登場していたのは、いまこの国を動かしているはずの人たちです。
ですが、突っ込みどころ満載でイライラしてしまいます。質問が届かない。答弁がかみ合わない。責任の所在も、
言葉の重みも、どこかへ置き忘れてきたような印象を受けました。
なかでも象徴的だったのが、
石破内閣による日米の関税交渉をめぐるやり取りでした。政府は「合意に達した」と胸を張りましたが、その合意には、
文書が存在していません。署名も、共同声明も、読み上げもない。つまり、何も記録が残っていないのです。
民間のビジネスでいえば、「
取引先を信じて発注書なしで仕事を進めました」
と言っているようなものです。そういった関係が成立するのは、
町工場の親方と昔ながらの得意先くらいでしょう。
国家間の交渉においては、それは“信頼”ではなく“無防備”
と呼ばれます。
「Rip-off」の感覚を持っていたら
英語には rip-off という表現があります。
「ぼったくり」や「法外な取引」といった意味合いです。
たとえば、アメリカ側が強硬な関税条件を突きつけてきたとき、
日本側が “Oh, that's a rip-off.” と返していたら、交渉の雰囲気は少し違っていたかもしれません。
もちろん、本気で怒る必要はありません。ニヤリと笑って、
ブラックジョークを交わす程度でもよかったのです。本音がぶつかり合う場にこそ、交渉の入り口はあります。それをせず、ただ「Yes」
と言えば場が収まると思っていたのだとすれば、
それは交渉ではなく譲歩にすぎません。
書かれていない「Ts」= 義務
かつて先輩が、こんな話をしていたことがあります。
「契約には Terms and Conditions(Ts and Cs)がある。けれど、日本人は Conditions(条件)ばかり見て、Terms(
期間や終了条件)を見ない」
これは、まさに今の日本外交にそのまま当てはまります。“合意”と呼ばれているものの、そこには期限がありません。
終了条件も不明です。何が義務(terms)で何が義務でない(conditions)かが分かっていない。アメリカから見れば、「
あとから都合よく解釈を変えるための余白」がたっぷりある、
扱いやすい“合意もどき”と映っていることでしょう。
今後、アメリカはこう言い出すかもしれません。
「あの合意には期限がなかった」
「“努力する”と言っただけだ」
「国内事情が変わったので内容を見直す」
トランプ大統領の交渉は、
まさにマンハッタンの不動産屋のものなのです。
鉄砲は、後ろから撃たれるこの“合意”の影響は、直接、産業の現場に降りかかります。とくに、自動車メーカーにとっては、
まるで背後から撃たれたような衝撃だったはずです。
アメリカ市場での販売戦略は、
関税やレギュレーションに左右されます。その重要な前提を、
政治家の気まぐれで勝手に組み替えられてしまってはたまりません
。
本来であれば、
トヨタの会長あたりが激怒してもおかしくない局面ですが、日本の大企業は「空気を読む」
ことに関しては世界でも随一の対応力を持っています。今回はおそらく、静観して後で帳尻を合わせる、
ということなのでしょう。しかし、その帳尻はあまりにも大きすぎるかもしれません。
「責任」は言葉ではなく、紙でとる交渉の本質は、「書かれていること」で決まります。言った・言わないのやり取りは、交渉ではなく雑談の領域です。それにもかかわらず、今の日本政治は「説明責任」
ばかりを強調して、「契約責任」にはほとんど関心を示しません。外交の現場に必要なのは理想論でも情熱でもなく、
紙に残すという冷静な習慣なのです(
紙に残しても反故にされる場合もあるのですから)。
もしこれが企業の案件であれば、社内の稟議書にはこう書かれるでしょう(アメリカの場合、稟議書にあたるのは「business case」です)。
「この案件、Ts(期限)なし。書面もなし。相手が強すぎる。リスク大」
「却下!」
ところが、いまの政府はそれを“成果”と呼んでいます。
紙のない外交に、未来はありません。そう言い切れるだけの見識と経験を持つ人が、もう少し政治の中にいてもよいのではないでしょうか。市町村議会じゃないんだから(ご無礼)。
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