2010年11月30日火曜日

@上海浦東国際空港

上海の物価は上がりました。1年前だと浦東国際空港から市内までのタクシーは150元(約2000円)でした。上海万博が始まった頃から180元になり、今日は219元でした。日用品に関して言えば、香港よりも物価が高くなっているそうです。

上の写真は、浦東国際空港のコーヒーショップです。インターネットの接続は無料です。勿論、このブログやYouTube、Facebookへのアクセスはできません。日本にある弊社のサーバーへのアクセスもできなくなっていました(夏にはできたのですが)。コーヒーは50元~60元で、私が食べたチャーハンは68元(800円)でした。空港とはいえ高いですよね。ちなみに、弊社の若者がランチの値段として安いと感じる価格は6~8元(70~100円)です。

上海市内の不動産価格は下落していないようです。給与水準も上がっているので健全なエコノミーと言えるのでしょうか? 政府発表の統計値がどうであろうと、失業率は確実に上がっていると思います。投機対象が、わかり易い不動産や株から生活必需品に移ったり、新たな金融派生商品なんかが出てくると危ないですね。

上海市内の果物屋(果物の品質は良くなっていますが、価格上昇が驚くばかりです)

***

2010年11月26日金曜日

(続)JALの機内食がお弁当に!? 


このお弁当、味は結構いけています。以前の機内食よりずっとましでした。無料のメルローも合格です。味噌汁は紙コップでしたが、、、。

***

2010年11月25日木曜日

JALの機内食がお弁当に!?

JALのエコノミーの機内食が、とうとうお弁当になりました。でも、酒類は無料なのでOKです。

上海へ向かう飛行機の中でNHKニュースをみました。今日11月25日は、三島由紀夫が市ヶ谷で自刃した日です。没後40年ということで、ニュースでは特集をやっていました。三島事件を、軍事クーデターの側面だけにスポットをあてたNHKの番組作りには非常に違和感を感じました。私だけですかね、、、?

三島由起夫は、日本人による日本の自主的な防衛を主張しました。自衛隊による「自主防衛ごっこ」ではなく、国家と国民の間にアメリカが存在するのではなく、つまり、日本国民がアメリカの介在なく世界と対峙すべきであること、そして、それが戦後の終焉であり、日本の独立を意味することを言ったのだと思います。多くの評論家が、今でも「三島由紀夫の『楯の会』こそが軍隊ごっこではないか」と批判しているようですね。しかし、三島由紀夫は、日本や日本人を考えた。天皇の存在も考えた。そして、哲学者のように人間の生や死を考えたのだと思います。

三島由紀夫は、戦艦大和の生き残り将校である吉田満と親交がありました。吉田満は、著書「戦艦大和ノ最期」の中で臼淵磐(うすぶち いわお)海軍大尉の発言として以下のように書いています。

「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める、それ以外にどうして日本は救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」(「戦艦大和ノ最期」より)。 http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/08/blog-post_9592.html

恐らく三島由紀夫も吉田満と同じような気持ちだったのだろうと思います。「自分と同年代の若者は、一体何のために戦争で死んだのか?」と問い続けたのです。「死ぬには大義が必要であり、人は大義がないと死ねない」。戦後の日本は、三島由起夫にとって、あまりにもカラッポの世界になってしまったのでしょう。

昨日、横須賀からアメリカの原子力空母ジョージ・ワシントンが黄海にむけて出港しました。ジョージ・ワシントンの母港は日本の横須賀です。沖縄が日本に返還されても戦後は終わっていないのですね。誤解しないでくださいね。私は日本共産党や社民党の代弁をしているのではありませんよ。

***

2010年11月24日水曜日

童謡「むすんでひらいて」、誰の作曲?

帰国後1年3ヶ月。しばらく忘れていた日本の問題点が蘇っています。デジャブですね。それは、日本人には「契約」の概念が稀薄だということです。日本人だけだと気づかないことなのですが、現実は列島の外との関係は断ち切れないわけで、「契約」は十二分に意識する必要があります。

契約概念の基礎は、学校教育で教わっておくと少しは違うかも知れません。

ヨーロッパの宗教戦争から近代国家の成立、フランス革命からイギリス産業革命、そして、重商主義や帝国主義、ドイツの勃興から第一次世界大戦、このあたりを教えて、遅れてやって来た日本と比較対象させて歴史を教えるといいと思います。そもそも世界史と日本史を別々に教えるのはオカシイのです。同時に、社会思想や哲学も学ぶことができます。もしかしたら、私が知らないだけで、こういった議論や試行は学校(中学・高校)で既に行われているのかも知れません。

このように歴史を勉強すると、近代国家の成立過程、国家と国民の関係、国家と国家の関係が理解できると思います。宗教戦争や魔女狩なんてなかった文明国日本は、自己防衛を国家というエージェント(近代国家)にアウトソースするなんて必要がなかった。アウトソースには「契約」が必要で、それは、国家と国民の間にある「保護」と「忠誠」という契約関係なのです。実際にはお金を払って契約するわけではないので、自発的な貢献としての「愛国心」なんてものが登場するのです。

ホッブス、ロック、ルソー、そしてモンテスキューがそれぞれ何を言ったかは、受験戦争や公務員試験にでるかも知れません。しかし、大事なのは彼らが生きた時代背景や彼らの主張の必然性を理解することでしょう。ルソー「社会契約論」なんて、日本の受験生は言葉として誰でも知っているのでしょうが、どういったことなのかを説明出来る人は果たしてどれほどいるでしょうか? もしかしたら日本の政治家先生も、ホッブスのような政治思想家が考えた事なんて関心がないのかも知れませんね。

質問の正解は、「ルソー」です。ご存じでした?

***

2010年11月23日火曜日

談合坂ロード ロングバーム 50cm


談合坂の由来は、はっきりとしないようです。北条氏と武田氏の和議調停の場だと理解していましたが、犬・サル・キジが桃太郎の家来になる約束をしてダンゴをもらった所だからという説もあるようです。

***

2010年11月22日月曜日

14年前の会話

昨日、中国人の友人Q君から電話をもらいました。出張で高松を訪れているそうです。初めてQ君と会ったのは30年前の上海です。

少し長くなりますが、14年前のQ君との会話を紹介します。当時、Q君は日本に住み、私はニューヨークにいました。今の日本を見ていると、進歩がないどころか、旧ソ連のスターリン政権であり、中国の毛沢東の文化大革命時代みたいですね。

「中国は、人権問題では『発展途上国にとっての人権はまず生きるための生存権だ』と自らを『発展途上国』として逃げ、実際は自らを『大国』とした外交を行う。核実験では軍の現代化(近代化)の必要性から他国の非難を受けながらも決して譲ることはない。これらは政治・外交に強い中国であり、ボーダーレスの21世紀を生き抜く国としては日本よりたくましい」

Q君「『衣食住足りて礼節を知る』という孔子の言葉で解釈すれば、生き抜くための基本的なレベルに達してはじめて礼節を知ることができる。礼節とは人権や民主主義といった意味もある。中国は、『大国』になるまで、少なくともあと数十年が必要である。『中国脅威論』はある種の神経質に過ぎない」。

「中国は共産党政府の社会主義体制の中、民主主義の議論をすることなく経済を優先させているように見えるが、国民は『民主主義が先か、経済成長が先か』の問題に関してどう考えているのか?」

Q君「国民は安定した社会を望んでいるし、民主主義が先か経済成長が先かという議論を考える余裕はない。いずれにしても民主主義が先に実現しても経済成長が見込めないし、経済成長して民主主義を避けて通ることもありえない。どっちが先にするかではなく、中国の実情に合う時代の流れに任せたいのは中国人の一般的な考えである」。

「日本は民主化せず経済を優先させて敗戦後半世紀が過ぎた。日本の戦後民主主義は自分で考えることなくアメリカに用意してもらったものである(大正デモクラシーとは別)。戦後日本は、焼け野原の日本を復興させることに無我夢中であったため『日本の民主主義』を考える暇はなかった。そして、世界の国々も日本が軍国化または、共産化しない限り何も言わなかった。ところが日本が『大国のようになった』今、アメリカをはじめ世界は日本を民主主義に基く先進国と見ている。日本政府はこのギャップを早急に埋める方向で政治や外交を考えるべきだ」。

Q君「日本は終戦後に一早く社会市場経済を実施し、大成功をおさめた。その後、韓国、台湾、香港、シンガポールも同じ道を歩んだ。民主主義の初期段階では権力者がおまえは『民』、おれは『主』だと考えている。本当の民主主義になるまでは長い年月がかかる。日本の民主主義は戦後50年かけて一番成熟した民主主義だと思う」。

「中国では学生や知識人がこれからの国際社会の中での中国を考えているから1989年の天安門事件が起きたのではないか? 一方日本は、ポスト冷戦時代の国際関係に入って行こうというのに、『すでに国際社会の大国(国家)である』と錯覚している。中国では知識人でかつ若い人がナショナリストである。これは日本と比べて救いのある点だ。日本の若者がナショナリストになると、軍国主義(帝国主義)が復活する恐れがあると思いますか?」

Q君「日本の若者の大多数は、政治に対してほとんど無関心で、有権者といっても選挙で投票しない。それぞれ仕事に熱中するか、遊びに熱中するか、平和な社会に恵まれてナショナリストにはなれないと思う。一方、中国の知識人でかつ若者は豊かさを目指して金儲けに走っており、物質文明を追求し、精神文明を忘れている。中国人は国産品を嫌い、外国製品を好んでいる。国の利益をあまり考えていない。納税意識の薄い国民はナショナリストになるはずがない」。

「中国政府は社会意識や価値観の多元化を実現するために地方分権体制や開放政策をとっているように思う。価値観の多様化や多元化が世界の大国、先進国であるための大前提であると考えているかのようである。これは日本にはないところである。日本社会の本質は均一化、平均化することである。日本では資本主義の論理は働かない」。

Q君「日本は単一民族であり、単一言語の国でもある。均一化、平均化しやすい国である。一方、アメリカは移民によってできた国なので、多様な価値観、文明を存続する事も必要である。中国は均一化することも不可能だし、多様化、多元化しすぎると国全体が解体しがちである。日本社会の均一化は社会主義市場経済によるもので、産品の品質管理、優れた産品を生産するのに欠かせないので、決して悪いとは思わない」。

「社会的格差をなくするのが日本の社会だ。中国は競争原理を前提とする『市場経済』を目標としている。中国では社会主義が無意味になった。日本は社会主義(日本型社会主義)を名乗るべきではないか? 中国は全体主義の毛沢東から民主主義の市場経済を目指している。一方日本は、近代国家をつくるはずが、全体主義に陥り『がんばるぞ!』をベースにした会社を中心とする『日本型社会主義』をつくってしまった」。

Q君「中国の社会主義市場経済は新しいものではない。日本の市場経済そして韓国、香港、台湾、シンガポールの経験を借りて実施したものであって、今の中国は社会主義の要素が残っていない。社会主義の看板をおろせば日本とほぼ同じものである。さしあたっては、良い選択だと思う」。

「中国の大きな問題は依然として残っている。『中国の危険性』はやはり政府の不確実性だと思う。政治を見ると、不透明な部分が多すぎる。経済では民主化を目指し、政治は権力者の都合のいいように不透明にしておくことはできない。軍部を強化し飼い慣らして、自らを守るドーベルマンにしようとしている限り問題は残る。

Q君「まったく同感だが中国人は商人なので、不透明な部分が多い。不透明があるこそ将来のことを占う楽しみがある。また商人にとっては問題があるから商売になる。混乱があるから金になる。アメリカ、日本みたいに先のことを誰でも透明に見えるのは、ビジネスチャンスがほとんどないと思う。リスクがあるから金儲けができる」。

1996年4月11日

***

2010年11月20日土曜日

「バスに乗り遅れるな」の精神状態


どの国も「義」なんてなくなって、「利」ばかりを追究しているのでしょうね。それが、そもそもグローバリゼーションの本質です。アメリカや中国なんて典型ですね。 だったら、、、日本も? 「バスに乗り遅れるぞ」ってか?

論語と言うのは素晴らしい。江戸時代の藩校や寺子屋ではみんなが勉強したのですよ。

子曰、君子喩於義、小人喩於利

子曰く、君子は義に喩り(さとり)、小人は利に喩る。

孔子が言った。学徳ともにすぐれた君子と言われる人物は、物事の理にかなったこと(義)に敏感であり、 器量がない小人は、利益に敏感である

***