2012年8月31日金曜日

リスク・テイカー


将来を正確に予測できればいいのですが、難しい。 だから、ある程度の「リスク」は「テイク」しなければいけないのです。 どうも、そのことがあまり理解されていないように感じます。
 
リスクは、「危険」かも知れませんが「機会(チャンス)」もあるということです。 つまり、それがリスクテイク(risk-taker)ということです。 明るい未来ばかり描いて皆で合唱しているのを見るのは、どうも違和感を感じます。 リスクをテイクしないということは、自分で考え意思決定することを避けていることと同じだと思います

企業だって同じですね。 どうも日本企業は、リスクと言えばネガティブなことばかりを考える。 「リスクテイクしなければリターンも最大化できない」ということを積極的に考える日本企業は少ないのです。 リスクとリターンの間でバランスをとるのが経営者の役割なのですが、そういった経営者が少ない。 経営者とてサラリーマンですから、、、。
 
列島の中で日本人だけでやっている場合はこれでもいいのかも知れませんが、欧米やアジア企業と競合する場合(ほとんどですが)、リスクとリターンのバランスをとり、もっと迅速に意思決定することが要求されると思います。     
  
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2012年8月30日木曜日

マナーはどう教えるか?


テーブルマナーなんて無視して自分の好きなように食事を楽しむのがいいのですが、そうもいってられない場面は人生の中でいっぱい出てきます。 人間は社会的な動物だからです。 

私は地方都市の公団住宅で育ったので、ほとんど何も知らずに大人になりました。 思い出すと赤面するような思いもたくさんあります。 細かい点まで知る必要はないと思いますが、基本マナーは少しずつ理解していく必要があると思います。 最初は恥をかくこともあるでしょう。 若い時はそれでいいのですよ。 観察しながら一つずつ発見していけば。

マナーというのは、テーブルマナーのようなものから、会社や地域社会、そして国家間においても様々なレベルで存在します。 仕方がない。 そういったものだからです。 マナーのギャップをマネージするしかないのです。 他者に同化する必要はない。 良いところは取り入れ、従うべきところは従い、譲る必要のないところはしっかりと保守すればいい。 

要するに、バランスを取ることが肝要です。 理解不能な死後の世界とは違って、人間だから大抵の作法は理解できるのです。

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2012年8月28日火曜日

今だから聖徳太子 

法隆寺 

七世紀初頭、聖徳太子は小野妹子を二回目の遣隋使として派遣しました。 聖徳太子は朝廷の摂政でした。 

朝廷が隋の皇帝に宛てた国書は「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、つつがなきやの書き出しで始まっていることは、日本人であれば皆が知るところです。 

当時、隋は漢以来の一大帝国を作り上げていました。一方、日本はやっと国としての体裁を整えつつありました。 朝鮮三国の王朝は隋の皇帝に服従していました。 しかし、聖徳太子は隋と対等の立場で国書を出したのです。 五世紀頃までは、日本も中国の王朝に朝貢していたのですから、聖徳太子のアクションは非常に強気です。 旧来の主従関係を転換し、日本の朝廷(天皇)対中国の皇帝という対等な外交関係の樹立を目指したわけです。
 
小林秀雄も敗戦直後に言いましたが、ジャーナリズムを過信してはいけません。 高等教育を受けた中国の若者は、人民日報や中央テレビを信じません。 私の知っている中国人の若者は、「報道の逆が真である」という意味で、中国国内の報道をチェックしています(基本的にテレビは見ません)。 日本も同じようなものです。 昨今のテレビ番組は報道というよりも、ニュースといっても娯楽番組と見なしてもいい。 「思想」というものが溶けてなくなったり、個人に自己防衛の意識が稀薄である場合、テレビや新聞なんて非常に危険です。 大衆を感化して社会主義国家が成立したり、全体主義に陥り武力衝突になった過程とよく似ています。
 
教育も同じです。 「聖徳太子は実在しなかった」と教えている小学校の先生だっているかも知れません。
 
聖徳太子を教えていても、聖徳太子が生きた時代の背景や、『十七条の憲法』で何を言っているかに触れません。 それでは意味がない。 聖徳太子は外交のエキスパートです。 国家の独立とか主権といったものを国の内外に認めさせたのですから。 朝廷と隋の煬帝の間に入ったり、国内の調整を行ったりと、バランス感覚のある「際」の魔術師なのでしょう。国交を断絶することなく、ましてや服従することもしなかった。 仏教を上手く取り入れ、日本文化に習合するように仏教を日本的宗教として確立させたのではないでしょうか? 
 
外務大臣や日本国の大使を務める人には爪の垢でも煎じて飲ませたい。
 
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2012年8月26日日曜日

教育の現場主義とは?


教育の現場ってどこでしょう?

コンサルタントの育成は、「on the job」と「off the job」の二つのトレーニングから成り立っています。 二つとも大切なのですが、基本はOJTと言われる「on the job」トレーニングです。 現物現場を重視して、つまり、自分の肌で感じて確認し、自分で現場を見て現実を把握することです。

コンサルティングビジネスでは、現場経験豊富な、本質を見極めることができるシニアなコンサルタントが、ジュニアなコンサルタントをプロジェクトの現場で教える (coachingとcounseling) のが基本です。

OJTで実践されること:

1.期待の明示が人を育てる
2.価値・目的の理解が人を育てる
3.環境(企業文化、風土)が人を育てる
4.小さな日常業務が人を育てる
5.リーダーの言動が人を育てる

教育も、現場(ビジネス)経験があるかないかというのは非常に大切だと思います。 政治だってそうです。 実際に離島を見てくると、国会答弁にだって重みが出てきます。 そういったものなのです。
      
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2012年8月25日土曜日

アリストテレスの提灯 ~ 教育論

 

ウニの強力な歯をもつ口とアゴを「アリストテレスの提灯」というそうです。 アリストテレスが発見して命名しました。 アリストテレスは、何に対しても興味津々だった人のようです。 さて、 アリストテレスは教育に関して何と言ったのでしょう?
 
アリストテレスは『政治学』の中で、「人間は政治的動物である」と定義したことは有名です。 これは、自足して共同の必要のないものは神であり、共同できないものは野獣である。 だから人間は共同して生きる政治的動物だと言ったのでしょう。
  
『政治学』の中で、人は3つの大事なプロセスを経て有徳な善人になると言っています。

1.出自
2.習慣
3.理(ことわり)

「理を学習する前に、正しい習慣をつけなさい。 また、精神的なことを始める前に、肉体的に鍛える必要がある。 子供の教育は、体操術や訓練術から始めなければならない」。 健全な精神は健全な肉体に宿るということでしょうか?  「まず獣身を成して後に人心を養うのが私の主義だ」と言って、八、九歳か十歳になるまで子供に読書をさせなかった福沢諭吉の子育てと同じですね。 福沢さんはアリストテレスの『政治学』を参考にしたのかも知れません。 

私は幼稚園の頃から学校や先生には極力近づかず、自分の思想に従って大人になり今に至っていますが、逮捕されるようなこともなく、なかなか楽しく毎日を過ごしております。 反省すべきは、子供の頃にもう少し肉体的に鍛える必要があったということです。 

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2012年8月24日金曜日

軽々しく担えるものじゃない

  
 
猛暑の中、マンションの建設が続行されています。以前ご紹介したクレーン車も大活躍中です。 間近でクレーン車を見る機会なんてあまりないものですから、一日の作業前の早朝にゆっくりと観察させてもらいました。
  
物の重さは複滑車(block and fall)で小さくなります。 クレーンのジブ(腕の部分)先端に使用されるのが定滑車で、先端の定位置に固定されています。 先端からぶら下がっているフックに使用されるのが動滑車です。 動滑車によって荷を上げるには、荷の重さの半分の力(滑車の摩擦がないものとして)でいいのですが、荷を1m上げるのにロープを2m引っ張ることになります。 すなわち、力は小さくてすむが距離は倍になります。 写真上方にロープが何本も見えると思います。
  
クレーン車って国家間の外交みたいなものです。 いくつかの動滑車と定滑車を組み合わせて小さい力で重い物を上げ下げする。 そして大事なことは全体としての力の平衡(balance of power)です。 吊り上げる荷でクレーン車が倒れないように荷重をつりあわせることです。 足もとで地盤をしっかりと踏ん張っていることも重要です。

私がいくら早朝からクレーン車を眺めてもオペレーションができるようになる訳ではありません。 同じように、一国の外交というのは、軽々しく担えるものではないということでしょう。


  







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2012年8月23日木曜日

アサーティブ(assertive)とは?


ブログを始めた時(2009年)にUPしたスライドです。 久しぶりに日本に帰ってきた私の頭の中には色んなことがグルグル回っていました。 「be assertive」ということもその一つでした。 assertiveって、多くの日本人が理解している「我の強い」とか「独善的だ」とかいったことよりも、「自分の考えがある」、「自分の意見を表明する」という意味です。 ほぼ悪い意味では使いません。 アメリカの小学校では、先生は子供たちに「be assertive」と教育します。 それは、大人になってからassertiveでないと誰も相手にしてくれないからです。

アリストテレスの時代から人間って理性的じゃないようです。 みんな自分勝手なロジックを押しつけてきます。 too aggressive ですね。 そうすることによって主導権を取りたいからです。 コンフリクト(意見の衝突)なんて永遠に解消しないから、マネージし続けるしかないのです。 そして、それを楽しめるようになればシメシメなのですが、、、何事も中庸(Golden Mean)って難しい。
  
しかし、国家の運営のプロフェッショナルであるはずの政治家先生や官僚には国家間のコンフリクトを上手にマネージしてもらいたい。 そうでなければ、解決手段としての武力衝突になってしまいますから。

(過去のブログ)
http://ibg-kodomo.blogspot.jp/2009/12/golden-mean.html

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2012年8月21日火曜日

JR三鷹駅のヴァン・ヘイレン

 

大ヒットしたアルバム 『1984』 がリリースされた1984年、私は駐在員として北京にいました。 アルバムからシングルカットされた 『ジャンプ』 が全米1位となり、当時香港に行くとどこでもこの曲がかかっていました。

エディのギターはタッピング奏法と呼ばれる、右手で指板上の弦を叩きつけて弾くユニークな奏法です。 しかし、私はあまり馴染みがないのです。 グループとしてもちゃんと聞いたことがない。 エディの真似をしようと思ったこともありません。 しかし、私でも確実に言えることは、エディ・ヴァン・ヘイレンというギタリストはオリジナリティを追及することに命を懸けているギタリストでしょう。 人と同じことをしたくないという意気込みが感じられます。 ギターのスペックだけでなくデザインも人と同じじゃ我慢ならんタイプですね。

同じ年にマイケル・ジャクソンの 『スリラー』 が大ヒットし、この中の 『Beat It』 で特徴的なギターソロを弾いているのもエディ・ヴァン・ヘイレンでした。 恐らくマイケルがR&Bにエディの斬新なロックギターのフレーバーを加えたかったのでしょう。

しかし、三鷹でヴァン・ヘイレンを宣伝する意図は? 私にエディのギターも勉強しろということ?

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2012年8月19日日曜日

パラサイトされる

どれを持っていくか?

パラサイト・シングルって一時流行っていたと思いますが、最近の状況はパラサイトだらけです。 親と子の関係や学校のイジメ、国と国の外交だって同ことだと思います。 隙を見せたら付けこまれる。 パラサイト(寄生)されるのです。 

物事は複雑になればなるほど高いレベル、つまり、デリケートなコミュニケーションが必要になります。 よく相手を見きわめて、相手に合わせた対応が必要です。 はっきり言わせてもらうと、相手の国家としての発展レベル(民度)に合わせて対応しないといけません。

実は、国家も個人も同じなのですが、現実と向き合わざるを得ない状況をいつまでも避けてばかりいると、自分をどんどん追い込むことになります。 試練って、結果がうまく行っても行かなくても乗り越えるしかない。 逃げてばかりいると教訓(lesson learned)にはなりませんから。
 
理解できない相手をそっくりそのまま包み込む寛容さがあればいいのでしょうが、そんな余裕なんて誰もありません。 だったら、しっかりと守るべきものを守るしかないでしょう。
 
私の場合、どのギターを守るか? どの本を持って行くか? 非常に悩ましい、、、。 棺桶にですよ。
   
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2012年8月18日土曜日

グローバル人材になるための教育

 
日本の未来は "Let it be" か?

政治や国際情勢に対する日本人の関心の低さは大きな問題です。

自分の国の安全について責任を持たないような国は国際社会で発言権はない」。 

これは世界の常識で、海外で仕事をする時に必ず認識しておく必要があります。 あなたの思想がどうであれ、相手はこう思っているからです。

南アジア海域の喧噪が過ぎ去ると東アジアが騒がしくなりました。 日本は、政府も民間もこれまでのアメリカとの関係を前提に東アジアのことだけに集中しているようです。 日本のマスコミは相変わらず幼稚園児のサッカーです。 ボールが行くところに全員が集中する。

しかし、冷静に考えてみて下さい。

アメリカは費用対効果で日本や東アジア全体を見ています。 更に中東やヨーロッパ情勢とのバランスで東アジアを見ていると思います。 日本人が考えるよりずっと冷徹で現実的なのです。 同盟体制などの関係にしても、永久不変だとは考えていないでしょう。 つまり、アメリカは「アメリカにとっての日本の価値」を常に評価しています。 当然、日本の態度いかんでアメリカの力の入れ方も変わってくるのです。
   
もし、今流行のグローバル人材を目指すのであれば、重要なことってこういったことの認識です。 TOEICの点数が10点あがるとか、そういったことじゃなくて。
 
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2012年8月17日金曜日

真実を知るための教育


「一体どこの国が攻めてくるのか?」ってよく聞いた文句ですね。

帰国直後、ある教育関係NPOの会合に参加する機会がありました。 駐在員や海外現地法人の代表、学校の校長経験者や小説家など立派な経歴を持った人たちの集まりでした。 「日本には平和憲法があるじゃないか、憲法9条がある。憲法を輸出することによって日本はグローバル社会のリーダーになれるのではないか」という参加者の意見を聞いて、椅子から転げ落ちそうになりました。 ここ数年の日本の状況を見ていて、つまり、無断で人の家に侵入して来る人たちがいても平気な状況を見ていて、まだ日本の憲法を輸出しようなんて空想科学的な認識の中で生きているのでしょうか?

3年前、列島の夏は「政権交代。」と芸能人の覚せい剤騒動で熱病の中にいました。 今年の夏はオリンピックで列島中が沸いています。 真実を知る教育や報道を長年やらないからこうなったのでしょう。 世界情勢が不安定になればなるほど各国の国家意識が強まります。 その中で日本だけが「国家とは悪だ」という呪縛をかけられたまま自分を欺し続けています。 どの国家からも都合の良いように利用され続けるでしょう。

今年の夏はことさら油野郎が煩い。

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2012年8月15日水曜日

悲哀は限りがない

オリンピックの閉会式にミック・ジャガーが出てくるかと期待していたのですが、The Whoでしたね。 ウッドストックに出演したThe Who、出演できなかったThe Rolling Stones。 1969年から続く確執かと勝手に想像しちゃいました。 報道によるとストーンズやツェッペリンは出演を辞退したそうです。

今年も8月15日がやって来ました。

日本の首相や閣僚はリンカーンのゲティスバーグ演説の意味をどれほど理解しているでしょうか? 多くの政治家に自分の国に対するdevotionやdedicationの欠片もないことは、日本の大きな弱点だと思います。 世界はますます混迷するだろうし、この時期の油野郎はこれまで以上に煩くなる。 

去年のブログです。

(再掲)
2011年8月14日日曜日
献身という事 ~ devotion

さて、今年も8月15日がやってきます。 私は「もはや戦後ではない」と言われた世代の生まれですから、当然、1945年8月15日の記憶はありません。 しかし、昔から8月15日が嫌いでした。 三島由紀夫が言った「限りなき悲哀」を感じるからですね。

「人民の人民による人民のための政治」は、誰もが知っているリンカーンの有名なフレーズです。 しかし、リンカーンが演説で強調したかったことは、この部分だけではないと思います。 リンカーンは「勝った側も、敗けた側も、戦死した人は無駄死にじゃないんだ」ということを言いたかったのです。

リンカーンのゲティスバーグ演説は短いので下に全文を載せます。 アメリカ人はdevotionという単語が大好きです。 組織で上司が部下を褒めたり表彰したりする場合には、必ず出てくる単語です。 リンカーンも演説の中で効果的に使っています(私は、リンカーンの演説に対して「虐殺され土地を奪われた先住民はどうなのよ!」と言う気持ちはありますよ)。

敗戦後の日本は、過去を上手に思い出すどころか、ダチョウのように頭だけを砂の中に突っ込んで、見たくないもの、知りたくないものを無視し続けて来たのでしょう。 小林秀雄が『無常という事』で言った、「人間の置かれる一種の動物的状態」なのでしょう。 福沢諭吉は、「禽獣の世界から文明に近づけるのが教育である」と言った訳ですが、敗戦後66年間の日本の教育の失敗は大きいですね。

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The Gettysburg Address
Gettysburg, Pennsylvania
November 19, 1863

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we can not dedicate -- we can not consecrate -- we can not hallow -- this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here.

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us -- that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion -- that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain -- that this nation, under God, shall have a new birth of freedom -- and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

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2012年8月13日月曜日

油野郎が煩い

拙宅の玄関で息絶えた油野郎

惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり悪友を親しむ者は共に悪友となってしまう。我は心においてアジア東方の悪友を謝絶するものなり福澤諭吉『脱亜論』(時事新報 1885年3月16日)。 

福澤諭吉の「脱亜論」と呼ばれている時事新報の社説です。 上の部分は最後の一行。 127年が経ちました。 その間、日本は日清・日露戦争から昭和の戦争で亡国の一歩手前まで行きました。 その後、米ソは長い冷戦に入り、1949年に中華人民共和国という社会主義国家が成立し、朝鮮半島では戦争が勃発し朝鮮は南北に分断されたのです。

1990年代に入りソ連は崩壊し長く続いた米ソ冷戦は終わり、直後に東西ドイツは統一されました。 それから20年の間、パクス・アメリカーナは怪しくなり、日本もバブルがはじけ失われた20年に突入したのです。 EUも低迷しています。 世界はどこを見ても落ち着かない。 しかし、アジアって本質は変わってないですね。 福澤さんの時代から、、、。

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2012年8月12日日曜日

ポークカレーを作った



スペアリブを入れてポークカレーを作った。 最善をつくしてもなかなか褒めてもらえません。 でも、大丈夫。 私には余力があると思うことにしましょう。

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2012年8月10日金曜日

理想の翻訳 ~ 誤訳してないか?

加賀が保守した金箔の伝統

帰国してそろそろ3年が経とうとしています。 私は日本に生まれた日本人ですから自分の国は民度の高い立派な国になって欲しいと思っています。 これには理屈なんてないんですね。 だから、しっかりと理想像を描き、理想と現実をつないで行くことができない政界・財界のリーダーたちには憤りを感じます。 
 
新渡戸稲造さんが、『自警録』の中で「理想を実地に翻訳するが人生」ということを書いています。 個人の人生も会社の経営も国家の運営も全て同じことだと思います。 今の日本って、理想を実地に翻訳するのに誤訳だらけじゃないですか! 思想がないからなのか、それとも何らかの意図が見えないところで働いているのでしょうか?

「理想なしにぶらぶら流れのまにまに活きていることは存在するというだけで、人間の生活をしているとは言いがたい。 人間の生活なるものは理想を実地に翻訳することになりはせぬか。(中略) もやもやしており、あるいははっきりしても形のない思想を、実際の言行に現すのである。 これが人生というものではないかと思う」(『自警録』大正五年十月)。
  
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2012年8月9日木曜日

五省

 
呉(くれ)鎮守府の司令長官応接室

「五省(ごせい)」とは、日本帝国海軍で将校の教育を行っていた江田島海軍兵学校において使用されていたものです。

五省

一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿(な)かりしか(真心に反する点はなかったか)

一、言行に恥づる勿かりしか(言行不一致な点はなかったか)

一、気力に缺(か)くる勿かりしか(精神力は十分であったか)

一、努力に憾(うら)み勿かりしか(十分に努力したか)

一、不精に亘(わた)る勿かりしか(最後まで十分に取り組んだか)

敗戦によって海軍兵学校は閉校され、帝国海軍に関するあらゆるものが消去されましたが、「五省」に関しては例外でした。アメリカのウィリアム・マック海軍中将が「五省」に感銘を受け、アナポリス海軍兵学校に持ち帰り、今でも教育に使用しています。

The Five Reflections
  • Have I been sincere?
  • Have I been fair in my words and behavior?
  • Have I been enthusiastic?
  • Have I been energetic?
  • Have I been industrious?
日本では1945年の敗戦直後から戦前の反動として多くの知識人が日本の歴史的文化の伝統を否定し、無視し、忘却しようとしました。 しかし、欧米側は積極的に日本的精神を研究し、良い点はどんどんと取り入れたのです。
 
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2012年8月7日火曜日

YAMAHA ミニアンプのご紹介 Vol. 3

video

私の知っているディープ・パープルは1972~3年まで、ボーカリストがイアン・ギランの頃です。 先日、キーボード奏者のジョン・ロードが亡くなりました。 71歳だったそうです。 ニュースを聞いてYouTubeで検索してみると、1972年のライブ映像がUPされていました。 当時、フリー、レッド・ツェッペリンやクラプトンに夢中だった私はディープ・パープルはあまり好きではありませんでした。 でも、40年たった今になって当時のライブ映像を見ると、このバンドも魅力がいっぱいでした。
 
代表曲である『Smoke On The Water』は、ジョン・ロードやメンバー全員の共作です。 ギターはもちろん、リッチー・ブラックモア。 誰もが知るクラシックロックの代表的フレーズです。

YAMAHA THR5ですが、アンプとギターの間にエフェクターはかませず、アンプシミュレータのMODERNを選択しました。 アンプに付いているDELAYを隠し味程度にかけています。 バックはYouTubeで見つけたDeep Purple 「Machine Head」(1972年)の『Smoke On The Water』をUSB接続でアンプから出力しています。

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2012年8月6日月曜日

原爆の日 ~ なぜ原爆は落とされたか?

 
なぜ原爆が広島と長崎に投下されたか? アメリカ大統領ハリー・トルーマンが核を攻撃兵器として使用した狙いはどこにあったのでしょうか? 100%真実は解明できないとしても、今を生きる日本人が知っておくべきことです。 「過ちは繰返しませぬから」って言っている訳ですから。
 
戦争の背景にある国際政治のデリカシーさや外交の難しさに対して日本は鈍感すぎた。 しっかりと当時を検証しないかぎり、核兵器反対だ原発反対だと列島の中だけで叫んでも仕方がないのです(原爆と原発は別物ですが、、、)。 本当に怖いのは朝鮮半島の核だと思いませんか? 中国だってインドだって核兵器を持つことが国の自信になっています。 日本は抑止力としての核兵器を持たないと決めているわけですから、国際政治と外交の交渉力によって核を保有する隣人たちとうまく付き合っていかないといけない。
 
アメリカの原爆投下にはトルーマン大統領や彼の部下たちの対ソ戦略や交渉の意図がありました。

1945年8月6日午前8時15分広島に原爆リトルボーイ(ウラン)が投下された。
1945年8月9日の朝、ソ連軍が満州・樺太に侵攻した。
 
スターリンは原爆投下が日本をただちに降伏させてしまうのではないかと恐れて慌てて参戦を決めた(日ソ中立条約の一方的破棄)。日本政府と軍部はソ連が連合国軍との和平の仲介をしてくれるものと信じていた。
  
1945年8月9日午前11時30分原子爆弾ファットマン(プルトニウム)が長崎に投下された。
1945年8月10日日本政府はポツダム宣言を受容れることを決めアメリカ政府に伝達した。
    
アメリカのトルーマン大統領はソ連の野望を押さえつけることができるのは原爆だと信じていた。 ソ連との交渉をNext Stepと想定していたトルーマン大統領は、原爆の威力は有効な手段だと思っていたのです。 要するに、原爆投下はアメリカのソ連に対する恫喝として使われた。

しかし、
  
1948年、スターリンはベルリンを封鎖した(~1949年)
1950年、朝鮮戦争勃発(スターリンは金日成に韓国侵攻を促した)
1951年、サンフランシスコ講和条約(ソ連は調印せず)。 日本の主権(?)回復。
   
アメリカは、二つの原爆を日本の大都市に投下したにもかかわらず、ソ連の軍事拡張を停めることはできなかった。その後、米ソ冷戦状態に入りソ連は1991年に自分で崩壊した。トルーマンのソ連対策は計画通りにはいかなかったと言う事です。 
  
歴史なんて戦勝国の都合のいいように書き替えられるもの。 日本人は自分達の手で日本の敗戦と二つの原爆投下の関係について詳細に検証すべきです。 目を背けて67年が経ってしまった、、。 もしかしたら福島原発事故の原因(root cause)だって、100年経ってもはっきりしていないかも知れません

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2012年8月5日日曜日

色々と楽しめる 『ヘイ・ジュード』

昔、予約して買ったThe Beatles 『Let It Be』 日本初版
 ~ 初回写真集付 ¥3900 ~
 
ロンドン五輪の開会式のクロージングでポール・マッカートニーが 『ヘイ・ジュード』 を熱唱しました。
 
この曲は、両親が離婚したジョン・レノンの子供ジュリアン(当時5歳)を励ますためにポールが作った曲だそうですが、私はずっと日本のサラリーマンを叱咤激励している歌詞だと思っていました。 特に、「自分で決めろ、お前の肩にかかっているぞ!」という下の部分です。
   
So let it out and let it in, hey jude, begin, 
(万物は流転なんだ、一歩前へ出ろよ)
You’re waiting for someone to perform with. 
(誰かが助けてくれるなんて待ってるんじゃない)
And don’t you know that it’s just you, hey jude, you’ll do, 
(自分だけなんだぞ、自分でやるんだ)
The movement you need is on your shoulder. 
(アクションはお前の肩にかかってるんだ)

ところが、今回の『ヘイ・ジュード』は、ユーロを導入しないイギリスがユーロを導入して苦労しているEU諸国を皮肉ったり、同じ島国である日本に何らかの警鐘を鳴らしているかのように聞こえました。
 
イギリスってしたたかですね。
 
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2012年8月4日土曜日

桃井かおりのお父様

金沢城の石垣 ~ 城は防衛施設で、その中でも重要なのは石垣
 
朝から30年前の本を読んでいました。 著者は国際政治学者の桃井真(故人)。 「軍事力とは?」について書いています。 桃井真さんと言ってもご存じないでしょう。 でも、桃井かおりと言えば? 桃井真は女優 桃井かおりのお父様です。 娘に関するエッセイを一回だけ書いています。 『うちのかおり、そとのかおり』 (1980年 文芸春秋)です 。

桃井真は、「娘かおりには自分だけで生きて行けるようになってほしい。 試行錯誤を繰り返しながら錯誤の幅がだんだんせまくなり、独りで生きて行けるはずだ」と言っていますが、恐らく日本という国に対しても同じような眼で見ていたのでしょうね。 
 
今の日本って試行錯誤を繰り返して錯誤の幅をせまくするどころか、どんどん錯誤の幅が広くなり倒錯の世界に入り込んでいるような気がします。
 
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
親は子の試行錯誤を見守るだけ

娘について語れといわれてホイホイ引き受ける父親は、バカの見本みたいなものだ。 娘は-または息子は-十代に入る辺りで、娘から女に、息子から男になる。 自分でいろいろ決め、悲しみ、喜びを味わってゆく。 いちいち親の出る幕ではないし、出れない。 外での一挙手一投足まで関与できない以上、まかせる以外にない。だからお宅の教育方針をといわれても困る。 そんなものはない。本屋と契約し、本は自由に買わせた-以外、意識的に教育にかかわった記憶はない。 こっちの専門分野なら意見もいえるが、学校、職業、人生ともなると、教えることなどできない。 一人一人が試行錯誤をくり返し、そのプロセスで何をどれだけ自分でつかむか。 親はそれを見守るだけだ。 そして困った時、苦しい時に他人には出来ないことをしてやれればよい、としか考えられない。
 
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2012年8月2日木曜日

大学生へ ~ 夏休みの過ごし方

伝承の美 ~ 金箔
 
いつものようにエリック・ホッファー『情熱的な精神状態』からです。

The independent individual constitutes a chronically unbalanced entity. The confidence and self-esteem which alone can keep him on an even keel are extremely perishable, and must be generated anew each day. An achievement today is but a challenge for tomorrow. When standing at a stay however high he is a prey to nagging fears.

独立した個人というのは、慢性的に不安定なものだ。 自分を冷静に保つ自信と自尊心は非常に壊れやすい。 だから、毎日新たな自信と自尊心を生成しなくてはいけない。 今日獲得した達成感なんて単なる明日へのチャレンジだ。 たとえ大きな支柱に寄りかかっていても、絶えず迫ってくる恐怖の餌食となるだけだ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

今の世界は慢性的に不安定な状態に突入していると思います。 日本だって同じです。 したがって、自信をつけ自尊心を育むことが重要です。 しかし、自信と自尊心は日々蓄積していかないと、一瞬にして木っ端微塵に破壊されるということです。自信なんて最初は根拠のないものでもいいのです。 時間をかけて本物の自信にしていけばいい。 私なんてこの歳になっても根拠のない自信のままですが、、。

どんなに寄りかかっても倒れない支柱を探すよりも(今はどこにもないと思います)、学生さんたちには、十分に養分を吸ってしっかりとした樹木に成長することを目指して欲しいものです。

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2012年8月1日水曜日

釈迦やイエスのような人ばかりじゃない

鉄人28号 第二巻 村雨兄弟

鉄人28号の一番の面白さは、リモコンが敵に奪われると鉄人が敵にまわるというところですが、登場する悪役もそれぞれに特徴がありストーリーを大変魅力的なものにしています。 悪役は、PX団、S国、スリル・サスペンス、ジャネル・ファイブなど外国を意識したネーミングになっていますが、その中に村雨兄弟という日本人ギャングが出てきます。 兄貴のほうはすぐに死んでしまうのですが、ギャングながらも日本の悪党の矜持を持っています。

日本人って三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)の傾向が強いと思っていたのですが、最近の日本人は、福沢諭吉が言うところの「公心」が急速に溶けて流れ出すという問題に直面しているように感じます。 福沢さんは今から130年ほどまえに、「政府とは国民の公心を代表するものである」と言っています。 でも、政治家に公心がなければ政府は成り立たないし、国民に国家意識なんて生まれませんね。

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人間の世界はあたかもこの公心と私心の二つの心の戦場のようなものです。仮にも、すべての人の私心が高い境地に進んで公心とぴったり合うような境地に至るということが実現しない限りは、公心の力によって私心を制御する以外方法はないことでしょう。さらに詳しく言うならば、社会のすべての人の心に一点の私心がなくなり、 釈迦、 孔子、イエスのような人ばかりとなって、つまり黄金世界が現実に見れるようになるまでは、人間がつくった法律によって人間の言葉や行為を抑制せざるを得ないことでしょう。 つまり、これが 政府というものが必要な理由です(『福翁百話』 第九十三章 「政府は国民の公心を代表する」)。

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