2015年2月26日木曜日

合理性だけでは乗り切れない

奈良 春日大社の灯篭

日本のビジネスの世界で「オーガニックグロース」という言葉が使われだしました。

実は、昔から欧米でのビジネス界で使われていたのですが、最近になってカタカナ語で日本で使われだしました。 色々と独自解釈があるようですが、学生さんや若いビジネスパーソンが誤解しないように、私の卑見を少々、、。

会社は組織があってその中で人が部品として働くものです。 それは合理性が支配する部分です(ある程度計算できる)。 しかし、組織の根底には「Organism(有機体)」がある、つまり、人が人と結びつく信頼関係の部分です。 そこで、時間をかけて信頼関係が醸成され文化が構築される。 国境を跨いでも同じことです。 人それぞれの中には経験知が蓄積されていて、それが結びつく。 組織の未来には予測可能なRISKと、予測できないCRISISが待ち受けています。

有機体の部分がない合理性だけの組織では、予測できないCRISISを乗り越えるのは難しい。M&Aの難しさはそこにあると思います。 ごく一部の日本企業は承知してるだろうと思いますが、「オーガニックグロースに限界があるから、だったらM&Aだ」というのは、非常に短絡的な発想だと思います。

教育に関して言わせてもらうならば、合理的な部分だけの教育をやっていては大人になってから取り返しのつかない致命傷となるのです。

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2015年2月23日月曜日

剣客商売 ~ 息子を見守る父親の気持ち

人生の浮沈に思いを馳せる

『剣客商売』(けんかくしょうばい)は、池波正太郎による時代小説です。 20代の頃、池波正太郎の時代小説を読みあさりました。 『鬼平犯科帳』、『仕掛け人・藤枝梅安』のような派手さはありませんが、秋山父子を中心とする物語である『剣客商売』が好きでした。 四半世紀が経ち、自分が主人公である老剣客秋山小兵衛の年になって読み返してみると、一人前の剣士になって家庭を持った息子を見守る小兵衛の気持ちを少しは感じ取ることができたかなと思いました。

剣術というものは、一所懸命にやって先ず十年。それほどにやらぬと、おれは強いという自信(こころ)にはなれぬ。そこでな、十年やって、さらにまた十年やると、今度は、相手の強さがわかってくる。それからまた、十年やるとな……」。三十年も剣術をやると、今度は、おのれがいかに弱いかということがわかる」、四十年やると、もう何がなんだか、わけがわからなくなってくる」。

先週、3年半ぶりに息子が一時帰国していました。 話したいことは山ほどあったのですが、顔を合わせるとなかなか口には出せないものですね。 

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2015年2月16日月曜日

アインシュタインのピアノ


奈良ホテルでアインシュタインが宿泊時(1922年)に弾いたというピアノを見ました。 以前このブログで、アインシュタインの以下の名言を紹介しました。

「学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ」

彼の業績を理解する能力は私にはありませんが、アインシュタインの名言を信じた私は子供の頃から一方的にアインシュタインに愛着を感じていました。 ユーモアのセンスと辛口のコメントを得意としたというアインシュタイン、小さい時からピアノにもバイオリンにも親しみ、情緒豊かな天才だったのでしょう。

「ゲームのルールを知ることが大事だ。そしてルールを学んだあとは、誰よりも上手にプレイするだけだ」

この言葉も名言で、個人の人生でも会社でも国家でも、ルールに汲々としてゲームを楽しめない日本人は損をします。










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2015年2月7日土曜日

まだまだ禽獣の域を脱しない世界


福沢諭吉の極めて厳格な視点からすると、今の世界は依然として『禽獣の域』を出ていないのでしょう。 

人間って、矛盾だらけで間違いだらけ。だから、人間で成り立つ国家も同じようなものなのです。 ここ十数年を振り返っても、アフガニスタン紛争からイラク戦争、アラブの春、シリア内紛、ウクライナ問題、ナイジェリアのボコ・ハラム、コンゴ、イエメン、新疆ウイグルにチベット、そしてISILと言われるテロリスト集団。世界の紛争地帯は無くなるどころか、反対に拡大しています。

福沢諭吉は「恕(じょ)」という事を言っています。それは、「同じレベルの他者には「敬意」をもって対応し、対等でない状態の他者には「情愛」をもって思いやると言うことです。 福沢諭吉は、家族関係が発展し世界中に広がると世界は文明化すると言ったのですが、果たして、どれくらいのタイムラインを考えていたのでしょうか? 500年、それとも1000年?


もしかしたら、人間は永遠に愚かで、愚かな人間の矛盾や間違いに対応し続けるのが「人が生きる」と言う事なのだと言っているのかも知れません。

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2015年2月4日水曜日

インテリジェンスとインテレクト

一神教の宗教と国際テロリズムと日本人の宗教観とは異なる

明確なVISIONを持っていれば、必要な情報は必ずアンテナに引っかかる。VISIONがなかったら情報は集まらない。組織(または国家)でVISIONを共有していれば、ベクトルを同一とする情報が組織(国家)に集まる。したがって、組織(国家)として統一した行動がとれるのです。 個人でも同じです。 明確なVISIONを持っていると成功する確率が高くなると思います。

ここで重要なことがインテリジェンスとインテレクトの違いです。

情報力と言った場合、インテリジェンスだけでなく、更に重要なのがインテレクトです。インテリジェンスは学校で習うことやネットで収集できる量的に測定可能な情報(IQとか偏差値)。一方、インテレクトは断片的なバラバラな情報から全体を把握する力です(想像力と言ってもいい)。 このあたりは、渡部昇一さんの昔の本(「知的生活」等)を読むと詳しく出ています。

要するに、インテレクトなしにインテリジェンスだけ積み上げても役に立たないのです。

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2015年1月28日水曜日

オーナーシップの欠如

スマートキー
(キーを出さずに身につけているだけでドアの開け閉めやエンジン始動もできる)

テロでも戦争でも避けたいと考えるなら、しっかりとオーナーシップを持たないとダメだと思います。 事件が起こった時だけ空想平和的な議論を重ねても、恐らく井戸端会議の域を出ないのです。 TVに出てくる知識人や専門家と言われる人たちには、オーナーシップをもって責任をとる覚悟で発言している人が少ない。

日本企業の会社経営もよく似たところがあります。 オーナーシップの所在が不明確だということです。 「会社は株主だけのものじゃない!」と声高に叫ぶのですが、結局は責任の所在が不明確で、誰も責任をとらない、タイムリーに意思決定ができないということが少なくないのです。 

これって、戦後民主主義教育の賜物だと言わざるを得ないのでしょう。 言い換えると、アメリカの占領政策の薬が効きすぎた。 いつまでも覚醒しないまま夢の中をト~ロト~ロと70年が経ってしまった。 この70年のアメリカのグローバル展開を検証すると、ベトナム戦争を筆頭に、どこも成功していない。アメリカの薬は日本人にだけ薬効があるのでしょうか?!

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2015年1月18日日曜日

河豚を口にせんような人は、、、


上海から仕事仲間が来て、三鷹で新年会を開催しました。

ITの技術的な話から国際情勢の話題まで、ibgの飲み会は刺激的です。個人と会社と国家を行ったり来たり、全部まとめて議論します。

プラグマティックとアカデミックのバランス、又は、理論と実践のバランスが取れて来ている。口だけじゃない、今だけじゃない、金だけじゃない、自分だけじゃない仲間の結束は一番の理想です。

北大路魯山人

皆の者ども食えとはいわない。いやなものはいやでいい。ただ、ふぐを恐ろしがって口にせんような人は、それが大臣であっても、学者であっても、私の経験に徴すると、その多くが意気地なしで、インテリ風で、秀才型で、その実、気の利きいた人間でない場合が多い。そこが常識家の非常識であるともいえる。

死なんていうものは、もともと宿命的に決定されているものだ。いたずらに死に恐怖を感ずるのは、常識至らずして、未だ人生を悟らないからではないか。

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