2026年3月9日月曜日

通学路の風景と、私の読書遍歴

ナンバープレートはずっと「1984」にしています。


私が子供の頃に住んでいたのは、大阪の下小阪でした。最寄り駅は近鉄の八戸ノ里駅で、家は駅の北側にありました。そこから東大阪市立小阪中学へ通っていました。卒業したのは1970年代の初めのことです。

通学路の途中に、静かな雰囲気の家がありました。大きな庭のある落ち着いた家で、ときどき白髪の老人が庭に水を撒いている姿を見かけました。当時の私は、その人が誰なのか知りません。ただ、通学路の風景の一つとして、その姿を覚えていました。

後になって知ったのですが、その家は作家の司馬遼太郎の自宅でした。現在は司馬遼太郎記念館になっています。中学生の頃、私は知らないうちに、後に国民的作家と呼ばれる人物を通学路で見ていたことになります。

若い頃の私は、司馬遼太郎の本をよく読みました。歴史小説も面白かったのですが、特に印象に残っているのは『街道をゆく』です。中でも台湾篇は強く記憶に残っています。単なる旅行記ではなく、土地の歴史や文化、人々の暮らしを背景にして語られる文章は、独特の広がりを持っていました。

一方で、思想面で強い影響を受けたのは山本七平でした。日本社会の仕組みや、日本人の行動を支配する「空気」のようなものを分析する視点は、当時の私にとって非常に新鮮でした。社会を見る一つの枠組みを与えてくれた作家だったと思います。

その頃の私は、日本軍の戦記もかなり読みました。あまりに多く読んだため、まるで自分が戦争を体験したかのような感覚を持ったほどです。同じ時期に、サルトルやカミュなどの海外の思想家の本も読みました。

しかし、外国の作家で最も影響を受けたのはジョージ・オーウェルです。高校時代に読んだ『動物農場』は、今でも私の思想のどこかに残っている本だと思います。寓話という形で権力や社会の構造を描くその手法は、非常に印象的でした。

オーウェルのもう一つの代表作『1984』も、私にとって特別な意味を持つ作品です。私は車が好きで、これまで何台も乗ってきましたが、ナンバープレートはずっと「1984」にしています。高校時代に読んだその本が、長い年月を経ても、どこかで自分の中に残っているのだと思います。

振り返ってみると、私の文章の背景にはいくつかの影響が重なっています。山本七平からは社会を見る視点を学び、司馬遼太郎からは歴史や文化を語る文章の面白さを知りました。そしてジョージ・オーウェルからは、社会の仕組みに対する一種の警戒心を教えられたように思います。

若い頃に読んだ本は、その時だけのものではありません。長い時間をかけて、自分の考え方や文章の中に静かに残り続けていくものなのだと、最近になって改めて感じています。そして思い返すと、その出発点の一つは、下小阪の通学路の風景だったのかもしれません。

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