2010年7月30日金曜日

百日紅


庭の隅っこに咲いた八月の花、サルスベリです。サルスベリは、中国語で「百日紅」ですが、サルスベリを日本語の漢字で書いても「百日紅」です。どこからどう撮っても絵にならない花ですね。これは、二階の窓から、そうです、真上から撮影しました。

夏目漱石は「吾輩は猫である」の中で、百日紅の特徴、つまり、比較的長い間花が咲いているということを非常にうまく使っています。鈴木君と主人が話をしているところに迷亭君が来て3人で昔話をするところです。このあたりは、夏目漱石の真骨頂ですね。いきですねぇ。落語の世界にも通じる実にウィットに飛んだ3人の掛け合いです。

「迷亭はあの時分から法螺吹だったな」と主人は羊羹を食い了(おわ)って再び二人の話の中に割り込んでくる。「約束なんか履行した事がない、それで詰問を受けると決して詫びた事がない何とか蚊とか云う。あの寺の境内に百日紅が咲いていた時分、この百日紅が散るまでに美学原論という著述をすると云うから、駄目だ、到底出来る気遣はないと云ったのさ。すると迷亭の答えに僕はこう見えても見掛けに寄らぬ意志の強い男である、そんなに疑うなら賭をしようと云うから僕は真面目に受けて何でも神田の西洋料理を奢りっこかなにかに極めた、、、、(中略)。愈(いよいよ)百日紅が散って一輪の花もなくなっても当人平気でいるから、愈西洋料理に有り付いたなと思って契約履行を逼ると迷亭済まして取り合わない」。

夏目漱石は、慶応3年1867年の生まれで、大正5年1916年に亡くなっています。「吾輩は猫である」は明治38年日露戦争の頃の作品です。漱石は明治を生きた代表的な日本人ですね。

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