2015年8月2日日曜日

医者のコミュニケーション能力

今年の梅の土用干し
梅干し一つ一つにも個性があるように感じます

近所の耳鼻咽喉科と眼科に行ってきました。眼と耳の調子が同時におかしくなりました。

眼のほうは昨年12月に免許更新に行った時は問題なかったのですが、その後左目の視力がかなり落ちてきました。 2月に東名自動車道で左後方からきた覆面パトカーに不覚を取ったのも左目視力の問題があったのです(もっとも覆面パトはシルバーか白のクラウンという私の先入観もありましたが、、、)。

最初に耳鼻咽喉科に行きました。若い先生は耳の事以外に全くと言っていいほど関心を示しません。延々と聴力の検査をしてからやっと先生にお目にかかり問診となりました。鼻や体の他の部分と耳の関係に関しては何も言ってくれません。私は「脳と耳の関係が原因とは考えられませんか?」と質問したのですが、「オジサン、面倒なこと言うなよな~」って感じで、ほとんど相手にされませんでした。

眼科でも全く同じでした。延々と視力検査をしてから白内障の検査です。白内障の検査は散瞳剤を点眼し、瞳孔を開いて眼底検査を行います。やっと問診です。白内障はまだ深刻ではないとのことで、緑内障も検査したほうがいいということになりました。ところが、散瞳剤を点眼したために緑内障の検査はできないとのことでした。だったら、「最初に問診しろよ!」ってことですよ。私は百歩譲っても納得できませんでしたが、先生の出した結論は、視力が落ちているから眼鏡を交換すべきだとのことです。

私は医学に素人の患者ですから、専門家である先生のいう事を疑わずに納得すればいいのでしょうが、有機体である人間を相手にしているのですから、検査の結果を映し出すパソコンのディスプレーを見るのは最小限にして、もっと患者をほうを見て患者のスペックに合わせた診察をしてもらいたいものです。

先日のブログにも書きましたが、夏目漱石は、「英語の学習法は、会話とか文法とか読解とか、細かな科目に分けて教えるのはよくない、互いに連絡のつくように教え込んでいかなければならぬ」と言っています。医学に関しても全く同じことが言えると思います。理想的には医学の範疇を超えたあらゆる領域からの様々なアイデアを全体として統合し、それを患者とコミュニケーションする能力が必要とされるのでしょう。

武蔵野市は全国でも開業医の多い市だそうです。医者の経営も大変で効率性を求められるのでしょうが、もう少し有機的に統一のある診療に努めてもらいたいものです。

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