2010年9月30日木曜日

勉強すればするほど考える時間がなくなる?


JRお茶の水駅聖橋口から数分のところに湯島聖堂があります。 写真は、孔子を祀っている大成殿です。徳川綱吉が額の字を執筆したそうです。

学而不思則罔、思而不学則殆 (論語)
学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし

「人から教わったり知識をつけても自分で考えることがなければ意味がない、また、一人で考えていても他人の意見を聞いたり勉強することがなければ、危険だよ」という意味です。たった12文字の漢字なのですが、意味深長ですね。これだけで様々な議論ができます。

普通、若い時は知識を蓄積することに集中し、40歳を過ぎる頃から後段の傾向が強くなるのでしょう。両方のバランスがとれている人は少ないと思います。年齢を重ねるとともに独善的になって行くのは人種を問わないことでしょうが、日本の場合、子どもから大人まで「思う時間」、つまり、「考える時間」が少ないのは大きな問題です。

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2010年9月29日水曜日

鎖国時代のほうが外交を分かっていた

学校で鎖国はどう教えているのでしょうね。

18世紀末、ロシアからラックスマンが通商を求めてやって来ました。松平定信は海防強化を命じるとともに、ラックスマンには「日本の対外関係は古(いにしえ)より、通信・通商の二種類に限定される」と言って、「通信無き国」を理由にロシアからの国書を拒否しました。徳川幕府は、鎖国の下、外国に向けてあけられた4つの窓口を四口と呼び、海外との接触を、長崎(幕府直轄)、対馬(対馬藩)、薩摩(薩摩藩)、蝦夷(松前藩)に制限しました。通信は朝鮮と琉球、通商はオランダと中国に限定して行っていたのです。

国の概念なんて抽象的なものです。日本で国境の話は難しいですね。そもそも国境は時代と状況により変化するものです。国境を接する隣国もあり、交渉が存在し、だから外交が必要となります。外交にはプロトコールがあります(http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/06/blog-post_09.html)。ジョン・レノンのイマジンの世界になれればいいのですが、500年は無理でしょう。人間ってまだまだ愚かなものですから。

鎖国というのは、「戦略的な外交政策」ですから、国の「境」を考えるにはちょうど良いのです。外交でのDOsとDONTsをはっきりさせる。即ち、それが外交戦略です。尖閣の問題で一人でも多くの日本人が覚醒したのなら、中国に感謝しなきゃ。

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2010年9月27日月曜日

頭を冷やすために散歩をしました

(夏目漱石旧居跡の吾輩)

昨日は天気が良かったですね。やっと散歩ができます。お茶の水から湯島聖堂に行き、神田明神を抜け、根津から夏目漱石旧居跡を通って団子坂から日暮里まで歩きました。

夏目漱石の「吾輩は猫である」は何度読んでも面白いですね。吾輩である猫の眼から見た人間世界の描写、主人である苦沙弥(くしゃみ)君やその他の登場人物の個性、全てにおいてメリハリがついていて実に見事です。落語で登場人物が多い噺の場合、下手な落語家がやるといけません。多くの人物と情景の描写に振りまわされるからです。 漱石の「吾輩は猫である」は、名人の落語家が登場人物の多い噺を見事に演じているかのようです。

The man who reads nothing at all is better educated than the man who reads nothing but newspapers(アメリカ第三代大統領 トーマス・ジェファーソン)。

以前にもご紹介しましたが(http://ibg-kodomo.blogspot.com/2010/03/blog-post_07.html)、様々な名言を残しているジェファーソン大統領が、「新聞ばかり読んでいる人よりも、全く読まない人のほうが教養がある」と言っています。全く同感です。しかし、日本の場合、新聞に加え、テレビの悪影響が深刻な問題です。「テレビを全く観ない人は、テレビだけを情報源としている人よりも教養がある」です。 戦後の占領政策でアメリカは日本人を洗脳するのにテレビを有効利用したと言われていますが、まだその呪縛が続いているのでしょうか?

日本のニュース報道を見て気になるのは、「主観」と「客観」が一緒くたになっていて境目がはっきりしない点です(国の境界も同じか、、、)。司会者や出演者が、自分の感想を言っているのか、それとも、客観的な事実を報道しているのかよく分からないのです。全く専門家でもない人たちが、自称知識人ですかねぇ、中途半端な知識で堂々とコメントしています。「日本は言論の自由が担保されている」と言えばそれまでですが、あまりにも無責任だと思いますね。ジャーナリズム精神なんてものは毫もないのでしょうか。

「事実はこうこうです。様々な意見があるようだけど、私の立場はこうで、このように考えます。その理由は、これこれこうです」と話をすすめてもらいたいものです。でなければ、「この番組はバラエティ番組です」と最初に断るのがいいでしょう。

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2010年9月26日日曜日

調和的というスローガン

胡錦濤・温家宝政権のスローガンは「和諧社会」(調和的な社会)です。

エリック・ホッファーが「情熱的な精神状態」の中で以下のようなことを言っています。

われわれがどう言おうと、まったく調和的な個人というものは、前進する衝動がなく、人生のどの部分でも完全を追究する向上心を欠く人たちである。 だから完全な社会は、停滞社会になるチャンスがつねにある』。

日本人はまったく調和的な個人になってしまいました。停滞社会が長く続いたのですね。アメリカは不景気になって、少しは調和的ということを学んできたのかも知れません。 アメリカ人が「足るを知る」なんて昔は考えられなかったことですからね。

さてさて中国です(やれやれと言うか、、、)。

中国政府は、自分の国や国民性を熟知していて「和諧社会」をスローガンにしているのでしょうね。中国が一番欠いている部分ですから。

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2010年9月25日土曜日

日本が守るべきものとは?

帰国して1年ちょっとが経ちました。この間、日本のことを色々と観察しました。日本の良いところもいっぱい再発見しました。しかし、20年以上前に感じた絶望感も同時に蘇ってきました。 ここ数週間の日本政府の行動や発言を見ていると暗澹たる思いですね。史上最悪と言われた村山内閣の過ちを二度と繰り返さないと、その後の内閣は肝に銘じてきた筈なのに、、、見事にやってくれましたね。

この国は、国家としての自信とか日本人としての民族の誇りとか国民の気骨とか、どうやって回復するんでしょうかね?これは教育の根幹でもあるはずです。今の政治家に言わせると、偏狭なナショナリズムになってしまうのですかね?

アメリカは、保守するものを作るところから始めました。アメリカという魅力で人を虜にするしかないのです。どこの国の人でもアメリカにやって来てアメリカ人になった人たちは、そのことをよく心得ている訳ですね。

日本は、黒船が来て「鎖国という外交戦略」を貫くことをやめて開国し、明治時代は世界に認められようと必死になって「国家」を作りました。ご存じのように、先の大戦で全てが崩壊し、敗戦とともに自信や民族の誇りや国民の気骨というものは粉々に砕かれました。ところが日本人は経済大国になるということで失った自信や誇りを回復してきたのです。

村山政権を誕生させたことで日本の政治は致命的な痛手を負った訳ですが、どうにかこうにかこの15年の間やってきたのです。しかし、これからの日本や日本人はどうやって自信や誇りを回復させたらいいのでしょうか?

日本政府が保守するものとは何なんでしょう?
総理大臣だけでなく、政治家先生一人一人に聞いてみたいと思います。

日本はもう一度、「鎖国」という外交政策をとってはどうでしょうか?日本人の叡智で100年や200年は持続できるかも知れませんよ。 なに、それじゃ解決策になってないって!? 私のウダウダなんてこんなもんですよ。失礼しました。

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2010年9月23日木曜日

中国人スタッフが見た東京の印象 ~ その(2)

わが社の中国人の若者を見ていると、中国の20代の若者の考えがよく分かります。彼らは中国政府やマスメディアよりも自分の眼を信じます。ネット上の情報にしても、注意深く真偽の程を確かめているようです。彼らにとって温家宝首相は人気がありません。災害地などでの温家宝首相のパフォーマンスは、アカデミー賞ものだと揶揄されています

さて、「中国人スタッフが見た東京の印象」です。

北京から来たGさんが東京で最も気に入ったところは「明治神宮」だそうです。「銀座のデパート」なんて言わないところ、我社の若者はカッコいいでしょう!? 以下はGさんのメールから抜粋です。

  1. 日本は間違いなく清潔です。特に空気がキレイなので心地よいです。衣服がほこりだらけになる心配がないし、靴はドロで汚れる心配もありません。
  2. 東京は夜と昼では2つの違った都市のようです。昼は紀律があります。人は静かで淡々としています。しかし、夜は喧噪にまみれ喧しくなります。
  3. 地下鉄で本を読んでいる人が多い。見ていて大変嬉しく思います。
  4. 人は親切です。こういう事がありました。国会議事堂で入口を警備している警官に道を聞きました。すると、5メーターほど離れているにもかかわらず警官のほうから寄ってきて、親切に道を教えてくれました。これには驚きました。中南海の前にいる警備の解放軍に道を尋ねようとする人なんていません(中南海は天安門横の中国政府要人の官邸のあるところ)、追い払われるだけです。また、東京大学構内の掲示板と構内地図を見ていたら、門衛の詰所の年配の門番さんが「行き先は分かりますか?」と私に大きな声で尋ねてくれました。私は嬉しくなりました!
  5. 日本人は細いことまで礼儀正しいです。地下鉄で足を組んでいる人を見ませんでした(たまたま?)。席を奪い合ったり携帯で話をしている人はいません。喧嘩をしている人もいないし、確実に「和諧社会」といえるのではないでしょうか?(「和諧社会」とは今の胡錦濤・温家宝政権が掲げるスローガンで、中国は調和社会を目指すというもの)。
  6. 東京は上海と似ています。狭くて余裕がないところです。ビルが密集していてビルの上の階に行かないと周りがみえません。たぶん、しばらく東京にいるとプレッシャーを感じるのでしょうね。機会があれば日本の田舎に行ってみたいです。

    この他にも小さな出来事はいっぱいありました。一つ一つは説明しませんが、今回日本に来れたことは非常によかったです。

以上がGさんの東京の印象です。中国政府の日本に対する態度とはかなり違いますね

彼女からのメールは中国語でした。最後に「二郎脚」について少しだけ。地下鉄で「足を組む」と出てきましたね。中国語で足を組むは「二郎脚」と言います。「二郎神」という神様がいて足を組んでいる姿が残っていることから二郎脚と言うのだそうです。この「二郎神」は西遊記で孫悟空を追い詰めて幽閉した神です。

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2010年9月21日火曜日

(続)中国の反日問題を考えてみよう

2005年の中国における反日活動は、上海、北京、成都などの大都市で破壊行為をともなう暴動まで起りました。今回は2005年の時のような暴動は起っていませんが、今回のほうが事態は深刻ではないかと思います。

理由は二つあります。

一つは中国の国内問題の悪化です。所得格差と失業の問題、これらは改善されるどころか、より深刻になっています。中国13億の人口の70~80%は農民と言われています。農民は、ウルトラ格差のなか尖閣も日本も自分らとは関係ないことなのです。自分達の生活や老後の権利さえ保障されていないのですから。そして汚職の問題、国内のインターネットの普及により地方行政の汚職が暴かれ、政府としても処罰をしなければいけない状況も出てきました。したがって、これまで以上に対外的に強く出て矛先をかわさないと、あと2年の胡錦濤政権は一層辛い立場に追い込まれます。

二つ目は日本の問題です。政治の混乱は誰(日本列島の外)が見ても明らかで、絶好の攻撃のチャンスです。2005年に比べると、長期的なデフレとともに日本経済は更に落ち込み、国民の気持ちにも余裕がなくなってきています。全体主義に陥りやすい危険性があります。いつものことですが、マス・メディアも触媒の機能をはたしています。本来の使命である「どこまでも真理に迫る」どころか、「お金のあるところに吸い付けられている」状態です。

昨日は江華島事件が起った9月20日だったのですが、朝鮮半島は静かだったですね。韓国は中国政府が恐いのでしょうね。アメリカ政府のコメントも、第七艦隊司令官の発言と温度差があって、今のアメリカの弱さを表わしているかのようです(江華島事件は朝鮮政府開国のきっかけとなった1875年の日朝間の衝突事件)。

色々と言いたいことはありますが、これ以上しゃべると墓穴を掘りそうなので、このあたりでお終いにします。

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