2018年1月10日水曜日

西郷どん

上野の西郷どん

今を生きている著名人より、歴史上の人間に愛着を覚えるようになったら年をとったという証拠だそうです。私はそれを「大人になった」と考えることにしましょう。歴史上の人物はどの人も良い処も悪い処も併せ持っていると思います。自分が年を重ねるうちに、どんな人物にも何となく魅力を感じるようになるのは不思議です。大河ドラマは観ませんが、西郷どん、好きですよ。

私が西郷さんの実績で一番すごいと思うのは、最初に軍隊を整備したことです(兵制改革)。国が大きな改革を実行するための後ろ盾を作ったのです。要するに、習近平が共産党のドーベルマンとして人民解放軍をスタンバイさせていることと同じです。兵制改革を行った上で、廃藩置県に取り組みました。

明治2年6月(1869年)には、全国各地の諸大名から土地と人民を朝廷に返還させる「版籍奉還」が実施されました。ところが、実際に藩はそのままの形で存続しており、藩主も知藩事と名を変えただけで、領内の運営は全てこれまで通り大名が行っていました。

明治4年7月9日(1871年)、廃藩置県の手順や方法を巡り、大久保と木戸の間で議論が起こったそうです。その激論を聞いていた西郷が口を開きました。

「貴殿らの間で廃藩実施についての事務的な手順がついているのなら、その後のことは、おいが引き受けもす。もし、暴動など起これば、おいが全て鎮圧しもす。貴殿らはご心配なくやって下され」。

こうして明治4年7月14日(1871年)、正式に「廃藩置県」が発布されました。全国各地の諸大名は、突然の大きな改革に驚きました。江戸幕府が開かれて以来、保有していた地位と財産を全て奪い去られたのです。彼らが黙っている訳はない。薩摩藩でさえ。

しかしながら、西郷が創設した兵隊が睨みを効かせていたため、特に大きな騒動や混乱が起こることもなく、廃藩置県は平和裏に達成されたのです。西郷さんが上司の顔色を窺っているだけのイエスマンだったら、こんなことはできません。

内村鑑三が『代表的日本人』で最初に取り上げた人物が西郷どんです。「正義のひろく行われること」が西郷の文明の定義だったと書いています。

http://ibg-kodomo.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html

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