私たちは、まだ守られている空間の中にいます。しかし、その向こうに広がる未来は、はっきりとは見えていません。
十五、六年前に私は「Be Mentally Strong !」という文章を書きました。世界は平等ではない、という当たり前の現実から話を始めました。程度の差こそあれ、どの国に行っても社会は不平等です。私の体感では、日本は比較的格差の少ない社会ですが、それでも平等な楽園ではありません。能力も、環境も、運も、人それぞれ違います。
それにもかかわらず、「すべてを等しくせよ」という発想が強くなると、どこか息苦しさを覚えます。私は男女が同一であるとは思いません。北一輝が言った「断じて同一の者に非ざる本質的差異」という言葉は、過激な思想家のものではありますが、本質を突いている部分もあると感じます。違いがあるからこそ、補い合い、折り合いをつけていく。その営みこそが社会なのではないでしょうか。
教育についても同じです。世の中は思い通りにいかないことのほうが多い。その前提に立ち、子どもたちに試行錯誤をさせ、くじけない精神力――自尊心を育てることが大切だと書きました。立川談志師匠の「努力はバカに与えた夢だ」という逆説的な言葉を引きながらも、実際の談志師匠は人一倍努力家だったことにも触れました。天賦の才があったとしても、努力を重ねなければ何も生まれない。人は平等ではない。しかし、だからこそ精神的に強くあれ、と。
その思いを決定づけた一つの出来事があります。1998年、ワールドシリーズ制覇直後のジョー・トーレ監督を招いた講演会でした。彼はニューヨーク・ヤンキースを率い、「New York, mentally tough city, mentally tough people」と語りました。ニューヨークは精神的にタフな街であり、そこに住む人々もタフだ、と。NYという特殊な街でレギュラーの座を守るには、技術だけでは足りない。何よりもmentally tough(プレッシャーに負けるな、歯を食いしばれ)であることが前提だというのです。
当時の私は、日本はサファリパークのようなものだ、と感じていました。ある程度守られ、餌も用意されている。しかしこれからはジャングルになる。会社が突然潰れるかもしれない。朝出社したら解雇を告げられるかもしれない。給料が止まるかもしれない。そうした不条理の中でも平常心を保てるかどうか。それがmentally toughだと書きました。
そして今、私はもう一つの「得体の知れない変化」に直面しています。生成AIの爆発的な普及です。かつては専門家だけが扱っていた技術が、誰もがボタン一つで文章を書き、画像を作り、分析を行う時代になりました。便利であることは間違いありません。私自身もその力を実感しています。
しかし同時に、どこか底知れぬものを感じるのです。自分で考え、迷い、言葉を紡ぐ過程を、簡単に外部へ委ねてしまう危うさです。かつて私は「世界は平等ではない」と書きましたが、生成AIは一見すると「能力の平準化」をもたらします。誰でもそれなりの文章を書ける。誰でもそれなりの答えを出せる。けれども、それは本当に力を得たことになるのでしょうか。
もし思考のプロセスを手放してしまえば、人は内側から弱くなります。困難に直面したとき、自分の頭で問いを立て、仮説をつくり、試行錯誤する力がなければ、AIが使えない状況になった瞬間に立ち尽くしてしまうでしょう。ジャングルで生きる術とは、道具を持つことではなく、道具がなくても立っていられる精神のことです。
生成AIは強力な道具です。しかし、道具に使われるか、道具を使いこなすかは、人間の側の問題です。便利さに身を委ねきってしまうのは、ある種の「全体主義」にも似ています。皆が同じ答えを出し、同じ表現をし、同じ速度で反応する世界。それは平等に見えて、実は思考の多様性を失った世界かもしれません。
だからこそ、私は改めて「Be Mentally Strong」(折れない心を持とう、賢く強く生きよう)と言いたいのです。世界は平等ではない。変化もまた平等には訪れません。生成AIという波に飲み込まれるのではなく、その波の中で自分の足で立つ。自分の頭で考え、自分の言葉で語り、自分の責任で判断する。そのうえでAIを使う。
大学生のみなさんに、かつて「一流大学、一流企業を目指しなさいという甘言に乗るな」と書きました。いまならこう付け加えます。「AIがあるから大丈夫」という甘い考えを持つな、と。
サファリパークは、もう以前の姿ではありません。私たちが安全だと思っていたサファリパークのフェンスは、もう万全ではありません。ところどころに穴が空き、餌の供給も不安定になっています。 その中で生き残る条件は、昔も今も変わりません。mentally toughであること。得体の知れない変化の中でも、静かに、しかし確かに、自分を保ち続ける力。それこそが、これからの時代に最も求められる資質ではないでしょうか。
***


0 件のコメント:
コメントを投稿