2014年1月12日日曜日

ミートボール

昔、イタリア人の主婦から伝授されたミートボールで作ったスパゲッティ。   


翌日は、ミートボール・ヒーロー(サンドイッチ)になります。










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2014年1月11日土曜日

自分の物差し


「自分の物差し」は、本人の美意識、つまり、自分だけの美学だから、東洋経済にも日経ビジネスにもダイヤモンドのようなビジネス雑誌にも載っていないのです。 理想は、自分だけのものであって、他人の理想や、本に書いてあるものとは違います。 


今日より明日はよくなる、より裕福になると、死ぬまで考え続けるのは間違っていますね。 失敗することもあるし、後退することもある。 しかし、そういった時でも精神的に強くあること(mentally tough)が大事だと思います。 それには、根拠がなくても自信や自尊心がないとダメです。 要するに、自分の美学を信じることです。

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2014年1月8日水曜日

たかじんの美学

「芸人はテレビに出ている以外のところでも芸人らしくしろ」。 自分の美学を最後まで貫いた、やしきたかじんの言葉です。 

仕事って、その人の人生そのものなのです。 つまり、24時間365日、自分の美意識で生きるべきなのです。 ワーク・ライフ・バランスなんてバカなこと言うなよ!

たかじん R.I.P.

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〝浪花の視聴率男〟やしきたかじんさん死去 食道がんで休養中

2014.1.7 22:51 有名人の訃報
やしきたかじんさん
やしきたかじんさん
 歌手やテレビ司会者として人気のタレント、やしきたかじん(本名・家鋪隆仁=やしき・たかじん)さんが3日、死去した。64歳。葬儀は近親者で行った。昨年3月、食道がんの治療に伴う休養から1年2カ月ぶりに復帰したが、その後再び体調不良を理由に休養していた。
「橋下知事」生みの親
 やしきさんは、京都を拠点にシンガーソングライターとして活動を開始し、昭和51年に「ゆめいらんかね」などで本格デビュー。59年の「あんた」、61年の「やっぱ好きやねん」がヒット、脚光を浴びた。
 また、機転の速さと歯に衣きせぬ発言からテレビやラジオ番組で活躍。出演番組はいずれも注目が高くなることから〝浪花の視聴率男〟の異名をとった。現在も関西テレビ系「たかじん胸いっぱい」、読売テレビ系「たかじんのそこまで言って委員会」、テレビ大阪系「たかじんNOマネー」のレギュラー番組を持つ。
 一方で、民間団体「OSAKAあかるクラブ」の理事長として大阪復権へ向けた支援活動に携わったほか、テレビ番組への出演を通じて親交があった橋下徹大阪市長の政界進出を後押ししたことでも知られた。
 やしきさんは、平成24年1月に食道がんと診断を受け、同月末からすべての芸能活動を休止。4月に内視鏡手術を受けた後、昨年3月に芸能活動を再開したが、5月に体調不良を訴え、再び休養し治療にあたっていた。

2014年1月7日火曜日

富山ブラック


今年最初のラーメンは、家で作った「富山ブラック」、富山黒醤油ラーメンです。 見た目にはグロテスクでショッパそうですが、実際は少しお酢の味がして旨みがあるのです。 ネットで調べると、大量の粗挽き黒胡椒をかけて食べるとのことなので、真似をしてみました。 麺は太めです。  

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2014年1月5日日曜日

家族


正月三が日の三日目、有楽町駅横の火災で電車が大幅に乱れました。 私は、「ダイヤが復旧した」というニュースを聞いてから出かけたのですが、復旧したというのは通常に戻ったことではなく、電車は間引き運転、年初から自分の読みの甘さに苦笑いです。

電車の中、私の前の3人掛けの椅子に小学校低学年の女の子と両親が座っていました。 「痛風で足が痛いオジサンを座らせてね!」と全身全霊(body & soul)をもって訴え続けたのですが、完全に無視されました。 父親は携帯のテレビ・ゲーム、お母さんは少女マンガ、子供はコミック漫画を片手に父親のゲームに横から口を出しています。 しばらくすると父親のゲームは母親にわたり、父と娘はそれぞれがマンガに没頭です。

ほのぼのとした家族だと言うよりも、私には非常に醜くうつりました。 家庭というのは最も基本的な社会的訓練をうける場所だと思います。 もし、この両親が今を幸福に感じているのであれば、子供は非常に利己的な大人に育っていくでしょうね。  

追) 席を譲られていたら、私は勿論やせ我慢をもって丁寧にご辞退申し上げる所存でございました。     

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2014年1月3日金曜日

黒豆のしわ


黒豆の皺はないほうがいいのか、それともあったほうがいいのか?

料理家先生のレシピを見る限り、皺を寄せない炊き方について書かれているようです。 しかし、私は、少し皺がある黒豆のほうが好きですね。 黒豆と言えば、お節料理に欠かせない食材ですが、お節料理に黒豆を食べ出したのは室町時代にこんにゃくと炊き合わせて「座禅豆」と呼ばれていたものが起源と言われています。

お節料理に黒豆を食べるようになった理由は、江戸時代から「黒は邪気を払う」、「黒は健康を意味し、マメに達者で皺のよるまで長生きを」と祈願し食べるようになったそうです。 キリスト教徒でもイスラム教徒でもなく、小さな島国の農耕民族である日本人にとって、労働はペナルティ(懲罰)ではなく喜びです。 「真っ黒になってマメに今年一年元気で働けるように、皺のよるまで働けるように」という願いが込められているのでしょう。

 
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2014年1月1日水曜日

Happy New Year 2014


元旦の早朝、関西から東京に向けて新名神、東名を走りました。

「元日に対して調子を合せた文章を書こうとするのは、丁度文部大臣が新しい材料のないのに拘らず、あらゆる卒業式に臨んで祝詞を読むと一般である」(夏目漱石 『元日』 1909年)。


節操なく付和雷同せず、偏屈な隠居で行きましょう!  

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