トランプタワーと 590 Madison ビルの間の Public Space
(写真はネットから無断借用です)
トランプ訪英と不法移民問題――日本が学ぶべき現実
私はアメリカで仕事をしていた頃、初期の1989年から1993年の間、マンハッタンの 590 Madison Avenue にオフィスがありました。このビルはトランプタワーと隣接し、バンブーガーデンという「Public Space」を共有していました。特別にトランプ氏に関心を持っていたわけではありませんが、彼の噂は常に耳に入ってきました。ですから今回、トランプ大統領の訪英に関するBBCの記事を読んだとき、自然と彼のスタイルを自分なりに再考することになったのです。
BBCによれば、イギリスでは近年、小型船による不法入国が記録的に増加しています。スターマー首相はフランスとの返還協定など穏健な対策を模索しましたが、トランプ大統領は「軍を投入してでも止めるべきだ」と強硬策を主張しました。「不法移民は国を内側から破壊する」とまで述べ、アメリカでの経験を根拠に強い姿勢を示したのです。
数十年前、イギリスはアメリカをどこか冷ややかに見下していた印象がありました。しかし今回の国賓訪問では、トランプ氏への対応に礼節が目立ち、その提案に一定の配慮さえ感じられました。英国社会にとって、不法移民問題がそれほど切迫した現実になっている証拠だと思います。そして、この礼節の背景には、イギリスがロイヤルファミリーを擁する伝統とブランド価値を誇りにし、その強みをもってトランプに対抗しようとした意図があったのではないでしょうか。
一方、日本はどうでしょうか。人口減少と労働力不足を理由に外国人労働者の受け入れを拡大していますが、制度設計も運用も極めて緩いのが実情です。私は20年間アメリカに住み、愛犬を3度日米間で移動させました。日本はイギリス同様、狂犬病ゼロの国として動物検疫は非常に厳格で(アメリカは犬の持ち込みはいたって簡単です)、老犬を3か月も成田空港に係留させた経験もあります。しかし、人に対する入国管理やビザ、永住権、不動産取得の規制は驚くほど緩い。この落差は理解に苦しみます。
さらに、日本の主要メディアはロンドンで起きた大規模な反移民デモを報じません。自民党総裁選においても、不法移民の問題は争点にすらなっていません。欧米が直面している混乱を見れば、今のうちに厳格化しなければ手遅れになるのは明らかです。
ここで改めて、トランプ氏の交渉スタイルについて考えたいと思います。
心理学的に「アンカリング」といった戦術で説明されることもありますが(最初に受けた情報や数値、つまりアンカーが、その後の判断や意思決定に大きな影響を与える心理的な現象)、実際にはもっと土着的です。子供の頃の不良仲間との人間関係、不動産業を営んだ父の手法、ウォールストリートの強者たちとの交渉の積み重ね。そうした経験を基盤に、相手を値踏みし、価値があると見ればディールをクローズする方向で突進する。その強引さこそが彼の特徴です。
彼にとっての「Make America Great Again(MAGA)」は単なるスローガンではありません。アメリカのブランド価値が下がれば、交渉で不利となり、ひいてはアメリカの資産価値も損なわれる。だからこそ国家の威信を取り戻そうとするのです。
イギリスにはロイヤルファミリーがあります。そして日本には、皇室を中心とした伝統と文化が2000年以上も続いているという、世界で唯一の歴史があります。これこそが日本の最大のブランド価値であり、イギリスは当然それを知っています。トランプ氏でさえ、皇室の存在には敬意を払うでしょう。アメリカには中世すらないわけですから。
問題は、それを交渉の場でどう活かすかです。もし日本の交渉人とされた赤沢さんが実務レベルで担当するのであれば、本来は首相が前面に出て、抽象度を高めた「日本のブランド価値」という視点からトランプとレベルセッティングを試み、共同主観を醸成すべきでした。不法移民や違法ドラッグといった共通の脅威に対し、伝統とブランドを守る立場から意識を共有すること――それこそが日本の取るべき戦略だったのです。
残念ながら、すでに手遅れかもしれません。しかし、イギリスがかつての冷笑から現実的な礼節へと転じたように、日本もまた理想論や経済的便宜に逃げるのではなく、現実の課題に正面から向き合う必要があります。国境管理と社会秩序のバランスを真剣に考える時期は、すでに到来しているのです。
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