2026年3月19日木曜日

トランプという交渉スタイル ― 英国が理解し、日本が理解していないこと

 

トランプタワーと 590 Madison ビルの間の Public Space
(ネットの拾い画像)

私はアメリカで仕事をしていた頃、1989年から1993年の期間は、マンハッタンの 590 Madison Avenue にオフィスがありました。このビルはトランプタワーに隣接しており、両者は「バンブーガーデン」と呼ばれるパブリックスペースを共有していました。特別にトランプ氏に関心を持っていたわけではありませんが、ニューヨークで仕事をしていると、彼の噂は自然と耳に入ってきました。

それから30年以上が経ち、ドナルド・トランプは再びアメリカ政治の中心に戻りました。そして2026年の今、世界の多くの国が改めて彼との向き合い方を考えています。

数年前、トランプ氏が英国を訪問した際、BBCの記事を読んで興味深い印象を持ったことがあります。

テーマは不法移民問題でした。

イギリスでは近年、小型ボートによる海峡横断の不法入国が急増し、社会問題になっています。英国政府はフランスとの返還協定など穏健な対応を模索していましたが、トランプ氏は「軍を投入してでも止めるべきだ」と強硬な姿勢を示しました。

彼の言葉は常に極端に聞こえます。
しかし、その背後には一つの一貫した考え方があります。

トランプ氏は政治家というより、不動産ディベロッパーの交渉スタイルで世界を見ているのです。

まず強い主張をぶつけ、議論の基準点を一気に引き上げる。そのうえで相手の反応を見ながらディールを組み立てていく。心理学では「アンカリング」と説明されることもありますが、実際にはもっと土着的なものです。ニューヨークの不動産業界で鍛えられた交渉の作法と言ったほうが近いでしょう。

トランプ氏にとって “Make America Great Again” とは単なる政治スローガンではありません。アメリカという国家の「ブランド価値」を回復するという意味を持っています。

国家の威信が弱まれば、外交交渉でも不利になります。
ブランド価値が下がれば、国の資産価値も下がる。
彼の政治思想は、この非常にビジネス的な発想から組み立てられているように見えます。

興味深いのは、英国の対応です。

かつて英国はアメリカをどこか冷ややかに見ていた印象がありました。
しかし近年の英国外交を見ると、トランプのような政治スタイルに対しても、現実的な礼節を保ちながら対応しているように見えます。

英国にはロイヤルファミリーという強力な国家ブランドがあります。
長い歴史と象徴的権威を背景に、相手の政治スタイルに飲み込まれずに関係を保つ術を知っているのです。

では、日本はどうでしょうか。

日本もまた、世界でも例外的な歴史を持つ国です(イギリス以上に)。
皇室を中心とする2000年以上の伝統は、日本の最大のブランド価値と言えるでしょう。

しかし外交の現場で、それを戦略として意識しているようにはあまり見えません。むしろ日本の議論は、経済合理性や国内政治の都合に偏りがちです。

現在、日本は人口減少と労働力不足を背景に外国人労働者の受け入れを拡大しています。しかし国境管理や制度設計は、欧米諸国が経験してきた社会的摩擦を十分に踏まえているとは言い難い状況です。

私は20年間アメリカに住み、愛犬を三度日米間で移動させました。
日本は狂犬病ゼロの国として動物検疫は非常に厳格で、老犬を三か月も成田空港に係留させた経験があります。

ところが、人に対する入国制度や永住権の扱いは驚くほど緩い。一貫した哲学が見えにくい。この落差には今でも強い違和感を覚えます。

国家の秩序を守るという意味では、本来どちらも同じ問題のはずです。これは外国人の受け入れを否定する話ではなく、国家としての一貫したルール設計の問題だと思っています。

本日、高市総理大臣が訪米しトランプ氏と会談する予定になっています。
そこで求められるのは、単なる外交儀礼ではなく、トランプという政治スタイルを理解したうえでの交渉でしょう。

強い主張の背後にある論理を読み取り、日本自身の国家ブランドをどう位置づけるのか。その視点がなければ、交渉は単なる力関係の話になってしまいます。

英国が現実主義に転じたように、日本もまた理想論だけではなく、国家というものの重さをもう一度考える時期に来ているのかもしれません。

***

2026年3月18日水曜日

「西洋の知と東洋の心 — noteで出会った二つの知性」

 龍安寺石庭

東洋では「15」は「完全」を象徴する数字ですが、この庭ではどの角度から見ても必ず1個が隠れ、14個しか見えないように設計されています。これは「人間は不完全であり、常に足りないものを自覚すべき」という禅の教えを象徴していると言われています。

ブログからnoteへ — 書く場所の小さな変化

私は2009年にGoogleのBloggerでこのブログを書き始めました。
気がつけば十数年が過ぎ、今日まで細々とですが書き続けてきました。

長く続けてきた場所ですから、特別な思いがあります。
ブログという形式は、書き手にとって静かな書斎のようなものでもありました。

しかし最近、noteというプラットフォームの存在を知り、2月19日から試しに書き始めてみました。すると、読者の反応がこれまでよりもずっと分かりやすく、書き手としてはなかなか新鮮な体験でした。

もちろん、このブログをすぐにやめるつもりはありません。
ただ、これからは投稿の場を少しずつnoteへ移していくことになるかもしれません。

今日は、そのnoteで読んでいて印象に残った二人の書き手について、少し書いてみたいと思います。

西洋の知で基盤を固め、東洋の心で人生を完成させる

— 二人の書き手に見る、二つの知性 —

noteというプラットフォームには、時折とても興味深い対比が現れます。
同じテーマを書きながら、まったく違う世界観を見せてくれる書き手がいるからです。

私が最近読んでいる二人の書き手も、その典型です。

一人は、日本で社会人経験を積んだ後に渡米し、アメリカ社会の中で長く働いてきた実践者です。ニューヨークでの学生生活と会社員経験を経て、西海岸で事業を立ち上げ、二十年以上にわたりアメリカで生活してきました。

彼の文章の特徴は、とてもアメリカ的なところにあります。
医療費はいくらかかるのか。教育費はいくら必要なのか。老後は日本に戻るべきか、それともアメリカに残るべきか。そうした問いを、制度や数字を用いて非常に具体的に説明していきます。

言い換えれば、彼の文章は「人生の設計図」に近いものです。

アメリカという厳しい社会の中でどう生き残り、どう資産を守り、どう老後を設計するのか。そこにはフロンティア精神にも似た、能動的なエネルギーがあります。

一方、もう一人の書き手の文章は、まったく違う空気をまとっています。

彼もまた長く海外に住み、日米の社会を深く観察してきた人物ですが、その筆致はどこか東洋的です。AIや教育、言語や文化の違いといったテーマを扱いながら、江戸の教育や古典文学、思想史などの視点を織り込み、静かに思索を深めていきます。

前者が「どう動くか」を語る人だとすれば、
後者は「どう在るか」を語る人だと言えるでしょう。

前者は読者に「道具箱」を渡します。
後者は読者の前に「鏡」を置きます。

現実の社会をどう生き抜くか。
あるいは、その社会を通して人間や文明をどう見つめるか。

同じ世界を扱いながら、二人の視線はまったく異なる方向を向いているのです。

しかし、この二人を単なる対立として見るのは少し違うように思います。
むしろ二人の関係は、人生の時間軸の中でつながっているのではないでしょうか。

若い頃、人はまず生き残らなければなりません。
仕事をし、家族を養い、資産を築く必要があります。

この段階では、合理的な知識や制度への理解が不可欠です。
数字を読み、情報を整理し、現実的に判断する力です。

けれども人生がある程度落ち着いたとき、人は次の問いに向き合うことになります。

自分は何を見て生きていくのか。
何を面白いと思い、何を美しいと思うのか。

そのとき必要になるのは、静かに世界を観察するための心の余白かもしれません。

西洋の知は、人生の基盤を作ります。
東洋の心は、人生の意味を与えます。

もしこの二つが結びつくなら、それはとても豊かな人生になるでしょう。

若い頃は合理的に戦い、
やがて静かに世界を観察する。

二人の文章を読み比べていると、そんな一つの人生の軌跡が見えてくるように思えるのです。

西洋の知で基盤を固め、
東洋の心で人生を完成させる。

この二つの知性のあいだに、これからの時代の生き方のヒントがあるのかもしれません。

***

2026年3月17日火曜日

桜の季節に考える「武士道はまだ生きているのか」

 
三鷹駅前(玉川上水)

今年も桜の季節がやってきます。


桜を見るたびに思うのですが、人生は不可逆的な変化であるのに対して、四季は循環的変化です。人は一度きりの人生を生きますが、春は毎年必ず戻ってきます。

在原業平

世の中に たえて桜の なかりせば
春の心は のどけからまし


という歌があります。

桜があるからこそ人は心を乱される。しかし、その儚さゆえに、桜は人の心を深く揺さぶるのでしょう。

毎年、桜が咲き始めると、カメラを持って早朝の井の頭公園を歩きます。咲き始めた桜を見ながら、新渡戸稲造のことを思い出します。私の不可逆的な人生の中にある、ささやかな循環的変化です。

新渡戸は『武士道』の中で、武士道を日本社会の精神の象徴として、桜の花にたとえています。

ヨーロッパ人がバラを賞賛するのに対し、日本人は桜を愛する。
バラは華やかで香りも強く、しかし棘を隠し持っています。
それに対して桜は、淡く静かに咲き、そして潔く散ります。

新渡戸は、桜の美しさとは、自然の呼び声に従っていつでも命を手放す覚悟を持つことだと書きました。

新渡戸稲造の『武士道』は、明治三十三年に英語で書かれた本です。彼はベルギーの法学者から「日本には宗教教育がないのに、どうやって道徳教育をするのか」と問われました。

そして考えた末、自分に善悪の観念を教えたのは武士道であったことに気づいたのです。

武士道は成文化された宗教ではありません。
しかし、日本人にとっては精神的な支柱のようなものです。

『武士道』は十七章からなり、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義、克己といった徳目が体系的に説明されています。なかでも「義」は武士道の中でもっとも厳格な教えであり、「卑劣な行動ほど忌むべきものはない」とされています。

新渡戸はこれを The Soul of Japan、つまり日本の魂だと表現しました。

私はアメリカで生活していた頃、ユダヤ人社会に接する機会がありました。宗教や民族を強く意識しながら社会が成り立っていることを肌で感じました。

それに比べると、日本人は宗教を表に出すことはほとんどありません。しかし、新渡戸が言うように、日本人には宗教に代わる精神として「大和魂」があったのだと思います。

その精神を端的に表すのが、吉田松陰の有名な歌でしょう。

かくすれば かくなるものと知りながら
やむにやまれぬ 大和魂


松陰はペリーの黒船に乗り込もうとして捕まり、江戸へ護送される途中でこの歌を詠みました。自分の行動が死につながることを知りながら、それでもやらずにはいられないという覚悟です。

新渡戸は『武士道』の最後の章で、こう問いかけています。

Is Bushido Still Alive ?

武士道はまだ生きているのか。

日本の政治家が、会派離脱や離党を繰り返すときに「やむにやまれぬ行動だ」と言うことがあります。しかし、「やむにやまれぬ」という言葉は、そんなに軽く使ってほしくないと思います。

桜は毎年咲き、毎年散ります。
それは循環する自然の姿です。

しかし、人の人生は一度きりです。

松尾芭蕉

さまざまの事おもひ出す桜かな

と詠みました。

春になると、誰しもいろいろなことを思い出します。

芭蕉の人生哲学は「不易流行」です。変わらないもの(不易)と、時代とともに変わるもの(流行)の両方を見極めることが大切だという考え方です。

国の成長も、人の成長も同じでしょう。
流行ばかり追いかけていては、本当の意味での成長はありません。

春は、一歩踏み出すにはちょうどいい季節です。

人生は不可逆的に進んでいきます。しかし、桜はまた来年も咲きます。

アメリカで Commencement が卒業式を意味するのは、この言葉が「始まり」を意味するからです。学業の終了は、新しい人生の始まりでもあるのです。

日本人こそ、春は commencement です。

桜を見ながら、日本人としての The Soul of Japan を、もう一度思い出してみてもいいのではないでしょうか。

***

2026年3月16日月曜日

キャリアとは何か ― パンくずとトレードオフでできている

 
ROAトレードオフ


アメリカで働いていた頃、キャリアの考え方が日本とはずいぶん違うことに気づきました。


日本では、まず「どの会社に入ったか」がキャリアの出発点になります。いわば会社が主語です。ところがアメリカでは、主語はあくまで個人です。会社は自分のキャリアを実現するための一つの舞台にすぎません。どちらが正しいという話ではありませんが、この違いは思った以上に大きい。

キャリアというものを、童話『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるパンくずに例えて考えるということを聞いたことがあります。二人は森で迷わないように、歩きながらパンくずを落としていきました。英語ではこのパンくずを breadcrumb と呼び、キャリアの道筋を示す比喩としても使われます。

人は後になって振り返ったときに、自分の歩いてきた道が見えるものです。どんな仕事を選び、どんな経験をし、どんな人と出会ったのか。その小さな選択の積み重ねが、一つの道筋になっていきます。

キャリアとは単なる職歴ではありません。

人がどんな仕事を選び、どんな経験をし、どんな人と出会ってきたのか。その積み重ねが、その人の人生そのものになるのだと思います。

日本では、会社に入ること自体がキャリアの中心になります。営業になるのか経理になるのか、本人が決めるわけではなく、組織の中で役割が決まる。高度成長期にはそれでよかったのかもしれません。しかし今の時代、その構造だけで人生を預けるのは少し危うい気がします。

私は、キャリアとは「会社に合わせて生きること」ではなく、「人生の中に会社をどう位置づけるか」だと考えています。極めて当たり前のことだと思います。会社は人生の重要な舞台ではありますが、それが人生そのものではありません。家庭や地域社会、あるいは自分の教養や人間関係も含めて、すべてがキャリアの一部です。

そのキャリアを考えるとき、避けて通れないのが「トレードオフ」です。人は欲しいものをすべて手に入れることはできません。何かを選べば、別の何かを諦めることになります。

例えば、海外での経験を取るのか、日本での安定した就職を取るのか。専門を深めるのか、それとも別の分野に挑戦するのか。ある選択をした瞬間に、別の可能性を手放すことになる。このとき失われた可能性の中で最も価値の高いものを「機会費用」と呼びます。

ビジネスの世界でも同じです。経営学では、こうした選択を「トレードオフ」として説明します。

レストランをやるなら、回転率で勝負する立ち食い蕎麦屋にするのか、それとも高付加価値のフランス料理店を目指すのか。どちらでもいいのですが、どちらつかずの曖昧な商売はうまくいきません。

ビジネススクールでは、これを ROAトレードオフとして説明します。
ROA(総資産利益率)は「利益 ÷ 資産」で決まります。利益率を高めるか、回転率を高めるか。多くの場合、この二つはトレードオフの関係にあります。

つまり、高級フレンチのように利益率で勝負するのか、立ち食い蕎麦のように回転率で勝負するのか。戦略はどちらでもいいのですが、中途半端はうまくいかない。

アメリカではこういう意思決定の考え方を、中高生の段階から学校で教わります。日本の会社で働いていると、こうした発想を体系的に教わる機会はあまり多くないように感じます。

キャリアも同じで、自分がどこに軸を置くのかを考える必要があります。

そしてもう一つ重要なのがリスクです。

将来を正確に予測することは誰にもできません。だからこそ、ある程度のリスクを引き受けて意思決定をする必要があります。リスクという言葉は日本では「危険」として語られがちですが、本来は「機会」でもあります。リスクを取らなければリターンも生まれません。

若い頃は専門分野を徹底的に磨くことが大切です。しかし、ある年齢になると、もう一段上の視点が求められます。私はよく「君子不器」という言葉を思い出します。優れた人物は一つの器に閉じ込められない、という意味です。スペシャリストとしての経験を土台に、やがてゼネラリストとして人や組織を見る力が求められるのです。

振り返れば、キャリアは最初から設計図どおりに進むものではありません。むしろ後になって、「あのときの選択が次につながっていた」と気づくことのほうが多い。森の中に落としたパンくずのようなものです。

結局のところ、キャリアとは一生「普請中」なのだと思います。何度も迷い、何度も選び直しながら歩いていくしかない。

最後に思い出すのは、福沢諭吉の言葉です。

「一身独立して一国独立す」。

自分の人生の運転席に座るのは、会社でも政府でもなく、自分自身なのです。

***

2026年3月15日日曜日

文学的カーライフ ――黄色い檸檬と、暁の赤



我が家の駐車場は、家を挟んで右と左に分かれています。

右側には、黄色いコペン。
左側には、黒いハリアー。

そして私は、黄色いコペンのことを、ずっとこう呼んできました。

「これは檸檬だ」

もちろん、私の勝手な解釈です。
しかし私には、梶井基次郎のあの小説は、こう読めるのです。

近代化の勢いに精神が追いつかなかった時代。
その鬱屈を、丸善の本の上に置かれた「黄色い檸檬」で爆発させた。

もちろん爆発はしません。
しかし主人公の心の中では、確かに爆発している。

だから私にとって、黄色いコペンは
少しばかりの反抗の象徴なのです。

その感じは、芥川龍之介が
『ある阿呆の一生』で書いた

本屋の二階は洋書、一階は日本の本

という違和感や、
彼が晩年に残した「ぼんやりとした不安」と、
どこか通じるものがある気がします。

だから私にとって、黄色いコペンは
ちょっとした反抗の象徴
なのです。

日本から世界への小さな爆弾。



人生の終盤の色とは、何でしょう。

私は、それが「赤」だと思っています。

還暦の赤ではなく、
むしろ古希の赤。

頭に浮かんだのは、三島由紀夫の
『豊饒の海』、とくに『暁の寺』でした。

暁とは、夜が終わり、新しい太陽が生まれる瞬間。
そのとき空は、鮮烈な赤に染まります。

三島はこの四部作で、
魂が姿を変えながら生き続ける輪廻を描きました。

私のカーライフも、
どこかそれに似ている気がするのです。

ポルシェもありました。
BMWもありました。
アウディやボルボ、アメリカの車にも乗りました。

欧州もアメリカも一通り巡って、
最後に帰ってくるのが、日本の車。

それが、赤いクラウンです。

「いつかはクラウン」
そんな宣伝文句も、昔ありましたね。

外車の魂が巡り巡って、
日本の技術の中に輪廻して帰ってきたような気がするのです。

もちろん合理性はありません。

古希の年金生活者に、車が二台ある合理性など、
まったくない。

それでも想像してみてください。

右の駐車場には、梶井基次郎の檸檬。
左の駐車場には、三島由紀夫の暁。

黄色と赤が、家を挟んで並んでいる。

若い頃の反抗の色と、
人生の終盤の色。

もしその景色が実現したなら、
私の長いカーライフは、

ほんの少しだけ
文学的に完結する気がするのです。

さて、問題はただ一つ。
妻が、この赤を許してくれるかどうかです!


***

2026年3月14日土曜日

自律的キャリア形成は本当に可能なのか

 
キャリアの分岐点。あなたはどちらの道を選びますか?

最近、人材育成の分野でよく耳にする言葉の一つに「自律的キャリア形成の支援」があります。かつてのように会社がキャリアのレールを敷くのではなく、社員一人ひとりが自分の将来を主体的に設計し、会社はそれを支援する。そうした関係がエンゲージメントを高め、企業と個人の双方に利益をもたらすという考え方だそうです。

理念としてはもっともらしく聞こえます。実際、欧米の企業ではジョブ・ポスティング制度やキャリア面談、リスキリング支援などが整備され、個人が主体的にキャリアを選択する仕組みが広がっています。しかし、この考え方がそのまま日本社会に根付くのかと問われると、私は少し疑問を感じます。

なぜなら、日本の教育環境と社会構造は、そもそも自律的なキャリア形成を前提としていないからです。日本人の多くは、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、そして就職と、ほぼ一貫して「用意されたレール」の上を歩んできました。自分で道を選ぶというより、制度の中で与えられた選択肢を選び続けてきたと言った方が正確でしょう。

私は十年ほど前の年末に、コンサルティングという仕事についてブログに書いたことがあります。コンサルティングの世界では、プロジェクトのことを「エンゲージメント(engagement)」と呼びます。仕事は一人ではできません。むしろ、ジャズやブルースのジャム・セッションのように、他者との関わりの中で価値が生まれるものです。そこで問われるのは、「どのように参加するか」という姿勢です。

フランスの哲学者サルトルは、人間は「アンガジュマン(engagement)」、すなわち関与の中で生きている存在だと言いました。私の理解では、それは「人は一人では生きられない」という意味です。そして同時に、人は主体的に世界に参加する責任を負っている、ということでもあるのでしょう。

ところが、日本の組織ではこの「参加」がしばしば形骸化します。ガバナンスやコンプライアンスの名のもとに監視が強まり、人は言われたことをこなすことに忙殺されます。それは一見すると秩序ある組織運営のように見えますが、別の見方をすれば、主体的な関与、すなわちエンゲージメントを放棄している状態とも言えます。

そうした環境の中で、突然「自律的にキャリアを設計してください」と言われても、多くの人は戸惑うのではないでしょうか。主体的に生きる訓練を受けてこなかった人にとって、それは簡単なことではありません。

サルトルは、人間は自由であるがゆえに不安を抱える存在だと言いました。自由とは、同時に責任を引き受けることでもあります。自分の人生を自分で選ぶということは、失敗の責任もまた自分で引き受けるということです。だからこそ、人は自由でありながら、自由であることに恐れを感じるのです。

現在の日本で語られている「自律的キャリア形成の支援」は、この自由と責任の問題を十分に議論しないまま制度化されているように見えます。社内公募制度やキャリア面談、リスキリング支援などの仕組みは整いつつあります。しかし、それだけで人が主体的に生きるようになるわけではありません。

本来のエンゲージメントとは、制度によって作られるものではなく、人が自らの意思で世界に関わろうとする姿勢から生まれるものです。言い換えれば、それはキャリアの問題というより、人がどのように人生を生きるかという問いに近いものです。

企業がキャリア支援制度を整えること自体は悪いことではありません。しかし、日本社会の教育や組織文化が変わらない限り、それは表面的な制度改革に終わる可能性もあります。

自律とは、制度が与えてくれるものではありません。本来は、人が自分の人生に責任を持つところから始まるものです。

そして、その覚悟を持った人だけが、本当の意味でキャリアを「形成する」と言えるのではないでしょうか。

***

2026年3月13日金曜日

モチベーションは誰かが与えるものなのか ――日本社会が「やる気」を失った理由

 
今日のハンバーグ。
次はもっと美味しく作ろうと思っています。

最近、モチベーションに関する記事をいくつか読む機会がありました。

「仕事のやる気を高める九つの方法」
「モチベーションを維持する三つの習慣」

そんな類の記事です。

しかし、読めば読むほど、私はある違和感を覚えました。
そもそもモチベーションとは、誰かに与えてもらうものなのでしょうか

モチベーションとインセンティブは違う

まず、言葉を整理しておきたいと思います。

モチベーションとは、個々人の内側から出てくる「やる気」のことです。
「今日はモチベーションが上がらない」と言えば、「今日はやる気が出ない」という意味になります。

一方、インセンティブとは、モチベーションを引き出すための外的な刺激です。
いわば「ご褒美」です。

馬を走らせるためのニンジンのようなものです。

この二つは似ているようで、実はまったく違う概念です。

社会そのものがモチベーション装置になる国

少しアメリカの話になります。

アメリカの子どもたちは、日常の中でホームレスや麻薬中毒者を目にします。
その一方で、成功して大きな家に住み、カッコいい車を何台も持っている大金持ちも見ています。

ホームレスにはなりたくない。
成功して良い暮らしをしたい。

ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズは、まさにロールモデルです。

つまり、社会そのものが強いモチベーション装置として働いているのです。

平均化された社会の弱点

日本社会はそれとは対照的です。

極端な貧困も少なければ、桁違いの大金持ちもそれほど目立ちません。
平均化された社会は確かに優しい社会です。

しかし、あまりに平均化が進むと、
人が強い動機を持つ機会も減ってしまうのではないでしょうか。

日本の社会や学校には、モチベーションを刺激する要素が少ないようにも見えます。


日本の組織文化 ――「タコつぼ型」

さらに、日本の組織文化もこの問題に関係しているように思います。

日本の組織は、いわば「タコつぼ型」です。

専門分野を掘り下げることが美徳とされ、他の領域には立ち入らない。
表面上は波風が立たないため「和」が保たれているように見えます。

しかし実態は、無関心の連鎖です。

誰も決断せず、誰も責任を取らない。
こうして組織は、協働するチームではなく、

「並列する個」の集合体

になっていくのです。

承認不足という言葉の誤解

こうした環境の中では、モチベーションも外に求められるようになります。

上司が褒めてくれない。
評価されない。
だからやる気が出ない。

最近の調査でも、従業員が辞める理由の第一位は「承認不足」だそうです。

ここで言われている承認とは、おそらく英語の recognition の訳でしょう。
つまり評価やご褒美です。

しかし、これはインセンティブの話であって、
モチベーションそのものではありません。

モチベーションまで他人に依存するようになれば、
それはかなり危うい状態だと思います。

森鴎外『高瀬舟』の言葉

もう一つ、モチベーションを考えるうえで思い出す言葉があります。

森鴎外の『高瀬舟』です。

人は病があれば治りたいと思い、
食がなければ食べたいと思う。
たくわえがあれば、もっと欲しいと思う。


人間はどこまで行っても「もっと」を求める存在です。

かつてこれはアメリカ人の特性だと言われましたが、
日本もまた四半世紀遅れて同じ方向を追いかけているように見えます。

もっと快適に。
もっと豊かに。
もっと楽しく。

もし「もっと欲しい」だけがモチベーションであるならば、
人は年を取るほど利己的になっていくかもしれません。

だからこそ、「足るを知る」という感覚も必要なのではないでしょうか。

ハンバーグのモチベーション

私は、人間の成長は
問題を解決するプロセスの中で生まれると思っています。

そのプロセスは与えられるものではありません。
自分で見つけ出すものです。

仕事そのものだけではなく、
仕事の機会を見つけることも含めて、自分で創り出していく。

その中で人は成長します。

たとえば――

「次はもっと美味しいハンバーグを作ってやろう。」

そんな小さな動機でも構いません。

自分の中から自然に湧き上がる
「次はもっと良くしたい」という気持ち。

それこそが、本当のモチベーションなのではないでしょうか。

結局、モチベーションとは何か

結局のところ、モチベーションとは
誰かが与えるものではありません。

それは、自分の内側から生まれるものです。

ただし、日本社会には
その内発的なモチベーションを育てにくい環境があることも確かでしょう。

教育も組織も、長いあいだ
「指示を待つ人間」を育ててきました。

その構造が変わらない限り、モチベーションを語る議論は、どうしても表面的なものになってしまうのではないでしょうか。

***