2014年1月14日火曜日

大阪の憂鬱


荻窪の大阪に行ってきました。 以前から気になっていた串カツ屋さんです。 中央線のすぐ横なので、これまでは車窓から行列ができる様子を眺めているだけでした。 

大阪を書くということには私なりの青春の回顧があった。 しかし、私はいま回顧談をもとめられているわけではない」。 文学不毛の地と言われる大阪が生んだ織田作之助 『大阪の憂鬱』(1946年)の一節です。 ついでに申しますと、織田作之助は私の卒業した高校の先輩です。 

荻窪の大阪は、大阪伝統の串カツといっても、私がお酒を飲み始めた頃に通った阪急梅田の立ち飲みの串カツ屋とは違って、随分と上品でした。

やしきたかじんの訃報を聞いたこともあり、大阪が気になっていたのです。 たかじんを失った大阪は、織田作之助の言葉を借りると、ますますあわれに痩せ方が目立って行くのでしょうか? それとも、あわれな悪あがきをするのか?










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