2016年12月17日土曜日

キャリアとは?


キャリアとは、自己発達(成長)の中で、報酬を得る職業と、人生の他の出来事や役割をつないだものです。 報酬を得る職業はキャリアの中心となるわけですが、報酬を伴わない日々の生活や社会貢献などもキャリアに含まれるのです。 キャリアとは、その人の人生だと言えます。

学校と社会にはギャップがあります。 自分が入社した会社と世の中にもギャップがあるかもしれない。 日本の社会はキリスト教やイスラム教などの宗教が絶対的規範である世界観とは全く異なるかも知れません。

要するに、キャリアに対して責任を負うのは、政府でも学校でもなく、自分であるということです。

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2016年12月15日木曜日

チャーリーのキャリア・カウンセリング

今朝の夜明けは新東名浜松SA

私は飼い主として、または、目上の人として、チャーリーが自分自身を理解するよう支援する責任があります。 

日本の多くの学生さんや社会人と違って、チャーリーは自分が何が得意で、興味の対象は何か、自分の大事なものは何か、自分はいまどんな状況に置かれているのかなどを理解し、覚悟の上でイタズラをしているので、チャーリーに対するキャリア・カウンセリングは簡単です。 叱りつけるか、イタズラをしたら3秒以内にお尻をバシッです。

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2016年12月14日水曜日

日本教の社会学


【第1部】 日本社会の戦前、戦後
第1章 戦後日本は民主主義国家ではない
第2章 戦前日本は軍国主義国家ではない
【第2部】 神学としての日本教
第3章 宗教へのコメント
第4章 日本教の教義
第5章 日本教の救済儀礼
第6章 日本教における神議論
第7章 日本教ファンダメンタリズム
【第3部】現代日本社会の成立と日本教の倫理
第8章 日本資本主義の精神
第9章 日本資本主義の基盤―崎門の学

1981年の本が復刻されました。 1990年代、在米日本企業の人たちと話をするときに、かなり多くを引用させてもらいました。 特に、第8章の「日本資本主義の精神」は、海外で仕事をする日本人にとって必読だと思います。 契約に関する考え方は、欧米流と日本型の精神の違いを頭に入れておかないと、現地社員との間に大きな誤解を生むことになります。







2016年12月4日日曜日

働き方改革 ~ 仕事とは?

学生時代の音楽仲間が退職し赤坂にワインバーを開きました

「仕事とは?」と聞かれた場合、色んな意見があると思います。 社会や会社のきまり(規範)に従うことだという人、お金のために働くんだと答える方、社会的信用の獲得のため、自己成長のために働くんだ、、、それぞれウェイトが違うし、世代によっても国柄によっても異なるのが普通だと思います。

仕事観は人生観にもつながります、すなわち、どんな仕事をするかって、その人の人生そのものだからです。 ますます高齢化する日本の社会では、自分の属する組織の鎧を外した時のことを考える必要があります。 個人があらわになった時の自分には何があるかを、月給があるうち、仕事仲間がいるうちに考え始めるのがうまいやりかただと思います。

これらは、今の日本が直面する大きな問題だと思います。 働き方改革の議論が盛んなようですが、
何が理想で何が現実的なのかは人それぞれ、政府が決めることじゃないでしょう。

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2016年11月29日火曜日

精神の近代化

そろそろ4歳、でもあくまでも利己的個人主義のチャーリー

政府主導の働き方改革の意見交換が活発になっているようです。

大前提として、世界と日本の歴史の流れ、その中で日本の特異性を頭に入れておいたほうがいいと思いました。

世界史の流れはご存知の通り、ルネッサンス・・・・➡ 宗教革命・フランス革命 ➡ 近代国家の成立です。 一方、日本は戦国時代 ➡ 安土桃山 ➡ 200年以上続いた江戸時代 ➡ 開国・明治維新です。

ルネッサンス以降の欧州近代精神のポイントは以下の3つです。
  • Humanism(人間主義)
  • Rationalism(合理主義)
  • Personalism(人格主義)
夏目漱石(『三四郎』、『私の個人主義』)や森鴎外(『青年』)など明治の文豪は、日本の近代化に対し問題提起しました。 明治の文豪たちは鹿鳴館の上滑りの大騒ぎを見て、精神の近代化が文明に追いついていないことを憂いたのでしょう。福沢諭吉は『文明論之概略』の中で「文明は手段で文化は目的だ」と言っています。

近代精神の中でも重要な意味を持っているのが Personalism です。 自分自身を目的とする自律的能動的な主体として自分を考えるのです。 カントのいう人格自律の信念です(利己主義でなく利他的個人主義)。 この信念の不徹底な社会は、どんなに表面的な文明が進んだとしても、それは近代社会とは言えません。

惰性的な50代にならないためには、20~40代に理想をもって日々の仕事を理想に結びつけて乗り切るしかないでしょう。 明治維新から150年が経ちましたが、多くの日本人は、自己の人格に自律と自由を確信できていないのだろうと思います。 

ヨーロッパの近代化を振り返り、日本の近代化の特異性を検証してみては如何でしょう?

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2016年11月20日日曜日

祭りのあと

能動的で、あくまで主体性の強いチャーリー

魯迅は「阿Q正伝」の中で中国人の自尊心の強さや主体性の無さに警告を発しました。 世界が第一次世界大戦に突入するころです。主人公の阿Qは、革命が何かも知らず「革命、革命!」と唱えれば革命が起こり、何かいいことがやってくるような気がして、とうとう何も解らないまま処刑されてしまいます。

「人間の世の中はもともとこんなもんで、時には首を斬られなければならないこともあるかもしれない」。

自らの「運命」に責任を持つのが近代国家の国民なのですが、阿Qには全くそうした意識がない受動的な人生です。 魯迅は当時の中国の状況を見て痛烈に批判し告発したかったのでしょう。 魯迅は愛国者だったのです。

アメリカ大統領選が終わりました。 祭りのあとです。

民主主義の成れの果てが専制であり全体主義に陥る危険性を含んでいることを世界が理解したのではないでしょうか? 自由と平等が実現できない場合、つまり、明らかに格差が開きすぎた場合、為政者は国民の不平不満を何とかしなければなりません。 そうして辿る道が専制や全体主義なのです。 これは、もちろん私が言い出したことではなく、ギリシャの哲学者プラトンの言葉です。道理でアメリカではギリシャ哲学は人気がない、、、、。

さて、トランプさんは反エリートの期待に応えることができるでしょうか?

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2016年11月6日日曜日

茹でガエル

金曜の夜、歌舞伎町は半分以上が外国人でした

いよいよアメリカ大統領が決まる日がやってきます。

トランプの反エリートと反移民という主張は、イギリスのBREXIT(EU離脱)に至った原因と似ているような気がします。 なんだか世界中が中国の階級闘争みたいになってきました。

世界中で格差と移民が不信や不満を生んでいます。 アメリカと中国が真剣に二極覇権を考え出さないうちに、イギリスや日本が覇権ではない伝統と文化の強い国としてグローバリゼーション後の新体制の中で主導権をとると面白い展開になると思います。

それには日本はどうすればいいのでしょうか?

まずは、矛盾や非論理的なことに対して無条件に降伏する自らの体質を自覚し、それが危機的状況であると認識し、当事者意識をもつことでしょう。 それが混沌とした新秩序の中で生き抜く大前提です(国民も企業も国家も)。

現状が心地よいって、茹でガエル状態以外の何者でもないのです。

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