2011年11月10日木曜日

養分を吸収する


あまり焦らないほうがいい。 若いうちは、しっかりと根をはり、養分を吸収する態勢にしておくことが大事だと思います。 機が熟していくのを待つ。 焦ってもいきなり実は結ばない。

根をしっかりと張っていないと、30代や40代になって生気を失い立ち枯れる可能性があります。 50代60代だと尚更のことでしょう。

就職の面接で何を言われても気にしない方がいい。 面接する側は自分によく似た学生を高く評価する場合が多いものです。

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2011年11月7日月曜日

『サウンド・オブ・サイレンス』をやってみた

日本語に翻訳してみた


このごろの若者は欧米の音楽にあまり興味を示さず、J-POPという日本のポピュラー音楽を聴くようになったようです。 私はいいことだと思います。 日本語の歌詞には共感できるものもあるし、裏ビートのリズム感だって板についている。 洋モノでなくても日本製で上等だという訳です。

9月の911メモリアルから『サウンド・オブ・サイレンス』が耳について離れなかった。 この曲は何十年もの間、歌詞の意味が分らないまま聞いていました。 今の日本を意識して勝手に翻訳してみました。 来年の311メモリアルに、こういった日本の曲が出てきて欲しいものです。

http://www.youtube.com/watch?v=W8-QMJUsxwc&feature=feedf

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2011年11月4日金曜日

スティーヴン・たい焼き・タイラー

コールドターキー(Cold Turkey)ってジョン・レノンの曲にありますが、麻薬の禁断症状のことを言います。

さて、エアロスミスの来日が迫ってきましたが、ボーカルのスティーヴン・タイラーが滞在先のパラグアイのホテルのシャワーで転倒し、その晩のコンサートが一日延期になったというニュースが入ってきました。 目の上を切り歯を2本折ったという写真がNBCのモーニングショー「Today」で放映されました。 まさかコールドターキーではあるまい。 エアロスミスのメンバーはタイラーを筆頭にたい焼きが好物で、何年か前の日本公演の後、たい焼きの取り合いとなりグループ解散の危機に陥ったという逸話があります。

パラグアイのコンサートは一日遅れで開催されました。 YouTubeで当日の映像を見ましたが(今の世の中便利ですね、、)、顔にアザはありましたが、絶好調ですね。 オープニングは「Draw The Line」でエンディングは「Walk This Way」。

もうすぐ日本。 思いっきりたい焼きを食べて下され。

写真は「コールドたい焼き」ではありません。
三鷹 甘味処「たかね」のたい焼きです。久しぶりに食べました。

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2011年11月3日木曜日

上野の西郷さんは寂しそう


上野の西郷さんは何となく寂しそうです。 東京スカイツリーに人気を奪われたか?

西郷隆盛に思い入れがある訳ではありませんが、西郷さんは気の毒な人だと思います。 明治4年岩倉使節団の一員として欧米に行っていれば、運命は大きく変っていたのでしょう。 一緒に留守組になった連中がよくなかった、山縣有朋や井上馨という公私混同の代表格のような人たちだった。 西南戦争で西郷に自決勧告を送った総指揮官は山縣有朋でした。

西郷さんは言いました。

「みだりに外国の盛大を羨んで、利害損得を論じ、家屋の構造から玩具にいたるまで、いちいち外国の真似をして、贅沢の風潮を生じさせ、財産を浪費すれば、国力は疲弊してしまう。それのみならず、人の心も軽薄に流れ、結局は日本そのものが滅んでしまうだろう」。

夏目漱石は『模倣と独立』の中で、以下のことを言っています。 西郷さんは明治初期、一方、漱石は英国留学を経て大正初期の発言です。

「いくらオリヂナルの人でもイミテーションの分子を何処かに持っている。イミテーションの側に立って考えると、これはどういう人がイミテーターかというと、要するにイミテーターというものは人の真似をする。それだから自分に標準はない。あるいはあっても標準を立て通すだけの強い猛烈な勇気を欠いているか、どっちかなのである。しかしながらインデペンデントの側の方は、自分に一種の目安がある」。

自分に一種の目安があるのかないのか、、、軽薄に流れた日本の運命や如何に?

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2011年11月2日水曜日

漱石から大学生へのアドバイス

東京国立博物館のモザイク壁

「法然上人は、豆腐が好きだった。親鸞聖人はあずきが好きだった」。

私は豆腐もあずきも大好きです! 上野の国立博物館の特別展「法然と親鸞」を見てきました。 日本の宗教改革を行った2人ということで、詳しく知りたかったのですが、あまりにも人が多くてよく分りませんでした。

夏目漱石は『模倣と独立』の中で親鸞に言及しています。 『模倣と独立』はインデペンデントの重要性を学生たちに説明した漱石の大正時代の講演です。 下に引用しますが、青空文庫から無料でダウンロードできますので是非全文を読んで見て下さい。

「親鸞上人に初めから非常な思想があり、非常な力があり、非常な強い根柢のある思想を持たなければ、あれほどの大改革は出来ない。言葉を換えて言えば親鸞は非常なインデペンデントの人といわなければならぬ。あれだけのことをするには初めからチャンとした、シッカリした根柢がある。そうして自分の執るべき道はそうでなければならぬ、外の坊主と歩調を共にしたいけれども、如何せん独り身の僕は唯女房を持ちたい肉食をしたいという、そんな意味ではない。その時分に、今でもそうだけれども、思い切って妻帯し肉食をするということを公言するのみならず、断行して御覧なさい。どの位迫害を受けるか分らない。尤も迫害などを恐れるようではそんな事は出来ないでしょう。そんな小さい事を心配するようでは、こんな事は仕切れないでしょう。其所その人の自信なり、確乎たる精神なりがある。その人を支配する権威があって初めてああいうことが出来るのである。だから親鸞上人は、一方じゃ人間全体の代表者かも知らんが、一方では著しき自己の代表者である」。

漱石から大学生へのアドバイスです。

「あなた方も大学を御遣(おや)りになって、そうして益(ますます)インデペンデントに御遣りになって、新しい方の、本当の新しい人にならなければ不可(いけ)ない。 蒸返しの新しいものではない。そういうものではいけない。要するにどっちの方が大切であろうかというと、両方が大切である、どっちも大切である。 人間には裏と表がある。私は私をここに現わしていると同時に人間を現わしている。 それが人間である。 両面を持っていなければ私は人間とはいわれないと思う。 唯どっちが今重いかというと、人と一緒になって人の後に喰っ付いて行く人よりも、自分から何かしたい、こういう方が今の日本の状況から言えば大切であろうと思うのであります。 文展(文部省美術展覧会)を見てもどうもそっちの方が欠乏しているように見えるので、特にそういう点に重きを置いて、御参考のために申し上げたような次第であります」。


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2011年11月1日火曜日

夏目漱石の柴又帝釈天


柴又帝釈天と言えば『男はつらいよ』、寅さんですが、実は夏目漱石が『彼岸過迄』で柴又を書いています。 心が納得しないと、知識やスキルだけでは人は動かない。 もしかしたら、夏目漱石は自分を客観的にみて、自分の足りない部分を反省して『彼岸過迄』を書いたのかも知れません。

『彼岸過迄』 夏目漱石 (1912年)

この日彼らは両国から汽車に乗って鴻の台(今の京成線 国府台)の下まで行って降りた。それから美くしい広い河に沿って土堤の上をのそのそ歩いた(これはリリーも歩いた江戸川沿いです)。敬太郎は久しぶりに晴々した好い気分になって、水だの岡だの帆かけ船だのを見廻した。須永も景色だけは賞めたが、まだこんな吹き晴らしの土堤などを歩く季節じゃないと云って、寒いのに伴れ出した敬太郎を恨んだ。早く歩けば暖たかくなると出張した敬太郎はさっさと歩き始めた。須永は呆れたような顔をして跟(つ)いて来た。

二人は柴又の帝釈天の傍まで来て、川甚(かわじん)という家へ這入って飯を食った(川甚は今でもあります)。 そこで誂(あつ)らえた鰻の蒲焼が甘たるくて食えないと云って、須永はまた苦い顔をした。先刻から二人の気分が熟しないので、しんみりした話をする余地が出て来ないのを苦しがっていた敬太郎は、この時須永に「江戸っ子は贅沢なものだね。細君を貰うときにもそう贅沢を云うかね」と聞いた(夏目漱石は新宿生まれの江戸っ子です!)。

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