2022年1月27日木曜日

今の学校なら落ちこぼれた方がいい?

 

この子たちの将来は?

子供をとりまく環境は教師や周りにいる大人たちの認識レベルに大きく左右されます。教師の仕事は、与えられた環境で、子供たちとできるだけ遊ぶことだと思います。子供=子供+環境(私=私+環境と言ったのはスペインの哲学者オルテガです)、つまり、子供は単に子供でなく環境と一緒になって子供であり、環境と融合しながら大人になって行くのです。

私はここ70数年の日本の教育はロクでもないものだと思っています。

教師(特に若い教師)は「日本の教育はロクでもない」という現実を回避してはいけない。学校教育の目標は変質してしまっているのです。

なぜ学校はあるのでしょうか? 「賢く育てる」の意味も間違っているし「丈夫に育てる」ということは軽視されているように思う。企業経営と教育の関係は、民主主義と資本主義のように相容れない。それをどうバランスするかが重要なのです(特に私立)。テストをして点数によって子供たちの優劣(順番)をつけて、その順番を社会(日本では世間だが、、、)の序列として社会に送り出しているだけじゃないですか。

今の学校で「落ちこぼれ」と決めつけるのはオカシイ。学校の存在意義や教育の目標がロクでもないのだから、そのなかで落ちこぼれても何の問題もない。むしろ落ちこぼれないほうが世界で通用しない大人になる可能性が高い。

- 試験の範囲は決まっている。
- 答案を書く時間は決まっている。
- 満点が100点と決まっている。

狭い枠のなかで、はやく間違いのない答えを出すという人間の育成です。霞が関の官僚がいつまでたっても考えられない幼稚な不祥事を起こし、大企業のリーダーたちがいつまでも優秀な係長の域を出ないのは、日本の学校教育がロクでもないからでしょう。大病院の医者と患者の心が通いあえないのは日本の学校教育がロクでもないからだと言わざるを得ない。

もし日本から創造的なカッコいい大人が出てくるとしたら、そういった大人は恐らくどんなに学校で落ちこぼれても、へこたれないで「世間」に反抗を続ける強い精神の持ち主だと思います。

***

0 件のコメント:

コメントを投稿