2025年8月20日水曜日

沈黙というサウンド――60年代アメリカと現代日本

  沈黙のサウンド
        
「Sound of Silence」が発表された1960年代、アメリカはベトナム戦争、公民権運動、ケネディ暗殺など、社会の裂け目が大きく口を開けた時代でした。サイモン&ガーファンクルの歌は、沈黙の中に漂う不安、誰も口に出さない危うさを照射していました。しかし、この歌が社会批判の象徴となったにもかかわらず、70年代以降のアメリカは没落の道を歩み始めます。経済的繁栄と裏腹に、政治的分断とモラルの崩壊は進み、ついにはトランプの台頭に至りました。これはアメリカの宿命と言えるかもしれません。  

この歴史の流れは、現代の日本社会に重なって見えるのです。表向きの繁栄や安定を装いながら、実際には深刻な少子高齢化、経済停滞、政治の無能化が進行しています。ところが、人々は声を上げず、ただ沈黙のなかに身を沈めている。まるで「沈黙というSOUND」が、日本社会全体を包み込んでいるようです。

忘却の早さもまた、日本の特徴です。昭和の15年戦争、阪神淡路大震災、オウム事件、東日本大震災、そしてコロナ禍――これら大事件の記憶はすぐにかき消され、教訓は生かされません。あたかも「沈黙」が新しい常識であるかのように。

賢者は話すべきことがあっても口を開かない。愚者の話だけが声高にメディアを覆いつくす。

「Sound of Silence」は、単なる時代の歌ではありません。60年代のアメリカにおける社会批判であると同時に、現代の私たち日本人への警鐘でもあるのです。沈黙に甘んじれば、やがて「沈黙」は癌のように拡がり、社会を蝕む。

私が危惧するのは、この国が再び「声を失う社会」へと沈んでいくことです。アメリカの轍を日本がなぞらぬためには、過去を忘れず、沈黙を破る勇気を取り戻さねばなりません。

しかし現実にはどうでしょうか。国民が声を上げるどころか、与党の中枢にすら「声を持たない者たち」が居座り、沈黙を美徳と勘違いしたような政治が横行しています。その結果として生まれたのは、歴史に刻まれるべき史上最低のリーダーたちと、リテラシーのない国民なのです。これこそが、日本社会の「沈黙というサウンド」が鳴り響かせた最も皮肉な結末ではないでしょうか。

サウンド・オブ・サイレンス(翻訳 三鷹の隠居)

真っ暗闇という僕の親友、また話に来たよ。
眠っている間に種が蒔かれたんだ。
それは幻(VISION)のように忍び込み、
「沈黙というSOUND」のなかで芽を出していた。

僕は細い路地をひとり歩いていた。
街灯の光の下、冷たいもやにコートの襟を立てて。
ネオンの閃光が夜を切り裂いたとき、
僕は「沈黙というSOUND」に触れた気がした。

裸電球に照らされ、
一万人、いやもっと多くの人々が言葉をなくしたまま喋り、
疑いもなく聞き入っていた。
理解されることのない言葉を、壁に勝手に刻んでいた。
けれど誰も「沈黙というSOUND」を破ろうとはしなかった。

馬鹿だな。
何も学んでいない。沈黙は癌のように増殖していくんだ。
僕の言葉は、きっと君に届くこともあるだろう。
だけど、それは雨粒が深い井戸に落ちて、
ただ静かにエコーするだけ。

そして人々は、ネオンの偶像に祈りを捧げていた。
お告げは、地下鉄の壁や安アパートの廊下に刻まれていた。
そう、沈黙のSOUNDのなかでみんなが囁いていたんだ。

***

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