2011年1月12日水曜日

新聞社説の読み方、利用の仕方

ノートブックPCの調子が悪いのでデスクトップにデータを移行

若者が新聞を読まない理由は、「料金がかかるから」、「時間がかかるから」だそうですが、本当でしょうか?私は「賢い若者が増えてきたからだ」と思いたいですね。

昨日、我が家の郵便ポストに某新聞社の朝刊が投げ込まれていました。私は新聞を購読していません。「ちょっと目を通してから捨てるか」と思い、社説を読んでみました。「国境を越える若者、アジア支える大学教育を」というのがタイトルです。

全くへんてこりんな記事でした。「アジアの未来を支える国際人を育てていかねばならない」と言うのが結論のようですが、3つの点で、前提が間違っていると思いました。

  1. グローバルとは 下手をするとグローバリゼーションは過度のナショナリズムのスタートラインです。どの国も自分の利益を考えて競争するからです。ルールに従う精神なんて国によってまちまちだと思いませんか?

  2. 英語に関すること 日本人は、自分の考えを深めるには日本語のレベルをあげるのが先決です。そして日本を知ることです。自国に誇りをもち、自国と他国の違いを認識する吉田松陰の『華夷の弁』です。http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/03/blog-post_31.html

  3. 国家とは EUは移民政策や経済で成功しているとは言えません。尖閣で僅かばかり向上した日本人の国家意識はまだまだ稀薄です。国家は努力してつくるものだという認識がありません。お上(かみ)と庶民を分けているのですね。

この社説を読んでいると、何か国家を否定するために国際人の育成という発想を持ちだした印象を受けます。国家に対する国民という意識を否定するための媒体として「グローバルな発想」を使っているかのようです。

老百姓の私が言っても重みがないので、再び第三代アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンの言葉です。

「新聞を読まない人は、読む人よりも真実に近い」

http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/03/blog-post_07.html

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2011年1月10日月曜日

エアロスミスと宮本武蔵

YouTubeでエアロスミスの『Walk This Way』という曲を見つけました。エアロスミスは70年代から活動するアメリカのロックバンドです。名前は知っていましたが、これまであまり興味はなくギタリストの名前すら知りませんでした。簡単そうな曲ですが、原曲に合わせて弾こうとすると、これが中々難しい。UpとDownの繰り返しのピッキングで、リズムに合わせてドライブ感を出そうとすれば、左腕が引きつりそうになります。4,5,6弦を中心に右手でミュートをかけたジョー・ペリーのギターはかっこいいのです。

さて、宮本武蔵は現代のビジネスの社会でも役立つ指南をいっぱい書き残しています。武蔵は、芸術家としても数々の作品を残していますが、エレキギターなんて与えたら二天一流ギタリストになっていたかも知れません。武蔵の兵法書である『五輪書』では「広く多芸に触れること」と言っています。二刀流を編み出した武蔵にとっては「無」から「有」を創造するという意味で、剣法も芸術も同じことだったのかも知れませんね(二天一流は宮本武蔵の兵法)。

武蔵は、拍子(リズム)が大切だということを『五輪書』の至る所で書いています。

兵法の戦いに、其敵其敵の拍子をしり、敵のおもひよらざる拍子をもつて、空の拍子を知恵の拍子より発して勝つ所也(『五輪書』地之巻 「兵法の拍子の事」)。

戦いにおいては、敵の拍子を知り、敵が思いもかけないような拍子で、空の拍子を智恵の拍子より発して勝ち得るのである。「空の拍子を智恵の拍子より発して」ってどういうことでしょうね?目に見えないもの、つまり、心の拍子を、鍛錬したスキルをベースに心(眼)で観るということでしょうか?

武蔵の「悟り」までは行かなくても、日本の国もリズム感をつけてほしいものです。国際政治もビジネスもリズム感が重要です。

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2011年1月7日金曜日

「平成の開国」よりも「鎖国」を学ぼう!

江戸時代の「鎖国」も、教え方によっては面白くなると思いますね。少々思い込みが入ってもいいと思います。ストーリー性があるほうがいい。

鎖国政策は、幕府が日本を世界から切り離すことを目的としたものではありません。宗教を押しつけない国(清、オランダ、朝鮮、琉球)に限定して、通商・通信することを外交政策としたのが鎖国です。16~17世紀のヨーロッパにおける凄惨な宗教戦争を知っていた日本は、当時の覇権国家であるスペイン・ポルトガルの、宗教を手段(tool)とした日本侵略を警戒したのだと思います。

また、江戸幕府は島国である日本の防衛は非常に難しいと理解していました。ロシアなんかは盛んに蝦夷に来ていました(ラックスマンって覚えていますか?)。だから、外国との交流も4ヶ所(長崎、対馬、薩摩、松前)に限定しました。実際、老中首座松平定信は、ラックスマンに対して「話があるなら長崎に行け」と言っています。

西ヨーロッパでは、宗教戦争みたいな殺し合いを経験して、個人で身を守るのは大変だという発想からホッブス、ロック、ルソーが近代国家を考え、自己防衛は国家にアウトソースすることにして、個人は国民として国家と契約を結ぶことにしたのです。Give & Takeの関係ですね。国民からのGiveのなかに精神的なものとして愛国心があるのだろうと思います。

江戸幕府は賢かった。大衆は「お上」に任せておけば何も考える必要がなかった(人生の半分を江戸時代に生きた福沢諭吉は、こういった日本人大衆の奴隷根性がたまらなく嫌だったのでしょうね。魯迅が『阿Q』で中国人を批判したのと同じです)。松平定信なんて、抜群にリーダーシップがあったのでしょう。現代の日本に蘇って外務大臣でも担当して欲しいですね。

「鎖国」もこうやって眺めると、日本史、世界史、地理、公民を平行して勉強することができます。

デッキの花

鎖国のことは、一度ブログに書いていました。
http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/09/blog-post_2945.html

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2011年1月5日水曜日

木くばりをする事

宮本武蔵が『五輪書』に以下の事を書いています。 大工の棟梁も、武家の統領も、グローバル企業の社長さんも、一国のリーダーも、みんな同じだということですね。

大将は大工の統梁として、天下のかねをわきまへ、其国のかねを糺(ただ)し、其家のかねを知る事、統領の道也。大工の統領は堂塔伽藍のすみがねを覚え、宮殿楼閣のさしづを知り、人々をつかひ、家家を取立つる事、大工の統領も武家の統領も同じ事也。

家を立つるに木くばりをする事、直にして節もなく、見つきのよきをおもての柱とし、少しふしありとも、直につよきをうらの柱とし、たとひ少しよわくとも、ふしなき木のみざまよきをば、敷居・鴨居・戸障子と、それぞれにつかひ、ふしありとも、ゆがみたりとも、つよき木をば、其家のつよみつよみを見分けて、よく吟味してつかふにおいては、其家久敷(ひさしく)くづれがたし。又材木のうちにしても、ふしおほく、ゆがみてよわきをば、あししろともなし、後には薪ともなすべき也。

かね=規準となるもの
糺す=確認して明らかにする
すみがね=材木に墨付けを行い設計する
さしづ=設計図

あししろ=足場

若いコンサルタントを集めてプロジェクトを行うときも同じです。コンサルタント一人一人の技術や個性を理解した上で、役割を決める必要があります。子どもたちの教育も同じだと思いますね。「木くばりをする事」なのです。

今年最初の自家製ラーメン

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2011年1月4日火曜日

迷いの雲の晴れたるところ

本文とは関係ない正月の三鷹駅前

今年の年初は宮本武蔵からです。世の中、竜馬だ、坂の上の雲だと言っているのに、ちょっとずれていますか? 今の日本を見ていると、幕末維新よりも戦国時代まで遡った方が賢明ではないかと思いました。

宮本武蔵の『五輪書』には、グローバル社会を生き抜くノウハウが満載されています。アメリカのどのビジネススクールよりも奥が深いかも知れません。『五輪書』は、地、水、火、風、空という言葉で表わされる五巻からなっています。

  • 『地之巻』、『五輪書』の概要です、我が流派の見方、つまり、武蔵の考え方について書いてあります。コンサルタントのドキュメントであれば、エクゼクティブ・サマリー(executive summary)のようなものです。

  • 『水之巻』、武蔵の兵法「二天一流」について、水にたとえて解説しています。「二天一流」というのは、武蔵流の問題解決の提案(solution proposal)と言えるかもしれません。

  • 『火之巻』、戦の方法論です。メソドロジー(methodology)ですね。戦は各種各様、規模も大小様々であり、戦にあわせた戦い方があると言うもので、戦は各種プロジェクトであり、一つ一つのビジネスとも言えます。

  • 『風之巻』、他の流儀と武蔵の「二天一流」を比較検討しています。これは、コンサルタントの世界では、ケーススタディ(case study)か、ベンチマーク(benchmark)と言われるものです。

  • 『空之巻』、『五輪書』の結論は、視野を広くして、流れを読み(リズムに合わせ)、フレキシブルに対応しろと言っています。「心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ、少しもくもりなく、まよひの雲の晴れたる所こそ、実の空としるべき也」。

知識(スキル)と気持ち(強い意志)の二つの心が大事であり、大局を見る心眼と物理的に目の前の物を見る二つの目が必要である。武士たるもの神仏に頼るな、責任は全て己にあるということです。 迷いの雲の晴れたる気持ちで今日を生きろということでしょう。山本常朝の『葉隠』とも通ずるところがあります。武士道とは、「Seize The Day」だったのです。

http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/10/blog-post_19.html (『葉隠』に関する過去のブログ)。

さて、人のせい、世間のせい、国のせい、他党のせい、アメリカのせい、中国のせい、半島のせいにしてきた日本は何処へ行くのでしょうか? 「坂の上の雲」ではなくて、「迷いの雲の晴れたる空の心境」に一歩でも近づいてもらいたいものです。武蔵の流儀は益々混沌とするグローバル社会では有効だと思います。

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2011年1月2日日曜日

冬はつとめて

上が金星(venus)で下が三日月

明けの明星です(英語ではThe Morning Star)。 夜明け前の東の空、この写真は、玉川上水から井の頭公園上空を撮影したものです。 初日の出よりもちょっとばかし乙なものじゃないですか?

『枕草子』にでてくる「春はあけぼの」と「冬はつとめて」、どちらも夜明け前の早朝ということですが、時間的にはどちらが早いのでしょうかね? 清少納言も、新年の夜明け前に東の空を眺め、明けの明星を見つけて「冬はつとめてが最高!」と感じたに違いありません。1000年以上前のことです。


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2011年1月1日土曜日

2011年 1月1日 夜明け前

2011年元旦 夜明け前、玉川上水から東の方向を見る

島崎藤村の『夜明け前』は、「木曽路はすべて山の中である」で始まります。果たして、日本の夜明けは近いか、それとも、「日本はすべて闇の中である」になるのか? 『夜明け前』の主人公半蔵のように幻想を見て、狂人となって死んでしまわないように願いたいものです。


JR三鷹駅前から初日の出を見る

2011年 元旦

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