2013年5月4日土曜日

内村鑑三 『代表的日本人』 ~ 愛の律法


朝から内村鑑三『代表的日本人』(1895年)を読み返していました。
朝といっても、私のゴールデンタイムの午前3時頃ですが、、、。

その中に、「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」に通じる記述があったので紹介しておきます。 これは、経営におけるビジョン/ミッションと人事制度などの各種制度との関係、及び、組織でのリーダーシップの根幹でもあります。

日本や中国の若いビジネスパーソンは、上司や組織への報告が義務である(fiduciary duty:受託者義務)ということに抵抗があるようです。 恐らく「義務」という言葉に違和感を感じるのでしょう。 しかし、欧米、特に白人社会では常識的なことです。特に、パートナーシップ方式で成り立つ会社(firm:ファーム)では、当然のことなのです。 明治初期までは存在した「心の通う制度」がなくなったのも、内村鑑三が指摘した以下のこと(「愛の律法」の欠落)と無関係ではないと思います。

「心の通う制度」ができあがれば、リーダー(上司)の役割も指示・命令をする役割から、部下の実力を引き出し部下を支援する役割に変化していきます。 それが、日本では少々誤解(誤訳?)されている empowerment:エンパワーメントということです。

 内村鑑三『代表的日本人』岩波文庫 (P53) 

封建制にも欠陥はありました。 その欠陥のために立憲制に代わりました。 しかし鼠を追い出そうとして、火が納屋をも焼き払ったのではかと心配しています。

封建制とともに、それと結び付いていた忠義や武士道、また勇気とか人情というものも沢山、私どものもとからなくなりました。 ほんとうの忠義というものは、君主と家臣とが、たがいに直接顔を合わせているところに、はじめて成り立つものです。 その間に「制度」を入れたとしましょう。 君主はただの治者にすぎず、家臣はただの人民であるにすぎません。 もはや忠義はありません。

憲法に定める権利を求める争いが生じ、争いを解決するために文書に頼ろうとします。 昔のように心に頼ろうとしません。 献身とそれのもつ長所は、つかえるべきわが君主がいて、慈しむべきわが家臣があるところに生じるのです。

封建制の長所は、この治める者と治められる者との関係が、人格的な性格をおびている点にあります。 したがって、いかなる法律や制度も「愛の律法」にはおよばないように、もし封建制が完璧なかたちで現れるなら、理想的な政治形態といえます。

以前のブログ「ホウレンソウとC3」
http://ibg-kodomo.blogspot.jp/2012/03/blog-post_21.html

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