2024年1月16日火曜日

自分を哲学する50代

むかし、男ありけり。いとまめにじちようにて、あだなる心なかりけり(伊勢物語)。まめ:真面目に。じちょう:誠実。

50代社員が突如ぶち当たる「3つの壁」
35年の「人生後半戦」へ、何が必要か?

https://toyokeizai.net/articles/-/225102


普通の国だったら、今の日本のような政治や経済界のリーダーたちをみたら、国民は黙っていないでしょうね。しかし、日本は淡々と現状維持で時は流れて行きます。「いとまめにじちょう」しているのか?

50歳代で必要なことは、新たなスキルを身に付けることよりも「自分を哲学する」ってことだと思います。「哲学する」といっても、研修で習うのではなく、周りを真似るのでもない。自分自身を振り返って、自分の来た道の再確認をする。会社での役職や活躍とかそんな「山椒魚」みたいなことじゃない。自分の人生を、昔に行ったり現在に戻ったりと循環的に解釈するのです。

自分の直観に頼って実践を繰り返す。直観、すなわち自分が正しいと思うことを繰り返す。今の日本は還暦になっても他と比較して打算的になり過ぎる。損か得か打算的に生き過ぎるように思う。死ぬまで序列に拘り、他者と比べる日々です。塾に行く前の子供たちは決して打算的じゃないでしょう? 自分の直観に従って日々実践あるのみです。日本の受験システム(=日本の教育)は正しい直観、正しい情緒(心)を育まない。だから大人になっても善行が何か分からない人が多い。高齢者然りです。

50歳の人は自分の直観は何かを自分に向き合って考えないといかんと思う。高齢者になる心得を身につけることは50代でまだ間に合う。自分を考える、すなわち、自分を哲学する。自分にしかできないことです。何も考えないで還暦を迎えると、高齢者になってうろたえることになります (気づかないで死ぬ人も多いが、、、)。

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