2011年2月15日火曜日

東京のちゃちな雪景色

武蔵野は雪の夜でした。

『雪の夜の話』は、太宰治が昭和19年の戦時下に「少女の友」に発表した少女小説です。中野の叔母さんのうちでスルメを二枚もらって、吉祥寺の駅に着いたら雪、、、。 JR中央線の話ですね。戦時中食べ物がなく、身重の兄嫁にスルメをもって帰ろうとしたのですが、家に歩いて帰る途中、雪に感動したあまり、スルメを落としてしまった女の子の物語です。雪の夜のファンタジーですね。

(前略)

「あたしはいま、とっても美しい雪景色をたくさんたくさん見て来たんだから。ね、あたしの眼を見て。きっと、雪のように肌の綺麗な赤ちゃんが生れてよ。」

「おい。」とその時、隣りの六畳間から兄さんが出て来て、「しゅん子(私の名前)のそんなつまらない眼を見るよりは、おれの眼を見たほうが百倍も効果があらあ。」
「なぜ? なぜ?」
 ぶってやりたいくらい兄さんを憎く思いました。
「兄さんの眼なんか見ていると、お嫂さんは、胸がわるくなるって言っていらしたわ。」

「そうでもなかろう。おれの眼は、二十年間きれいな雪景色を見て来た眼なんだ。おれは、はたちの頃まで山形にいたんだ。しゅん子なんて、物心地のつかないうちに、もう東京へ来て山形の見事な雪景色を知らないから、こんな東京のちゃちな雪景色を見て騒いでいやがる。おれの眼なんかは、もっと見事な雪景色を、百倍も千倍もいやになるくらいどっさり見て来ているんだからね、何と言ったって、しゅん子の眼よりは上等さ」。

***

0 件のコメント:

コメントを投稿