MRPやRDBの時代から、ERP、インターネット、携帯電話、そしてクラウドへ。2007年のiPhone登場、2012年の第三次AIブーム、そして2023年以降の生成AIの爆発的普及。振り返れば、ITは常に変化してきました。しかし、今起きていることは、単なる技術の進歩とは質が違うように感じています。
2000年頃から、ITに関して学習すべきことは飛躍的に増えました。新しい言語、新しいフレームワーク、新しいクラウドサービス。エンジニアは常に何かを追いかけ続けなければならなくなりました。同時に、多くのテクノロジーはブラックボックス化していきました。かつては内部構造を理解しながら使っていたものが、いつの間にか「APIを呼び出せばよいもの」「クラウドに任せればよいもの」へと変わっていきました。
それでも、その時代にはまだ一つの前提がありました。それは「習得する」というプロセスです。三か月学び、半年試し、ようやく現場で使えるようになる。その積み重ねがエンジニアとしての自負を支えていました。スキルの賞味期限は短くなりましたが、「習得する」という行為そのものには意味がありました。
ところが、コロナ禍が終息する頃から状況は一変します。生成AIが爆発的に普及し、「習得」というプロセスを飛び越えて、いきなりアウトプットに到達できるようになりました。ある技術を知らなくても、AIに指示を出せば数秒でコードが生成される。エンジニアが必死に追いかけてきた「表層的なスキル」は、一瞬でコモディティ化しました。
ここに、何とも言いがたい違和感があります。これまでブラックボックス化してきた技術は、少なくとも仕様やインターフェースは明確でした。しかし生成AIは、「なぜその答えが出てくるのか」を完全には説明できない、真の意味でのブラックボックスです。私たちは論理ではなく、対話や直感によってシステムを動かし始めました。これはコンピュータ史においても、極めて異例の事態ではないでしょうか。
さらに大きな変化は、「エンジニアリング」から「オーケストレーション」への転換です。自ら楽器を演奏するようにコードを書く時代から、AIという演奏者にどう指揮を執るかという時代へ。スキルを追いかけるのではなく、AIを乗りこなす能力が問われるようになりました。従来のITスキルの延長線上では捉えきれない領域に入りつつあります。
ここで私が懸念するのは、日本のIT業界がこの変化を本質的に理解できるかどうかです。高齢者の傲慢な意見かも知れませんね。
私たちは長らく、特定の言語やツールの操作法を「スキル」と呼び、それを追いかけてきました。しかしそれが表層的であったことに、どれだけの人が気づいていたでしょうか。もしその自覚がなければ、今の「得体の知れない変化」に対する本当の危機感も生まれないのではないかと心配しています。
日本のIT現場には、アプリケーション(現場の業務)とテクノロジーの間に大きなギャップがあります。現場は具体的な課題を語り、技術者は最新技術を語る。しかし両者を一気通貫で俯瞰し、抽象度を上げて全体を設計する視点が不足しているように感じます。これは、教科ごとに分断された受験中心の教育の影響も大きいのではないでしょうか。境界線の中で正解を探す訓練はしてきましたが、境界線を跨ぐ梁を渡す訓練(知識のインテグレーション)はほとんどしてきませんでした。
生成AI時代において、人間に残るのは「How」ではなく、「Why」と「What」です。なぜ作るのか、何を作るのか。その問いを立て直す力こそが、本質的な能力になります。AIが表層を飲み込んだ今、抽象度の高い視野を持たなければ、AIに指示を出すことすら難しくなるでしょう。
ITはこの四十年で飛躍的に進歩しました。しかし、進歩の裏で失われたものはないでしょうか。最新技術を追いかけるあまり、基礎や構想力、全体を俯瞰する視野を軽視してこなかったでしょうか。今起きている地殻変動は、その問いを私たちに突きつけているように思えます。
この「得体の知れない変化」を単なる効率化として受け流すのか。それとも、自らの立ち位置を問い直す契機とするのか。日本のIT業界が本質に目を向けられるかどうかは、今まさに分岐点にあるのではないでしょうか。
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日本のIT現場には、アプリケーション(現場の業務)とテクノロジーの間に大きなギャップがあります。現場は具体的な課題を語り、技術者は最新技術を語る。しかし両者を一気通貫で俯瞰し、抽象度を上げて全体を設計する視点が不足しているように感じます。これは、教科ごとに分断された受験中心の教育の影響も大きいのではないでしょうか。境界線の中で正解を探す訓練はしてきましたが、境界線を跨ぐ梁を渡す訓練(知識のインテグレーション)はほとんどしてきませんでした。
生成AI時代において、人間に残るのは「How」ではなく、「Why」と「What」です。なぜ作るのか、何を作るのか。その問いを立て直す力こそが、本質的な能力になります。AIが表層を飲み込んだ今、抽象度の高い視野を持たなければ、AIに指示を出すことすら難しくなるでしょう。
ITはこの四十年で飛躍的に進歩しました。しかし、進歩の裏で失われたものはないでしょうか。最新技術を追いかけるあまり、基礎や構想力、全体を俯瞰する視野を軽視してこなかったでしょうか。今起きている地殻変動は、その問いを私たちに突きつけているように思えます。
この「得体の知れない変化」を単なる効率化として受け流すのか。それとも、自らの立ち位置を問い直す契機とするのか。日本のIT業界が本質に目を向けられるかどうかは、今まさに分岐点にあるのではないでしょうか。
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