイルに変換してみました。 どうでしょう?

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2011年12月23日金曜日

新橋のイルミネーション

SPACE TRAINはどこを目指しているのか?

新橋駅前は忘年会のサラリーマンですごいことになっていました。

自らの出処進退をはっきりさせるにはコミットメントが必要です。 難しいですね。 自分の意見を持つということは大事です。

多くの国でリーダーが交代する2012年、先が読めません。 日和見主義を決め込む日本政府も去就を明らかにしたほうがいい。

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2011年12月22日木曜日

昨晩の東京タワー


夕べ、東京タワーは何となく寂しそうでした。

311で、東京タワーの先端部分が曲がってしまいました。しかし、てっぺんまで職人さんに登ってもらい、曲がった先端を修理したそうです。今では元の美しい姿にもどっています。

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2011年12月19日月曜日

2011年12月18日日曜日

神頼み

子どもや新人のコンサルタントに自信をもたせるって難しいことです。 やり方を間違えると自信がつきすぎちゃって夜郎自大になっちゃいます。 ある程度の知識や力をつけて自尊心を持つのが個人としても国としても重要なことですね。

昔々、聖徳太子は小野妹子を外交使節として中国は隋の国に派遣しました。『日出処天子至書日没処天子無恙云々』(日出処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや)は小学校で習いました。 最近では「聖徳太子実在否定説」まであるそうですが、隣国のプレッシャーから「聖徳太子はいなかった」ってことに教科書が改訂されていませんか?(有り得そうなことなので、、、)。

夜郎自大には大人の対応。 また、政治家は外交でも災害対策でも国民と一緒の目線で現状を受け入れちゃいけない。 なんとか対処するから政治家なのです。

Tayler NS 32CEです。 三脚を使って撮影しました(Nikon D5100)。

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2011年12月17日土曜日

日本の宗教

学問の神様 湯島天神

Yさんの氏神様である湯島天神に立ち寄りました。 Yさんは私の先輩。 本郷で生まれ育ち、今でも本郷通りに住んでいます。 だから湯島天神の氏子なのですね。 村の鎮守様と言われてもピンと来ませんが、湯島天神はYさんの鎮守様です。

神仏習合って、神様と仏様を統合した日本の宗教そのものだったのではないかと思います。 江戸の庶民は神様と仏様をうまく融合させていた。 ところが、明治に入り、近代国家建設のためなのか、神仏分離令で無理矢理に神仏分離をはかり、神仏習合の習慣を禁止しました。 敗戦後、神道は国粋主義のイメージだけになっちゃった。

日本独自の宗教というものを再考する時かも知れません。 今後ますます「死」が身近なものになっていきますから。 今の日本では、葬式は何派だか分からないけど一応仏教だから寺で行い、結婚式はキリスト教、困ったときは神様、これって今の日本では珍しいことじゃないですよね? 年金や医療の問題は今後益々フォーカスされて来るでしょうが、「死」そのものを考えるって、避けられないことだと思います。

湯島の境内にも合格祈願の神頼みの絵馬がいっぱいでした。 さてさて、私の年末年始の神頼みはなんでしょう。 仕事がうまくいって、若いスタッフがハッピーになることでしょうか。

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2011年12月16日金曜日

バタフライはフリー

安定を選ぶか、それとも自由を選ぶのか? 日本では大きな会社に就職することが安定であると思われてきましたが、さて、これからもそうでしょうか?

Self-employed(自営)でもいいですから、独立する若者が増えて欲しいですね。 それには社会全体がそういった若者を応援するようにしなくちゃいけない。 自営で成功した若者が少人数でもいいから人を雇うようになれば日本はもっと成熟した社会になるでしょう。

昔、ゴールディー・ホーンの『バタフライはフリー』という映画がありました。 全く関係ないですが、、、。

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2011年12月15日木曜日

65歳まで雇用を義務づけ?!

永田町の財務省前

日本の教育は従業員(employee)を作り出すにはよく出来たシステムだろうと思います。 つまり、規則を守り間違いを犯さず、質の高い仕事をこなす人材を輩出するシステムです。 これは大切なことです。 ただ、これだけではいけない。 従業員は仕事(雇用)の存在が前提となるからです。

総理大臣の言う「日本の一番の武器である人材」の中身は分かりませんが、色々なキャリアが存在します、例えば、商店経営、ミュージシャン、開業医などの自営業。 起業家と言われるビジネス・オーナー、そして、投資家などです。 従業員は様々なキャリアの一つです。

ニューハンプシャー州のモットーは「Live free or die(自由に生きないなら死んじまえ)」です。 車のナンバープレートには全てこのモットーが書いてあります。 世界は混迷の時代をむかえています。 安定を望んでも安定がどこにあるのか分からなくなるのです。 従って、不安定な中で自由を求める能力が必要になってきます。 ちょっと拡大解釈ですが、福沢諭吉の「一身独立して一国独立す」も同様のことですね。

政府は企業に高齢者の雇用を義務づけするだけでなく、仕事(雇用)そのものを創出すべきでしょう。 世界の情勢が流動化し先の読めない時代に、既存の組織に安定を望む人材ばかり作り出していては、不安定な世界情勢を乗り切ることはできないですね。 中高年の不安を払拭すると同時に、若者の自由な生き方も認めてやりましょうよ。 銀行や航空会社を支援(bail out)するばかりじゃなくて、起業する若者をサポートする仕組みを考えて下さい。 どんどん失敗する社会にしましょう!

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2011年12月14日水曜日

日本の一番の武器

国会議事堂の中央塔

総理は、「日本の一番の武器は人材である」と言われているようです。

国会議事堂の中央広間(中央塔の真下)には、議会政治の基礎を築くのに功労のあった伊藤博文、大隈重信、板垣退助の3人の銅像が立っています。 ところが、銅像を設置する台座は4つあり、4つ目の台座には銅像が立っていません。 4人目を誰にするか決められなかったため、誰にするか将来に持ち越されたそうですが、100年以上も人材を輩出することができなかったのでしょうか? それとも、足の引っ張り合いで決められなかったのか?

国権の最高機関に相応しい人材とは?
全国民を代表する議員さん一人ひとりの顔を思い浮かべてください。


グローバル人材なんて考える前に、しっかりと考えるべきことかも知れませんよ。

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2011年12月13日火曜日

今年の漢字は?

「多くの日本人は本当に自由を望んでいるのだろうか?」。 先輩の I さんからの問いかけです。

私の返信は、「日本人は自由でないことをうまく利用しているのでは?」です。 自由は骨の折れることですから。

むかしむかしのことでした。 I さんと私がマンハッタンの営業所で働いていた時、「Risk Taker」というスローガンを掲げバッチまで作っていました。 我々が働いていた会社が大企業病に陥った結果、安全志向の人ばかりで誰もリスクを取らなくなった。 結果、業績は低迷、しかし、誰も真剣に変えようとしなかった、それどころか、相変わらず会社に従属しスネをかじろうとする人ばかりでした。

安全(または、安定)の反対が自由で、今の日本人は自由なんて望んでいないのかも知れません、つまり、「自由なんて、そんな危険なこと御免こうむる」って思っているのじゃないでしょうか? これまでは、何とか騙し騙しやってこれました、多くの幸運にも恵まれた。 しかし、その安全が崩壊したのが2011年だったんじゃないでしょうか? 安全を求めても、至るところで安全じゃなくなってきました。 しがみつこうとする安全が崩壊してきたのです。

今年の一字を選ぶとしたら「絆」じゃないですね、私は。 崩壊の「崩」か「壊」です。 「震」や「波」だと総攻撃を受けるでしょうから、、、。

またクリスマスがやって来て正月になります。
時間は止まらない、、、。










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2011年12月12日月曜日

起業家精神を育む

上意下達(じょういかたつ)の垂直型官僚組織は日本の戦後教育の賜物です。 それとも、日本社会が求めているから今のような教育になっているのでしょうか? 私は日本の復興再生には起業家精神を育むことが大切だと思っています。

家族を養わなければいけないから、今の会社を辞められない。 今の仕事が忙しすぎて考える暇がない。自分で何かやるなんてリスクが大きすぎる、、、。 ほとんどの人がこう考えます。

確かに簡単なことじゃない。 でも人生一回。 チャンスを追及してみてもいいじゃないですか? 特に若い人は。 先は長いし失敗しても経験が残るという考えになって欲しいものです。 そして、社会はそういった経験に重きを置いて評価してもらいたい。

Nikonのデジタル一眼レフD5100を試してみました。

















カメラのフィーリングを優先させるなら、D90やD7000でしょう。
手軽にバシャバシャと撮りたいならD5100でいい。 あくまでも素人の私見でした。

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2011年12月11日日曜日

クリスマスツリーの姿はいつも同じ、、、


今年のロックフェラーセンターのクリスマス・ツリーです。

ロックフェラーセンターは1989年にジャパンマネーにより買収されました。 やがて日本のバブルは崩壊し、ビル管理会社は倒産、三菱地所は1995年に14棟のうち12棟を手放しました。

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

来る年ごとに、花の姿はいつも同じようだが、
来る年ごとに、見る人の姿は変わるのだ。

劉廷芝 『白頭を悲しむ翁に代わる』 唐詩選(岩波文庫)より

人も国も永遠に不滅なんてないですね。 すべてのものが変化する中でどう生きていくかが大事なのでしょう。 いつのまにか、「無常ということ」を忘れたのが今の日本かもしれません。

ロックフェラーセンターのツリーを見る人の姿は、中国人、インド人、韓国人、そして、地方からのおのぼりさん、、、ニューヨーカーの姿も変わるのだ。

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2011年12月9日金曜日

三鷹の風景

video

1960年代後半、エリック・クラプトンがジョン・メイオール&ブルースブレーカーズにいた時の曲 『ハイダウェイ』 をやってみました。 クラプトンがヤードバーズを脱退しクリームをはじめる前です。 いつものように思いつきで一発録音したものです。 ギターはストラトです。

写真はJR三鷹駅周辺です。 森鴎外と太宰治のお墓は禅林寺にあります。 最後の朝日の写真は玉川上水、太宰が入水したあたりです。

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2011年12月8日木曜日

12月8日スペシャル ~ 前編

数年前に備忘録として書いたものです。 ちょっと堅苦しいかも知れませんが、、、。

戦争になった一つの時代背景 ~ アメリカ側から見たらどうなるか? 

私は戦争オタクではないし、右でも左でもない。 若い頃と違って戦争の本は読まなくなりました。 とても空しいし、悲しいですからね。 でも、近現代史をできるだけ事実に基づいて理解しておくというのは非常に大事なことだと思います。 「何が事実」と言うのは難しいですが、、、。

一つ鉛直な真実として言えることは、日本内部の問題だけで戦争になったのではないと言う事です。

それについて少々。

アメリカは第一次世界大戦というヨーロッパの戦争で大儲けをしました。 兵器を作りまくった。 つまり、朝鮮戦争時の日本と同じでした。 重工業に大投資しました。戦争が終わり生産過剰、過剰投資になり、やがて、大不況になった。 ニューヨーク株が暴落し、ついには世界大恐慌になりました(1929年)。 経済学者じゃないから経済理論からの説明はできませんが、、、。

そういった中、民主党のルーズベルトが大統領に当選しました。 それまでは共和党のフーバーでした。 このルーズベルト大統領が日本の運命を大きく変えたのだと思います。 マンハッタンには南北に走る2つのハイウェイがあります。 一つはハドソン川沿いのウエストサイド・ハイウェイ、そして、もう一つがイースト川沿いのFDRドライブ、つまり、フランクリン・D・ルーズベルト ハイウェイです。

ルーズベルトと言うのは強烈な人種偏見、人種差別の人でした。 真珠湾の前から日本人強制収容所の計画を持っていました(記録も残っています)。

ルーズベルトは戦争には介入しないことを公約に大統領に当選しました。 選挙公約を破るわけにはいかないから景気回復のための戦争はできない。 ニューディール政策と言っても効果はないし、このままでは経済は回復しないし、大統領も首になる、、、、、困っていた。

そこに、カモネギの日本がいたのですね。

自分で戦争できないから蒋介石の中国(国民党)に日本と代理戦争をやらせた。 あらゆる知恵(軍人)と兵器と金を与えて、日本を中国大陸の奥へ奥へと引っ張り込んでいった。 アメリカ軍はタイ国境から内陸部に物資の輸送をした(これが所謂 「援蒋ライン」 と呼ばれるものです)。

日本は田舎者の成り上がりで、軍部は国際情勢なんて読めないから、いけいけドンドンで満州事変で調子に乗って盧溝橋でハメられた(色々と説はあるが、、、)。 ルーズベルトはニヤリとしたと思います。 もともとアメリカは列強として中国大陸に進出したかったわけですが、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアに遅れをとって焦っていました。 また、ルーズベルトは反日派と言うだけでなく親中派でした。 これは、民主党の伝統なのかルーズベルト個人の考えなのかは分からないですが。

日本軍の真珠湾攻撃と言うのは、ルーズベルトにとって千載一遇のチャンスだったわけです。 援蒋ラインでは限度がある。 アホな日本が奇襲してくれたらアメリカ国民の支持も得られる。 戦争して景気を一気に回復できる。 恐らくパールハーバーでニヤッとしたのは山本五十六ではなくルーズベルトでしょうね。 山本五十六は「大変なことになってしまった、、、」と焦ったでしょう。

ヤルタ会議(1945年2月)でスターリンにかけあって終戦の直前にソ連に参戦させたのもルーズベルトだと言う事をどれだけの日本人が知っているのか? ルーズベルトはスターリンに対して「千島列島と南樺太をやるから日本に宣戦布告しろ」と言ったそうです。

日本では「原爆を広島と長崎に落とした大統領はトルーマンだ」と、トルーマンのほうがルーズベルトより印象が悪いようです。 しかし、トルーマンは「前大統領の決定を単に実行したまでだ」と発言しています。 ルーズベルトが急逝したのは1945年4月(脳卒中)だから、トルーマンの発言は嘘ではないと思います。 そもそも、原爆のマンハッタン計画の推進リーダーはルーズベルトでした。

ちなみにルーズベルトの墓地はブロンクスのWoodlawnにあります。 同じ墓地には野口英世の墓もあります。 余談ですが、今では1000円札になった野口さんも、伝えられていることと実際とはかなりギャップがあったようです。

後編は、近々UPします。

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2011年12月7日水曜日

不屈の精神

There is in imitation a passion for equality: to do as others do is to have blanket insurance that we shall not be left behind.

模倣には平等を求める情熱がひそんでいる。他人と同じように振るまうことは、自分だけが取り残されないというブランケット保険、つまり、生命、医療、財産など全てを包括した保険に入るようなものだ。

It is well to treasure the memories of past misfortunes; they constitute our bank of fortitude.

過去の不幸を大切に心にしまっておくことは良いことだ。 そうすることによって不屈の精神の要塞を構築することになる。

Eric Hoffer 『The Passionate State of Mind』

ニューヨークの現市長は大富豪のマイケル・ブルームバーグ、前市長は富豪ではないと思いますが元検事でマフィアをNYから一掃したルドルフ・ジュリアーニです。 保守派市長が2代17年続いています。 この間ニューヨークは随分と良くなった。 大都市がたどる運命なんてどこも同じです。 リーダーである市長の手腕次第で決まると言う事です。

日本の再生に一番必要なのは、起業家精神をもったリーダーでしょうね。 これまでの僥倖を忘れて、一度真剣に考えてみるべきです。 そうすれば、何が必要かが見えてくるかもしれません。

NYのチャイナタウン

中国人は世界中どこにいっても生き残ります。 彼らは模倣力があり起業家精神もありますから。

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2011年12月4日日曜日

クリントンさんお気に入りのカレー屋さん




壁に飾ってあるビル・クリントン来店時の写真、
左は元祖カリスマ主婦のマーサ・スチュアート



NYの郊外、マウントキスコ(Mt. Kisco)というところで友人がカレー屋さんに連れて行ってくれました。

小さな小さなカレー屋さんで、インドにあるトラック・ドライバーのためのドライブインをイメージした店だそうです。 元大統領のビル・クリントンがよく来るそうです(国務長官のヒラリーは忙しいですから、、、)。

ビル、ヒラリーのクリントン夫妻は隣町のチャパクアに住んでいます。 大抵の日本人は、ビル・クリントンって評判がよくないだろうと思うでしょうが、アメリカでは意外と人気があって講演に引っ張り蛸です。 アメリカ人って、日本人と違ってポジティブな部分に重きを置いて評価し記憶に残しますからね。

世の中は無常だし、人は誰しも必ず一度や二度の失敗をします。

明治以降、日本人は失敗を許さなくなった。 あまりにも人間は完璧な存在だと思い込み始めたようです。 そう教育されてきた。 これは、戦前も戦後も同じです。 日本人は評価する際、ネガティブなことの占める比重が高い、特に日本企業では高すぎる傾向にあります。 もっとポジティブな部分にフォーカスして人事を行った方が効果が高いのに、、、。

多くの宗教は、人間なんて愚かな生き物で失敗ばかりしでかすことを前提にしていますよね? 失敗は成功にもなるし、成功は失敗にもなる。 つまり、「無常ということ」です。 クリントンさんはアメリカ人に生まれてラッキーでした。 日本だったら誰もシリアスな講演には呼んでくれない、せいぜいTVのバラエティー番組だったでしょう。

タンドーリチキンとシシカバブ (お皿は紙でした!)

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2011年12月3日土曜日

イルミネーション

下の写真は、今夜のマンハッタン 116丁目にあるコロンビア大学のキャンパスです。 イルミネーションが車のボディに映って綺麗ですね。


















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2011年12月2日金曜日

マンハッタン島も少子高齢化?

感謝祭が終わると、ニューヨークの街はクリスマスの準備に突入します。 ロックフェラー・センターのクリスマスツリーが点灯され、ショーウインドーの飾り付けが赤と緑を基調にしたポインセチアのクリスマスカラーに変わます。

歩道ではクリスマスツリー用のもみの木が売り出されます

アメリカは日本のように超高齢化社会ではありません。将来的にも出産率の高いヒスパニック系の人口の増大から高齢化率(65才以上の全人口に占める割合)は低くなる傾向にあるそうです。 ただ、ニューヨークという特殊なアメリカでは高齢化率は高く、ニューヨーク市ではDFTA(Department for the Aging)を設置して対応を始めています。

高齢者のクリスマス・パーティ @ Carmine's (イタリアンレストラン)

高齢者のニューヨーカーは、赤や緑のシャツやセータ-を着て「Seize The Day(今日を生きる)」に一生懸命です。 後のことは、「Whatever Will Be, Will Be(ケセラセラ)」。

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2011年12月1日木曜日

クリスマス商戦

NYの老舗デパート Macy's の入り口

感謝祭(Thanksgiving)翌日の金曜日は、小売店の全てが黒字になることからブラック・フライデーと呼ばれます。 ブラック・フライデーからが、アメリカのクリスマス商戦のスタートです。 この時期の売上げはアメリカ小売業年間売上げの25%を占めます。また、感謝祭の週末明けの月曜日にオンラインセールスが急増することから、この日はサイバー・マンデーと呼ばれます。 今年はブラック・フライデーが11月25日、サイバー・マンデーが11月28日でした。今年の売上げは、両方とも昨年より3~4%伸びたそうです。 スタート時の勢いはどこまで続くのでしょう?

不況とは言えアメリカの庶民感覚は日本とは随分と違います。 貯金をして老後に備える日本を「将来に備える計画性のある国民」と評価するか、「リスクを取らない戦略性のない国民」と批判するのか、、、どっちでしょうね。

少し国全体のことを考えてみます。世界的な景気減速の中で、世界の金融市場は日本経済をどう見ているのでしょうか?

景気刺激対策に対するアイデアが豊富でないこと、311後の復興のための投資金額が小さすぎることから、世界の日本に対する評価は低いようです。 「このままだと日本の信用力はイタリアの後を追っかけるのではないか」という意見さえあります。 「日本には国内にも国外にも資産がいっぱいあるから大丈夫だ」というコメントを日本で聞きますが、積極的な投資がなく借金だけを返していると国のバランス・シートはどんどん縮小していきます。 財務大臣が一般家庭の老後の心配と同様に国政を考えてもらっては困ってしまいます。

要するに、日本の信用力は落ち始めているということです。 高齢化や企業数の減少など日本特有の現象に関してもマーケットはよく見ています。 国の経済政策の観点からしても、未曾有の大災害が起こった2011年、日本に残された最後のチャンスかもしれません。

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