私の人生に大きな影響を与えた日本人の一人が、
福沢諭吉です。福沢の人生を眺めていると、あることに気づきます。どこかで聞いたこともあります。彼は、ある意味で 「際(きわ)」に立って生きた人でした。
福沢諭吉が生きた「際」
福沢の人生を並べてみると、すべてが境界の上にあります。
- 武士の時代 → 明治国家
- 漢学 → 蘭学 → 英学
- 封建社会 → 市民社会
- 日本 → 西洋
福沢自身が書いていますが、蘭学を学ぶために長崎へ行ったとき、彼は気づきます。世界はオランダ語ではなく、英語で動いている。
そこで彼は迷わず方向を変えます。大胆な意思決定です。
つまり福沢は、最初から確信を持っていた人ではありません。
むしろ 現実を見て、方向を変え続けた人でした。
「迷子になる勇気」
私は『迷子になる勇気』という本を書きました。
後から考えてみると、この感覚は福沢の思想にかなり近いのではないかと思います。
福沢の有名な言葉があります。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず
これは単なる平等論ではありません。
本当の意味は
自分で考えろということです。
そして自分で考えるためには、ときには既存の道を外れる必要があります。
つまり、『迷子になる勇気』です。
日本思想の面白さ
ここで少し面白いことがあります。
西洋の思想は、多くの場合
体系(システム) を作ります。
しかし日本の思想は、むしろ
境界に立つ人から生まれることが多い。
例えば
- 空海
- 本居宣長
- 福沢諭吉
- 夏目漱石
- 新渡戸稲造
- 小林秀雄
この人たちは皆、どちらの世界にも完全には属していません。
だからこそ、世界の矛盾が見えたのだと思います。
私もずいぶん迷子になってきました
私もずいぶん迷子になってきました
自分の人生を振り返ると、
私もまた境界の上を歩いてきたように思います。
言い換えれば、
私もずいぶん迷子になってきました。
仕事や生活の場としては
- 日本(地方都市と東京)
- 中国
- アメリカ
三つの世界を経験しました。
しかも、アメリカのITやコンサルティング会社という
大きな組織の中でです。
これはある意味で
文化の境界線でした。
さらに考えると、私は
- 技術
- ビジネス
- 歴史
- 思想
そうした分野の境界にも立ってきたと思っています。
境界に立つ人には、一つの特徴があります。
違和感を感じることです。
そしてもう一つあります。
そしてもう一つあります。
境界に立つ人は、どこにも完全には属さないため、少し孤独になります。
授業をサボって喫茶店にいる時のように。
その結果、人は次のどれかを始めます。
私はそんな立派なことができる人間ではありません。
研究ができるほど忍耐力もありません。
ただ、自分の人生で経験してきたこと、考えてきたことを、
忘れてしまう前に少しずつ書き残しているだけです。
小さな檸檬
私が好きな短編があります。
授業をサボって喫茶店にいる時のように。
その結果、人は次のどれかを始めます。
- 研究する
- 思想を作る
- 書く
私はそんな立派なことができる人間ではありません。
研究ができるほど忍耐力もありません。
ただ、自分の人生で経験してきたこと、考えてきたことを、
忘れてしまう前に少しずつ書き残しているだけです。
小さな檸檬
私が好きな短編があります。
梶井基次郎の『檸檬』です。
この作品もまた、境界の文学です。
この作品もまた、境界の文学です。
- 都市と個人
- 近代と感覚
- 憂鬱と解放
その境界に主人公は立っています。
そして彼は世界を変えようとはしません。
ただ、檸檬という小さな爆弾を置いて立ち去る。
ただ、檸檬という小さな爆弾を置いて立ち去る。
文章を書くこと
私が文章を書き続けている理由も、
たぶんそれに近いのだと思います。
世界を変えることはできません。
あと10年以内に死んでしまう確率が高い。
しかし、日本の歴史や社会、教育や主体性について、
読んだ人が 少しだけ違う角度から考える きっかけになればいい。
それで十分です。
それはきっと、
小さな檸檬だからです。
私の愛車である
黄色のコペンのように。
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