2009年12月10日木曜日

Gifted & Talented (日本の教育について感じること)

平等主義が行き過ぎる点

平等には「機会の平等」と「結果の平等」があります。日本の社会や教育の場でも問題と思うのは、この2つの平等を混同していることです。

平等主義は子供の小さい時はいいかも知れませんが、子供の能力に差が出てくる小学校高学年から中学生になる頃にはマイナス面の方が多くなるのではないでしょうか?

優秀な子供の知的好奇心を満足してあげることが出来ないと、潜在能力のある子供たちはやる気を失ってしまいます。やはり、適正な能力別クラス編成(この言葉は日本ではタブーかも知れませんが、、、)を実施し、能力のある子供が一層やる気を出せる環境を作ってあげる必要があると思うのです。

恐らく、日本では「選ばれなかった子供は可哀想じゃないか」と言う意見が出てくるでしょう。しかし、能力は一つのエリアに限られる訳ではありません。

絵を画くこと、歌を歌うこと、走ること、泳ぐこと、あらゆる分野の能力が考えられます。算数でアドバンスなクラスに入ることができなくても、活躍の場はいっぱいあるのです。大事なことは、よく子供を見て、子供とコミュニケーションをして、一人一人の子供の良さを引き出し、更に独立心を養う手助けをしてあげることだろうと思います。

「Gifted & Talented」 の Gifted は天性の才能のことです。では、なぜTalented がくっつくかと言うと、たとえ Gifted であっても努力して伸ばさないと、せっかく備わった天性の才能は無くなっていくと言うことです。Talented は、向上心をもって絶えず努力をしている優秀な人のことです(MY)。

2 件のコメント:

  1. このテーマに対して、共感します。日本の学校で習うのは、1つの正解を求める事が大事で、正解とされている事以外は間違えとしてしまう、私はこの教育が多様性を狭めてしまっているとみています。その正解を求めるプロセスも往々にして画一的です。人と違ったり、間違った答えをするのは、恥とまで思うようになるわけです。
    グローバルプロジェクトを観察していると、立案のプロセスは日本人にとって苦手というかプロジェクトの中で遅れをとってしまう。一旦、プロセスが完成すると、理解が際立って早い。これが私がみた、私も含めた日本人の特徴です。
    平等とは少し違うポイントになりますが、画一的思考回路をつくる教育を改め、思考過程に多様性を理解しながら論理を組み立てる能力を育成するのが、国際的に通用する人材育成に必要と私は考えます。

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  2. 日本で多様化(Diversity)は難しいですね。どうしても金太郎飴になってしまう。言い古されたことかもしれないけど、やはり島国の単一民族であることからくる民族的な受動性なのですかね?アメリカなんかに比べてのんびりとした良い面は失いたくないのですがね、、、。ある程度バランスを取らないとこのままでは生き残れないでしょうね(MY)。

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