2011年1月7日金曜日

「平成の開国」よりも「鎖国」を学ぼう!

江戸時代の「鎖国」も、教え方によっては面白くなると思いますね。少々思い込みが入ってもいいと思います。ストーリー性があるほうがいい。

鎖国政策は、幕府が日本を世界から切り離すことを目的としたものではありません。宗教を押しつけない国(清、オランダ、朝鮮、琉球)に限定して、通商・通信することを外交政策としたのが鎖国です。16~17世紀のヨーロッパにおける凄惨な宗教戦争を知っていた日本は、当時の覇権国家であるスペイン・ポルトガルの、宗教を手段(tool)とした日本侵略を警戒したのだと思います。

また、江戸幕府は島国である日本の防衛は非常に難しいと理解していました。ロシアなんかは盛んに蝦夷に来ていました(ラックスマンって覚えていますか?)。だから、外国との交流も4ヶ所(長崎、対馬、薩摩、松前)に限定しました。実際、老中首座松平定信は、ラックスマンに対して「話があるなら長崎に行け」と言っています。

西ヨーロッパでは、宗教戦争みたいな殺し合いを経験して、個人で身を守るのは大変だという発想からホッブス、ロック、ルソーが近代国家を考え、自己防衛は国家にアウトソースすることにして、個人は国民として国家と契約を結ぶことにしたのです。Give & Takeの関係ですね。国民からのGiveのなかに精神的なものとして愛国心があるのだろうと思います。

江戸幕府は賢かった。大衆は「お上」に任せておけば何も考える必要がなかった(人生の半分を江戸時代に生きた福沢諭吉は、こういった日本人大衆の奴隷根性がたまらなく嫌だったのでしょうね。魯迅が『阿Q』で中国人を批判したのと同じです)。松平定信なんて、抜群にリーダーシップがあったのでしょう。現代の日本に蘇って外務大臣でも担当して欲しいですね。

「鎖国」もこうやって眺めると、日本史、世界史、地理、公民を平行して勉強することができます。

デッキの花

鎖国のことは、一度ブログに書いていました。
http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/09/blog-post_2945.html

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4 件のコメント:

  1. 江戸幕府は、スペインとポルトガルの南米の侵攻も知っていたのではないでしょか。あんな事をされては堪らないと...

    ところで、「平成の開国」と言って、総理大臣は言葉に酔っておられるのでししょうね。でも、開国というと外圧に負けたという印象がありますし、既に十分輸入に頼っています。
    「平成の戦略貿易政策」とでも言って能動的な行動をアピールする方がスマートです。

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  2. 日本全体の自己認識能力が、ここ数十年で限りなくゼロに近づいているのでしょうね。その集大成として今の政府があるのでしょう。

    街を歩いていても「日本は変わったな」と感じることがあります。リーダーシップと教育というのは重要ですね。

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  3. 自己認識に加えて、言葉も変わってきていませんか?インターネットしか日本語と日本の状況を見聞きする手立がないので正しいかどうか代わりません。国のリーダー達が、「良くがんばった」、「思い」、「しっかりやる」という感情的で抽象的な言葉を良く使うようですが、幼稚に聞こえますね。それから、「力」をやたらに使うのもへんですね。例えば、「仕事力」「結婚力」...何を言っているかわからない。私だけかもしれませんが...

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  4. オーウェルの「1984」に出てくるニュースピークすね。http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010_08_01_archive.html
    (8月に「1984」のことを書いていました)。

    国民から言葉を取りあげると、支配者は統治し易くなるでしょうね。福沢諭吉が「学問のすすめ」で警告していることは「今」を予言していますね。

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