2023年2月16日木曜日

人生の物差し

小学校一年生(昭和30年代)になって手にした30cmの物差し


人生の物差し

自分の人生の物差し、つまり、価値判断の基準は大よそ10代に形成されます。歳と共に視野が拡がって幾分の修正はなされるでしょう。しかし、自分の美意識、簡単に言うと、自分が好きか嫌いかは10代の半ば頃までには基本ができていくものだと思われます。コミュニケーションの本質は「美意識と美意識の格闘」です。 自分の美意識が明確でないのに、他の美意識と格闘し新たな価値を創造するなんて出来ないですよね?日本の diversity(多様性) や LGBT の議論を耳にして感ずる違和感です。自分が生きて行く上での物差しは他者とは違うということです。

マックス・ウェーバー

マックス・ウェーバーは、「国家とは、或る特定の地域の内部で正当な物理的強制力の独占を要求する人間共同体である」と言いました。これは極端な考え方ではなくて、国際社会で常識として通用することです。ウェーバーの言う「正当な物理的強制力」とは、国防と警察のことです。「人間共同体」とは、自分の住む或る特定の地域を愛する人たち、我々の場合は日本人ですね。つまり、郷土愛です(文化と言ってもいい)。郷土愛の集合体、これが愛国心になるわけです。防衛、国内治安としての警察権力、そして国法(憲法)がそろって国家になるというのがウェーバーが言った事なのです。ウェーバーの言葉を念頭に今の日本を考えてみて下さい。

だとすると、、、

日本の課題を突き詰めて考えると「日本人の国家意識の欠如」という大きな壁にぶちあたってしまいます。イノベーション的なことではなく、時間はかかるが一人一人が自分の価値判断の基準(物差し)や時間に関するセンスを身につけることから始めるしかないでしょう。

夏目漱石の『三四郎』の広田先生の名言「日本は滅びる」はいよいよ現実になってきました。

三四郎は広田先生に「日本には富士山がある!」と言ったのですが、広田先生は「富士山は日本一の名物だ。あれよりほかに自慢するものは何もない。ところがその富士山は天然自然に昔からあったものなんだからしかたがない。我々がこしらえたものじゃない」と言った。

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2023年2月11日土曜日

食べる楽しみは生きる楽しみ





ポークステーキ with 
パイナップル・ソース 




子供の頃は絶対に食べなかったパイナップルソースですが、50代後半くらいから好きになり癖になりました。年を取るってロクなことはないのですが、良い点は食物の嗜好が変わってオプションの幅が拡がることです。食べる楽しみは生きる楽しみでもある。

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2023年2月10日金曜日

日記をつけて自分と対話する


地方や限界集落への移住の失敗例が枚挙にいとまがないそうです。

共通の信念やビジョンがないことや、手段と目的が逆転してることが根本的な原因ではないでしょうか? 島国で単一民族の日本人にとって、共同主観の形成は日本人が最も苦手とするところです。実は「情報化(デジタルやDX)」の問題も「個と公共」の問題もLGBTと含む「異文化コミュニケーション」の問題も多くは同じ原因だと思われます。

『迷子になる地図』で日記をつけながら自分との対話を継続する事は非常に重要で、共同主観の形成の基本となるのです。日記は自己形成であり自分をコントロールする克己であるからです。

東京23区の人口 1年で「転入超過」に戻る 一極集中再び活発か | NHK | 東京都

東京23区の人口 1年で「転入超過」に戻る 一極集中再び活発か

2023年1月30日 16時58分 NHK news


ここ数年ふたたび東京への人の流入が増加しているそうです。

昔『村八分』というバンドが存在しました(1969年~1973年)。『頭脳警察』は比較的に有名で今でも話題に上りますが、村八分はもっと過激に体制を批判したこともあり、殆ど話題になりません。

アメリカにもヨーロッパにも閉鎖的な村八分的なところは存在します。日本だけにあるものじゃない。ただ、個人主義が進んでいる欧米では村八分を跳ね返す個人の強さ(自立)も同時に存在します。そのように教育している。それが度々過剰な自己中になる問題はあるのですが、、、。

村八分のメンバーはアメリカを放浪したりハーフだったりと日本社会からは村八分にあっていた、もしかしたら居場所がなかったのかも知れません。オリジナルメンバーは全員が亡くなっています(生きていたら70代前半)。日本の音楽界は1971年の吉田拓郎の「結婚しようよ」あたりから変わった。反体制の棘がなくなった。日本の世の中はこの頃から完全思考停止に入って行ったのかも知れません(全くの私見です)。

田舎は相変わらず田舎で村八分が存在する。中間的な地方都市は過疎化が進み没落していく。個人主義が不完全なのに住民自治は難しい。要するに、共同主観的にその地域に住む当事者に住み良い場を提供できるかどうかなのですが、依存心が強い日本ではパターナリズムが蔓延る。一人一人が倫理的な主体となる自己決定権を育む教育に転換しないと、今に日本は滅びる。同性婚で更迭された秘書官やLGBTに関する国会の議論は小学校5年生くらいの学級会レベルでしょう。各論すぎて抽象度が低すぎる。

以上は必ずしも高齢者の思い上がりからの発言ではないと信じるのですが、それがそもそも年寄りの思い上がりか!

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2023年2月8日水曜日

隠居から老害へ

テイラーギター NS32CE(2002年製)が修理から戻ってきました。今回の修理は糸巻の交換でした。期待はしていなかったのですが、テイラー製の全く同じ糸巻に交換することができました。ブリッジ部分のクラック修理は10年ほど前に行いました。私の取り扱いも悪いのですが劣化は激しい。もともと高価なギターでもないのですが非常に愛着のあるギターです。ピックアップは壊れたままです。




世界中おかしな出来事ばかりですね。

なかでも日本の最近の事件はすさまじい。広域強盗事件なんて、端的に日本社会の劣化を表しています。小学生レベルの価値判断ができない。それをスマホなどテクノロジーが助長する。20歳で強盗殺人未遂で捕まると恐らく無期懲役でしょう。半世紀を塀の中で暮らすことになる。殺していたら死刑判決の可能性もある。いくらのお金を手にするためにやっているのか、、、。

平安末期の乱世から鎌倉時代に『平家物語』とか『方丈記』や『徒然草』が存在したということは、当時の日本人は価値判断の基準や時間に関するセンスは持っていたのだろうと思います。60~70年代前半は、国家として自立・独立していない日本を憂いた若者は学生運動やロック(頭脳警察や村八分)に救いを求めた。

今は恐らく「何をどうしたらいいかわからない」「何も考えたくない」のでしょう。オルテガの『大衆の反逆』は1920年代の世界に警鐘を鳴らした。1927年に自殺した芥川龍之介は芥川なりの日本社会への警告だったのではないでしょうか? 当時の日本は理解できずに大衆の勢いに押され昭和の戦争に突入し滅亡寸前まで行きましたが、、、。だとすると、いまの状況を脱却するドライバー(原動力)って何でしょうね?

「三鷹の隠居」は「三鷹の老害」に名を変えたほうがいいかも知れません。いたずらに歳をとっただけの老いぼれの思い上がりは増長されるばかり。まだまだ修行がたりませんね。












2023年2月7日火曜日

ボストンベイクドビーンズとバーボンチキン

Boston Baked Beans と Bourbon Chicken 

アメリカのショッピングセンターのフードコートには必ずある Bourbon Chicken は bourbon wiskey とは関係なく、ニューオリンズのバーボン・ストリートの中華屋さんが発祥だそうです。だから味は醤油と砂糖が基本。一方、Boston Baked Beans はモラセス(糖蜜)と塩豚かベーコンが味付けの基本です(砂糖や醤油は入っていません)。豆は白インゲンです。





2023年1月31日火曜日

鮎川誠さん

 

シーナ&ロケッツの鮎川誠が亡くなった。

1970年代のサンハウスというグループの頃から注目していました。YouTube が登場してからは、鮎川誠のビデオは観ることにしていました。

鮎川誠は福岡の人で彼の話す博多弁(九州弁: 筑後弁 /シーナの故郷の北九州若松弁とミックスした鮎川弁)が好きです。鮎川誠は愛情が非常に強い人です。先に亡くなった奥さんのシーナに対してはもちろんのこと、3人の娘さんやお孫さん、半世紀使っているギブソンのレスポールというギターや友人たちやら。。。

鮎川誠はアメリカ人の父親と日本人の母親のハーフです。福岡というところは私がいた頃(1960年~1970年)は米軍の街であり米軍関係者が多かった(米軍の板付空港が日本に返還され福岡空港になったのは1972年)。さらに朝鮮半島も近いこともあり朝鮮人や中国人も多かった。それらがうまく共生していたように思います。福岡には Love the one you are with って精神があったのかも知れませんね。

悲しくてしかたがないけど、素晴らしい人生だったと思う。ご本人も満足でしょう。R.I.P.

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2023年1月29日日曜日

ごぼう

ごぼうの肉巻き(八幡巻)

ごぼうは地中に長くまっすぐ根を張ることから、家庭や組織の基礎がしっかりと堅固であることを願い、縁起のいい食材としておせちに使われます。ibg のスローガンは「照顧脚下」です。

「日本軍は捕虜に木の根っこや枝を食べさせた。これは捕虜虐待だ」と敗戦後の裁判で訴えがありました。木の根っこというのは「ごぼう」です。日本軍の兵士も同じものを食べていました。本間雅晴中将(フィリピン方面大14軍)は戦後の戦争裁判で捕虜虐待その他の罪で銃殺刑に処されました。本間中将は今村均大将の親友で、親英米の人道主義者で大変立派な日本人でした。