2026年3月22日日曜日

大阪のおばちゃんのグルーブ感 — 沈黙ではなく「間」で返す外交


高市総理とトランプ大統領の会談について、日本の多くのメディアやコメンテーターは概ねポジティブに報じています。確かに、難しい相手との対面としては無難に乗り切った、という評価もできるでしょう。

しかし、私は少し不快感を覚えました。

トランプの発言には、相変わらず軽さがあります。悪気があるというより、深く考えていないのだと思います。言葉の背後に戦略や思想があるというより、過去のアメリカ人のステレオタイプの延長線上で発せられているように感じます。

率直に言えば、1990年代に私が相手にしていた「典型的なアメリカ人」と大きくは変わりません。現代のアメリカの若者たちはもっと賢いし現実的かも知れません。

だからこそ、日本側の受け方が問われます。

あの記者会見の場で、正面から議論を挑む必要はありません。外交の場であり、無用な摩擦を生むべきではないのは当然です。しかし、「沈黙」だけが最適解とは思いません。

一方で、評価すべき点もありました。高市さんのトランプとの物理的な距離感です。あそこまでトランプに接近するのは、誰にでもできることではありません。もしかするとトランプ夫人よりも近い距離感だったかもしれません。あれは、大阪のおばちゃんならではの身のこなしだったと思います。相手の懐に入る力は、間違いなく一流です。

だからこそ、なおさら期待してしまいます。

私が期待したのは、もう少し違う種類の反応でした。

たとえば、大阪のおばちゃんのグルーブ感です。

正面衝突ではなく、かといって受け流すのでもない。
一瞬の「間」を取り、軽くツッコミを入れるような、あの独特のリズム感です。

音楽で言えば、ジェームス・ブラウンの8分休符16分休符のファンキーなグルーブ感です。

「それはまた後で二人で話しましょうか」(we'll talk later, pass the peas !)

その一言で十分です。
それだけで場の空気は変わります。

相手の発言を否定せず、しかしそのまま受け入れるわけでもない。
主導権をほんのわずかに引き寄せることができます。

これは論理というより、身体感覚に近いものです。
そして実は、国際交渉の現場では非常に有効な技術でもあります。

この話は単なるコミュニケーションの技術論ではありません。
もっと根の深い問題につながっています。

それは、「自分の国をどう理解しているか」という問題です。

以下は、25年前に私が書いた文章です。

________________________________

汚名は晴らす方がいい
~ ハル回顧録 (2001年 中公文庫)を読んで

近隣諸国の歴史教科書は、多くの嘘や偏向した知識とで書かれています。 アメリカの教科書だって、アメリカの都合のいいように書かれています。 それは仕方がないことです。 自分の国に誇りが持てないような教育を自国民にすることは、義務教育の目指すところではないからです。

私が一番の問題と思うのは、日本人はもっと自国の歴史を史実に基づいて直視する眼を持つ必要があることです。 正しい歴史認識は日本人に一番必要なのです。 晴らせる汚名は晴らしておいたほうがいいのです。

ニューヨークに住んでいると、12月になると必ず話題になるのが真珠湾奇襲攻撃です。 そう、「Remember Pearl Harbor」です。 日本人は騙し討ちをする(Sneak Attack)卑怯者だと思われているのです。

「真珠湾が奇襲だったのか?」、「日本は宣戦布告なしで真珠湾を攻撃する計画をもっていたのか?」。 アメリカ人との酒席で話題になった場合、ユーモアを交えてさらりとかわせないといけません。でないと、アメリカ人組織で本当のマネジメントチームの一員になれないからです。

相手を説得する必要はありません。ロジカルに自分の意見を主張できればいいのです。 そのためには、自国の歴史を出来る限り客観的に知っておく必要があります。 様々な意見があるのは当然で、「色んな立場の見方はある」でいいのです。「It is controversial、、、」と話を切り出せばいい。 この「controversial」はマジックワードです。

真珠湾奇襲攻撃に関しては、必ず読んでおいたほうがいい書物があります。 ルーズベルト大統領の国務長官であったコーデル・ハルの回顧録です。

アメリカの日本に対する最後通牒だと言われているハル・ノートを知っている人は多くても、ハル長官が当時を振り返って何を言っているか理解している日本人はほとんどいないと思います。 しかし、これは日本人全員が理解しておくべきことです。 なぜならば、「日本人は奇襲を計画した卑怯な民族だ」という汚名を着せられているかも知れないからです。 着せられた汚名は晴らして、名誉は挽回しておかなければいけません。

ハル長官は自伝の中で、「ワシントンの日本大使館よりも先に、日本からの野村駐米大使宛の長文の暗号電文を解読して内容を理解していた」と書いています。 日本大使館でのタイプが間に合わなかったら、日本政府が野村大使に指示した時間に自分と会見し、電文の内容を口頭でもいいから伝えるべきだったと述懐しています。 当事者であるハル長官の言によると、日本は宣戦布告なしに奇襲を計画していたのではないことが分かります。

これだけで十分なのです。知っているのと知らないのでは大きな差を生むのです。

________________________________

ここで私が言いたかったことはシンプルです。

相手と争う必要はありません。
しかし、自分の立場を理解しないまま沈黙するのは、もっとよくありません。

外交の場でも同じです。

トランプの発言に対して、強く反論する必要はありません。
しかし、何も返さないのではなく、「間」で返すべきです。

その一瞬の余白の中に、自国の歴史認識と自信がにじみます。

大阪のおばちゃんのグルーブ感とは、単なる軽口ではありません。
「私は分かっています」というサインです。

沈黙でもなく、対立でもなく。
そのあいだにあるリズムをどう使うか。

そこに、日本の外交の一つの可能性があるように思います。

***

2026年3月21日土曜日

日本は、2000年代のニューヨークに似てきた

 


私がアメリカでの暮らしを引き払い、日本へ帰国したのは2009年の夏でした。ニューヨークへ赴任した1989年から数えると、もう三十数年の歳月が流れました。

2025年の現在、武蔵野市で暮らす身として、街を歩いていると、三十数年前のNYの空気が胸の中でよみがえることがあります。もちろん、武蔵野はマンハッタンのように摩天楼が立ち並ぶわけではありません。しかし、物価の上昇、税・社会保険料の負担増、外国人労働者が支えるサービス産業、そして“中間層の薄まり”の気配――。こうした「じわじわ来る変化」が、どこか既視感を伴って迫ってくるのです。
画像
吉祥寺駅前 サンロード

NYで見た「二つの消失」──中間層とWASP
1989年のNYには、まだ街のどこかに「中間層の気配」が残っていました。しかし2000年代に入る頃、その中間層は砂がこぼれるように消えていきました。

そしてもう一つ、はっきりと消えたものがあります。それは、WASP――白人アングロサクソン・プロテスタントの富裕層です。NY郊外の街々に漂っていた“古き良きアメリカの残り香”(我々よそ者にとっては非常に排他的で、どこかsnobbishな嫌な世界)は、気づけばどこにも存在していませんでした。

代わって街を支えるようになったのは、多様な移民コミュニティと、金融・法律・メディアなどで強い影響力を持つユダヤ系コミュニティ(ディアスポラと言われる人たち)でした。NYの「力の中心」が気づかぬうちに入れ替わり、街の顔つきがまったく違うものへと変貌していったのです。

マンハッタンから黒人が消え、武蔵野から“余裕”が消える?

もう一つ、当時強く感じていた変化があります。それは、マンハッタンから黒人がいなくなったことです。彼らは家賃や食料品の高騰に押し出されるように、どんどん郊外へ追いやられていきました。

同じ現象が、いまの日本で静かに起こっています。武蔵野で黒人が消えたわけではありませんが、感じるのは「街の余裕」が消えていくような窮屈さです。

・物価は上がる
・税金も社会保険料も上がる
・所得は上がらない
・若い世代には貯蓄も結婚も子育ても重荷
・外国人の急増

この「余裕の消失」は、いつかNYを飲み込んでいった社会変容の前兆によく似ています。

日米物価比較:数字で見れば、日本は“安い国”…のはずだった



アメリカの物価は日本の1.2〜1.5倍。都市部ではそれ以上です。肌感覚では数倍から5倍ということも珍しくありません。レストランで食事をすれば一日100〜150ドルは覚悟。家賃は月40万円を超えるのも珍しくなく、NY市では60万円を超えます。 

ただしアメリカには「所得の高さ」という裏付けがあります。平均年収は日本の3倍。しかし、あの収入を得るには、日本のビジネスパーソンの“3倍の精神力と体力”が必要なことも事実です。高収入になればなるほど、クビになるリスクが上がるのです。

日本は長らく“物価が安い国”と信じられてきました。しかし2025年、状況は明らかに変わりました。食料品のインフレ率は8%超。米や魚や肉は、感覚的にはコロナ前の“倍”の値段です。価格設定に品質(人の対応も含めて)が追い付いていない状況です。これでは、年金生活者が苦しくなるのは当然で、若い人は――言うまでもありません。

税金と社会保険料:日本はいつの間にか“消費できない国”に



多くの人が気づき始めています。「日本の税金は、もしかするとアメリカより高いのでは?」と。

実際、国民負担率は45.8%に達しました。所得の半分近くが、税と社会保険料として天に召されていくわけです。

もちろん、日本は医療制度がしっかりしています。アメリカのように救急車に乗るだけで破産しかねない世界ではありません。しかし、年金受給額は物価ほどは増えず、“実質的な目減り”が起きています。

「年金だけで余裕のある暮らし」――これはすでに、ドラマの中でしか見かけないファンタジーになりつつあります。

子育て世代はどう生きるのか?



東京のサラリーマンが年収1000万円を超えることは稀です。しかし食費は2倍、税金は増税、保育料・習い事・住宅ローンは天井知らず。

若い世代は、どうやって生活設計を立てれば良いのでしょうか。私がもし20代だったら、「子育ては人生の冒険」ではなく「子育ては経済的ギャンブル」と感じてしまいそうです。

与野党の“足引っ張り合戦”はもう終わりにしませんか?



本来なら、こういう時こそ政治の出番です。しかし現実はどうでしょう。
与党:改革はしたいが、票を失いたくない
野党:批判はするが、現実的な提案はしない

そして国民だけが、じわじわと生活が苦しくなる。これは、アメリカの二極化と同じ構図です。

与野党は危機意識がなさすぎる。「日本が沈むかどうか」という一点で、そろそろ協力した方がいいのではないかと。“揚げ足取り政治”は、もはや国益どころか国民生活すら守れません。

日本はどこへ向かうのか



1989年から2009年のNYで見たのは、中間層の消失と、社会構造の静かな地殻変動でした。2025年の日本にも、その影が迫っています。もちろん、日本はアメリカではありません。文化も、制度も、価値観も異なります。

しかし――格差の拡大、生活の圧迫感、社会の余裕の喪失という点では、日本はNYの2000年代と、どこか似た空気をまとい始めているように私には感じられます。

大胆な政策転換と、政治的協力。そして国としての方向性の再定義。それを怠れば、20年前にNYで起きた“失われた中間層”のドラマを、今度は日本が自分自身で演じることになるかもしれません。

私は、そんな未来だけは避けたいと願っています。「安い日本」ではなく、「誇りある魅力的な日本」に戻るために。

日本にはまだ底力があると、私は信じています。

***

2026年3月20日金曜日

生成AIは「便利な同僚」か「おしゃべりな隣人」か ― 日本企業が見落としがちな守秘義務のリスク

 
それは“考えている”のか、それとも“真似ている”だけなのか。


生成AIの活用によって生産性が向上する――

そんな期待のもと、多くの企業が前向きに導入を進めているように見えます(定量的な裏付けがあるわけではありませんが)。

ただ一方で、少し気になる点があります。

日本人の、熱しやすく冷めやすい性質――と言ってしまうとご無礼かもしれませんが、ツールの本質的なリスクよりも、「便利さ」だけが先行しているようにも感じられるのです。

生成AIは「外部者」である

生成AIは確かに便利なツールです。

しかし同時に、それは「守秘義務を壊す可能性のある外部者」でもあります。

この認識が、日本ではまだ十分に共有されていないのではないでしょうか。

とりわけ、公開型のAIに対して機密情報や法務関連情報を入力した場合、それが「第三者への開示」と見なされる可能性がある――この点は、企業の危機管理として看過できない問題です。

すでに始まっている「法的判断」

この問題は、すでに海外では現実のものになり始めています。

ある事件では、捜査対象となった人物が公開AIを使って文書を作成し、それを弁護士と共有しました。本人は「AIとのやり取りも弁護士との秘密に準じるのではないか」と主張しましたが、裁判所の判断は明確でした。

――それは守られない。

理由はシンプルです。

AIは弁護士でもなければ、その代理人でもない。そして公開AIに入力した時点で、その情報は「第三者に渡った」と見なされる可能性がある、という判断です。

つまり、機密情報をAIに入れた瞬間に、守られていたはずの情報が「守られないもの」に変わることがある。

なかなかインパクトのある話です。

一方で、AI利用状況の全面開示を求めた請求が「範囲が広すぎる」として退けられたケースもあります。ただし、これはあくまで限定的な判断に過ぎません。

結局のところ、現時点で言えるのはこういうことです。

AIは使っただけで問題になるわけではない。
しかし、使い方を誤れば、簡単に問題になる。

「猿の惑星」という比喩

ここで思い出すのが、ピエール・ブールの『猿の惑星』です。

作中にはこんな印象的なやり取りがあります。

猿は高度な模倣能力を持つが、理性的な思考を伴うわけではない

さらに「ape」という言葉には、「真似する」という意味があるとも語られます。

この指摘は、妙に現代的です。

生成AIは、膨大なデータをもとに「それらしい答え」を返します。
しかしそれは、本当に「考えている」と言えるのでしょうか。
それとも、極めて高度な「模倣」に過ぎないのか。

もし後者だとすれば、私たちは「よくできた模倣装置」に対して、必要以上に信頼を置いていることになります。

日本企業に起きていること

この問題は、決して他人事ではありません。

多くの職場で、すでに社員はAIを使っています。
社内資料の作成、契約書の要約、議事録の整理――理由は単純で、便利だからです。

しかしその裏側で、こんなことも起きています。

いわゆる「シャドーIT」です。

会社が正式に認めたツールではなく、個人のアカウントでAIを使う。
そしてそこに、うっかり機密情報を入力してしまう。

もしそれが、法務上の助言や社内調査、あるいは将来の訴訟に関わる内容だったとしたら――
後から開示を求められる可能性は、十分にあります。

「同じAIではない」という重要な前提

ここで重要なのは、すべてのAIが同じではない、という点です。

一般に公開されているAIと、企業向けに契約されたAIでは、データの扱いが大きく異なります。後者は適切に設定すれば機密性を保てる場合もありますが、前者はそうとは限りません。

この違いを理解していないと、「便利なツール」が一転してリスクになります。

リスクは必ず「利用される」

少し現実的すぎる見方をすれば――
この構造を逆手に取る動きも、いずれ確実に出てきます。

AIへの入力情報や運用の不備を材料にして、企業責任を問う。
あるいは、それをビジネスにする。

技術が普及すれば、その隙間を突く人間も必ず現れる。
これは歴史的に繰り返されてきたことです。

いわば、終わりのないイタチごっこです。

では、どうするか

対策は、実はそれほど難しい話ではありません。
  • 自分たちが何を使っているのかを把握する
  • 何を入力してよいのか、ルールを明確にする
  • AIを「単なるソフト」と考えない
少し乱暴に言えば、こういうことです。

AIは「便利な同僚」であると同時に、「おしゃべりな隣人」でもある。
何を話してもよい相手ではない。

最後に

この問題は、単なるITリスクではありません。

「知性のように見えるもの」とどう付き合うか――
もっと根源的な問いでもあります。

『猿の惑星』が投げかけた問いは、実はまだ終わっていないのかもしれません。

便利さは、しばしば油断とセットでやってきます。

そのことだけは、忘れないほうがよさそうです。

***

2026年3月19日木曜日

トランプという交渉スタイル ― 英国が理解し、日本が理解していないこと

 

トランプタワーと 590 Madison ビルの間の Public Space
(ネットの拾い画像)

私はアメリカで仕事をしていた頃、1989年から1993年の期間は、マンハッタンの 590 Madison Avenue にオフィスがありました。このビルはトランプタワーに隣接しており、両者は「バンブーガーデン」と呼ばれるパブリックスペースを共有していました。特別にトランプ氏に関心を持っていたわけではありませんが、ニューヨークで仕事をしていると、彼の噂は自然と耳に入ってきました。

それから30年以上が経ち、ドナルド・トランプは再びアメリカ政治の中心に戻りました。そして2026年の今、世界の多くの国が改めて彼との向き合い方を考えています。

数年前、トランプ氏が英国を訪問した際、BBCの記事を読んで興味深い印象を持ったことがあります。

テーマは不法移民問題でした。

イギリスでは近年、小型ボートによる海峡横断の不法入国が急増し、社会問題になっています。英国政府はフランスとの返還協定など穏健な対応を模索していましたが、トランプ氏は「軍を投入してでも止めるべきだ」と強硬な姿勢を示しました。

彼の言葉は常に極端に聞こえます。
しかし、その背後には一つの一貫した考え方があります。

トランプ氏は政治家というより、不動産ディベロッパーの交渉スタイルで世界を見ているのです。

まず強い主張をぶつけ、議論の基準点を一気に引き上げる。そのうえで相手の反応を見ながらディールを組み立てていく。心理学では「アンカリング」と説明されることもありますが、実際にはもっと土着的なものです。ニューヨークの不動産業界で鍛えられた交渉の作法と言ったほうが近いでしょう。

トランプ氏にとって “Make America Great Again” とは単なる政治スローガンではありません。アメリカという国家の「ブランド価値」を回復するという意味を持っています。

国家の威信が弱まれば、外交交渉でも不利になります。
ブランド価値が下がれば、国の資産価値も下がる。
彼の政治思想は、この非常にビジネス的な発想から組み立てられているように見えます。

興味深いのは、英国の対応です。

かつて英国はアメリカをどこか冷ややかに見ていた印象がありました。
しかし近年の英国外交を見ると、トランプのような政治スタイルに対しても、現実的な礼節を保ちながら対応しているように見えます。

英国にはロイヤルファミリーという強力な国家ブランドがあります。
長い歴史と象徴的権威を背景に、相手の政治スタイルに飲み込まれずに関係を保つ術を知っているのです。

では、日本はどうでしょうか。

日本もまた、世界でも例外的な歴史を持つ国です(イギリス以上に)。
皇室を中心とする2000年以上の伝統は、日本の最大のブランド価値と言えるでしょう。

しかし外交の現場で、それを戦略として意識しているようにはあまり見えません。むしろ日本の議論は、経済合理性や国内政治の都合に偏りがちです。

現在、日本は人口減少と労働力不足を背景に外国人労働者の受け入れを拡大しています。しかし国境管理や制度設計は、欧米諸国が経験してきた社会的摩擦を十分に踏まえているとは言い難い状況です。

私は20年間アメリカに住み、愛犬を三度日米間で移動させました。
日本は狂犬病ゼロの国として動物検疫は非常に厳格で、老犬を三か月も成田空港に係留させた経験があります。

ところが、人に対する入国制度や永住権の扱いは驚くほど緩い。一貫した哲学が見えにくい。この落差には今でも強い違和感を覚えます。

国家の秩序を守るという意味では、本来どちらも同じ問題のはずです。これは外国人の受け入れを否定する話ではなく、国家としての一貫したルール設計の問題だと思っています。

本日、高市総理大臣が訪米しトランプ氏と会談する予定になっています。
そこで求められるのは、単なる外交儀礼ではなく、トランプという政治スタイルを理解したうえでの交渉でしょう。

強い主張の背後にある論理を読み取り、日本自身の国家ブランドをどう位置づけるのか。その視点がなければ、交渉は単なる力関係の話になってしまいます。

英国が現実主義に転じたように、日本もまた理想論だけではなく、国家というものの重さをもう一度考える時期に来ているのかもしれません。

***

2026年3月18日水曜日

「西洋の知と東洋の心 — noteで出会った二つの知性」

 龍安寺石庭

東洋では「15」は「完全」を象徴する数字ですが、この庭ではどの角度から見ても必ず1個が隠れ、14個しか見えないように設計されています。これは「人間は不完全であり、常に足りないものを自覚すべき」という禅の教えを象徴していると言われています。

ブログからnoteへ — 書く場所の小さな変化

私は2009年にGoogleのBloggerでこのブログを書き始めました。
気がつけば十数年が過ぎ、今日まで細々とですが書き続けてきました。

長く続けてきた場所ですから、特別な思いがあります。
ブログという形式は、書き手にとって静かな書斎のようなものでもありました。

しかし最近、noteというプラットフォームの存在を知り、2月19日から試しに書き始めてみました。すると、読者の反応がこれまでよりもずっと分かりやすく、書き手としてはなかなか新鮮な体験でした。

もちろん、このブログをすぐにやめるつもりはありません。
ただ、これからは投稿の場を少しずつnoteへ移していくことになるかもしれません。

今日は、そのnoteで読んでいて印象に残った二人の書き手について、少し書いてみたいと思います。

西洋の知で基盤を固め、東洋の心で人生を完成させる

— 二人の書き手に見る、二つの知性 —

noteというプラットフォームには、時折とても興味深い対比が現れます。
同じテーマを書きながら、まったく違う世界観を見せてくれる書き手がいるからです。

私が最近読んでいる二人の書き手も、その典型です。

一人は、日本で社会人経験を積んだ後に渡米し、アメリカ社会の中で長く働いてきた実践者です。ニューヨークでの学生生活と会社員経験を経て、西海岸で事業を立ち上げ、二十年以上にわたりアメリカで生活してきました。

彼の文章の特徴は、とてもアメリカ的なところにあります。
医療費はいくらかかるのか。教育費はいくら必要なのか。老後は日本に戻るべきか、それともアメリカに残るべきか。そうした問いを、制度や数字を用いて非常に具体的に説明していきます。

言い換えれば、彼の文章は「人生の設計図」に近いものです。

アメリカという厳しい社会の中でどう生き残り、どう資産を守り、どう老後を設計するのか。そこにはフロンティア精神にも似た、能動的なエネルギーがあります。

一方、もう一人の書き手の文章は、まったく違う空気をまとっています。

彼もまた長く海外に住み、日米の社会を深く観察してきた人物ですが、その筆致はどこか東洋的です。AIや教育、言語や文化の違いといったテーマを扱いながら、江戸の教育や古典文学、思想史などの視点を織り込み、静かに思索を深めていきます。

前者が「どう動くか」を語る人だとすれば、
後者は「どう在るか」を語る人だと言えるでしょう。

前者は読者に「道具箱」を渡します。
後者は読者の前に「鏡」を置きます。

現実の社会をどう生き抜くか。
あるいは、その社会を通して人間や文明をどう見つめるか。

同じ世界を扱いながら、二人の視線はまったく異なる方向を向いているのです。

しかし、この二人を単なる対立として見るのは少し違うように思います。
むしろ二人の関係は、人生の時間軸の中でつながっているのではないでしょうか。

若い頃、人はまず生き残らなければなりません。
仕事をし、家族を養い、資産を築く必要があります。

この段階では、合理的な知識や制度への理解が不可欠です。
数字を読み、情報を整理し、現実的に判断する力です。

けれども人生がある程度落ち着いたとき、人は次の問いに向き合うことになります。

自分は何を見て生きていくのか。
何を面白いと思い、何を美しいと思うのか。

そのとき必要になるのは、静かに世界を観察するための心の余白かもしれません。

西洋の知は、人生の基盤を作ります。
東洋の心は、人生の意味を与えます。

もしこの二つが結びつくなら、それはとても豊かな人生になるでしょう。

若い頃は合理的に戦い、
やがて静かに世界を観察する。

二人の文章を読み比べていると、そんな一つの人生の軌跡が見えてくるように思えるのです。

西洋の知で基盤を固め、
東洋の心で人生を完成させる。

この二つの知性のあいだに、これからの時代の生き方のヒントがあるのかもしれません。

***

2026年3月17日火曜日

桜の季節に考える「武士道はまだ生きているのか」

 
三鷹駅前(玉川上水)

今年も桜の季節がやってきます。


桜を見るたびに思うのですが、人生は不可逆的な変化であるのに対して、四季は循環的変化です。人は一度きりの人生を生きますが、春は毎年必ず戻ってきます。

在原業平

世の中に たえて桜の なかりせば
春の心は のどけからまし


という歌があります。

桜があるからこそ人は心を乱される。しかし、その儚さゆえに、桜は人の心を深く揺さぶるのでしょう。

毎年、桜が咲き始めると、カメラを持って早朝の井の頭公園を歩きます。咲き始めた桜を見ながら、新渡戸稲造のことを思い出します。私の不可逆的な人生の中にある、ささやかな循環的変化です。

新渡戸は『武士道』の中で、武士道を日本社会の精神の象徴として、桜の花にたとえています。

ヨーロッパ人がバラを賞賛するのに対し、日本人は桜を愛する。
バラは華やかで香りも強く、しかし棘を隠し持っています。
それに対して桜は、淡く静かに咲き、そして潔く散ります。

新渡戸は、桜の美しさとは、自然の呼び声に従っていつでも命を手放す覚悟を持つことだと書きました。

新渡戸稲造の『武士道』は、明治三十三年に英語で書かれた本です。彼はベルギーの法学者から「日本には宗教教育がないのに、どうやって道徳教育をするのか」と問われました。

そして考えた末、自分に善悪の観念を教えたのは武士道であったことに気づいたのです。

武士道は成文化された宗教ではありません。
しかし、日本人にとっては精神的な支柱のようなものです。

『武士道』は十七章からなり、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義、克己といった徳目が体系的に説明されています。なかでも「義」は武士道の中でもっとも厳格な教えであり、「卑劣な行動ほど忌むべきものはない」とされています。

新渡戸はこれを The Soul of Japan、つまり日本の魂だと表現しました。

私はアメリカで生活していた頃、ユダヤ人社会に接する機会がありました。宗教や民族を強く意識しながら社会が成り立っていることを肌で感じました。

それに比べると、日本人は宗教を表に出すことはほとんどありません。しかし、新渡戸が言うように、日本人には宗教に代わる精神として「大和魂」があったのだと思います。

その精神を端的に表すのが、吉田松陰の有名な歌でしょう。

かくすれば かくなるものと知りながら
やむにやまれぬ 大和魂


松陰はペリーの黒船に乗り込もうとして捕まり、江戸へ護送される途中でこの歌を詠みました。自分の行動が死につながることを知りながら、それでもやらずにはいられないという覚悟です。

新渡戸は『武士道』の最後の章で、こう問いかけています。

Is Bushido Still Alive ?

武士道はまだ生きているのか。

日本の政治家が、会派離脱や離党を繰り返すときに「やむにやまれぬ行動だ」と言うことがあります。しかし、「やむにやまれぬ」という言葉は、そんなに軽く使ってほしくないと思います。

桜は毎年咲き、毎年散ります。
それは循環する自然の姿です。

しかし、人の人生は一度きりです。

松尾芭蕉

さまざまの事おもひ出す桜かな

と詠みました。

春になると、誰しもいろいろなことを思い出します。

芭蕉の人生哲学は「不易流行」です。変わらないもの(不易)と、時代とともに変わるもの(流行)の両方を見極めることが大切だという考え方です。

国の成長も、人の成長も同じでしょう。
流行ばかり追いかけていては、本当の意味での成長はありません。

春は、一歩踏み出すにはちょうどいい季節です。

人生は不可逆的に進んでいきます。しかし、桜はまた来年も咲きます。

アメリカで Commencement が卒業式を意味するのは、この言葉が「始まり」を意味するからです。学業の終了は、新しい人生の始まりでもあるのです。

日本人こそ、春は commencement です。

桜を見ながら、日本人としての The Soul of Japan を、もう一度思い出してみてもいいのではないでしょうか。

***

2026年3月16日月曜日

キャリアとは何か ― パンくずとトレードオフでできている

 
ROAトレードオフ


アメリカで働いていた頃、キャリアの考え方が日本とはずいぶん違うことに気づきました。


日本では、まず「どの会社に入ったか」がキャリアの出発点になります。いわば会社が主語です。ところがアメリカでは、主語はあくまで個人です。会社は自分のキャリアを実現するための一つの舞台にすぎません。どちらが正しいという話ではありませんが、この違いは思った以上に大きい。

キャリアというものを、童話『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるパンくずに例えて考えるということを聞いたことがあります。二人は森で迷わないように、歩きながらパンくずを落としていきました。英語ではこのパンくずを breadcrumb と呼び、キャリアの道筋を示す比喩としても使われます。

人は後になって振り返ったときに、自分の歩いてきた道が見えるものです。どんな仕事を選び、どんな経験をし、どんな人と出会ったのか。その小さな選択の積み重ねが、一つの道筋になっていきます。

キャリアとは単なる職歴ではありません。

人がどんな仕事を選び、どんな経験をし、どんな人と出会ってきたのか。その積み重ねが、その人の人生そのものになるのだと思います。

日本では、会社に入ること自体がキャリアの中心になります。営業になるのか経理になるのか、本人が決めるわけではなく、組織の中で役割が決まる。高度成長期にはそれでよかったのかもしれません。しかし今の時代、その構造だけで人生を預けるのは少し危うい気がします。

私は、キャリアとは「会社に合わせて生きること」ではなく、「人生の中に会社をどう位置づけるか」だと考えています。極めて当たり前のことだと思います。会社は人生の重要な舞台ではありますが、それが人生そのものではありません。家庭や地域社会、あるいは自分の教養や人間関係も含めて、すべてがキャリアの一部です。

そのキャリアを考えるとき、避けて通れないのが「トレードオフ」です。人は欲しいものをすべて手に入れることはできません。何かを選べば、別の何かを諦めることになります。

例えば、海外での経験を取るのか、日本での安定した就職を取るのか。専門を深めるのか、それとも別の分野に挑戦するのか。ある選択をした瞬間に、別の可能性を手放すことになる。このとき失われた可能性の中で最も価値の高いものを「機会費用」と呼びます。

ビジネスの世界でも同じです。経営学では、こうした選択を「トレードオフ」として説明します。

レストランをやるなら、回転率で勝負する立ち食い蕎麦屋にするのか、それとも高付加価値のフランス料理店を目指すのか。どちらでもいいのですが、どちらつかずの曖昧な商売はうまくいきません。

ビジネススクールでは、これを ROAトレードオフとして説明します。
ROA(総資産利益率)は「利益 ÷ 資産」で決まります。利益率を高めるか、回転率を高めるか。多くの場合、この二つはトレードオフの関係にあります。

つまり、高級フレンチのように利益率で勝負するのか、立ち食い蕎麦のように回転率で勝負するのか。戦略はどちらでもいいのですが、中途半端はうまくいかない。

アメリカではこういう意思決定の考え方を、中高生の段階から学校で教わります。日本の会社で働いていると、こうした発想を体系的に教わる機会はあまり多くないように感じます。

キャリアも同じで、自分がどこに軸を置くのかを考える必要があります。

そしてもう一つ重要なのがリスクです。

将来を正確に予測することは誰にもできません。だからこそ、ある程度のリスクを引き受けて意思決定をする必要があります。リスクという言葉は日本では「危険」として語られがちですが、本来は「機会」でもあります。リスクを取らなければリターンも生まれません。

若い頃は専門分野を徹底的に磨くことが大切です。しかし、ある年齢になると、もう一段上の視点が求められます。私はよく「君子不器」という言葉を思い出します。優れた人物は一つの器に閉じ込められない、という意味です。スペシャリストとしての経験を土台に、やがてゼネラリストとして人や組織を見る力が求められるのです。

振り返れば、キャリアは最初から設計図どおりに進むものではありません。むしろ後になって、「あのときの選択が次につながっていた」と気づくことのほうが多い。森の中に落としたパンくずのようなものです。

結局のところ、キャリアとは一生「普請中」なのだと思います。何度も迷い、何度も選び直しながら歩いていくしかない。

最後に思い出すのは、福沢諭吉の言葉です。

「一身独立して一国独立す」。

自分の人生の運転席に座るのは、会社でも政府でもなく、自分自身なのです。

***