トランプのベネズエラ攻撃が突きつけた現実
――分断する評価と、日本が直視すべき立場――
年明け早々、米国はベネズエラを急襲し、マドゥロ大統領を拘束・米国に移送しました。この行動をめぐり、日本でも評価は大きく二分しています。
一つは、国際法違反としてトランプ氏を厳しく非難する「国際法支持」の立場。もう一つは、中国の世界的な拡張行動を牽制・抑止するための現実的な一手として、トランプ氏の判断を評価する立場です。
意見が真っ二つに割れる――この光景自体が、敗戦後80年にわたって続いてきた日本の特徴を象徴しているように思えます。
私はアメリカに長年住み、中国についても1970年代、文化大革命後期からウォッチしてきました。学者ではありませんので、細部の分析には限界がありますが、日本人として、どうしても考えざるを得ないことがあります。
それは、私はこの二つの立場のどちらにも与しない、ということです。
現実を見て、現実に生きるという視点
トランプ氏のベネズエラ攻撃は、国際法の観点から見れば問題がある行動です。一方で、現代の国際社会が、「国際法だけで動いている世界」ではないことも、否定しようのない現実でしょう。
注)私は国際連合や国際法を全く信じていません。現職の政治家が、国連や国際法を金科玉条のごとく信奉する姿勢は、国民に対して無責任だと考えています。
BBCなど欧米メディアも、この行動を単なる「暴挙」と断じる一方で、その背後にある地政学的意図――とりわけ中国への牽制――を冷静に分析しています。
問題は、トランプ氏が正しいか、間違っているかではありません。
問題は、日本がどの立場で、この現実を見ているのか、です。
従属国として生きるなら、その覚悟が要る
もし日本が、これからもアメリカの従属国として生きるのであれば、それならそれで、その立場にふさわしい発言や行動を選ぶべきです。従属国である以上、外交姿勢も、世界へのメッセージも、当然変わってきます。
しかし日本は、現実を直視せず、「対等な同盟国である」という幻想で自らを覆い隠してきました。その姿は、外から見れば、敗戦国としての屈辱的な立場を誤魔化しているように映っている可能性があります。
そして最近、私はこう思うようになりました。
日本は自己欺瞞をしているのではなく、自分が屈辱的な立場にいるという現実そのものを、理解していないのではないか、と。
ヤクザ社会に学ぶ「立場を知る」ということ
少し極端な例えかもしれませんが、ヤクザ社会には子分の仁義や掟があります。一人前になるには、その立場をわきまえ、掟の中で耐え、学び、力を蓄えるしかありません。立場を誤認した子分は、組織の中でも外でも生き残れません。
日本も同じではないでしょうか。
まずは、自分たちが従属的な立場にあるという現実を認めること。そこからしか、成長も、交渉も始まりません。
独立という選択肢と、その重さ
日本が真の独立を目指すという道もあります。しかしそれは、イバラの道です。安全保障、経済、外交、すべてにおいて、あらゆる困難を引き受ける覚悟が求められます。長期的な低迷を経験する可能性もあるでしょう。
それでも私は、日本はいつか、真の独立を目指すべきだと思っています。そしてそのときこそ、アメリカと「対等なパートナー」になれる。
皮肉なことに、トランプ氏のような現実主義者は、その話にこそ乗ってくる可能性があるのではないでしょうか。日本にとってのチャンスです。
交渉の余地は、現実の中にある
例えば、自衛隊の訓練を有料で米軍に委ねる(実際、すでに一部では行われています)。あるいは、日本の刑務所運営の一部をアメリカにアウトソースする。突飛に聞こえるかもしれませんが、こうした具体的な取引こそ、トランプ流の交渉の俎上に載り得る現実的な材料です。
重要なのは、「対等であるふり」をやめることです。「ごっこ」の世界からの脱却です。まずは従属国であるという現実を認め、その立場から交渉を開始する。そこにしか、次の段階はありません。 坂口安吾が突きつけた地点
ここで、私の頭の片隅には、どうしても坂口安吾の『堕落論』(1946年)が引っかかります。敗戦直後の日本で安吾は、「堕落しろ。まだ堕落が足りない」と言いました。それは投げやりな破壊ではなく、幻想や建前をすべて失い、人間が本来の姿に立ち返るための過程でした。
堕落の本質は孤独にある、と安吾は言います。集団の幻想に安住せず、一人荒野に立ち、そこから這い上がれ、と。今の日本に必要なのも、まさにその地点まで降りていく覚悟ではないでしょうか。
トランプの行動が、日本に突きつけたもの
トランプ氏のベネズエラ攻撃は、是非以前に、日本に問いを突きつけています。あなたは、現実をどう見るのか。そして、その現実の中で、どの立場で生きるのか。
分断された意見のどちらに与するかではなく、現実を見据え、そこから日本の進む道を考える。今、日本に最も欠けているのは、その覚悟ではないでしょうか。
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