2016年11月20日日曜日

祭りのあと

能動的で、あくまで主体性の強いチャーリー

魯迅は「阿Q正伝」の中で中国人の自尊心の強さや主体性の無さに警告を発しました。 世界が第一次世界大戦に突入するころです。主人公の阿Qは、革命が何かも知らず「革命、革命!」と唱えれば革命が起こり、何かいいことがやってくるような気がして、とうとう何も解らないまま処刑されてしまいます。

「人間の世の中はもともとこんなもんで、時には首を斬られなければならないこともあるかもしれない」。

自らの「運命」に責任を持つのが近代国家の国民なのですが、阿Qには全くそうした意識がない受動的な人生です。 魯迅は当時の中国の状況を見て痛烈に批判し告発したかったのでしょう。 魯迅は愛国者だったのです。

アメリカ大統領選が終わりました。 祭りのあとです。

民主主義の成れの果てが専制であり全体主義に陥る危険性を含んでいることを世界が理解したのではないでしょうか? 自由と平等が実現できない場合、つまり、明らかに格差が開きすぎた場合、為政者は国民の不平不満を何とかしなければなりません。 そうして辿る道が専制や全体主義なのです。 これは、もちろん私が言い出したことではなく、ギリシャの哲学者プラトンの言葉です。道理でアメリカではギリシャ哲学は人気がない、、、、。

さて、トランプさんは反エリートの期待に応えることができるでしょうか?

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