2015年12月20日日曜日

一匹と九十九匹と


先週は天王洲アイルまで行く機会があったので、電車の中で久しぶりに福田恆存 『一匹と九十九匹と』(昭和2111月) を読みました。 今は文庫本 『保守とは何か』(文春学芸ライブラリー) に収録されています。 何度読んでも難解ですが、ぼんやりと自分なりの解釈ができかけてきました。 移民・難民で揺れ動いている世界の問題の本質をついているのかも知れません。

福田恆存が言うところの「集団的自我」とは、家族、企業、国など、様々の集団に属してその中で必要な役割を演じる自我であり(九十九匹)、「個人的自我」とは、そうした集団に帰属させ得ない純粋な個人としての自我です(一匹)。 人は「集団的自我」によって政治、経済といった社会的な活動を行い、「個人的自我」によって精神的な諸事、つまり、文学や宗教に向き合う。

今の世界は、集団的自我(エゴ)や個人的自我(エゴ)が充満していて(要するに、多様化やグローバリゼーションです)、エゴだらけで、エゴとエゴの戦いじゃないでしょうか? 宗教が自我を緩和するのではなく増長する。 そして、一匹を癒す文学者たり得る文学者は何處にもいない。

ぼくたちの思惟が他人の思惟とくいちがうとき、あるいは現実の抵抗を感ずるとき、ぼくたちのなさねばならぬことは、それらを性急にくみふせようとあせることではなく、まず自己の発生の地盤を見いだすことである(『一匹と九十九匹と』)。

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