2026年2月7日土曜日

「引き出し」は才能じゃない。習慣だ。 ――日々の概念の蓄積が、人生の即興力を決める

引き出しとは何か――知識ではなく「概念の総量」

引き出しとは、習慣的に蓄積された「概念の総量」です。

この図が伝えようとしているのは、日頃から概念を蓄積している人は、必要な場面で自然とネタを引き出し、臨機応変に使うことができるという、ごく本質的な事実です。ここで言う「引き出し」とは、整理整頓された知識の箱ではありません。知識、経験、違和感、失敗、読書、他者との会話──そうしたものが、長い時間をかけて自分の中に沈殿した思考の材料です。意識して集めたものもあれば、無意識のうちに刷り込まれたものもある。その総量こそが、その人の引き出しなのです。 

概念とは何か――具体から本質を抜き出す力

重要なのは、その場で集めた情報は、引き出しにはならないという点です。流行の言葉やハウツー、誰かの受け売りを覚えても、それは概念として自分の中に定着しません。概念とは、個別の出来事を一回きりの現象として消費するのではなく、そこに通底する共通項を抜き出し、文脈を超えて使える形にまで抽象化されたものです。因数分解で共通項をカッコの外に出すように、本質的な要素だけを取り出していく作業とも言えます。

概念を使って考えるとは、具体例を並べることではありません。多様に見える問題の共通点を見つけたり、逆に、同じように見える現象の本質的な違いを区別したりすることです。その結果として、問題をより大きな構図の中に位置づけることができ、目の前の事象に振り回されず、自分なりの判断軸を持つことが可能になります。コンサルタントに求められる抽象的思考力とは、まさにこの力です。

基礎体力としての抽象思考――教育・仕事・対話の空白

ただし、これはコンサルタントだけの話ではありません。むしろ、すべての人にとって必要な思考の基礎体力だと言えるでしょう。本来であれば、中学・高校の段階でこの訓練が行われるべきなのです。絵日記が作文になり、やがて小論文や論文へと移行していく。その過程で、具体から抽象へと視点を引き上げる訓練が必要なのですが、日本の現行の教育システムには、この回路がほとんど存在しません。その結果、社会人になっても小学生の作文の延長線上の議論が横行することになります。日本のコンサルティング会社ですら、大同小異です。

コミュニケーションがうまくいかない理由も、ここにあります。賛成できなくても相手を理解しようとするには、自分の引き出しが必要です。スマホでのチャットのように、反射的に反応するだけでは、考える「間」は生まれません。間がなければ、蓄積されたネタが立ち上がる余地もありません。対話とは、言葉の応酬ではなく、引き出しの中身が静かに動き出す時間を含んだ営みなのです。

日頃から概念を蓄積していなければ、考えるための材料がない。これは厳しい現実です。優れたギタリストが、演奏中に考え込まずとも自然にフレーズを引き出せるのは、日々の練習と長年の蓄積があるからです。

日本人ギタリストのCharさんも同様で、即興(Improvisation)とは才能ではなく、蓄積が反応として現れた結果にほかなりません。その背景には、幼少期のピアノ訓練で身につけた音楽理論という基礎があり、その上に「概念」が積み重なっています。基礎があるからこそ、自由に発想が膨らむ。この構造は、思考やビジネスの世界でもまったく同じです。

AI時代の引き出し――考える責任は誰のものか

右側に描かれた「頑固ジジイ」は、否定される存在ではありません。彼は、「MBAだとか、上滑りのハウツーを追いかける前に、もっと地道に概念を蓄積しろ」と言っているのです。
環境問題、教育、個と公共、文化と文明、異文化コミュニケーション、デジタル化といった言葉は、それ自体が完成された概念なのではありません。むしろ、それぞれが概念を収集し、蓄積するための“引き出し”のラベルだと考えるべきものです。各引き出しの中に、具体的な概念が十分に詰まっていなければ、将来世代への責任や国際的な合意といったテーマについても、表層的な賛否をなぞることしかできません。問題なのは意見の違いではなく、引き出しそのものが空っぽであることなのです。

考える力は、その場で身につくものではない。日々の習慣として概念を蓄積してきた人だけが、必要な場面で気の利いた意見を言える。引き出しとは、整理された棚ではなく、時間をかけて積み上がった思考の堆積層なのです。

そしてAI時代だからこそ、あえて強調しておきたい。考えることまでAIにアウトソースしてはいけません。AIは引き出しを代わりに作ってはくれませんし、概念を自分の血肉にしてくれるわけでもありません。考える責任だけは、人間が引き受け続けなければならないのだと思います。

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