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2026年3月15日日曜日

文学的カーライフ ――黄色い檸檬と、暁の赤



我が家の駐車場は、家を挟んで右と左に分かれています。

右側には、黄色いコペン。
左側には、黒いハリアー。

そして私は、黄色いコペンのことを、ずっとこう呼んできました。

「これは檸檬だ」

もちろん、私の勝手な解釈です。
しかし私には、梶井基次郎のあの小説は、こう読めるのです。

近代化の勢いに精神が追いつかなかった時代。
その鬱屈を、丸善の本の上に置かれた「黄色い檸檬」で爆発させた。

もちろん爆発はしません。
しかし主人公の心の中では、確かに爆発している。

だから私にとって、黄色いコペンは
少しばかりの反抗の象徴なのです。

その感じは、芥川龍之介が
『ある阿呆の一生』で書いた

本屋の二階は洋書、一階は日本の本

という違和感や、
彼が晩年に残した「ぼんやりとした不安」と、
どこか通じるものがある気がします。

だから私にとって、黄色いコペンは
ちょっとした反抗の象徴
なのです。

日本から世界への小さな爆弾。



人生の終盤の色とは、何でしょう。

私は、それが「赤」だと思っています。

還暦の赤ではなく、
むしろ古希の赤。

頭に浮かんだのは、三島由紀夫の
『豊饒の海』、とくに『暁の寺』でした。

暁とは、夜が終わり、新しい太陽が生まれる瞬間。
そのとき空は、鮮烈な赤に染まります。

三島はこの四部作で、
魂が姿を変えながら生き続ける輪廻を描きました。

私のカーライフも、
どこかそれに似ている気がするのです。

ポルシェもありました。
BMWもありました。
アウディやボルボ、アメリカの車にも乗りました。

欧州もアメリカも一通り巡って、
最後に帰ってくるのが、日本の車。

それが、赤いクラウンです。

「いつかはクラウン」
そんな宣伝文句も、昔ありましたね。

外車の魂が巡り巡って、
日本の技術の中に輪廻して帰ってきたような気がするのです。

もちろん合理性はありません。

古希の年金生活者に、車が二台ある合理性など、
まったくない。

それでも想像してみてください。

右の駐車場には、梶井基次郎の檸檬。
左の駐車場には、三島由紀夫の暁。

黄色と赤が、家を挟んで並んでいる。

若い頃の反抗の色と、
人生の終盤の色。

もしその景色が実現したなら、
私の長いカーライフは、

ほんの少しだけ
文学的に完結する気がするのです。

さて、問題はただ一つ。
妻が、この赤を許してくれるかどうかです!


***

2026年3月2日月曜日

『葉隠』という逆説 ―― 死を見つめて生きる力

 
あをによし、死を見つめれば、朝は来る。

(薬師寺から若草山を望む)


若いころ、『葉隠』にはまった時期がありました。きっかけは、おそらく三島由紀夫の『葉隠入門』だったと思います。あれから長い年月が過ぎましたが、最近の日本の政治や世界情勢を眺めていると、あらためて『葉隠』を読み返してみたくなりました。そして、できることなら多くの若い人たちにもこの書を知ってもらいたいと思うようになりました。

『葉隠』は、佐賀藩士の山本常朝が語り残した武士道の覚え書きです。「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という一句だけが独り歩きし、過激で狂信的な武士の心得書のように誤解されがちです。しかし三島は、この一句そのものが逆説であると指摘しました。死ねと言っているのではない。毎日を、死ぬ覚悟で生きよ、という意味なのだと。今日が最後の日であるかのように仕事をすれば、その仕事は急に光を放ちはじめる――三島はそう書いています。

私には、この思想は「Seize The Day(今日を生きる)」と同じことを語っているように思えます。死は誰にも避けられず、その時を自分で選ぶこともできません。だからこそ一日を無駄にするな、という強烈な倫理がそこにあります。これは決して後ろ向きな思想ではなく、むしろ生を最大限に肯定する思想です。

興味深いのは、『葉隠』の核心が「自尊心」にあるという点です。

序文「夜陰の閑談」には、「同じ人間なのだから、誰に劣るというのだ。修行は大高慢でなければ役に立たない」とあります。この「大高慢」は、現代語の「高慢ちき」とは違います。英語で言えば self-esteem、自らを尊ぶ強い気概のことです。武士は、自分が日本一であるという気概を持たねばならない、とまで言います。三島も「武勇は、我は日本一と大高慢にてなければならず」と引用しました。

自尊心を教育の根幹に置くという点では、アメリカの義務教育とも通じるものがあります。自分を価値ある存在だと信じることが、修行や鍛錬の出発点になる。これは武士社会の精神的バックボーンでもあったのです。内に秘めた誇りがなければ、いかなる修練も実を結ばない。その意味で『葉隠』は、現代にも通じる実践的な書物だと思います。

さらに見逃せないのは、人に意見する際の「思いやり」です。『葉隠』は、他人の欠点を見つけるのは易しいが、それを正しく伝えるのは難しいと説きます。相手の性格を見極め、距離を測り、言い方や時機を選び、相手が自ら気づくように導く。そうでなければ、単なる悪口と同じだと言い切ります。三島はこれを「デリカシー」と表現しました。荒々しい武士道の世界は、実は精密な思いやりによって支えられていたのです。

この精神は、宮本武蔵の『五輪書』とも響き合います。武蔵は「心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ」と述べ、知と意志、大局観と現実認識の双方を磨けと説きました。責任はすべて己にあるという覚悟です。神仏や他人のせいにするのではなく、自らの心を澄ませよという教えです。

現代の日本社会を見ていると、責任の所在を外に求めがちな空気を感じることがあります。しかし『葉隠』は、まず自分を正せと迫ります。死を見つめよ、誇りを持て、思いやれ、そして今日を全力で生きよ、と。

武士道とは、死を賛美する思想ではありません。むしろ、生を燃焼させるための覚悟の思想です。迷いの雲を払い、澄んだ空の心境で一日を生きる。その緊張感と誇りを、今こそ若い人たちに知ってもらいたいと思います。

***

2025年11月13日木曜日

もういっぺん、始める勇気

 

最近のビジネス誌には、「老後」や「定年後の生き方」に関する記事があふれています。

たとえば、ある作家が書いた『定年後の人生を考える本』(某ビジネス誌系の出版社)では、人生後半戦を三つの段階に分けている。45~59歳、60~74歳、75歳以降――。 そして、40代半ばから「死ぬことを意識し始める」ときに、人は自らの人生を見つめ直すべきだと説く。60~74歳を「黄金期」と呼び、成長の形を変えながら、年齢に応じた“生き方の知恵”を持つことが大切だと。

確かに部分的にはもっともです。しかし、こうした議論はどうしても「ハウツー本的」になりがちで、心の奥の問題、つまり“生きることの意味”にまで踏み込まないように感じます。老いとは、単なる体力や環境の衰えではなく、「心の老化」のことではないか、、、。

ここからがほんまの話や(高齢者は関西弁がええねん)。

人生は「定年」で終わらへん。もういっぺん、始める勇気っちゅうもんや。

人間な、年を言い訳にしだしたら、心が成長をやめてまう。
「もうこの歳やしなぁ」て口にした瞬間、それは体やのうて、心が老けた証拠や。ほんまの老いっちゅうのは、年齢やあらへん。あきらめの言葉が根ぇ張ったときや。

挑戦せんようになったら、坂道は一気に下り坂や。
人生ちゅうのはな、墓入るまでずっと途中やねん。
歳っちゅうのは限界を決めるためのもんやのうて、味わいを深めるための時間や。年重ねてからの情熱は、ひつこいで、芯から燃えとる。
それが、人間がよう熟れた証や。魅力的や。

「無理や」と思う心が老いを呼び、「やってみよか」と思う心が若さを取り戻すんや。挑戦いうても、別に大それたことやのうてええ。
新しい楽器を手に取ってみる。
知らない分野の勉強をちょっとはじめる。
日記をつける。小さな一歩で、ええんや。

やり直す勇気、迷子になる勇気。
それがあったら、人間はいつまでも若いんとちゃうか?
いくつになっても、始める人は若いんや。
七十前にサックス始める? そらええやないか。
どんだけ若うても、あきらめた人間はもう老人や。
心が虚ろなやつほど、年寄りくさいねん。

歳いったらいったで、おもろなることは山ほどある。
ギターでも、サックスでも、ハーモニカでもちょっとずつでええ。
進歩があるうちは、自分を見捨ててへん。
妥協とか、あきらめるいうのは、自分を置いていくことや。

――せやからな、何歳になっても、始めたらええ。

人生っちゅうのは、終わりやのうて、つづきや。
死ぬまで迷子でええねん。


注)本稿に流れる思索の多くは、小林秀雄、三島由紀夫、福田恒存、会田雄次、石原慎太郎、西部邁といった先人たちの思想に学んだものです。彼らの言葉を糧にしながら、私は自分なりの生のかたちを探しているのだろうと思います。     

***

2025年10月31日金曜日

1960年代のTVドラマ『逃亡者』

https://youtube.com/shorts/_SzDTLz60iU?si=aVdiDT9D_4ypJlDI  

私のアメリカへのあこがれは、音楽ではベンチャーズ、映画では『卒業』や『ブリット』、そしてテレビドラマでは『逃亡者』にはじまります。60年代から70年代初期にかけて、私はアメリカのドラマを片っ端から観ました。『ルート66』『サンセット77』『名犬ラッシー』『ハイウェイ・パトロール』『ハワイアンアイ』、そして『奥様は魔女』『鬼警部アイアンサイド』『警部マクロード』。しかし、その中でもデビッド・ジャンセン主演の『逃亡者(The Fugitive)』は、群を抜いて私の心をとらえました。


『逃亡者』は、妻殺しの濡れ衣を着せられた医師リチャード・キンブルが、真犯人である“片腕の男”を追い求めながら、アメリカ中を逃げ続ける物語です。1963年に放送が始まり、日本でも1964年からTBS系列で放映されました。私は福岡市の公団住宅に住む小学生で、土曜の夜8時、テレビの前に釘づけになっていました。

いま思えば、あの地方都市の団地の世界と、キンブルが旅する広大なアメリカの風景との対比が、何よりも鮮烈だったのだと思います。それは、自分の日常と、スクリーンに広がるアメリカの街並みとのギャップ。私にとって『逃亡者』は、アメリカという国がいかに広く、多様で、そして複雑であるかを初めて教えてくれたドラマでした。車も冷蔵庫もガソリンスタンドも、どれをとっても日本のものとは違って新鮮に見えました。

一話完結の物語構成も魅力でした。どの回にも、逃亡を続けるキンブルが立ち寄る町があり、そこにそれぞれの人間模様がありました。彼は名前を変え、職業を偽りながらも、医師としての良心を失わない。危険を顧みず人を救おうとする姿に、子ども心に「正義とは何か」という問いを感じ取っていたのかもしれません。

デビッド・ジャンセンの演技は、今見ても息をのむほど深い。セリフの少ない沈黙の中に、孤独と誠実さ、そして哀しみが漂っていました。対するジェラード警部(バリー・モース)は、冷徹でありながら、どこかキンブルへの敬意を隠せない。その関係性がまた、人間ドラマとしての厚みを加えていました。私は途中から「もしかしてジェラード警部こそ犯人ではないか」と真剣に疑ったほどです。

三島由紀夫はかつてこう書いています。

「少年期の一時期に強烈な印象を受け、影響を受けた本も、何年かあとに読んでみると、感興は色あせ、あたかも死骸のように見える場合もないではない。しかし、友だちと書物との一番の差は、友だち自身は変わるが書物自体は変わらないということである。それはたとえ本棚の一隅に見捨てられても、それ自身の生命と思想を埃(ほこり)だらけになって、がんこに守っている。われわれはそれに近づくか、遠ざかるか、自分の態度決定によってその書物を変化させていくことができるだけである」。

この言葉は、『逃亡者』のような映像作品にも通じるように思います。少年期に夢中で観たドラマも、年月を経て再び見ると、まったく違う感慨を与える。変わるのはドラマではなく、私たち自身なのです。

高校生になってから知ったのですが、『逃亡者』が放送されていた1960年代のアメリカは、公民権運動が高まり、体制への不信が渦巻く時代でした。無実の罪で国家権力に追われるキンブルの姿は、社会の不安や孤独な個人の戦いと重なっていたのかもしれません。小学生の私にはそんな背景など分からなかったけれど、理不尽に追われる男の姿に、どこか人間の悲しさとたくましさを感じ取っていたのだと思います。

4年間続いた全120話のドラマは、最終回で全米視聴率50%を超えるという歴史的な記録を残しました。 60年経った今も、私は『逃亡者』をときどき見返します。オープニングのナレーションとテーマ音楽が流れるたびに、あの頃の自分と自分が生きてきた年月を思わず辿り直してしまいます。

当時の私は、小学生ですから、自由とか正義とか、人間とは何か――そんなことを考えていたわけではありません。ただ、見たことのない広い国、未知のアメリカへの憧れが強まっていったのです。『逃亡者』とは、そうしたアメリカへの夢を育ててくれたテレビドラマでした。

リチャード・キンブルを演じたデビッド・ジャンセンは、1980年2月13日、カリフォルニア州サンタモニカで心臓発作により亡くなりました。48歳という若さでした。その早すぎる死を惜しむ声は多く、彼のintenso(強烈)でリアルな演技は、今なおシリアスなテレビドラマの基準として、多くの俳優たちに影響を与え続けています。

1963年版『逃亡者』のナレーションもまた、このドラマを特別なものにしました。特に日本語吹き替え版で睦五郎氏が務めた語りは、視聴者の心に深く残っています。冒頭のナレーションには、こうあります。「正しかるべき正義も、ときとしてめしいる(blind justice)ことがある……」。

“めしいる”という言葉の意味を、小学生の私は知りませんでした。しかし、その響きだけが、なぜか心に残りました。

***

2023年5月3日水曜日

言葉 ~ 思考のツール

 
中トロの漬け丼

現代は本物と偽物の区別がなくなるシミュラークルという世界に入っています。情報化(デジタル化)や異文化コミュニケーションの問題でもあるし、トランスジェンダーのような問題でもあるのです。

言葉が異なれば見える世界も変わる

例えば果物の「イチゴ」と言えば日本人であれば同じ「イチゴ」を思い浮かべる。ところが日本語を解しない人に「イチゴ」と言ってみても「イチゴ」が果物なのか何なのか分からない。つまり言語の数だけモノの見え方(頭の構造)が違う。モノを見るときにモノそのもの(性質とか本質)ではなく、共同幻想(日本人なら日本語の世界=イチゴ)を見ているにすぎない。梅干しと聞いてツバが出るのは日本人だけでしょう?これはフェチズムだとも言える。

言語は単に意思伝達のためのツールではなく意識の構造

日本人は日本語でしか意識できないし、アメリカ人は英語(米語)でしか理解できない。これが異文化コミュニケーションの本質であり、異文化コミュニケーションで意識しなければならないことです。いま求められているコミュニケーションは共同主観を可能な限り形成するということです(文化が違うわけですから100%は無理です)。

***

2017年9月30日土曜日

(心の)羞恥心

あのような死の一年前に刊行された、今の世代の人々へのメッセージです。

三島の死から半世紀近くになります。昨今の日本政治のバカ騒ぎを見ていると、日本人の心の羞恥心は跡形もなく消え去ったようです。

羞恥心のなさが、反省のなさに通じている。
羞恥心は単に肉体の部位にかかわるものではなく、文化全体の問題であり、また精神の問題である。


『若きサムライのために』 三島由紀夫(昭和44年)

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2014年5月21日水曜日

小学校で習ったこと

福岡市立 H小学校

九州は博多、小学校5年6年の担任は矢野キヨ先生でした。 こまっしゃくれた私は、特別先生と仲が良かった訳ではありません。 小学校の頃から学校とは自主的に距離を置いていたのです。 しかし、この矢野キヨ先生が仰ったことで、今でも覚えていることがあります。  

保身ためならどげん卑怯なこつってよか、戦争せんためならどれほど臆病になっちよかなんて思っちゃいかんとよ。 男らしゅーなか!」。 

矢野しぇんしぇいは博多のご出身、防人の血が流れていたのでしょうか、、、。 

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140518/t10014530601000.html (先日のNHK日曜討論「集団的自衛権」)

三島由紀夫は、「命より大切な価値とは?」を問うて自刃しました。  保守するべき価値がない場合、人間ってどこまでも卑怯になり臆病になるのでしょう。

***

2012年9月25日火曜日

危機管理の本質

JR市ヶ谷駅

リスクの本質は「将来の不確実性」です。 重要なことは、リスクに見合ったリターンを考えることで、これは、アメリカ人がよく言う「pay off」、中国人の言う「合算不合算」です。 

厄介なのは、100%確実なことがない中で意思決定しなければならない点です。機先を制するには勇気も必要です。 上手く行く場合もあるし、上手く行かない場合だってある。 上手く行くことが、上手く行かないことよりも少しだけ上まわっていれば、それでよしとする。 会社だって自分で経営してみればよく分かります。 上手く行く場合もあれば、計画通りに物事が進まない場合だってあります。 ある程度のリスクを負わないとリターンは考えられません。 これが危機管理と言われるものです。
 
「日本国の危機管理はどうなっとるのか?」と、市ヶ谷台の防衛省の見学に行ってきました。 「防衛省正門 → 儀仗広場(西側) → 市ヶ谷記念館 → 厚生棟 → ヘリ(ひよどり)展示場 → メモリアルゾーン → 儀仗広場(東側) → 防衛省正門」が見学コースです。
 









敷地内にある市ヶ谷記念館は、昭和21年から2年間、極東国際軍事裁判の法廷として使用された場所です。 正面玄関上は、三島由紀夫が自衛隊員に対して演説をしたバルコニーで、内側の執務室は割腹自殺をしたところです。

以下は、三島由紀夫の演説(檄文)からの抜粋です。 三島が戦後日本のパラドックスを訴えたのは昭和45年(1970年)でした。
 










 
           
                     「、、、、諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。どうして自分の否定する憲法のため、自分らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。これがある限り、諸君てものは永久に救われんのだぞ。諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかのごとく装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。自衛隊は違憲なんだ。きさまたちも違憲だ。憲法というものは、ついに自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気がつかんのだ!、、、、」。
 
 
***

2012年8月15日水曜日

悲哀は限りがない

オリンピックの閉会式にミック・ジャガーが出てくるかと期待していたのですが、The Whoでしたね。 ウッドストックに出演したThe Who、出演できなかったThe Rolling Stones。 1969年から続く確執かと勝手に想像しちゃいました。 報道によるとストーンズやツェッペリンは出演を辞退したそうです。

今年も8月15日がやって来ました。

日本の首相や閣僚はリンカーンのゲティスバーグ演説の意味をどれほど理解しているでしょうか? 多くの政治家に自分の国に対するdevotionやdedicationの欠片もないことは、日本の大きな弱点だと思います。 世界はますます混迷するだろうし、この時期の油野郎はこれまで以上に煩くなる。 

去年のブログです。

(再掲)
2011年8月14日日曜日
献身という事 ~ devotion

さて、今年も8月15日がやってきます。 私は「もはや戦後ではない」と言われた世代の生まれですから、当然、1945年8月15日の記憶はありません。 しかし、昔から8月15日が嫌いでした。 三島由紀夫が言った「限りなき悲哀」を感じるからですね。

「人民の人民による人民のための政治」は、誰もが知っているリンカーンの有名なフレーズです。 しかし、リンカーンが演説で強調したかったことは、この部分だけではないと思います。 リンカーンは「勝った側も、敗けた側も、戦死した人は無駄死にじゃないんだ」ということを言いたかったのです。

リンカーンのゲティスバーグ演説は短いので下に全文を載せます。 アメリカ人はdevotionという単語が大好きです。 組織で上司が部下を褒めたり表彰したりする場合には、必ず出てくる単語です。 リンカーンも演説の中で効果的に使っています(私は、リンカーンの演説に対して「虐殺され土地を奪われた先住民はどうなのよ!」と言う気持ちはありますよ)。

敗戦後の日本は、過去を上手に思い出すどころか、ダチョウのように頭だけを砂の中に突っ込んで、見たくないもの、知りたくないものを無視し続けて来たのでしょう。 小林秀雄が『無常という事』で言った、「人間の置かれる一種の動物的状態」なのでしょう。 福沢諭吉は、「禽獣の世界から文明に近づけるのが教育である」と言った訳ですが、敗戦後66年間の日本の教育の失敗は大きいですね。

○●○ ○●○ ○●○ ○●○

The Gettysburg Address
Gettysburg, Pennsylvania
November 19, 1863

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we can not dedicate -- we can not consecrate -- we can not hallow -- this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here.

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us -- that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion -- that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain -- that this nation, under God, shall have a new birth of freedom -- and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

***

2011年8月14日日曜日

献身という事 ~ devotion

さて、今年も8月15日がやってきます。 私は「もはや戦後ではない」と言われた世代の生まれですから、当然、1945年8月15日の記憶はありません。 しかし、昔から8月15日が嫌いでした。 三島由紀夫が言った「限りなき悲哀」を感じるからですね。

「人民の人民による人民のための政治」は、誰もが知っているリンカーンの有名なフレーズです。 しかし、リンカーンが演説で強調したかったことは、この部分だけではないと思います。 リンカーンは、「勝った側も、敗けた側も、戦死した人は無駄死にじゃないんだ」ということを言いたかったのです。

リンカーンのゲティスバーグ演説は短いので下に全文を載せます。 アメリカ人はdevotionという単語が大好きです。 組織で上司が部下を褒めたり表彰したりする場合には、必ず出てくる単語です。 リンカーンも演説の中で効果的に使っています(私は、リンカーンの演説に対して「虐殺され土地を奪われた先住民はどうなのよ!」と言う気持ちはありますよ)。

敗戦後の日本は、過去を上手に思い出すどころか、ダチョウのように頭だけを砂の中に突っ込んで、見たくないもの、知りたくないものを無視し続けて来たのでしょう。 小林秀雄が『無常という事』で言った、「人間の置かれる一種の動物的状態」なのでしょう。 福沢諭吉は、「禽獣の世界から文明に近づけるのが教育である」と言った訳ですが、敗戦後66年間の日本の教育の失敗は大きいですね。

○●○ ○●○ ○●○ ○●○

The Gettysburg Address
Gettysburg, Pennsylvania
November 19, 1863

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we can not dedicate -- we can not consecrate -- we can not hallow -- this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here.

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us -- that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion -- that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain -- that this nation, under God, shall have a new birth of freedom -- and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

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2010年12月7日火曜日

常にアウトプットを意識する

図書館で「別冊太陽 三島由紀夫」を借りてきました。

三島由紀夫の自筆原稿や書簡が写真で多数紹介されています。三島由紀夫という人は、常にアウトプットを考えて創作したり死ぬまで人生を送っていたことがよく分かります。私みたいに思いつきで非論理的な文章をブログにアップするのではありません。比較するなんて失礼ですね、何を考えているのでしょう。

(金閣寺の創作ノート)

三島由起夫のことばかり書くと有らぬ誤解をされかねないので、本日のメッセージです。「常にアウトプットを意識して考えたり行動することは大事だ」と言うことです。

我々のようなコンサルティングビジネスでは非常に重要なことです。メンバーで議論に議論を重ね、時間をかけて膨大な資料を作成しても、クライアントへのプレゼンテーションでうまく伝えられなければ価値はないのです。

30年近く前、北京でアメリカ人の先輩と仕事をしていた時のことです。アメリカ人と言っても、元々はベトナム人で、後にアメリカ国籍を取得した大変頭脳明晰な女性でした。彼女からは色々と学びました。私の電子メールの書き方の問題点を指摘してくれました。それは、「1ページ目に結論を書け」ということでした。「マネジャーは忙しいので、電子メールが長いと2ページ目は読まないよ」と言うのです。これも、アウトプットをよく考えてアクションをとるということだと思います。

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2010年12月5日日曜日

なぜ子どもにとって読書は大切か?

( 井の頭公園のイチョウ)

戦後を代表する文芸評論家の故江藤淳さんは、『閉ざされた言語空間』(文春文庫)で占領軍の検閲と戦後日本の問題点を鋭く指摘しました。昭和の戦争で日本の軍部さえもやらなかった、徹底的な言論弾圧をアメリカ占領軍が行ったことがよく分かります。

今回は、江藤淳さんの「閉ざされた言語空間」を語るのではなく、「言語空間」という題名だけを拝借したいと思います。

人間は頭で思考する訳ですが、思考には言葉が存在します。日本人であれば日本語で考えるのです。この考える空間、つまり「言語空間」の大きさが問題です。「言語空間」が広ければ広いほど思考は深まります。そして、話をしていて楽しい魅力的な人にもなります。「言語空間」が広がると言うことはどういうことかというと、沢山の語彙や修飾語、そして、文章を知っているということです。それらがつながってストーリーとなります。私は威張って言うほど日本語を知っているわけではありませんが、今の日本のマスメディアや政治家先生、ビジネスパーソンの言語空間は一体どうなっているのかと驚くことがあります。

英語や中国語などの外国語の勉強では単語や文章を記憶します。日本語も同じです。カッコいい表現や教養がありそうに見える単語はいつでも使えるように自分の「言語空間」に在庫しておかなければいけません。政治家を志そうなんていう人は特に必要ですね。

ここ2~3日、三島由紀夫の『金閣寺』を読みました。

『金閣寺』は、現実を上手に生きることができない、今で言うと、引きこもり系の主人公が、最終的には放火することによって金閣を滅ぼして現実を生きていこうとするストーリーだと言われています。最初は10代後半に読みました。面白くなかった。20代か30代の頃にまた読みました。面白くなかった。今回は三度目です。すごく面白かった。三島由紀夫が何を言いたいのかが、自分なりに分かったような気がして嬉しくなりました。物語の最後は不可解にも「生きようと私は思った」で終わるのですが、恐らく、「戦後の日本はからっぽだけど、生きようと思った」のでしょう。私の「言語空間」も少しは広がったのかも知れません(もう手遅れ???)。

要するに、読書は大切だという話でした。10月に『読書のすすめ』も書いていますので読んで見て下さい。 http://www.ibg-kodomo.blogspot.com/2010/10/blog-post_17.html

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2010年11月25日木曜日

JALの機内食がお弁当に!?

JALのエコノミーの機内食が、とうとうお弁当になりました。でも、酒類は無料なのでOKです。

上海へ向かう飛行機の中でNHKニュースをみました。今日11月25日は、三島由紀夫が市ヶ谷で自刃した日です。没後40年ということで、ニュースでは特集をやっていました。三島事件を、軍事クーデターの側面だけにスポットをあてたNHKの番組作りには非常に違和感を感じました。私だけですかね、、、?

三島由起夫は、日本人による日本の自主的な防衛を主張しました。自衛隊による「自主防衛ごっこ」ではなく、国家と国民の間にアメリカが存在するのではなく、つまり、日本国民がアメリカの介在なく世界と対峙すべきであること、そして、それが戦後の終焉であり、日本の独立を意味することを言ったのだと思います。多くの評論家が、今でも「三島由紀夫の『楯の会』こそが軍隊ごっこではないか」と批判しているようですね。しかし、三島由紀夫は、日本や日本人を考えた。天皇の存在も考えた。そして、哲学者のように人間の生や死を考えたのだと思います。

三島由紀夫は、戦艦大和の生き残り将校である吉田満と親交がありました。吉田満は、著書「戦艦大和ノ最期」の中で臼淵磐(うすぶち いわお)海軍大尉の発言として以下のように書いています。

「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める、それ以外にどうして日本は救われるか。今目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」(「戦艦大和ノ最期」より)。 http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/08/blog-post_9592.html

恐らく三島由紀夫も吉田満と同じような気持ちだったのだろうと思います。「自分と同年代の若者は、一体何のために戦争で死んだのか?」と問い続けたのです。「死ぬには大義が必要であり、人は大義がないと死ねない」。戦後の日本は、三島由起夫にとって、あまりにもカラッポの世界になってしまったのでしょう。

昨日、横須賀からアメリカの原子力空母ジョージ・ワシントンが黄海にむけて出港しました。ジョージ・ワシントンの母港は日本の横須賀です。沖縄が日本に返還されても戦後は終わっていないのですね。誤解しないでくださいね。私は日本共産党や社民党の代弁をしているのではありませんよ。

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2010年10月21日木曜日

葉隠 ~ 武士のコーチング

最近、コーチングとかカウンセリングとか流行っているのでしょうかね?よく耳にします。メンタリングも同様に、それぞれが意味するところは曖昧です。正確な定義などないのでしょう。他人に意見をするのは難しいことです。私なんか10年ほど前までは何の迷いもなく、「コーチングとはこうだ」、「カウンセリングとはああだ」と臆面もなく言っていましたね。今考えると赤面ものです(私の人生は赤面ものが多すぎる、、、、)。

人に意見するのは本当に難しいことです。他人の長所や短所を見付けるのは簡単です。普通、短所を見付けることは長所を見付けるよりも簡単です。何でも批判することは簡単ですが、相手に理解してもらい、改善してもらうことは難しい。以下は、重要なポイントです。

① 相手の性格を見きわめる
② 相手との距離を考える
③ 言い方やタイミングを選ぶ
④ 相手に気づかせるように話す

これは、アメリカのコーチングやカウンセリングのメソッドを拝借して言っているのではありません。「葉隠」の中にあるのです。

「人に意見をして疵(きず)を直すと云ふは大切なる事にして、然(しか)も大慈悲にして、ご奉公の第一にして候。意見の仕様、大いに骨を折ることなり。およそ人の上の善悪を見出すことは易き事なり。それを意見するもまた易き事なり。大かたは、人の好かぬ云ひにくき事を云ふが親切のやうに思ひ、それを請けねば、力に及ばざる事と云ふなり。何の益(やく)にも立たず。ただ徒(いたずら)に、人に恥をかかせ、悪口すると同じ事なり」。(後略)

さて、三島由紀夫は「葉隠入門」でどう言っているのでしょう?

男の世界は思いやりの世界である。男の社会的な能力とは思いやりの能力である。武士道の世界は、一見荒々しい世界のように見えながら、現代よりももっと緻密な人間同士の思いやりのうえに、精密に運営されていた。常朝(「葉隠」の著者である山本常朝)は人に意見をするにも、次のような配慮と、次のようなデリカシーをつぶさに説いている.。(中略) 彼が人に忠告を与えることについての、この心こまかな配慮をよく見るがよい。そこには、人間心理についての辛辣なリアルな観察の裏づけがあるのであって、常朝はけっして楽天的な説教好き(人間的にもっとも無知な人びと)の一人ではなかった。

三島由紀夫は、「デリカシー」という言葉を使っています。このあたりが三島らしいところですね。私も楽天的な説教好きの一人にならないようにしなければ(遅きに失する?)。失礼しました。

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2010年10月19日火曜日

葉隠 ~ 生きる事と見付けたり

多くの人が「葉隠」を知らないのは残念だと思います。例え知らなくても、内容に関して大きな誤解があるのは甚だ遺憾ですね。遺憾だなんて政治家の言葉みたいで嫌ですが、、、。「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」と言えば、「知っている」、「聞いたことがある」と答えられるかも知れません。恐らく、この部分だけが強調されて、「葉隠」がファナティックな武士の指南書であると思われている証拠でしょう。

三島由紀夫は、「葉隠入門」(新潮文庫)のプロローグでズバリ核心を衝いています。

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」というその一句自体が、この本全体を象徴する『逆説』なのである。わたしはそこに、この本から生きる力を与えられる最大の理由を見いだした。

逆説なんですね。「葉隠」は、死ねと言っているのではなく、一日一日を精一杯生きろと言っているのです。これまで何度もこのブログに出てきた「Seize The Day(今日を生きる)」と同じことなのです。三島由紀夫が「葉隠」の「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」に共感して自決したという評論家も多いのですが、「葉隠」も三島由紀夫も、現代の評論家先生が考えるほど単純ではないと思います。(「葉隠入門」は三島由紀夫が自決した3年前の昭和42年に書かれました)。

三島由紀夫は、「毎日死を心に当てることは、毎日生を心に当てることと、いわば同じことだということを『葉隠』は主張している。われわれはきょう死ぬと思って仕事をするときに、その仕事が急にいきいきとした光を放ち出すのを認めざるを得ない。われわれの生死の観点を、戦後二十年の太平のあとで、もう一度考えなおしてみる反省の機会を、『葉隠』は与えてくれるように思われるのである」と言っています。

人間が死ぬと言うことは、ソクラテスやプラトンの時代から今日に至るまで何も変わっていないのですね。どんどん意識しなくなっているだけです。死ぬことは自分でコントロールできません。いきなりやって来る。そのタイミングが最善か最悪かは運命です。だから、毎日を無駄にするなということなのです。つまり、「Seize The Day」なのです。

三島由紀夫が憂いた日本の太平はとっくの昔に終わり、とうとう沈みだしているように思います。 「葉隠」の主張は、「Seize The Day (今日を生きる)」といった点でも、アメリカの義務教育に通じるものがあると思います。

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2010年10月18日月曜日

葉隠のすすめ ~ 大高慢

アメリカの義務教育(K-12:日本でいう幼稚園年長組から高校3年生まで)が根幹にしているのは「自尊心(self-esteem)」の育成です。

武士の心得、つまり、武士道のマニュアルである「葉隠」の基本精神も、実はこの「自尊心」なのです。江戸時代の武家社会では、現代のアメリカと同じ概念を教育のバックボーンとしているのです。面白いと思いませんか?

「葉隠」の序文「夜陰の閑談」に次のような記述があります。

同じ人間なのだから、誰に劣るというのだ。だいたい修行と言うものは、大高慢でなければものにならない」(同じ人間が誰に劣り申すべきや。惣じて修行は、大高慢にてなけば役に立たず候。How can one human being be inferior to another? In all matters of discipline, one will be useless unless he has self-esteem)。

「葉隠」の中に出てくる「大高慢」というのが「自尊心」で、英語で言うところの「self-esteem」です。「高慢ちき」などと、高慢というのは、思いあがっている人のことで、あまり良い意味ではありませんね。しかし、「葉隠」の至る所に出てくる「大高慢」はそうではありません。武士たるもの、強い気概と自負心をもつことが大事であり、「大高慢」がなければ、武士としての修行でさえものにならないと言っています。実は、コンサルタントの世界も同じで、「大高慢」を内に秘めていないと、コンサルタントとしては成功しません。

三島由紀夫は著書「葉隠入門」で、以下のように言っています。

「葉隠」ほど、道徳的に自尊心を解放した本はあまり見当たらぬ。「武勇は、我は日本一と大高慢にてなければならず」。「武士たる者は、武勇に大高慢をなし、死狂ひの覚悟が肝要なり」と、「葉隠」の精髄として引用しています。

「自尊心」に関するブログ。
http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/01/blog-post_03.html

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2010年10月17日日曜日

読書のすすめ

「葉隠」がアメリカの義務教育の基本理念と似ているということを書こうと思って、三島由紀夫の「葉隠入門」(新潮文庫)を読み返していました。すると、私の考えそのままのことが「葉隠入門」のプロローグに書かれていました。「私の考えそのまま」なんてオコガマシイですね。私が単に三島由紀夫の影響を受けているだけです、失礼しました。

「少年期の一時期に強烈な印象を受け、影響を受けた本も、何年かあとに読んでみると、感興は色あせ、あたかも死骸のように見える場合もないではない。しかし、友だちと書物との一番の差は、友だち自身は変わるが書物自体は変わらないということである。それはたとえ本棚の一隅に見捨てられても、それ自身の生命と思想を埃(ほこり)だらけになって、がんこに守っている。われわれはそれに近づくか、遠ざかるか、自分の態度決定によってその書物を変化させていくことができるだけである」。

凄いですね。こんなことなかなか言えません。「読書のすすめ」は、まさに三島由紀夫が言っている通りだと思います。

葉隠(ウィキより)

「葉隠」(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に出された肥前国鍋島藩藩士、山本常朝の武士としての心得について見解を「武士道」という用語で説明した言葉を田代陣基が筆録した記録である。全11巻。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。

「葉隠」とアメリカの義務教育の類似点は近々紹介させていただきます。

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2010年10月3日日曜日

落語のすすめ

子どもの頃から落語に親しむのはお薦めです。

落語を聞くと(見ると)、江戸時代の長屋の様子が生き生きと出てきます。八っぁん、熊さん、与太郎、おかみさん、若旦那、ご隠居さん、、、お馴染みの登場人物です。落語は演芸ですが、レベルの高い噺家であれば、我々を江戸時代にタイムスリップさせてくれます。

江戸時代というのは「Seize The Day」の世界だと思いますね。落語に出てくるキャラクターは、毎日毎日を精一杯生きている人たちだからです。彼らは、人生に必要なことは、日々の生活で培った。そして、その積み重ねが教養になり文化となっていったのです( 「Seize The Day」に関するブログ:http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/01/blog-post_14.html )。

三島由紀夫が以下のように言っています。

「未来社会を信じない奴こそが今日の仕事をするんだよ。現在ただいましかないという生活をしている奴が何人いるか。現在ただいましかないというのが“文化”の本当の形で、そこにしか“文化”の最終的な形はないと思う」(「文化防衛論」 昭和44年)。

革命なんてものは、理想の未来のために現在をおろそかにする(犠牲にする)ということで、三島由紀夫が当時の日本人(与野党の政治家や学生運動家)に訴えていたのは、「革命(改革)と叫んでも、君たちは今日を命を賭けて生きているのか?」と言うことだろうと思います。三島由紀夫の言う“文化”とは、長年にわたり積み重ねてきた精神的なものの今日までの集合体ということです。それが日本文化であり、守るべきものではないのかということなのです。

落語は、本当に様々なことを教えてくれます。三島由紀夫が言及する“文化”もいっぱい詰まっています。子どもと一緒に落語に親しんで人生を豊かにして下さい。

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2010年9月20日月曜日

中国人スタッフが見た東京の印象 ~ その(1)

三島由紀夫が自決する少し前に高橋和巳と対談をしています。三島由紀夫ほど世間(日本社会)が考えるイメージと実際にギャップがある人はいないのではないかと思います。夏目漱石は、小説同様に講演が見事で非常に魅力的な話し方をする人でした。YouTubeで検索できるものなら漱石の講演を見てみたいものです。三島由紀夫はYouTubeに映像があるので見ることができます。三島も難解な小説よりも(特に初期)、エッセイとか対談が魅力的です。恐らく、三島由紀夫という人の素顔が出ているからなのでしょうね。

対談の中で三島は中国に関して次のようなコメントをしています。

三島「中国というのが非常に西洋人に近いと思うのは、自然に対して人工というのを重んじるところね。中国人の人間主義というのは非常に人工的なものを尊ぶ主義でしょう。作って、変えたという確信を持つことが権力意識の獲得ですから。だから意識の変革ということをやりたくてしょうがないんだよ。中国文学の専門家には悪いけど、これは中国人の伝統的な趣味だと思うんだ」。

自然崇拝、精霊崇拝である多神教(八百万の神)がベースにある文化、これが日本文化であり、中国や朝鮮半島、または、西洋とは違った日本独特の文化です。だから日本の神社は自然と一体化しているし、あらゆるものに神を見いだすわけですから、日本人が優しくもなるわけです(ちょっと日本人を褒めすぎ?)。日本の文化は中国や朝鮮半島から伝わって来たものだと当然のように主張する日本人もいます(特に自称知識人コメンテーター?)。伝わって来て融合したものもあるでしょうが、「根本的には全く違う」ということを理解するべきだと思います。三島由紀夫はそのことを高橋和巳との対談の中でさらりと言っているのです。すごいですねぇ。

先日、ibgの中国人スタッフが北京から出張してきました。彼女は中国の大学院で日本語を専攻したほどの日本通ですが、初めての日本です。人工的な部分の東京ではなくて、自然を重んじている東京を感じて欲しいものです。

次回は、彼女の東京の印象をご紹介します。

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2010年8月4日水曜日

三島由紀夫

去年の夏、帰国のために本の整理をしていたら、橋本治の「三島由紀夫とはなにものだったのか?」という文庫本が出てきました。引越しの最中に読んでみました。 私が言うなんて「身の程をわきまえない」ですが、橋本さんは三島由紀夫に嫉妬しているのではないかと感じました。ちなみにこの評論は第1回小林秀雄賞を受賞したそうです。 つまり、この三島由紀夫評論は非常に高く評価されているということです。

「三島由紀夫とはなにものだったのか?」の中で、「三島には明治時代に対する憧れとか天皇制思慕がある」と言っていますが、私はそうじゃないと思います。三島の視点は、万葉の世界までさかのぼっています。戦後の日本で「日本の価値観」とか「日本の美学」がなくなったことを悲しんで憤っているような感じがするのです。「戦後の日本は空っぽの世界になってしまった」と。これは軍国主義復活を言っているのではなく、もっと精神的なもの(絶対的価値観)の復活だろうと思います。 文学作品や戯曲を通じて日本や日本人を考えに考えたのだろうと思うのです。

夏目漱石は、形式だけを真似ても中味が伴わない明治をユーモアたっぷりに批判しています。批判するにもユーモアがあるのがいいですね、夏目さん好きですよ。しかし、私は明治時代は物質的に貧しくても結構よかった時代だったんじゃないかと思っています。皆が国を近代化するために一生懸命になった時代で、確かに2つの戦争や暗い事件はありましたが、精神的には向上心いっぱいで、前向きに生きた時代ではないかと思うのです。イギリスを見てきた夏目漱石には、明治の日本は地に足がついていないと映ったのでしょうね、腹立たしい気持ちがあったのでしょう。「中味と形式」は漱石一流の愛国心の表現だと思います。

毎年8月になると私の頭の中は三島由紀夫になります。なぜでしょうね?

三島由紀夫は、自分の死を完全に計算し尽くして、自分の書いたシナリオ通りに主人公を演じ自刃したのだろうと思います。三島が死んだのは11月25日ですが、私の中では、8月15日と三島由紀夫はつながってしまうのです。それは、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄や広島、長崎の一つ一つが、「悲哀」ということで三島由紀夫の死とつながるからだと思います。

マッカーサー呪縛世代やその後の団塊世代の人たちにとっては、三島由紀夫は目立ちたがり屋のコンプレックスのかたまり、ファナティックな右翼作家であるほうが都合がいいのかも知れません。今の日本には「醒めたインテリ」が政財界、文学界、日本の至る所にいるんじゃないだろうかと思います。三島由紀夫が憂いたことは、彼が死んだ昭和45年(1970年)よりも、今の日本のほうがもっともっと増幅されているでしょう。もしかしたら、すでにリカバリー不能なところまで来ているのかもしれません。

敗戦後65年を経て、国のかたちがどんどんぼやけていく日本はどこにたどり着こうとしているのですかね? みんな、あまり関心ないんでしょうね、たぶん。


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