呉市海洋歴史科学館(大和ミュージアム)の 10分の1 戦艦「大和」は、なぜか艦首の菊花紋章が後ろ(展示室の奥)を向いています。
世界一の巨艦を造り、結局、何の役にも立たず沖縄特攻で沈めたわけですが、それらを認識した上で、つまり、教訓は何だったのかを考慮した上で、ミュージアムにして欲しいですね。小中学生の見学者もいっぱいくるでしょうから。 尤も、日本の歴史教育とベクトルはあっているのかも知れませんが、、、。
世界一の巨艦を造り、結局、何の役にも立たず沖縄特攻で沈めたわけですが、それらを認識した上で、つまり、教訓は何だったのかを考慮した上で、ミュージアムにして欲しいですね。小中学生の見学者もいっぱいくるでしょうから。 尤も、日本の歴史教育とベクトルはあっているのかも知れませんが、、、。
戦後の呉の復興も展示されていましたが、朝鮮戦争の扱い方など、非常に乱暴な説明ですね。大和の生き残りである吉田満さんのことも、著作「戦艦大和ノ最期」と共に展示されているのですが、日本や日本人の今を生きることの意味を問い続けた吉田さんがご覧になったら心外でしょうね。
大和ミュージアムの基本方針として以下の4つが掲げられていました:
1)歴史的見地
2)学術的見地
3)教育的見地
4)まちづくり的見地
1)と3)に関しては、議論の余地があるようです。
http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/08/blog-post_9592.html
***
大和ミュージアムの基本方針として以下の4つが掲げられていました:
1)歴史的見地
2)学術的見地
3)教育的見地
4)まちづくり的見地
1)と3)に関しては、議論の余地があるようです。
http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/08/blog-post_9592.html
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