2011年5月17日火曜日

最後には誰を信じるのか?


日本という国は、子供が家で過保護に育てられて、世間の荒波を知らないことのようだ。ひ弱であるということを初めから承知しているべきである(『学問のすすめ』五編)。 明治初期、福沢諭吉は日本に関してこのように言っています。

自尊心をうえつけない教育を65年間も継続すると、「最後は自分を信じる」ことをしなくなるようです。とりあえず、長いものには巻かれていたほうが安全だと考えるのでしょうか? 法治国家の意味や資本主義を無視して傍若無人に振る舞っていても、今の日本では政権の支持率が上昇する。政府の暴走を食い止めるには国民の成熟度を上げるしかありません。国民が政治的に無関心である場合、マスメディアの誘導に身を委ねることになり、国は破滅に向かうでしょう。

今回、北京で20代の中国人コンサルタントとナショナリズムについて話をしました。

中国もオープンになったと感じました。同時に、1989年の天安門事件のように共産党の大弾圧があるのではないかと心配にもなります。彼は「党が国家の上にあるねじれ状態は異常だ、まともな国家とは言えない。自分は愛国者であって愛党者ではない」と言い切りました。「ナショナリズムが成り立たない点では中国も日本も同じだね、だから両方とも近代国家になれないんだ」と二人の会話は盛り上がりました。中国にも日本にもそれぞれの国で健全なナショナリズムが芽生え、互いに相手国のナショナリズムを尊重する関係が理想ですが、この二カ国では私の生きている間の実現は無理のようです。

いずれにせよ、精神的にタフになって自分を信じましょう!

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2 件のコメント:

  1. 米国在住の日本人とナショナリズムの話をする機会が増えました。もちろん日本国のです。8割以上の人が、健全なナショナリズムを持っています。国を離れて芽生えるナショナリズムなのか、それとも愛国心が当たり前のアメリカ人を見て、自らのナショナリズムが健全化するのでしょうか。私は後者でした。

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  2. 日本列島から出ると誰でも日本や日本人を意識せざるを得ないですからね。パスポートが存在し、入出国管理がある。国境があり、自己防衛意識が芽生える。日本は国境というよりも、サファリパークのフェンスですが、それさえも意識しない。

    どこかの国に属している以上、属している国に対して愛国心を持つというのは義務のようなものでしょう? でも、日本は戦後民主主義教育で否定してしまった。でも、日本を出ると現実に直面して自分とは何ぞや?とルーツを考えるのでしょうね。

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