2010年3月31日水曜日

小伝馬町にある処刑場跡で考えた


小伝馬町に行く用事があったので、伝馬町処刑場跡に立ち寄りました。江戸時代から明治初期まで、日比谷線小伝馬町の駅周辺は大きな牢屋敷だったのです。吉田松陰は、安政の大獄で投獄され、ここで斬首刑になりました。松陰を語れるほど知識はないのですが、随分昔に吉田松蔭に関する本を何冊か読んだ覚えがあります。

台湾にいるカブちゃんが、彼のブログで「華夷の弁」にふれていました(http://kabu-taiwan-kikou.blogspot.com/2010/03/blog-post_26.html)。

松陰が教えた松下村塾の教育理念は、「人たる所以(ゆえん)を学ぶこと」と「君臣の義、華夷の弁を明らかにすること」です。松下村塾からは、高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文、久坂玄瑞、前原一誠などが出ています(松下政経塾とは違いますよ、念のため)。カブちゃんもブログで説明しているように、「華夷の弁」とは、自分の生まれた土地に誇りを持った上で、他国と比較検討しなさいと言うことです。

どうも日本人は、アメリカや中国などの近隣諸国を冷静に評価しているとは思えない。劣等感と優越感が時と場合、相手によってコロコロと変化するように感じます。つまり、これはコンプレックスですね。過度に優越感を持つのも考えものですが、自分の故郷や生まれた国に対して劣等感を持つ必要はないし、卑下する必要もないのです。

グローバルになると言うことは、無国籍になるということではありません。むしろ、自分の生まれたところの文化に立脚するということです。国によって考え方は違う。これは、恐らく我々の生きている間は変わらないでしょう。だから、日本人も日本人の文化の上に立ち、堂々とすればいいのです。そうすれば、相手も敬意を払ってくれるはずです。

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2010年3月30日火曜日

東京郷土料理の江戸前寿司



江戸時代、屋台の外食産業として始まったにぎり寿司。江戸前寿司は東京の郷土料理です。列島各地にある郷土料理。日本の食文化の歴史は奥が深い。

夕べは新宿西口でお鮨を食べました。写真は、帰りに作ってもらったおみやげ用の折り詰めです。

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2010年3月29日月曜日

日本にいると理解しにくい日本の教育問題

Max Weber

今更何をか言わんやですが、教育の問題は難しいですね。教育は「国家百年の計」といっても、日本にはどこに「国家」があるのか見つからないからです。

教育には国家意識というものが、建物の基礎工事のようにあるべきなのでしょうが、日本では「国家」ということをストレートに言うことが出来ませんね。 「国家は悪である、国家にはひどい目にあった、、、」。こういったイメージが終戦直後に形成されて、戦後民主主義教育に育まれ今に至っているからでしょうね。もう60年以上経っているのに。

日本国憲法は、前文にある「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」を前提としています。ご存じのように、これは占領軍の最高司令官であるマッカーサーの理想論ですね。人間なんてまだまだ愚かで、21世紀になっても国際社会は日本人が考えるほどパラダイスでもユートピアでもないのです。

マックス・ウェーバーは、「国家とは、或る特定の地域の内部で正当な物理的強制力の独占を要求する人間共同体である」と言いました。これは、特殊でも極端な考え方でもなくて、現代の国際社会でも常識です。ソ連が崩壊し冷戦はなくなりましたが、衰退したアメリカと発展する中国の超リアリスティックなつばぜり合いを見ても分かります。

ウェーバーの言う「正当な物理的強制力」とは、国防と警察のことです。「人間共同体」とは、自分の住む或る特定の地域を愛する人たち、我々の場合は日本人ですね。つまり、郷土愛です。郷土愛の集合体、これが愛国心になるわけです。防衛と警察が暴走しないために、国の基本法である憲法や法律があります。したがって、防衛、国内治安としての警察権力、そして憲法がそろって国家になるのです。

アメリカの保護国で在り続けることを利用しながら、対等なパートナーシップ、日米関係を声高に主張するのは道理が通らないですね。 アメリカだけでなく、国際社会はみんなそのことを承知しているのです。だから、日本は国際社会でなかなか相手にされない。

私は学校の先生でもなく、政治家でもありません。たまたま日本を離れていた時間が長かったのでこのように感じるのだと思います。 教育問題を真面目に考えると、「日本人の国家意識の欠如」という大きな壁にぶちあたってしまいます。

親の責任を考えることもなく子ども手当に依存しようとするのは、保護国であることを利用しながらアメリカに対等なパートナーシップを求める日本政府の姿勢とよく似ていませんか?

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2010年3月21日日曜日

人生で必要な知恵はどこで学ぶのか?

1969年。今考えるとこの年はすごい年でした。

沖縄返還決定、東大紛争、月面着陸、ウッドストック、新宿西口のフォークソング、金田400勝、三沢高校の太田幸司、ビートルズの「LET IT BE」、ストーンズの「ホンキートンク・ウーマン」、尾崎キヨヒコ、ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」、はしだのりひこの「風」、映画「真夜中のカーボーイ」、「明日に向かって撃て!」、「イージーライダー」、「ローズマリーの赤ちゃん」、テレビでは「鬼警部アイアンサイド」、、、。

中学生だった私にとっても人生のターニングポイントでした。大袈裟ではありません。 この年に、映画とか音楽とかいっぱい観たり聞いたりして「人生で必要な知恵は学校で習うのではない!」と勝手に確信した訳です。「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」(ロバート・フルガム 1990年)という本がありましたが、幼稚園児だと小さすぎて何が何だかよく分かりません。

competitionという単語を「競争」と和訳したのは福沢諭吉です。幕末に翻訳したのですが、当時の日本には競争の概念がなかったのです(または極めて弱かった)。300年近くも鎖国をしていた封建制度の島国ですからね。諭吉が幕府に「競争」の概念を説明したら、「争いはよろしくない」と言われたそうです。やはり、列島の中での相互扶助が前提だったのでしょうね。

戦後65年、日本人は恐らく「自由」も「競争」も本当はよく分からないまま頑張りました。経済が成長し、奇跡の成長、エコノミックアニマルだと揶揄嘲笑されるほど調子がよかった。しかし、1990年代に入り、ソ連の崩壊、東西ドイツの統一、中国の急激な発展とアメリカの没落、世界情勢はがらりと様子が変わってしまった。そして、日本は今に至るこの20年間の世界の変化を読めなかった。

今の日本では、「競争」を否定し社会主義思想を政府が率先して持ち込んでいるかのようです。耳障りのいい言葉に「何かいい事あるかな」と多くの人が騙されてしまいました。 日本列島の中だけの相互扶助に甘んじるのであれば、このままでいいでしょうが、未来を生きる子どもたちのためにも多くの人に覚醒してもらいたいものです。

1969年への郷愁から話が飛躍してしまいましたね。今の日本の政治を見ていると、どうしても左翼単純教条主義である全共闘の学生運動とだぶってしまいました(私は全共闘世代よりもずっ~と若いので関わっていませんよ、、、、)。

写真は、Performance社製のストラトモデルです。ネックが薄いのですが、エボニーのフィンガー・ボードが気に入っています。

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2010年3月19日金曜日

肉豆腐丼でもありですよね?


アメリカ産でもオーストラリア産でもない、国産牛の自家製肉豆腐丼。牛丼の旨さは牛肉の質というよりも肉の厚みにあるような気がします。厚くもなく薄くもない、つまり、牛丼の厚みというものがあるような、、、。

豆腐好きの私としては、家では牛丼でなく肉豆腐丼です。アメリカ人の中には、寿司は大好きだけど、すき焼きや牛丼の甘辛味はダメだという人は結構多いですね。

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2010年3月17日水曜日

日本の戦後教育に欠落したもの

日本は、全体主義にも社会主義にも民主主義にも社民主義にも衆愚にもアナーキズムにも、あらゆる方向に向かっていますね。それは、日本に国としての「アイデンティティ(identity)」がないからでしょう。そして、それを修正するには義務教育から変えていくしかないと思います。 今、義務教育を総取っ替えしても、効果が出るまでに20~30年はかかってしまいます。

私は子供の頃から「日本はなぜ300万人も死ぬような馬鹿な戦争に突入したのか」と、疑問に思っていました。ところが、私の受けた日本の義務教育はそれを解明する助けにはなりませんでした。それが日本の戦後民主主義の大きな問題だろうと思います。私が義務教育を受けた頃から随分と時は経ったのですが、ここ数ヶ月日本の教育事情を調べてみて、今の日本でも何ら変わっていないことがよく分かりました。

戦後民主主義の代表のような鳩山総理は、日本という国家のアイデンティティをどう考えているのでしょうか?お祖父様の鳩山一郎さんはマッカーサーに公職追放になりました。鳩山一郎さんが言いたかったことは、アメリカ側の戦争責任も含めて戦争で亡くなった人たちのためにも戦争原因を解明し、戦争全体を振り返ることではなかったのかと思います。

このことを先送りすることによって、いつまでたってもグローバルに活躍できる日本人は出てこないでしょう。

以下は、吉田満さんの「戦後日本に欠落したもの」からの引用です。吉田満さんは、戦艦大和の生き残り将校です。

吉田 満 「戦後日本に欠落したもの」 (昭和55年 文藝春秋)

われわれ日本人は、戦争と敗戦の経験を通じて、本当に目覚めたのか。日本が孤立化の道を突き進んだ果てに、奇襲攻撃によって戦端を開かざるをえなかった経緯の底流にあるものを、正確に解明することができたのか。

自分は日本人であるという基盤を無視し、架空の「無国籍市民」という前提に立って、どれほど立派な、筋の通った発言をくり返そうとも、それは地に足のついた、説得力のある主張とはならないであろう。平和、自由、民主主義、正義。そのどれを叫んでも、言葉が言葉として空転するだけで、発言は心情的に流れ、現実の裏づけがないのである。

昭和年代の日本が戦争に傾倒してゆく過程で、最も欠いていたものは、眼前にある現実を直視し、世界のなかで日本が占めるべき位置を見抜く大局観と、それを実行に移す勇気であった。列国とのバランスの上で日本にあたえられるべき座標を、過たずに見定める平衡感覚であった。

戦時下の日本が持っていた最もいまわしきものは、おそらく「人間軽視」「人間性否定」だったであろう。したがって今日、その反動のように、「個人の尊重」を誰もが声を大にして叫ぶが、事実、人間は人間として尊重されるようになったであろうか。今の時代は、人間らしい生き甲斐をあたえてくれているのだろうか。

人間が大切にされているように見えるのは、人間そのものとして尊重されているのではなく、ただおのれの権力を及ぼすべき対象として、自分の利害にかかわる貴重な要員として重視されているに過ぎないのではないか。

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2010年3月16日火曜日

国会中継から学ぶことは?

日本の国会中継は楽しめますね。見せ物として面白い。しかし、国会議員の先生方の発言はどうも気になるところが多いのです。言葉使いもありますが、ほとんどが、一方通行の応酬です。これでは「議論」とはほど遠い。

衆議院・参議院のホームページに審議中継がビデオライブラリーとして保存されています。政治家の先生達も、これまで以上に勉強しないと、国民に力量を見透かされますね。国民は、新聞やTVの編集された情報ではなく、インターネットを利用して日本の政治の実態(レベル)を自分の眼で確認するのがいいでしょう。

議論というのは、議論を通じて、そこから新しいアイデアとか結論を導き出すことをしなければいけないと思うのですが、日本の国会では、互いに自分の主張をするだけに終始しています。ひどい人になると、相手が言い終わらないうちに、相手の発言の上からかぶせてきます。これって、全共闘世代共通の特徴なのですかね?(1941~1949年生まれ)。実は、日本の企業でもよく見かけるシーンです。

衆議院・参議院議長もお粗末ですね。全くファシリテーションになっていません。あのやり方が日本の国会の「カタチ」であると言えばそれまでですが、、、国民の代表機関としては寂しい限りです。

第4回座談会の稿で(3月10日)、コミュニケーションの前提として読解力に言及しました。少し補足します。

本を読む時に、本の内容と議論しながら読むのが大事ではないかと思うのです。本と格闘すると言うか、、、。読みながら考える、つまり、同意したり反論しながら読んでいく。本を一冊読み終えるまで待つ必要はありません。反論意見をページに書き込んでもいいと思います。相手が本であっても、コミュニケーションの基礎訓練となるのです。

ブログのコメントなんかも重要ですね。双方向のコミュニケーションであり、これも議論だからです。ところで、読解力が乏しい私が書くブログは、コメントのほうが知的であるように感じます。


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