2023年2月10日金曜日

日記をつけて自分と対話する


地方や限界集落への移住の失敗例が枚挙にいとまがないそうです。

共通の信念やビジョンがないことや、手段と目的が逆転してることが根本的な原因ではないでしょうか? 島国で単一民族の日本人にとって、共同主観の形成は日本人が最も苦手とするところです。実は「情報化(デジタルやDX)」の問題も「個と公共」の問題もLGBTと含む「異文化コミュニケーション」の問題も多くは同じ原因だと思われます。

『迷子になる地図』で日記をつけながら自分との対話を継続する事は非常に重要で、共同主観の形成の基本となるのです。日記は自己形成であり自分をコントロールする克己であるからです。

東京23区の人口 1年で「転入超過」に戻る 一極集中再び活発か | NHK | 東京都

東京23区の人口 1年で「転入超過」に戻る 一極集中再び活発か

2023年1月30日 16時58分 NHK news


ここ数年ふたたび東京への人の流入が増加しているそうです。

昔『村八分』というバンドが存在しました(1969年~1973年)。『頭脳警察』は比較的に有名で今でも話題に上りますが、村八分はもっと過激に体制を批判したこともあり、殆ど話題になりません。

アメリカにもヨーロッパにも閉鎖的な村八分的なところは存在します。日本だけにあるものじゃない。ただ、個人主義が進んでいる欧米では村八分を跳ね返す個人の強さ(自立)も同時に存在します。そのように教育している。それが度々過剰な自己中になる問題はあるのですが、、、。

村八分のメンバーはアメリカを放浪したりハーフだったりと日本社会からは村八分にあっていた、もしかしたら居場所がなかったのかも知れません。オリジナルメンバーは全員が亡くなっています(生きていたら70代前半)。日本の音楽界は1971年の吉田拓郎の「結婚しようよ」あたりから変わった。反体制の棘がなくなった。日本の世の中はこの頃から完全思考停止に入って行ったのかも知れません(全くの私見です)。

田舎は相変わらず田舎で村八分が存在する。中間的な地方都市は過疎化が進み没落していく。個人主義が不完全なのに住民自治は難しい。要するに、共同主観的にその地域に住む当事者に住み良い場を提供できるかどうかなのですが、依存心が強い日本ではパターナリズムが蔓延る。一人一人が倫理的な主体となる自己決定権を育む教育に転換しないと、今に日本は滅びる。同性婚で更迭された秘書官やLGBTに関する国会の議論は小学校5年生くらいの学級会レベルでしょう。各論すぎて抽象度が低すぎる。

以上は必ずしも高齢者の思い上がりからの発言ではないと信じるのですが、それがそもそも年寄りの思い上がりか!

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2023年2月8日水曜日

隠居から老害へ

テイラーギター NS32CE(2002年製)が修理から戻ってきました。今回の修理は糸巻の交換でした。期待はしていなかったのですが、テイラー製の全く同じ糸巻に交換することができました。ブリッジ部分のクラック修理は10年ほど前に行いました。私の取り扱いも悪いのですが劣化は激しい。もともと高価なギターでもないのですが非常に愛着のあるギターです。ピックアップは壊れたままです。




世界中おかしな出来事ばかりですね。

なかでも日本の最近の事件はすさまじい。広域強盗事件なんて、端的に日本社会の劣化を表しています。小学生レベルの価値判断ができない。それをスマホなどテクノロジーが助長する。20歳で強盗殺人未遂で捕まると恐らく無期懲役でしょう。半世紀を塀の中で暮らすことになる。殺していたら死刑判決の可能性もある。いくらのお金を手にするためにやっているのか、、、。

平安末期の乱世から鎌倉時代に『平家物語』とか『方丈記』や『徒然草』が存在したということは、当時の日本人は価値判断の基準時間に関するセンスは持っていたのだろうと思います。60~70年代前半は、国家として自立・独立していない日本を憂いた若者は学生運動やロック(頭脳警察や村八分)に救いを求めた。

今は恐らく「何をどうしたらいいかわからない」「何も考えたくない」のでしょう。オルテガの『大衆の反逆』は1920年代の世界に警鐘を鳴らした。1927年に自殺した芥川龍之介は芥川なりの日本社会への警告だったのではないでしょうか? 当時の日本は理解できずに大衆の勢いに押され昭和の戦争に突入し滅亡寸前まで行きましたが、、、。だとすると、いまの状況を脱却するドライバー(原動力)って何でしょうね?

「三鷹の隠居」は「三鷹の老害」に名を変えたほうがいいかも知れません。いたずらに歳をとっただけの老いぼれの思い上がりは増長されるばかり。まだまだ修行がたりませんね。












2023年2月7日火曜日

ボストンベイクドビーンズとバーボンチキン

Boston Baked Beans と Bourbon Chicken 

アメリカのショッピングセンターのフードコートには必ずある Bourbon Chicken は bourbon wiskey とは関係なく、ニューオリンズのバーボン・ストリートの中華屋さんが発祥だそうです。だから味は醤油と砂糖が基本。一方、Boston Baked Beans はモラセス(糖蜜)と塩豚かベーコンが味付けの基本です(砂糖や醤油は入っていません)。豆は白インゲンです。





2023年1月31日火曜日

鮎川誠さん

 

シーナ&ロケッツの鮎川誠が亡くなった。

1970年代のサンハウスというグループの頃から注目していました。YouTube が登場してからは、鮎川誠のビデオは観ることにしていました。

鮎川誠は福岡の人で彼の話す博多弁(九州弁: 筑後弁 /シーナの故郷の北九州若松弁とミックスした鮎川弁)が好きです。鮎川誠は愛情が非常に強い人です。先に亡くなった奥さんのシーナに対してはもちろんのこと、3人の娘さんやお孫さん、半世紀使っているギブソンのレスポールというギターや友人たちやら。。。

鮎川誠はアメリカ人の父親と日本人の母親のハーフです。福岡というところは私がいた頃(1960年~1970年)は米軍の街であり米軍関係者が多かった(米軍の板付空港が日本に返還され福岡空港になったのは1972年)。さらに朝鮮半島も近いこともあり朝鮮人や中国人も多かった。それらがうまく共生していたように思います。福岡には Love the one you are with って精神があったのかも知れませんね。

悲しくてしかたがないけど、素晴らしい人生だったと思う。ご本人も満足でしょう。R.I.P.

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2023年1月29日日曜日

ごぼう

ごぼうの肉巻き(八幡巻)

ごぼうは地中に長くまっすぐ根を張ることから、家庭や組織の基礎がしっかりと堅固であることを願い、縁起のいい食材としておせちに使われます。ibg のスローガンは「照顧脚下」です。

「日本軍は捕虜に木の根っこや枝を食べさせた。これは捕虜虐待だ」と敗戦後の裁判で訴えがありました。木の根っこというのは「ごぼう」です。日本軍の兵士も同じものを食べていました。本間雅晴中将(フィリピン方面大14軍)は戦後の戦争裁判で捕虜虐待その他の罪で銃殺刑に処されました。本間中将は今村均大将の親友で、親英米の人道主義者で大変立派な日本人でした。





2023年1月28日土曜日

ジェフ・ベックが亡くなった

ジェフ・ベックが亡くなりました。自分にとってここまでショックだとは正直驚いています。

クラプトンとジミー・ペイジと亡くなったジェフ・ベックが3大ロック・ギタリストと言われていますが、3人とも60年代イギリスのヤードバーズというグループに交代で在席していました。クラプトンは私にとってはボーカリストです。黒人ブルースのフレーズは黒人よりも黒っぽい。真似の隙間で自分のオリジナルを出しているのですが、そのオリジナルが秀逸なのです。

ペイジはギタリストでありプロデューサーです。ツェッペリンというヤードバーズの後継みたいなバンドをプロデュースしました。ツェッペリンは今でもよく聞きます(1970年代前半までの楽曲)。クラプトンだって1975年くらいまでのクラプトンが好きです。ベックもフュージョンになる前、70年代半ばまでが特に好きです。

要するに、彼らとの出会いと当時の自分の年齢がポイントなのです。彼らは私の自己が形成される過程での重要な存在ですね。だから今でも同じ音楽を聴いて当時を思い出します。

1973年、ジェフ・ベック(BBA)の大阪公演を観ました(中間試験直前だったと思う)。日本中のギター小僧は「ベックのピックは何を使ってるんだ?竹を使っているのだろう」という噂まで流れていた。私は前から12番目の席で目を凝らして見ていたのですが、何が何だか分からないうちに終わりました。

今だとYouTubeがあって画像を繰り返し見ることができる。0.5倍速にだってできる。ギターTAB譜だってネットで見ることができます。もちろん、それでもジェフ・ベックのようには弾けないのですが、隅から隅まで分かってしまう。100%分かると想像の余地がなくなります。1970年代のギター小僧たちは夏休みの間中、会えば自分の考えを主張して侃侃諤諤の議論をしていました。分からない部分は各自が想像して自分で行間を埋めるしかない。でもそういった積み重ねが後々の個性豊かなプロギタリストを生んだんでしょうね。

私は一生かかっても真似をする領域にも達することはない。熱意も才能も不足しているのでしょう。でも満足満足。ありがとう、ジェフ・ベック。R.I.P. 



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2023年1月26日木曜日

今だからこそ『ガリヴァ旅行記』

300年前に出版されたスイフトの『ガリヴァ旅行記』は読解が難しい。私は高齢者になった今でも正しく読めているのか全く自信がありません。しかし、第三篇「空飛ぶ島」は今の世界、特に超高齢化社会の日本にとって示唆に富む内容だと思いました。

不死ではあるが不老ではない王国、老化から逃れることはできず、いずれ身体も目も耳も衰え集中力も記憶も定かでなくなる。日々の不自由に延々と愚痴をこぼし、長く生きているために強大なエゴで周囲を見下す低俗な人間になっていく。やがて死なないことを嘆いて行く。

頑固で気難しくて何に対しても批判的で、、、、自分を見ていると、高齢化社会のネガティブな特徴が凝縮されているように感じます。日本の高齢化の問題は想像以上に大きい。ジジババや親が間違っていると子供は間違った大人に育ってしまいます。

第三篇、第四篇は「人間は愚かだから日々を大事にして一生懸命考えましょうね」と読めてしまいます。それは我々 ibg のポストコロナの羅針盤としてまとめた『迷子になる地図』に通じるところがあると思いました。日々考えて精一杯自分の人生を生きるということです。死が生に勝って、人は必ず死ぬ、不可逆的で日々死に向かって進んでいるのです。

だとすると、今の日本社会は多くの人が時間の感覚をなくして「わかんなぁ~~~い」じゃないでしょうか? 適応異常なのか過剰適応なのか、外圧に対して右往左往するだけで、自分では何処に行ったらいいか分からない状態、、、。 

正解はなくても大事なのは Seize The Day(今を生きる)ということです。平家物語や方丈記や徒然草の頃に日本人は無常ということを理解していたのです。

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