現物と現場で鍛えられる知能が、産業を支えている
「AIで日本はもう手遅れだ」。
最近、こんな言い方をよく耳にします。随分と自虐的ですね。その根拠として挙げられるのがChatGPTです。生成AIの進化を前に、日本は完全に出遅れたという論調です。しかし、AIをChatGPTだけで語るのは、あまりにも視野が狭いと思います。概念の理解が追い付いていない。
私自身、文章のチェックにChatGPTを使うことがあります。便利ではありますが、使いすぎると、どこか無難で、考える手触りのない文章になってしまう。思考の途中をすべて省略できてしまうからです。
日本では以前から、本を読まなくなり、国語力が低下していると言われてきました。文章を最後まで読めない、前提を共有できない、行間を想像できない。これは教育の問題であると同時に、社会全体の問題です。Eメールさえ書かない、ほとんどをチャットで済ませてしまう。これが、ビジネス現場の実際です。
国語力とは、単に文章を書く技術ではありません。物事を順序立てて考え、他人の考えを追い、自分の立場を言葉にする力です。この土台が弱いまま、子どものころからChatGPTを多用すれば、考え抜く前に答えが提示される。これは教育に関わる人たちに、ぜひ理解してほしい点です。
もう一つ大変重要な点は、ChatGPTはAIの一部にすぎないという事実です。一方で、日本が本来強みを持つのは、現実世界で動く「フィジカルAI」です。産業用ロボットや介護ロボットなど、安全性と信頼性を重視する分野では、日本の設計思想は今も生きています。
フィジカルAIを支えるのは、現場を理解し、因果関係を読み取り、言葉で共有する力です。つまり、ここでも国語力が問われます。
AI時代に必要なのは、速く答えを出す人間ではなく、考え、選び、技術を道具として使える人間でしょう。
もっとも、私は高齢者です。
今のところは、最近始めたサキソフォンのことだけを考えていれば十分なのですが、いけません。ついつい余計なことを、口に出したり、書いたりしてしまいます。最近のブログも長すぎますものね。説明過多です。
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