2010年8月14日土曜日

吉田満さんのこと

3月のブログで、吉田満さんの「戦後日本に欠落したもの」(昭和55年 文藝春秋)を紹介しました。

http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/03/blog-post_17.html 

吉田さんは戦艦大和乗組員の学徒士官(少尉)だった方で、「戦艦大和ノ最期」(講談社文芸文庫)という本も書いています。 吉田さんは東大法学部を繰り上げ卒業し、電測(レーダー)少尉として大和の沖縄特攻に乗り込みました。大和は奄美群島で撃沈され2740名が死亡、269名が生き残りました。その生き残りの一人です。戦艦大和乗船時は22歳の若さです。吉田さんは戦後日銀幹部になり、昭和30年代にはニューヨークにも駐在しました。三島由紀夫とも親交があったそうです。1979年に56歳で死去。

  「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める、それ以外にどうして日本は救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」(「戦艦大和ノ最期」より)。

300万人が死んだ戦争を、論理的に検証しないでも平気な国民というのは異様としかいいようがありません。「人間が動物と違っているのは、人間は過去の出来事を憶えている点だ」と言われます。国のために命を捧げた捧げさせられた自国民に対し、国の指導者たちが哀悼の意を表すことができない。それどころか、近隣諸国に対して謝罪を続ける。これは日本の指導者たちが指導者でなく、つまり、正真正銘の「大衆人」だからです。

オルテガは「大衆の反逆」の中で、『大衆人とは、自分の歴史を持たない人間、つまり過去という内蔵を欠いた人間』と言っています。自分の過去を忘れてしまった者、これは、「野蛮への後退」だと言っているのです。 マス・メディアの8月は一時的に芸能情報から自虐的な戦争特集になり、お盆が過ぎるとまた元に戻ります。私は長い間8月に日本にいることはありませんでした。今年は、忘れていた8月の日本の空気が蘇り憂鬱になってしまいます(この週末は上海ですが)。

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