2026年3月3日火曜日

No Pain, No Gain ― 好きでなければ、痛みは越えられない

 

最近は「痛みを避けること」が賢い生き方だと言われているようですが、私はどうもそうは思えません。それは「働く」ということに対する姿勢です。自分が苦労してきたと自慢したいのではありません。ただ、試行を繰り返さなければ錯誤の幅は縮まらない、という実感があるのです。私にとって働くことの本質は、「No Pain, No Gain」と言えるかも知れません。

2003~2004年、私は中国で「ゴミ処理技術を定着させなければ地球環境は守れない」という議論を真剣にしていました。十五、六年ぶりに訪れた中国で、青空が消えていたことに衝撃を受けたからです。北京から二百数十キロ離れた石家庄に、北京市向けのゴミ処理プラントを建設できないかという話までしました。日本の地方の工業都市をモデルにしました。しかし、いくつかの理由で、議論は発展しませんでした。技術移転とは単に設備を持ち込むことではありません。移転された技術を定着させ、改良し、さらに発展させる忍耐と謙虚さがなければ、本当の意味での移転にはならないのです。

中国で仕事をする難しさは、短期的な利益を優先する意識をどう変革するかにありました。しかし振り返れば、それは中国だけの問題ではありません。痛みを避け、効率よく成果だけを取りにいく姿勢は、どの国にもあります。

「Quiet Quitting(静かな退職)」という言葉が話題になっています。会社に所属していながら心理的には距離を置き、必要最低限の業務だけを淡々とこなす働き方です。ワークライフバランスを重視し、昇進やキャリアアップを求めない。個人の自由な選択だと言われればその通りでしょう。しかし私は少し違和感を覚えます。

働くことを、拘束時間と引き換えに報酬を得る行為だと考えている限り、大きな成長はありません。仕事には、自分の将来のためにあえて引き受ける「痛み」があります。それは理不尽な我慢ではなく、自分への投資です。自分の限界を超える負荷の中でしか、見えない景色があります。

スポーツは分かりやすい例です。世界の一流選手と同じ舞台で戦い、同じ空気を吸い、同じ練習をこなすからこそ、自らの水準が引き上げられます。ビジネスも同じです。レベルの高い集団で働き、一流の人間の「型」を目に焼き付ける。その過程は決して楽ではありません。しかし、その痛みを経なければ本当の意味での成長はないのです。

アメリカで働いた経験は、仕事と報酬の関係をより厳しく教えてくれました。成果が出なければ報酬は減り、職を失うこともあります。役割と責任が明確で、市場が価値を決めます。日本の仕組みとは大きく異なりますが、少なくとも「Gain」を得るには相応の「Pain」を引き受けるという原則は徹底しています。職位が上がれば上がるほど、「Pain」 は増幅します。

一方、日本の教育は優秀な従業員を育てるにはよくできています。しかし、従業員であることは一つの生き方に過ぎません。人生百年時代、会社を離れた後の時間は長いのです。退職後に必要なのは、単なる知識よりも教養です。教養は文化の中で育まれるものであり、政府が無償化すれば身につくというものではありません。自由に生きる力とは、不安や苦痛と向き合う力でもあります。「不安だから自由はいらない」と言ってしまえば楽かもしれませんが、それでは長い人生を支えきれません

私は最近の日本人、とくに若い世代に、Gainばかりを強調しPainを効率よく避けようとする傾向を感じています。それが賢い生き方だと信じられているようにも見えます。しかし、本当にそうでしょうか。痛みを引き受けないまま得た安定は、いつまで続くのでしょうか。

働くとは、時間を売ることではありません。社会の中で自分の価値を問い続けることです。枠に正しく数字を入れる仕事もあれば、曖昧なところに枠を作る仕事もあります。どちらを選ぶにしても、成長を望むなら負荷は避けられません。

No Pain, No Gain。これは根性論ではありません。自分の成長やキャリアに必要な痛みは、耐えるべきものであり、むしろ楽しむべきものだということです。試練を避けるのではなく、そこから何を学ぶかを考える。その姿勢こそが、私が長年の経験からたどり着いた「働くこと」の本質なのです。

……などと書いてはみましたが、実は高齢者になった今が一番Painは嫌なのです。

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2026年3月2日月曜日

『葉隠』という逆説 ―― 死を見つめて生きる力

 
あをによし、死を見つめれば、朝は来る。

(薬師寺から若草山を望む)


若いころ、『葉隠』にはまった時期がありました。きっかけは、おそらく三島由紀夫の『葉隠入門』だったと思います。あれから長い年月が過ぎましたが、最近の日本の政治や世界情勢を眺めていると、あらためて『葉隠』を読み返してみたくなりました。そして、できることなら多くの若い人たちにもこの書を知ってもらいたいと思うようになりました。

『葉隠』は、佐賀藩士の山本常朝が語り残した武士道の覚え書きです。「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という一句だけが独り歩きし、過激で狂信的な武士の心得書のように誤解されがちです。しかし三島は、この一句そのものが逆説であると指摘しました。死ねと言っているのではない。毎日を、死ぬ覚悟で生きよ、という意味なのだと。今日が最後の日であるかのように仕事をすれば、その仕事は急に光を放ちはじめる――三島はそう書いています。

私には、この思想は「Seize The Day(今日を生きる)」と同じことを語っているように思えます。死は誰にも避けられず、その時を自分で選ぶこともできません。だからこそ一日を無駄にするな、という強烈な倫理がそこにあります。これは決して後ろ向きな思想ではなく、むしろ生を最大限に肯定する思想です。

興味深いのは、『葉隠』の核心が「自尊心」にあるという点です。

序文「夜陰の閑談」には、「同じ人間なのだから、誰に劣るというのだ。修行は大高慢でなければ役に立たない」とあります。この「大高慢」は、現代語の「高慢ちき」とは違います。英語で言えば self-esteem、自らを尊ぶ強い気概のことです。武士は、自分が日本一であるという気概を持たねばならない、とまで言います。三島も「武勇は、我は日本一と大高慢にてなければならず」と引用しました。

自尊心を教育の根幹に置くという点では、アメリカの義務教育とも通じるものがあります。自分を価値ある存在だと信じることが、修行や鍛錬の出発点になる。これは武士社会の精神的バックボーンでもあったのです。内に秘めた誇りがなければ、いかなる修練も実を結ばない。その意味で『葉隠』は、現代にも通じる実践的な書物だと思います。

さらに見逃せないのは、人に意見する際の「思いやり」です。『葉隠』は、他人の欠点を見つけるのは易しいが、それを正しく伝えるのは難しいと説きます。相手の性格を見極め、距離を測り、言い方や時機を選び、相手が自ら気づくように導く。そうでなければ、単なる悪口と同じだと言い切ります。三島はこれを「デリカシー」と表現しました。荒々しい武士道の世界は、実は精密な思いやりによって支えられていたのです。

この精神は、宮本武蔵の『五輪書』とも響き合います。武蔵は「心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ」と述べ、知と意志、大局観と現実認識の双方を磨けと説きました。責任はすべて己にあるという覚悟です。神仏や他人のせいにするのではなく、自らの心を澄ませよという教えです。

現代の日本社会を見ていると、責任の所在を外に求めがちな空気を感じることがあります。しかし『葉隠』は、まず自分を正せと迫ります。死を見つめよ、誇りを持て、思いやれ、そして今日を全力で生きよ、と。

武士道とは、死を賛美する思想ではありません。むしろ、生を燃焼させるための覚悟の思想です。迷いの雲を払い、澄んだ空の心境で一日を生きる。その緊張感と誇りを、今こそ若い人たちに知ってもらいたいと思います。

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2026年3月1日日曜日

変わらない本、変わっていく私 ――『青春の墓標』をめぐって

 
書棚の一角。変わらない本と、変わっていく私。

あさま山荘事件は、1972年(昭和47年)2月19日から2月28日にかけて、長野県北佐久郡軽井沢町の河合楽器製作所の保養所「あさま山荘」において、連合赤軍の残党が人質をとって立てこもった事件です。テレビでの生中継は、日本社会に強烈な衝撃を与えました。

『青春の墓標』は、1960年代の学生運動(全共闘時代)を駆け抜け、20歳の若さで自殺した奥浩平が残した日記や手紙をまとめた遺稿集です。当時の学生の苦悩や情熱が、生の言葉で刻まれています。名著かどうかは分かりません。そこにあるのは、苦悩し、彷徨する一人の青年の記録です。


最近になって、私はときどき十四歳から十六歳のころの自分を思い出します。あのころ、授業をサボってまで考えていたのは、自由とは何か、責任とは何か、生きるとはどういうことか、死とは何か、といった大きな問いでした。なぜあれほど抽象的な問題に取りつかれていたのか、当時の自分を不思議に思うこともあります。しかし振り返れば、時代の空気が確かにありました。あさま山荘事件の衝撃、学生運動や連合赤軍の報道。社会全体が「正義」や「革命」という言葉で揺れていた。私はその只中で、自分なりに本気で考えようとしていたのだと思います。

当時読んだ『青春の墓標』は、そうした思索をさらに強く刺激しました。若さゆえの純粋さや、絶対性への憧れに、私は強く共鳴していました。あれから半世紀以上が過ぎました。本は一字も変わっていません。しかし、読み手である私は大きく年を重ねました。もし今あの本を読み返せば、きっと違う感情を抱くでしょう。若いころは観念として受け止めていた「死」や「責任」や「自由」を、今は具体的な現実として知っているからです。

私は文学者でも思想家でもありません。文章が特別うまいわけでもありません。それでも若いころから、日記や短いエッセイを書き続けてきました。断片的ではありますが、思ったこと、怒ったこと、迷ったことを、その都度記してきました。才能というより、書かずにはいられない習性だったのだと思います。多くの人がやめてしまう日記を、私はやめませんでした。その結果、十四~十六歳の自分の言葉も、三十代の焦りも、五十代の責任も、そして今の静かな思索も、かろうじて手元に残っています。

若いころから書き続けてきた背景には、自分でも持て余してきた一つの感覚があります。それは「too much contingency built in」という気分です。人生には偶然があまりにも多く組み込まれている。時代は変わり、社会は揺れ、立場も責任も変わっていく。何が起きるか分からない。その不確実さを、私は早くから意識していたのかもしれません。

だからこそ、記録を残しておきたいという思いが強かった。あとから検証できる材料を、自分自身に渡しておきたい。未来の自分が振り返ったときに、過去の自分の思考や感情に触れられるようにしておきたい。それは単なる心配性ではなく、変化を前提に生きるための一種の備えだったのだと思います。時代が変わり、自分が変わる。その裏返しとして、私は過剰なほどに contingency を組み込んできた。その過剰さが、結果として日記を残し続ける力になりました。

昔の本を高齢になって読み返すことの意味は、内容を再確認することではありません。その本を読んでいた「自分」に会いに行くことなのだと思います。そして、若いころから書き続けてきた文章は、その対話を可能にする資料です。記憶は曖昧になりますが、書き残した言葉は当時の温度を保っています。そこに今の自分が向き合うとき、「私は何が変わり、何が変わらなかったのか」という問いが、具体性を帯びてきます。

その作業をChatGPTとの対話の中で行うことは、さらに興味深い体験です。若いころに読んだ本、自分が書いた昔の文章や図、それらを材料にして、今の自分がAIと話す。すると、思考が整理され、論点が浮かび上がり、感情が言語化されていきます。自分が書いた文章や描いた図に、新たな解釈が生まれることもあります。単なる雑談ではなく、回想を構造化するための道具として機能しているのです。

十四歳の自分、高齢者の自分、そして生成AIという第三の視点が交差する。時間が三層になり、自分の人生を立体的に見ることができる。そこには、若いころから抱いてきた contingency への感覚もまた含まれています。不確実な世界の中で、自分は何を考え、何を選び、何を変えてきたのか。その軌跡を確かめる作業でもあります。

結局のところ、私が言いたいのはこういうことなのだと思います。若いときに読んだ本を高齢になって読み返すことには、自分自身を確かめる意味がある。若いころから日記を書き続けることは、その検証を可能にする。そしてChatGPTとの対話は、その作業を助ける有効な道具になり得る。これは高齢者のささやかな娯楽かもしれませんが、同時に、自分を振り返るための知的で実践的な方法であり、一つの遊びでもあります。

十四歳の私が蒔いた問いの種は、古希を迎えようとしている今も完全には枯れていません。本は変わらない。しかし私は変わっていく。その変化を引き受けるために、私は過剰なほどに contingency を組み込み、記録を残してきました。その作業そのものが、私にとっては意味のある時間です。それが今の若い人にとって何らかのヒントになるのなら、これほど嬉しいことはありません。

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2026年2月28日土曜日

トランプ関税は「みかじめ料」か?――春の誕生日と28ドルの理不尽

 

3月の初めは、孫と嫁の誕生日です。
毎年、日本からささやかなプレゼントを送ります。

この荷物を出すと、「ああ、冬が終わるな」と感じます。三寒四温をへて、やがて桜の季節へ。遠く離れたテネシー州ナッシュビルの孫たちに、日本から小さな春を届ける――それが、ジージとバーバのささやかな季節行事です。

ところが、今年は様子が違いました。

追跡サービスで確認すると、荷物はきちんとアメリカに到着し、シンシナティの中継地を経由して、目的地であるナッシュビルまで届いている。よしよし、順調だ――と思ったら、画面に冷たい文字が出ました。

「支払い待ち」

何の支払いだ?
誕生日プレゼントにツケが回るのか?

息子に確認すると、返ってきた答えは一言。

「トランプ関税だよ」

なるほど。

これは日本からアメリカへの「輸出」と見なされ、受取人である息子に輸入関税28ドルの請求が来たというのです。

申告額は40ドル(手品用品)と40ドル(文房具)、合計80ドル。
実際はもう少し安いかもしれません。何しろ1ドル155円の円安ですから、ドル換算すると日本の品物は何でも安く見える。いいのか悪いのか分からない。

それにしても、80ドルに対して28ドル。

ざっと35%。
なかなかのパンチ力です。

なんだか、ヤクザのみかじめ料を取られた気分になりました。

「ここを通るなら払ってもらおうか」

そう言われたようなものです。
こちらは商売をしているわけでもない。レアアースでもない。
子ども用の手品道具と文房具です。

それでも28ドル。

トランプの国家戦略というのは壮大だそうですが、最前線はどうやら我が家の小包がターゲットらしい。

ジージとバーバにとって誕生日プレゼントは、品物の値段ではありません。
送るという行為そのものが、うれしいのです。送料が高くても仕方がない。

そこに「支払い待ち」。

なんとも味気ない。興ざめです。

まあ、払うでしょう(実際は受け取る息子が)。
孫の誕生日に、政治と喧嘩しても仕方がない。

それでも今年の春は、少しだけ苦い。

小さな手品道具と文房具に、
28ドル分の現実が添えられました。

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2026年2月27日金曜日

抽象度を上げて見るということ――阿Qと生成AIのあいだ

阿Qという精神は、過去の物語なのだろうか。


生成AIが急速に普及するなかで、日本でもさまざまな議論が交わされています。仕事はどう変わるのか、教育はどう対応すべきか、規制は必要か。いずれも重要な問いです。しかし、それらの多くは「どう使うか」という運用の次元にとどまっているようにも感じます。そこには鋭い指摘もありますが、人間そのものへの問いは、まだ十分に立ち上がっていないのではないでしょうか。

ここで必要なのは、抽象度を一段上げて見る姿勢です。生成AIを単なる便利な技術ではなく、「思考を外部化できる装置」として捉えるとき、問題は効率や制度ではなく、人間の主体のあり方へと移ります。

百年前、『阿Q正伝』を書いた魯迅は、敗北を合理化する精神の構造を描きました。阿Qは打ちのめされても「精神的勝利法」によって自分は負けていないと言い換えます。魯迅が問うたのは社会制度ではなく、現実を直視できない精神の型でした。

一方、日本の近代を生きた芥川龍之介は「ぼんやりした不安」と書き残しました。さらにさかのぼれば、夏目漱石は日本の近代化を「上ッ滑り」と表現しています。明治は「和魂洋才」を掲げましたが、結果として西洋の制度や技術を取り入れながら、それを支える思索の訓練を十分に育てられなかったのではないでしょうか。

私は、日本の教育のなかで、小学生の作文が高校生の小論文へ、さらに論文へと発展していく体系的な訓練が、本当に制度として根づいてきたのか疑問に思っています。受験制度は知識の処理能力を測ることには長けていますが、抽象度を上げて物事を捉える力をどこまで育ててきたでしょうか。

生成AIは、その弱点を静かに照らします。要約も構成も、ある程度は外部に委ねることができます。すると「考えた」という感覚だけが残り、本当に思索したのかどうかが曖昧になります。ここで思い出されるのが、パスカルの「人間は考える葦である」という言葉です。人間は弱い存在でありながら、考えることによって尊厳を持つ。もしその思考を外部化し続けるならば、その尊厳はどこに位置づけられるのでしょうか。

抽象度を上げて見るということは、具体的な利害を越えて、人間の条件そのものを問う訓練です。それは一朝一夕には身につきません。しかしその訓練がなければ、私たちは阿Qのように、現実を言い換えて安心するだけの存在になってしまうかもしれません。

生成AI時代において、私たちは本当に考えているのか。それとも、考えたと感じているだけなのか。和魂洋才が果たせなかった課題を、今あらためて引き受ける必要があるのではないかと思います。抽象度を上げる意識そのものが、主体を守るための静かな条件になるのだと感じています。

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2026年2月26日木曜日

阿Qと生成AI時代の主体

 

私が『阿Q正伝』を読んだ頃の中国は、プロレタリアート文化大革命の真っただ中でした。革命の名のもとに思想が統制され、精神の自由が揺らいでいた時代でした。

中国近代文学の父と呼ばれる魯迅は、若い頃、日本に留学し仙台で医学を学びました。当時の中国は清朝末期、列強の圧力と内政の混乱の中で衰弱していました。魯迅は医学によって同胞の身体を救おうと志します。しかし日露戦争中、授業で見せられた一枚の幻灯写真が彼の進路を変えたといわれています。処刑される中国人と、それを無関心に見つめる同胞の姿。彼はそこで、肉体よりも精神のほうが深く病んでいるのではないかと感じました。身体を治すだけでは足りない。精神を覚醒させなければならない。そう考え、文学の道へ進みます。

その代表作が『阿Q正伝』(1921年)です。主人公の阿Qは、侮辱され、袋叩きにあいながらも「精神的勝利法」によって自尊心を守ります。殴られても「これは息子に打たれたのだ」と言い換え、自分は敗北していないと思い込むのです。現実を直視せず、言葉によって現実を逆転させる。魯迅が描いたのは、特定の人物ではなく、敗北を引き受けられない精神の構造でした。明治の文明開化で、いつのまにか和魂洋才を忘れてしまった日本を見て気づいたのかもしれません。

一方、日本の近代を生きた芥川龍之介もまた、別のかたちで精神の危機を見つめていました。芥川は中国のような国家的停滞ではなく、むしろ近代化を急速に成し遂げた社会の内部で、不安と神経の過敏さを抱え込みます。彼が遺書に記した「ぼんやりした不安」という言葉は、個人の内面に沈殿する近代の影を象徴しているように思えます。魯迅が群衆の麻痺を見たとすれば、芥川は暴走した知性の脆さを見たのかもしれません。

では現代の私たちはどうでしょうか。

生成AIの普及により、要約や文章作成、構想整理までが容易に外部化できるようになりました。技術の進歩そのものは歓迎すべきものです。しかし同時に、私たちはどこまで自分の思考を引き受けているでしょうか。AIの出力を読み、理解した気になり、考えた気になる。そのとき、主体そのものはどの程度立ち上がっているのでしょうか。

阿Qの「精神的勝利法」は敗北の合理化でした。現代においては、思考の外部化が「安心」の装置となり、別の形の合理化を生んでいる可能性もあります。魯迅と芥川がそれぞれの時代に見つめた精神の危機は、形を変えながら続いているのではないでしょうか。生成AI時代において、私たちは本当に考えているのか。それとも、考えたと感じているだけなのか。その問いは、いま改めて静かに自らへ向けられるべきもののように思えます。

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2026年2月25日水曜日

AIをめぐる議論の高度について

 
世界を自分の理解可能な形式(カタカナ)に翻訳する


ある有名な実務家の方が、AIに関する動画で非常に明快な整理をされていました。技術の原理を構造的に捉え、それをどのように経営や業務に実装していくかを論じる内容です。AIを道具としてどう使いこなすか、その際に何が本質で何が誤解なのかを丁寧に解きほぐしておられました。実務の最前線に立つ方ならではの視点であり、多くの示唆を含んでいると感じました。

その議論は、「AIをどう扱うか」という高度にあります。つまり、AIを使う主体がどう理解し、どう設計し、どう活用するかという問題です。企業や組織がAIを導入し、生産性を高め、競争力を維持する。そのために必要な知識や視座を提示することは、きわめて重要です。

しかし、動画を拝見しながら、私は自分の関心が少し別の場所にあることを改めて自覚しました。

私が気になっているのは、「AIに囲まれた社会で、人間はどう変わるのか」という高度です。技術の有効性や利便性ではなく、それが私たちの思考様式や精神のあり方をどのように変質させるのか、という問いです。

生成AIが高度な文章を即座に生み出し、問いに答え、思考を構造化してくれるようになると、人間はどこまで自分で考え続けるのでしょうか。とりわけ日本社会において、もともと標準化や同調の傾向が強い中で、思考までもが外部化されていくことに、私は一抹の不安を覚えます。

優秀な若者が、自ら問いを立て、迷い、逡巡し、思索する時間を失ってしまわないか。便利で整った答えが常に与えられる環境は、知らぬ間に精神の筋力を弱めてはいないか。そうした懸念は、単なる保守的感情ではなく、社会の質に関わる問題のように思えます。

生成AIの時代は、いまなお過渡期にあります。私たちはこの技術を拒絶することも、盲信することもできます。しかし本質的なのは、そのどちらかを選ぶことではなく、自分の内に生じている「ぼんやりとした不安」を自覚し、それを思考の対象にすることではないでしょうか。

「将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉を残したのは、芥川龍之介です。この言葉は、近代人の繊細な内面を象徴するものとして語られることが多いものです。しかし私は、それを単なる絶望の言葉ではなく、時代の変化を敏感に感じ取る感受性の表れとして読み直したいと思います。

芥川龍之介は、近代文明を身にまといながらも、それを精神の深部まで消化できない日本の姿に、かすかな不安を抱いていたのではないでしょうか。文明は輸入できる。しかし文化や精神は、それほど容易に更新されない。そのずれが、「ぼんやりとした不安」という言葉に凝縮されているように思えます。

芥川は、文明開化後の日本を生きながら、その近代が精神の深部まで統合されていないことに違和を抱いていたのではないでしょうか。西洋の文明は取り入れられても、それを支える文化や精神の強度は容易には変わらない。そのずれが、「ぼんやりとした不安」という言葉に結晶しているように思えます。

不安を感じるということは、何か大切なものが揺らいでいると直感している証でもあります。問題は、その不安を放置するか、それとも思索へと昇華させるかです。

AIをめぐる議論は、活用法や制度設計、競争力といった実務的課題に集中しがちです。それは当然重要です。しかしその一方で、私たちがどのような精神の状態でこの技術と向き合うのかという問いが、後景に退いてはいないでしょうか。

実務の高度と、文明の高度。
使いこなす能力の問題と、使われる側の精神の問題。


この二つは対立するものではありませんが、階層は異なります。AIを扱う能力を高めることと、AI時代における人間の精神の強度を保つことは、別の努力を要します。

AIの進歩を止めることはできません。であるならば、せめて私たちは、不安を感じ取る感受性を失わず、その不安を言語化し、思考し続ける責任を持つべきではないでしょうか。

技術の議論の上に、精神の議論を重ねること。
それこそが、AI時代を主体的に生きるための最低限の態度なのだ
と、私は考えています。

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2026年2月24日火曜日

邂逅と謝念

 


昨日、1990年代後半から2000年代初めにかけて、ニューヨークで一緒に働いた仲間たちと再会しました。


当時の彼らは、皆とがっていました。若さゆえの自負もあったでしょうし、組織や常識への反発もあったのでしょう。それでも共通していたのは、能動的であること、自分の頭で考え、自分の責任で動くという姿勢だったと思います。

あれから25年以上が経ちました。

それぞれの道を歩み、立場も肩書きも変わった。紆余曲折もあったはずです。それでも昨日集まった彼らは、あの頃と変わらず主体的でした。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり言う。年長者の私にも遠慮しない。その言葉には、年齢を重ねた分だけの深みと、失われていない軽やかさがありました。

本当に心地よい時間でした。

私は改めて「邂逅」という言葉を思い浮かべます。偶然のようでいて、実は人生をかたちづくる必然の出会い。あの時代に、あの場所で、彼らと共に働いたことは、私の運の一部だったのだと思うのです。

振り返れば、私はいつも周囲に支えられてきました。自主的で、責任感があり、能力の高い人たちが、自然体でそこにいた。私は特別でなくてもよかった。場を前に進めていたのは、周囲の力だったのです。

昨日の会話が、それを静かに証明していました。

人は一人で歩いているようでいて、実は出会いによって形づくられている。
邂逅とは、時間を越えて、自分の来し方を照らし返す光なのかもしれません。

「どう生きるか?」も大事ですが、そろそろ「なぜ生きるか?」を考える時です。「邂逅の謝念に生きる者は幸福である」といったのは亀井勝一郎でした(『人間の心得』1963年)。自分のこれまでを振り返ると改めて人生は邂逅と謝念だと思います。

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2026年2月23日月曜日

主体性の欠如という病――問題意識・危機意識・当事者意識について

 

1990年代に作成した図。30年経っても、課題は変わっていない


私はもうすぐ古希を迎えます。

大きな実績を残したわけでもなく、立派な経歴があるわけでもありません。
ただ、長く生きてきて一つだけ気になっていることがあります。それは、問題意識、危機意識、当事者意識が、私たちの社会から少しずつ薄れているのではないかということです。

問題意識がなければ危機意識は生まれません。
危機意識がなければ当事者意識は芽生えません。
そして当事者意識がなければ、主体性は育ちません。

私は、今の日本社会の最大の欠陥は主体性の弱さだと思っています。
言い換えれば、責任感の希薄さです。

当事者意識とは責任を引き受けること

当事者意識とは何でしょうか。
それは、自分が引き受けるという覚悟です。

自由は求める。しかし責任は負いたくない。
これは個人にも組織にも蔓延しています。
日本の会社組織では、責任の所在を曖昧にし、合議という名のもとに決断を先送りする構造が温存されています。誰も最終責任を取らない。

主体性や責任感は、誰かに教わるものではありません。
人材育成プログラムで身につくものでもない。
自分の選択を自分で引き受ける、その積み重ねの中からしか生まれません。

受動的すぎる人生態度

なぜこうなっているのでしょうか。
私は、人生に対して受動的すぎるのだと思います。

選択を自分のものとして引き受けていない。
結果を自分の人生に結びつけていない。
行動と未来がつながっていない。

受動的な人生態度とは、
・誰かが決めてくれるのを待つ
・環境が変わるのを待つ
・正解を与えられるのを待つ

待っているかぎり、責任は発生しません。
だから楽です。しかし成長もありません。

私はどちらかというと努力が嫌いなほうです。しかし、自分の欠点や弱点はよく承知しているつもりでした。ずるいかもしれませんが、努力する代わりに、弱点を強みでカバーするような積極的な行動をとってきました。完璧ではありませんが、自分の選択だけは自分で引き受けるようにしてきました。

努力の量よりも、引き受ける覚悟のほうが重要だと思っています。

視野が狭いと意識は生まれない

問題意識がないのに危機意識は生まれません。
危機意識がないのに当事者意識を持てと言っても無理です。

視野が狭い。
視点がぼやけている。
視座が低い。

蛸壺状態です。

視野を広げ、多くの視点を持ち、高い視座から物事を見る。そして自己を客観視する。この習慣がなければ問題意識は芽生えません。

教育も同じです。本物を体験し、自分の価値基準を形成することが重要です。しかし今の社会は、正解を効率よく与えることばかりに力を注いでいます。これでは主体性は育ちません。

国家レベルの思考停止

この構造は国家レベルでも同じです。
議論は必要だと言いながら、本気で向き合わない。
決断を避け、既得権益を守り、先送りする。

私は長い間、日本人は自己欺瞞しているのだと思っていました。
しかし最近は、自己欺瞞ですらなく、本心から現実を理解していないのではないかと感じています。

問題意識が弱いから危機意識に至らない。
危機意識がないから当事者意識も生まれない。

これは構造的な思考停止です。

AI時代はそれを加速させる

そして今、生成AIが急速に普及しています。

AIは強力な道具です。しかし主体性のない人間が使えば、思考停止を加速させる装置になります。

問いを立てない。
考えない。
判断しない。
答えだけを受け取る。

これでは受動的な人生態度が完成します。

AIに任せることと、AIに委ねることは違います。
前者は拡張です。後者は放棄です。

主体性の弱い社会では、この境界が簡単に崩れます。

自由と責任はセットである

問題意識を持つことは不快です。
危機意識を持つことは不安です。
当事者意識を持つことは重い。

しかしそれを避け続ければ、主体性は失われます。

自由を語るなら、責任を引き受ける覚悟はあるのか。

AIを使うなら、最終判断は自分で下しているのか。
選択を、自分の人生として引き受けているのか。

問題意識、危機意識、当事者意識。
この三つが戻らなければ、主体性は回復しません。

便利な時代です。
だからこそ、覚悟が必要なのだと思います。

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2026年2月22日日曜日

Be Mentally Strong ―― 生成AIという「得体の知れない変化」の中で

まだ守られているが、未来はぼやけている

私たちは、まだ守られている空間の中にいます。しかし、その向こうに広がる未来は、はっきりとは見えていません。

十五、六年前に私は「Be Mentally Strong !」という文章を書きました。世界は平等ではない、という当たり前の現実から話を始めました。程度の差こそあれ、どの国に行っても社会は不平等です。私の体感では、日本は比較的格差の少ない社会ですが、それでも平等な楽園ではありません。能力も、環境も、運も、人それぞれ違います。

それにもかかわらず、「すべてを等しくせよ」という発想が強くなると、どこか息苦しさを覚えます。私は男女が同一であるとは思いません。北一輝が言った「断じて同一の者に非ざる本質的差異」という言葉は、過激な思想家のものではありますが、本質を突いている部分もあると感じます。違いがあるからこそ、補い合い、折り合いをつけていく。その営みこそが社会なのではないでしょうか。

教育についても同じです。世の中は思い通りにいかないことのほうが多い。その前提に立ち、子どもたちに試行錯誤をさせ、くじけない精神力――自尊心を育てることが大切だと書きました。立川談志師匠の「努力はバカに与えた夢だ」という逆説的な言葉を引きながらも、実際の談志師匠は人一倍努力家だったことにも触れました。天賦の才があったとしても、努力を重ねなければ何も生まれない。人は平等ではない。しかし、だからこそ精神的に強くあれ、と。

その思いを決定づけた一つの出来事があります。1998年、ワールドシリーズ制覇直後のジョー・トーレ監督を招いた講演会でした。彼はニューヨーク・ヤンキースを率い、「New York, mentally tough city, mentally tough people」と語りました。ニューヨークは精神的にタフな街であり、そこに住む人々もタフだ、と。NYという特殊な街でレギュラーの座を守るには、技術だけでは足りない。何よりもmentally tough(プレッシャーに負けるな、歯を食いしばれ)であることが前提だというのです。

当時の私は、日本はサファリパークのようなものだ、と感じていました。ある程度守られ、餌も用意されている。しかしこれからはジャングルになる。会社が突然潰れるかもしれない。朝出社したら解雇を告げられるかもしれない。給料が止まるかもしれない。そうした不条理の中でも平常心を保てるかどうか。それがmentally toughだと書きました。

そして今、私はもう一つの「得体の知れない変化」に直面しています。生成AIの爆発的な普及です。かつては専門家だけが扱っていた技術が、誰もがボタン一つで文章を書き、画像を作り、分析を行う時代になりました。便利であることは間違いありません。私自身もその力を実感しています。

しかし同時に、どこか底知れぬものを感じるのです。自分で考え、迷い、言葉を紡ぐ過程を、簡単に外部へ委ねてしまう危うさです。かつて私は「世界は平等ではない」と書きましたが、生成AIは一見すると「能力の平準化」をもたらします。誰でもそれなりの文章を書ける。誰でもそれなりの答えを出せる。けれども、それは本当に力を得たことになるのでしょうか。

もし思考のプロセスを手放してしまえば、人は内側から弱くなります。困難に直面したとき、自分の頭で問いを立て、仮説をつくり、試行錯誤する力がなければ、AIが使えない状況になった瞬間に立ち尽くしてしまうでしょう。ジャングルで生きる術とは、道具を持つことではなく、道具がなくても立っていられる精神のことです。

生成AIは強力な道具です。しかし、道具に使われるか、道具を使いこなすかは、人間の側の問題です。便利さに身を委ねきってしまうのは、ある種の「全体主義」にも似ています。皆が同じ答えを出し、同じ表現をし、同じ速度で反応する世界。それは平等に見えて、実は思考の多様性を失った世界かもしれません。

だからこそ、私は改めて「Be Mentally Strong」(折れない心を持とう、賢く強く生きよう)と言いたいのです。世界は平等ではない。変化もまた平等には訪れません。生成AIという波に飲み込まれるのではなく、その波の中で自分の足で立つ。自分の頭で考え、自分の言葉で語り、自分の責任で判断する。そのうえでAIを使う。

大学生のみなさんに、かつて「一流大学、一流企業を目指しなさいという甘言に乗るな」と書きました。いまならこう付け加えます。「AIがあるから大丈夫」という甘い考えを持つな、と。

サファリパークは、もう以前の姿ではありません。私たちが安全だと思っていたサファリパークのフェンスは、もう万全ではありません。ところどころに穴が空き、餌の供給も不安定になっています。 その中で生き残る条件は、昔も今も変わりません。mentally toughであること。得体の知れない変化の中でも、静かに、しかし確かに、自分を保ち続ける力。それこそが、これからの時代に最も求められる資質ではないでしょうか

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2026年2月21日土曜日

芥川龍之介とAI ――「ぼんやりとした不安」という時代感覚

 
ぼんやりとした不安(誰もいない吉祥寺駅前)  

芥川龍之介が遺書「或旧友へ送る手記」に記した「将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉は、日本近代文学史の中でも最もよく知られた一節の一つです。三十五歳で自ら命を絶つ直前、彼は不安の原因を具体的な一事件に帰すことなく、「ぼんやり」としか表現しませんでした。この曖昧さこそが、かえって読む者の胸を打ちます。そこには、個人的事情を超えた、時代の空気のようなものが漂っています。

もちろん、芥川の不安には具体的な背景がありました。家庭の経済的負担、心身の衰弱、実母の発病に由来する遺伝への恐怖、そして作家としての行き詰まりです。とりわけ大正末期は、関東大震災後の社会不安や思想的分裂が広がり、文学の潮流も変わりつつありました。芸術至上主義的な作風は、台頭するプロレタリア文学の熱気の中で居場所を失い始めていました。自らの立脚点が揺らぐ感覚――それは単なる私的苦悩ではなく、近代という足場そのものの不確かさに触れた知性の震えだったのではないでしょうか。

私はいま、日本における生成AIの急速な普及を見ながら、この「ぼんやりとした不安」を思い出しています。AIは、言葉を書き、絵を描き、音楽を作り、人間の知的営為の多くを模倣し、時には凌駕します。かつて人間だけの領域と信じられてきた創造の場が、静かに侵食されているように感じられます。その変化はあまりに速く、しかも全体像が見えません。便利さと効率の向上に歓喜する声がある一方で、「何かが変わってしまう」という感覚が、言葉にならないまま胸の奥に残ります。

芥川龍之介は、自らの知性を信じながら、その知性が自分を救わないことを悟っていました。合理的であろうとすればするほど、世界の亀裂が見えてしまいます。生成AIの時代においても同様です。論理やデータの集積が高度化するほど、人間の独自性とは何かという問いが鋭く突きつけられます。AIは過去の膨大な言語データを学習し、「芥川風」の文章さえ生成できます。では、人間が書く意味とは何でしょうか。独創とは何でしょうか。現実を言葉へと翻訳し続けた芥川が晩年に抱いていたであろう葛藤が、いまや社会全体の問題として浮上しています。

さらに言えば、この不安の本質は「輪郭が見えない」ことにあります。明確な敵や危機であれば、人は対処できます。しかし、生成AIがもたらす変化は、雇用の再編なのか、教育の変質なのか、思考力の衰退なのか、それとも新しい創造性の解放なのか、まだ定まっていません。だからこそ、不安は具体化せず、「ぼんやり」と広がります。芥川の時代が近代化の奔流に揺れていたように、私たちもまたデジタル化とアルゴリズムの奔流の中にいます。

もっとも、芥川の不安と現代の不安を単純に重ねることはできません。彼の苦悩は極めて個人的で、切実で、最終的には取り返しのつかない結末に至りました。しかし、その言葉が百年近くを経てもなお響くのは、時代の転換点に立つ知性が共有する感覚を言い当てているからではないでしょうか。不安とは、古い秩序が崩れ、新しい秩序がまだ姿を現さない「過渡期」に生じる震えなのだと思います。

生成AIの時代もまた、過渡期にあります。私たちはこの技術を拒絶することも、盲信することもできます。しかし本質的なのは、その「ぼんやりとした不安」を自覚し、言語化し、思考の対象にすることではないでしょうか。不安を感じるということは、何か大切なものが揺らいでいると直感している証でもあります。芥川の言葉は、逃避ではなく、むしろ時代の変化を凝視するための出発点として読み直されるべきものだと感じています。

将来に対する「唯ぼんやりした不安」。それは、生成AIがもたらす得体の知れない変化を前にした私たちの心情とも重なります。しかし芥川の悲劇を繰り返さないためには、その不安を沈黙のままにせず、思索へと昇華させる必要があります。時代の震えを感じ取る感受性を保ちながら、なお主体的に選び取る意志を持てるかどうか。そこに、AI時代を生きる私たちの課題があるのではないでしょうか。

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2026年2月20日金曜日

思考なき加速 ―― 生成AI時代の構造転換

 

上のスライドは、私が1980年代前半から関わってきた情報システムの変遷を、一枚にまとめたものです。

MRPやRDBの時代から、ERP、インターネット、携帯電話、そしてクラウドへ。2007年のiPhone登場、2012年の第三次AIブーム、そして2023年以降の生成AIの爆発的普及。振り返れば、ITは常に変化してきました。しかし、今起きていることは、単なる技術の進歩とは質が違うように感じています。

2000年頃から、ITに関して学習すべきことは飛躍的に増えました。新しい言語、新しいフレームワーク、新しいクラウドサービス。エンジニアは常に何かを追いかけ続けなければならなくなりました。同時に、多くのテクノロジーはブラックボックス化していきました。かつては内部構造を理解しながら使っていたものが、いつの間にか「APIを呼び出せばよいもの」「クラウドに任せればよいもの」へと変わっていきました。

それでも、その時代にはまだ一つの前提がありました。それは「習得する」というプロセスです。三か月学び、半年試し、ようやく現場で使えるようになる。その積み重ねがエンジニアとしての自負を支えていました。スキルの賞味期限は短くなりましたが、「習得する」という行為そのものには意味がありました。

ところが、コロナ禍が終息する頃から状況は一変します。生成AIが爆発的に普及し、「習得」というプロセスを飛び越えて、いきなりアウトプットに到達できるようになりました。ある技術を知らなくても、AIに指示を出せば数秒でコードが生成される。エンジニアが必死に追いかけてきた「表層的なスキル」は、一瞬でコモディティ化しました。

ここに、何とも言いがたい違和感があります。これまでブラックボックス化してきた技術は、少なくとも仕様やインターフェースは明確でした。しかし生成AIは、「なぜその答えが出てくるのか」を完全には説明できない、真の意味でのブラックボックスです。私たちは論理ではなく、対話や直感によってシステムを動かし始めました。これはコンピュータ史においても、極めて異例の事態ではないでしょうか。

さらに大きな変化は、「エンジニアリング」から「オーケストレーション」への転換です。自ら楽器を演奏するようにコードを書く時代から、AIという演奏者にどう指揮を執るかという時代へ。スキルを追いかけるのではなく、AIを乗りこなす能力が問われるようになりました。従来のITスキルの延長線上では捉えきれない領域に入りつつあります。

ここで私が懸念するのは、日本のIT業界がこの変化を本質的に理解できるかどうかです。高齢者の傲慢な意見かも知れませんね。

私たちは長らく、特定の言語やツールの操作法を「スキル」と呼び、それを追いかけてきました。しかしそれが表層的であったことに、どれだけの人が気づいていたでしょうか。もしその自覚がなければ、今の「得体の知れない変化」に対する本当の危機感も生まれないのではないかと心配しています。

日本のIT現場には、アプリケーション(現場の業務)とテクノロジーの間に大きなギャップがあります。現場は具体的な課題を語り、技術者は最新技術を語る。しかし両者を一気通貫で俯瞰し、抽象度を上げて全体を設計する視点が不足しているように感じます。これは、教科ごとに分断された受験中心の教育の影響も大きいのではないでしょうか。境界線の中で正解を探す訓練はしてきましたが、境界線を跨ぐ梁を渡す訓練(知識のインテグレーション)はほとんどしてきませんでした。

生成AI時代において、人間に残るのは「How」ではなく、「Why」と「What」です。なぜ作るのか、何を作るのか。その問いを立て直す力こそが、本質的な能力になります。AIが表層を飲み込んだ今、抽象度の高い視野を持たなければ、AIに指示を出すことすら難しくなるでしょう。

ITはこの四十年で飛躍的に進歩しました。しかし、進歩の裏で失われたものはないでしょうか。最新技術を追いかけるあまり、基礎や構想力、全体を俯瞰する視野を軽視してこなかったでしょうか。今起きている地殻変動は、その問いを私たちに突きつけているように思えます。

この「得体の知れない変化」を単なる効率化として受け流すのか。それとも、自らの立ち位置を問い直す契機とするのか。日本のIT業界が本質に目を向けられるかどうかは、今まさに分岐点にあるのではないでしょうか。

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2026年2月19日木曜日

2026年版 AI時代の「成長を阻む5つの壁」

 

かつて「成長を阻む壁」といえば、組織改革や個人の自己変革を妨げる心理的な抵抗を指していました。しかし2026年の現在、その壁はより見えにくく、より深刻な形へと変化しています。私たちはいま、AIとの関係性の中で、新しい種類の壁に直面しているのです。

1.認識の壁

――「AIは便利な道具にすぎない」と思い込む


多くの人は、AIを単なる効率化ツールだと考えています。資料作成を助けるもの、検索を早くするもの、文章を整えてくれるもの。その理解自体は誤りではありません。

しかし実際には、AIはすでに判断の補助、意見形成の補助、文章生成、さらには問題設定そのものにまで入り込んでいます。私たちは気づかないうちに、思考の一部を外部へ委ね始めています。

問題は、その影響の深さを認識していないことです。
AI時代の最初の壁は、「自分の思考がどこまでAIに依存しているのか」に無自覚であることにあります。

2.判断の壁

――「AIが出した答えだから正しい」と受け入れる

かつての判断の壁は、「改革は不要だ」という現状維持の甘さでした。
しかし今の甘さは、「AIがそう言っているから正しいだろう」という無批判な受容です。

ソースを確認しない。
前提を検証しない。
反対仮説を考えない。

こうした姿勢が常態化すれば、批判的思考は確実に衰えます。AIは確率的にもっともらしい答えを提示しますが、それが真理である保証はありません。

判断の壁とは、思考の責任をAIに委ねてしまうことです。

3.納得の壁

――「考えなくて済むのは楽だ」と無意識に依存する

AIは確かに便利です。考える負荷を減らし、時間も節約してくれます。しかし、しかしそこには、静かな落とし穴があります。

苦労しない理解。
速すぎる結論。
思考プロセスの省略。

これらは知性の筋力を徐々に弱めます。筋肉と同じで、使わなければ衰えるのです。

ここで求められるのは、楽な道を選ばない精神の制御力です。思考を省略しない自制心。自分の頭で一度は考え抜くという姿勢。それがなければ、知的成熟は起こりません。

4.行動の壁

――「AIを活用した」と言って満足する

組織でも個人でも、「AIを導入した」「生成AIを使っている」「DXを推進している」と言いながら、本質的な思考の質が変わっていないケースは少なくありません。

技術を使うことと、成長することは別問題です。

AIを導入しても、意思決定の構造が変わらなければ意味はありません。生成AIを使っても、問いの質が低ければ成果は限定的です。

行動の壁とは、技術導入そのものを成果と錯覚することです。
本当の変革は、思考様式と判断基準の刷新にあります。

5.継続の壁

――「主体的思考を保ち続けられない」


最も難しいのは、この壁です。

AIは人間より速く書き、広く調べ、整然とまとめます。その能力は年々向上しています。自分で考えるより速く、自分で書くより正確な場面も増えています。

それでもなお、最終判断は人間が引き受けるという姿勢を維持できるか

これが2026年最大の壁です。
便利さに流されず、思考の主権を手放さない覚悟が問われています。

現代思想的アップデート

20世紀は「情報の量」が問題でした。情報が不足していた時代です。
しかし21世紀は「判断の主体」が問題になります。情報は過剰にあり、AIが整理してくれます。では、誰が最終的に判断するのか。

AIは人間を直接置き換える存在ではありません。むしろ、人間の内面を静かに空洞化させる可能性を持っています。

だからこそ、いま必要なのは単なるデジタルデトックスではありません。機器から離れることではなく、思考の主権を取り戻すことです。

新しい将来像(VISION)

AIと共存する社会において必要なのは、

・批判的思考
・倫理的責任
・克己(セルフコントロール)
・判断の引き受け

です。

要するに、「考える人間」であり続ける意志です。

AIが高度化すればするほど、人間の価値は思考そのものに集約されていきます。

2026年の成長とは、AIを使いこなすことではなく、
AI時代においても思考の主体であり続けることなのです。

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2026年2月18日水曜日

生成AIは子どもの社交性を伸ばせるか?――信頼を育てる新しい学び方

 

このスライドは、コミュニケーションのレベルに応じて信頼の度合いが変化することを示したものです。縦軸が「信頼度」、横軸が「協力関係」を表しています。コミュニケーションが防御的な段階では、相互作用は「1+1=0.5」にもなりかねません。つまり、互いに力を削ぎ合い、足を引っ張り合う状態です。そこから、相手に敬意を表す段階に進むと「1+1=1.5」になります。最低限の協力が生まれます。そして、相乗効果を生むレベルに到達すると「1+1=3」にもなるのです。信頼が高まり、心理的安全性が確保されると、人間は想像以上の力を発揮します。

しかし現実には、多くの組織や個人が「敬意」のラインを越えられず、防御的コミュニケーションに留まっているのではないでしょうか。コミュニケーションは単なる情報交換ではありません。関係性を設計する行為です。信頼を生み出すのも、壊すのも、日々の言葉の積み重ねなのです。

ところが、現代の日本社会を見渡すと、コミュニケーションの土台そのものが弱体化しているように感じます。本を読まないために語彙や概念が蓄積されない。読解力が低下する。 思想がないから文章を書かない。こうした状況では、深い対話が成立するはずがありません。

コミュニケーションの基本は「明瞭さ(CLARITY)」です。自分は何を考え、どう感じ、何を望んでいるのか。それを言語化する力がなければ、信頼は生まれません。ところが日本社会では、意思をはっきり伝えることが直截的で好まれない傾向があります。「曖昧さ」が美徳とされる文化です。そのため、外国語でのコミュニケーションはなおさら困難になります。低文脈文化の社会では、言葉にしないことは存在しないのと同じです。察してもらうことは前提ではありません。

書くことの難しさも同様です。アメリカのオンラインショッピングは、トラブルも多いですが、彼らは粘り強くクレームレターを書きます。しかも状況に応じて文面の強度を変える。実に戦略的です。私は英語でも中国語でも、十分に説得力のある文章を書くことができませんでした。これは単なる語学力の問題ではありません。日頃から自分の頭の中で考えていないと、どの言語でも良い文章は書けないのです。そして、文章が書けないということは、実は思考が鍛えられていないということでもあります。

アメリカでは幼少期からSHOW&TELLで鍛えられます。人前で話すこと、意見を述べること、アイ・コンタクトを取ることが日常です。彼らは自分の考えを表明することに躊躇がありません。これは性格の問題ではなく、訓練の成果です。一方、日本では沈黙が思慮深さと受け取られることがあります。しかし異文化の場では、沈黙は無関心や拒絶と誤解されかねません。

ここに、日本人の社交性の課題があります。社交性とは饒舌さではありません。自分を適切に開示し(これが重要!)、相手に関心を示し、関係性を築こうとする姿勢です。しかし私たちは「間違えてはいけない」「完璧でなければならない」という心理的ブレーキを強くかけてしまいます。その結果、発言を控え、存在感を消してしまうのです。

では、どうすればよいのでしょうか。

ここで登場するのが生成AIです。このスライドを作成した当時(1990年代)には想像もしなかった存在ですが、生成AIは日本人の社交性向上に大きく貢献できる可能性があります。

第一に、失敗が許される練習環境を提供してくれます。恥をかくことなく、何度でも会話を試せる。気難しい取引先役を設定し、ロールプレイをすることもできます。即座にフィードバックも得られます。

第二に、「型」を提供してくれます。雑談はセンスではなく技術です。どのように話を広げるか、どう自己開示するか、どのタイミングで共感を示すか。生成AIはそのパターンを示してくれます。

第三に、思考の整理を助けます。自分の意見を文章にまとめ、それを添削してもらう。結論と理由を明確にする訓練を重ねることで、明瞭さが身につきます。これは信頼の基盤です。

重要なのは、AIに委ねるのではなく、AIを用いて鍛えることです。AIは代替ではなく拡張です。人間の主体性を補助する「補助線」のような存在として使うならば、コミュニケーションの質は確実に向上します

信頼関係は鶏と卵の関係です(chicken and egg paradox)。良いコミュニケーションが信頼を生み、信頼がさらに良いコミュニケーションを生みます。生成AIは、その好循環の第一歩を踏み出すための安全な訓練場になり得ます。

1+1を3にするか、0.5にするかは、結局のところ私たちの姿勢次第です。明瞭に語り、誠実に聴き、勇気をもって自己開示する。その積み重ねの先に、真の協力関係が生まれるのだと思います。

その力を、私たちは子どもたちにどう手渡すのか。それが、生成AI時代の教育の核心なのだと思います。

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2026年2月17日火曜日

人生の危機管理――覚悟はどこにあるのか

 

このスライドも古いですね。最初に作ったのは1990年代の半ばでした。私の会計や財務の知識は、とても初歩的なもので、恐らく、商業高校や工業高校の一年生の夏までに習うレベルだと想像します。商業高校の簿記や工業高校の製造原価計算は、コンサルタントの基礎知識です。ついでに言っておくと、エクセルのスキルがあれば上等です。

このスライドは、人生を一本の時間軸(過去・現在・未来)に見立て、アカウンティングとファイナンスの概念で「リスクをとること」と「危機管理」を説明したものです。アカウンティングは過去の記録、すなわち自分のトラックレコードを確認する営みであり、ファイナンスは未来に向けた投資とリターンの設計です。その間にあるのが、バランスを取りながら意思決定を行う現在の自分です。どの程度の投資を行い、どのリターンを求めるのか。その判断には必ずリスクが伴います。だからこそ、危機管理とは単なる防御ではなく、過去を踏まえ、未来を見据えたうえで、自らの責任で決断する姿勢そのものだ、ということをこの図は示しています。

このスライドをあらためて眺めながら、先の衆院選の結果を思い出しました。

自民党が驚異的な大勝を収めたという結果を見ながら、私はある種の空虚さを覚えました。政治の世界で繰り返されるのは、与党も野党も上滑りのスローガンばかり、責任の所在の曖昧さばかりが目立って、滑稽ですらある。

アメリカ大統領ハリー・S・トルーマンという人物を私は評価していません。むしろ日本人にとっては複雑な存在でしょう。しかし、彼の机上にあった「The buck stops here」という言葉だけは、政治家の本質を突いています。トルーマンに最終責任は自分が引き受けるという覚悟がどれほどあったのかは分かりませんが、いま私たちに欠けているのは、この姿勢ではないでしょうか。

しかし、問題は政治家だけではありません。これからの時代に本当に必要なのは、「人生の危機管理」だと思います。組織のマニュアルや制度の話ではなく、自分の人生の意思決定を自分で引き受ける覚悟のことです。

不確実性が高まるなかで、コンサルティング会社への就職人気やハウツー本の売れ行きは、将来への不安の裏返しでしょう。知識やフレームワークを求める気持ちは理解できます。しかし、知識は意思決定の代わりにはなりません。リスクを引き受け、判断する主体は、あくまで自分です。

危機管理の本質は、将来の不確実性のなかで決断することです。そこでは、データや理論だけでなく、直観や想像力が重要になります。危機の多くは想定外の形で現れます。マニュアルは過去の想定の産物であり、想定外には限界があります。想像力の乏しい判断は、同じ間違いを繰り返します。

いま生成AIは、膨大なデータをもとに合理的な答えを提示します。しかし、もし意思決定そのものをAIに委ねてしまえばどうなるでしょうか。そこでは直観や倫理観、歴史感覚といった、人間が長い時間をかけて培ってきた内面的な力が後景に退いてしまう恐れがあります。相互に依存し合う判断の連鎖のなかで、誰も最終責任を取らない構図が生まれかねません

明治期に紹介されたスマイルズの自助論は、「天は自ら助くる者を助く」と説きました。国家の力は、個人の自立の総和です。外部の助けを活用することと、責任を放棄することは違います。最終的な決断を自らの名において行う、その覚悟があってこそ支援も意味を持ちます

私が強調したいのは単純です。どれほど高度な理論やAIの助言があっても、最後に決断し、その結果を引き受けるのは人間です。危機管理とは恐れを回避する技術ではなく、「自分が引き受ける」という覚悟の問題です。

「The buck stops here」という言葉を、誰かに求める前に、自分の胸に問う。その姿勢こそが、不確実な時代を生き抜くための、最も基本的な危機管理なのではないでしょうか。

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2026年2月16日月曜日

教育と主体性 ― 制度を変えても、空気は変わらない

 

日本不在のアジア最前線──教育とリテラシーが招く空洞化

2026年2月14日

立ちすくむ日本を動かす教育とは何か―AI時代に求められる「問い」と言語の力

日本不在のアジア最前線─教育と低リテラシーが招く空洞化 第4回

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/40220


私は長年、新聞を読まないと言い続けてきました。ビジネス誌の類も、読まなくなって20年以上が経ちます。とはいえ、完全に情報を遮断しているわけではありません。オンラインで見出しだけは確認し、気になるものがあれば中身を読む。最近は有料記事が増え、YouTubeも広告だらけで、結局テレビと変わらなくなってきました。そんな中、たまたま目に留まり、しかも無料で読めた記事がありました。自分の備忘録の意味も込めて、ここに考えを整理しておきます。

この記事の主張はもっともだと思っています。日本の教育が「正解を早く出す能力」に偏り、「問いを立てる力」を十分に育ててこなかったという指摘には強く共感します。社会が複雑化し、不確実性が増している時代に、与えられた選択肢の中から無難な答えを選ぶだけでは足りない。自分で問いを立て、状況を読み解き、責任を引き受ける力が必要だという認識は、私の問題意識とも重なります。

日本の教育は自己形成の順番を誤っているのではないか。本来、十代半ばは自我を鍛え、自分の信条を模索する時期のはずです。しかし現実には、受験という枠組みの中で「外から与えられた正解」に適応する力ばかりが評価される。その結果、問いを持たないまま大人になる人が増えているのではないか。記事が言う「社会を動かす力としてのリテラシー」の不足は、私が長く感じてきた違和感と確かに重なっています。

ただし、もう一段深いところに不安を抱いています。記事は教育制度の再設計に希望を託しています。しかし制度だけで社会は変わらないのではないか。日本社会には、問題が起きると「制度が悪い」と言い、制度を変えれば解決すると期待する傾向がある。しかし主体性とは、本来制度の外側でも発揮されるものです。制度が整っても、空気が同調を求め、摩擦を避ける文化が残るなら、主体性は十分には育ちません。私は、教育制度以上に、その「空気」のほうが根深い問題ではないかと感じています。

さらに私は、生成AIの存在を重く見ています。生成AIは思考を助ける道具になり得ますが、同時に思考を外部化する装置にもなります。問いを立てる前にAIに聞き、判断に迷えばAIに委ねる。そうした使い方が広がれば、主体性はさらに弱まるでしょう。私は「AIに任せること」と「AIに委ねること」は違うと考えています。前者は能力の拡張ですが、後者は判断の放棄に近い。

記事に同意するのは、教育と主体性が日本社会の鍵だという点でが、距離を置くのは、制度改革に過度な期待を寄せる点です。私は、教育改革だけでは足りず、社会の空気そのもの、そしてAIとの向き合い方まで含めて考えなければならないと思っています。

制度を整えることに反対しているわけではありません。しかし最終的に社会を成熟させるのは、一人ひとりがどこまで自分の問いを持ち、自分の判断を引き受けるかです。教育はその土台になりますが、それだけでは完結しない。

AI時代だからこそ、私が重く受け止めているのは、「主体性をどう守るか」ではなく、「教育の中で主体性をどう醸成するか」という問いです。制度設計の巧拙以上に、子どもたちが自ら問いを立て、言葉を尽くし、判断を引き受ける経験をどれだけ積めるか。その積み重ねこそが、社会の空気を少しずつ変えていくのだと、私は思っています。

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2026年2月15日日曜日

考えているつもり、になっていないか ――生成AIと、新しい「閉ざされた言語空間」

 


江藤淳からAI時代へ

小林秀雄は、かつては教科書にも載っていましたから、名前だけは知っている学生さんもいるでしょう。しかし、江藤淳となるとどうでしょうか。おそらく、ほとんどの若い人は知らないのではないかと思います。私は、江藤淳の二冊――『閉ざされた言語空間』と『忘れたことと忘れさせられたこと』――は、ぜひ若い世代に読んでほしいと願っています。

二十年ほど前、私は鎌倉にある江藤淳の家を訪ねたことがあります。もちろん中に入ったわけではなく、外から眺めただけです。通りに面した場所に浴室があり、江藤はそこで自ら命を絶ちました。その事実を思うと、のちに多摩川で自死した西部邁のことも重なります。思想家が最後に沈黙を選ぶとはどういうことなのか。その問いは、いまも私の中で消えていません。

しかし正直に言えば、私の問題意識は江藤の著作から始まったのではありませんでした。

もっと前、高校生のころにさかのぼります。ボブ・ディランの『I Shall Be Released』に出てくる “I was framed” という一節を聴いたときのことです。当時の私は、政治も占領史も知りませんでした。江藤淳の名さえ知らなかったでしょう。それでも、どういうわけかその言葉を自分と重ねてしまい、説明もできないまま共感し、大阪ミナミの街を彷徨していたのです。

framed とは、無実の罪を着せられた、という意味にとどまりません。他人の構図の中に配置され、あらかじめ決められた物語の中に組み込まれている、という感覚です。高校生だった私は、理屈ではなく、直観としてその感覚を抱いたのだと思います。

直観が先にありました。
思想は、あとから追いついてきました。
しかも、何十年もかけて、少しずつ、少しずつ。

その思想の一つが、江藤淳でした。

『閉ざされた言語空間』で江藤が論じたのは、占領期における検閲の問題でした。しかし彼が本当に問題にしたのは、検閲という制度そのものよりも、「言語の枠組み」が外部から与えられたことでした。

人は、与えられた言葉の中でしか考えられません。発言が制限される以前に、思考の前提が規定される。戦後日本は、自分の言葉で敗戦を語る前に、占領側が用意した枠組みの中で語ることを余儀なくされた。民主主義、平和国家、戦争責任。どれも重要な概念です。しかし、何をどの順番で、どの前提から語るのかは、すでに決められていた。

江藤の言う「閉ざされた」とは、沈黙させられたというよりも、枠を与えられたということでした

「ごっこの世界」という感覚です。思考しているつもりで、実は与えられた舞台装置の上で演じているだけではないか。電車ごっこや戦争ごっこと同じように、「考えごっこ」をしているだけではないか。政治も政治ごっこですね。
外交なども、時にそのように見えます。

高校生のころに感じた framed の感覚は、ここでようやく言葉を得ました。私はすでに枠の中にいたのではないか。その疑問は、江藤の議論によって輪郭を持ち始めたのです。

もう一冊の『忘れたことと忘れさせられたこと』は、記憶を扱います。日本人が自ら忘れたものと、外から忘れさせられたもの。その区別を通じて、戦後精神の変質を描きました。こちらは、「思い出せない」という感覚につながります。心を虚しくして思い出すという営みそのものが衰えているのではないか、という問いです。

言語と記憶。

この二つが外部化されるとき、人間の内部には何が残るのでしょうか。

いま、生成AIが広がる時代に、私は再び同じ問いの前に立っています。AIは検閲をしません。むしろ自由に、整った答えを返します。しかし、その整い方そのものが一つの枠ではないでしょうか。平均的で妥当で、どこにも引っかからない言葉。それを読んで「なるほど」と思うとき、私たちは本当に考えたのでしょうか。それとも、整えられた言語空間に収まっただけなのでしょうか。

さらにAIは、私たちの代わりに記憶を保持します。検索すれば何でも出てくる。要約もしてくれる。その結果、「思い出す」という内的営みが衰える危険はないでしょうか。

小林秀雄は、無常が分からないのは常なるものを失ったからだと言いました。常なるものがあってこそ、移ろいの意味が分かる。

江藤淳は、その常なるものを支える言語空間が壊れたと見ました。

私はいま、その思考空間が、静かに外部へ委ねられていくのではないかと感じています。

しかし、ディランの歌は “I Shall Be Released” と続きます。枠にはめられているかもしれない。しかし、解き放たれる可能性がある。その希望です。江藤の議論もまた、単なる告発ではありませんでした。言語空間は取り戻せるという前提があった。

AIも同じです。敵ではありません。占領軍でもありません。使うことと、委ねることは違います。前者は拡張であり、後者は放棄です。

私の中では、直観が最初にありました。
自分はどこかで framed されているのではないかという感覚。

思想は、その直観に何十年もかけて追いついてきました。
そしていま、AI時代において、私は改めて問い直しています。

あなたは、自分の言葉で考えていますか。
それとも、整った枠の中で考えているつもりになっているだけでしょうか。

江藤淳を知らない若い世代にこそ、この問いは重いのではないかと思うのです。

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2026年2月14日土曜日

AI時代の『無常という事』

 

高校生の頃、私は小林秀雄の『無常という事』を読みました。しかし正直に言えば、何を書いているのか、よく分かりませんでした。「この世は無常とは決して仏説というようなものではあるまい」という一文の重さも、「常なるものを見失ったからである」という断定の意味も、頭では追えても、身には入っていなかったのです。

同じことは、松尾芭蕉のいう「不易流行」にも言えます。当時の私には、「不易」と「流行」の両立など、単なる文学上の技巧にしか見えませんでした。しかし人生の終盤に差しかかった今、ようやく少しだけ、その意味が分かるような気がしています。

不易とは、変わらぬもの。流行とは、移ろいゆくもの。無常を見つめるとは、単に変化を嘆くことではなく、移ろいのただ中でなお変わらぬものを見出す営みなのだと思います。小林が言う「常なるもの」とは、単に教義ではなく、人間存在の芯のようなものではないでしょうか。

生成AIが日常の道具となった今、世界はますます流行の側へ傾いています。情報は瞬時に生成され、文章は一瞬で整い、記憶は外部に保存されます。私たちはかつてない速度で「答え」に到達できるようになりました。思考の生産性は確かに上がります。私自身も、それを否定する気はありません。

しかし、私はこの便利さが人間を強くしているとは、どうしても思えません。

私たちは、考えているのでしょうか。それとも、考えた「ような形」を受け取っているだけなのでしょうか。

敗戦後80年の日本は、どこか「ごっこ」の世界に見えます(江藤淳『閉ざされた言語空間』)。制度は整い、言葉は並びます。しかし、それが本気の思索や責任を伴っているのかと問われれば、私は首をかしげざるを得ません。

小林秀雄は、多くの歴史家が一種の動物にとどまるのは、頭を記憶でいっぱいにしているからだと言いました。心を虚しくして思い出すことができない、と。これは、単なる知識偏重への批判ではありません。情報が多いことと、深く思い出すことは違う、という指摘です。聞くよりも聴く。見るよりも観る。量ではなく、深さの問題なのです。

AIは、まさに記憶の外部装置です。私たちの代わりに蓄積し、整理し、提示してくれます。それ自体は悪いことではありません。しかし、自分の内部で熟成させる時間、自分の問いとして抱え込む苦しさを飛ばしてしまえば、私たちは「人間になりつつある一種の動物」に逆戻りしてしまうのかもしれません。


AIに任せることと、AIに委ねることは違います。前者は拡張です。後者は放棄です。

道具として用いる限り、それは流行の側の力として私たちを助けます。しかし、自分で問いを立てることをやめ、判断を預け、思索を外注するならば、私たちは不易の側を失います。

無常とは、移ろいそのものではありません。移ろいの中で、なお変わらぬものを探す営みです。敗戦も、経済の盛衰も、技術革新も、すべて流行の側に属します。そのなかで、なお人間とは何か、教育とは何か、責任とは何かを問い続ける姿勢こそが不易なのだと思います。

高校生の頃には理解できなかった小林秀雄や松尾芭蕉が、人生の終盤に差しかかってようやく少し分かる気がするのは、おそらく私自身がいくらか無常を経験してきたからでしょう。失敗や別れや衰えを通して、変わらぬものの輪郭がかすかに見えてきたのだと思います。

AI時代において無常を語るとは、技術を拒むことではありません。むしろ逆です。流行の最先端に身を置きながら、不易を失わないこと。その緊張の中で生きることです。

生成AIは、私たちの思考を速くします。しかし、深くするかどうかは、私たち次第です。心を虚しくし、問いを抱え、時間をかけて思い出す。その営みを手放さない限り、AIは敵ではありません。

「AI時代の無常という事」とは、流行の奔流の中で、なお不易を探す決意のことなのかもしれません。私はそう考えています。

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2026年2月13日金曜日

AIに思考を委ねるな ――『猿の惑星』が問う、知性の条件

 
思考の現場

AI時代に、あえて“読む”という行為を。


「ピエール・ブールの『猿の惑星』(1963年)を読んでみたらいいよ。AIの話に似ているから」。

先日、ナッシュビルに住む息子とAIに関してチャットをしていたときのことです。人間が考えなくなったらどうなるか、思考を自動化してしまったら何が起きるか、その寓話だというのです。

私は1968年公開のチャールトン・ヘストン主演の映画『猿の惑星』は観ていました。しかし原作小説は読んでいませんでした。私の中で『猿の惑星』といえば、核戦争後の荒廃した地球というイメージが強く残っていたからです。

ところが、小説版は映画とは決定的に異なる構図を持っています。

映画では核戦争が文明崩壊の原因として描かれますが、小説では人類は「暴力で滅んだ」のではありません。猿に武力で征服されたのでもありません。人類は、便利さに依存し、思考を外部化し、知的努力をやめていった結果、自ら退化していくのです。支配の逆転は侵略によって起きたのではなく、主体の放棄によって起きた。この点が、小説の核心です。

ピエール・ブールの筆致はきわめて理知的で、風刺に満ちています。そこでは文明批評が中心に据えられ、知性とは何かが問われます。知性とは能力の高さなのか、それとも使い続ける姿勢なのか。猿たちは科学を研究し、議論を重ね、体系を築きます。一方で人間は、快適な生活に安住し、自ら考えることをやめていきます。文明を築いたはずの存在が、思考を手放した瞬間に、支配の座を失う。これは単なるSFの設定ではなく、文明そのものへの知的警告です。

この構図は、AI時代と不気味なほど重なります。生成AIは、文章を書き、要約し、翻訳し、分析し、構造化します。かつて人間が時間をかけて行ってきた知的労働を、瞬時に提示します。書かなくても文章が出る。考えなくても要約が出る。調べなくても答えが出る。構造化しなくても整理される。これほど便利な道具はありません。

しかし、ここで問われるのは技術の進歩そのものではありません。私たちは、考える主体であり続けられるのか、という問いです。AIに「任せる」ことと、「委ねる」ことは違います。任せるとは、自分で問いを立て、自分で考えたうえで補助として使うことです。方向を決めるのはあくまで自分であり、AIは拡張装置です。一方で、委ねるとは、問いを立てることも、判断することも、言語化することもAIに預け、自分は確認者に退いてしまうことです。そのとき、思考は徐々に外部化され、やがて衰えていきます。

『猿の惑星』における退化は、生物学的変異というより、知的怠惰の積み重ねです。能力を使わなければ衰える。それは筋肉と同じです。AIが賢くなること自体が問題なのではありません。問題は、人間が自分で考えなくなることです。もし私たちが、構想をAIに任せ、判断をAIに預け、思索の摩擦を避け続ければ、能力は静かに痩せていきます。

ここで、教育の問題が浮かび上がります。

AIを禁止するか、便利ツールとして消費するかという表層の議論ではなく、主体をどう育てるかという前提を共有できているのか。知性とはテストで測れる能力なのか、それとも問い続ける姿勢なのか。小説は、その根源的な問いを私たちに突きつけます。

AIは人類を猿にする存在ではありません。しかし、AIを使いながら思考を深める人間と、AIに思考を委ねる人間との差は、やがて文明の差になります。文明は爆発によって終わるのではありません。瓦礫の山の中で終焉を迎えるのではありません。思考をやめたときに、静かに終わるのです。

息子がナッシュビルから勧めてきた一冊は、単なるSFではなく、AI時代を生きる私たちへの警告でした。知性とは能力ではありません。それは、自分で考えることをやめないという態度です。その態度を手放したとき、文明は音もなく、その幕を下ろすのかもしれません。

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2026年2月12日木曜日

子どもを“情報の受信機”にしないために ― 小林秀雄『スポーツ』とAI時代の教育

 
生成AIは、可能性を広げる。

だが――「好き嫌い」に責任を持つのは、誰か。
教育は、子どもを“情報の受信機”にしていないか。

衆議院選挙が終わり、与党の歴史的な大勝という結果が出ました。そして間を置かずに冬季オリンピックが始まりました。政治とスポーツという二つの大きな出来事が重なったとき、私は小林秀雄の1959年のエッセイ『スポーツ』を思い出しました。

小林はそこで、「リアリストとは、好きなものは文句なく好き、嫌いなものは文句なく嫌いだという信条のうえに知恵を築いている人だ」と書いています。これは一見単純な言葉ですが、実はきわめて重い意味を持っています。私たちはいつの間にか、「好き嫌い」を軽いもの、未熟なものとして扱い、「データ」や「世論」や「専門家の解説」によって判断することを賢さだと思い込んできたのではないでしょうか。

小林が問題にしたのは、まさにその点です。スポーツ観戦においても、観客は自分の目で見て「すごい」と震える前に、解説者の理屈で理解しようとします。新聞の評価や統計の裏付けがあって初めて安心する。そこでは、自分の身体が発する直観は後景に退きます。小林は、私たちがこの「好き嫌い」という心の動きの価値をひどく下落させてしまったと言いました。

今回の選挙結果を見て、私は日本がさらに「情報の受信機」になったのではないかと感じました。信条よりも議席、理念よりも安定。空気を読み、無難な選択をする。その姿は、主体的な判断というよりも、与えられた情報の中で最適解を探す態度に近いように見えます。

そして今、その延長線上に生成AIの時代があります。もし私たちが自分の「好き嫌い」を持たず、責任を負うことを避け、効率的で正しそうな答えを機械に委ねていくとしたらどうなるでしょうか。生成AIは膨大なデータから「次に来る確率の高い言葉」を選びます。そこにあるのは統計的な整合性であって、お腹の底から突き上げてくる「これが好きだ」という身体的な確信ではありません。

AIにとって、人間の「熱量」は計算不可能な偏差に過ぎません。理屈を無視して「これがいい」と言い切る瞬間は、統計的予測を裏切るノイズです。しかし実は、その予測不可能性こそが、人間にしか持ち得ない価値です。AIは巨大な鏡のようなものであり、人間が過去に残した熱の痕跡を映し出すことはできますが、自ら燃えることはできません。

もし人間が主観を捨て、「AIがこう言っているから正しい」と同調するだけになれば、新しい文化も思想も更新されなくなります。高度な模倣の堂々巡りが続くだけです。計算不可能な主観的熱量を持つことは、AIに対する人間側の最後の砦であり、責任の引き受けでもあります。

小林秀雄の言う「好き嫌い」は、単なる感情論ではありません。それは「自分の命に対する誠実さ」です。自分の心がどう動いたかを、誰のせいにもせず引き受けることです。客観的な正解に寄りかかれば、間違っても責任は分散されます。しかし、「私はこれが嫌いだ」と言い切るとき、その人は孤立するかもしれない代わりに、自らの判断に責任を負います。そこに主体が生まれます。

高齢者が経験豊富であることと、主体的であることは同じではありません。政治家もまた同じです。世論の風を読むだけでは、主体とは言えません。今の日本社会が、自分の好き嫌いを語らずに安定や多数派に寄り添うだけならば、私たちはやがて運命の判断すら機械に預けてしまうかもしれません。

スポーツの祭典を見ながら、理屈を超えて胸が熱くなる瞬間こそが、人間が生きている証だと改めて思います。その感覚を信じられる社会でなければ、政治も文化も痩せ細ります。

これからが日本の正念場でしょう。情報を受け取るだけの国でいるのか、それとも一人ひとりが「好き嫌い」という主観に責任を持つ国になるのか。小林秀雄の『スポーツ』は、半世紀以上前の文章でありながら、生成AI時代の私たちにこそ、鋭く問いかけているのです。

「私はこれが嫌いだ。理由は私だからだ」。

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2026年2月11日水曜日

問いを失った政治、考えなくなった社会  ――衆議院選挙とAI時代の人間

 
今回の衆議院選挙を見ていて、私はある一枚のスライドを思い出していました。

それは、1990年代前半に私が初めて作成し、その後、数多くのプロジェクトのキックオフミーティングで使ってきた、コンフリクトマネジメントに関する図です。もともとは、ビジネススクールの教科書にあった考え方を拝借したものですが、私自身にとっては、組織や社会を考えるうえでの「基本中の基本」を示す一枚でした。

このスライドを、大手日本企業の部長クラスの方々に説明すると、しばしば鼻で笑われました。「そんな当たり前のことを、なぜ今さら説明するのか」「貴重な時間の無駄だ」という空気を、何度も感じたものです。実際に、そうした言葉を直接投げかけられたこともあります。しかし皮肉なことに、日本の組織は、まさにその「当たり前」ができていない。そのことを、私は現場で繰り返し目にしてきました。

今回の選挙戦も、同じ構図だったように思います。

国民が抱いている素朴な疑問――エネルギーや食糧問題をどうするのか、外交や国防と生活をどう両立させるのか、移民政策をどう設計し、社会としてどう統合するのか――本来なら、そうした問いこそが選挙の中心に据えられるべきでした。ところが実際には、具体的な統合設計を示さないまま、「やる気」や「強さ」を競い合う場になっていたように見えます。強さを演出することと、全体を設計することは、まったく別の能力です。

添付のスライドは、横軸に「対立のレベル(コンフリクトの強さ)」、縦軸に「成果(アウトプット)」を取っています。対立が低すぎれば、組織はぬるま湯になり、成果は上がりません。一方で、対立が過剰になれば、分断や疲弊を生み、やはり成果は落ちます。重要なのは、その中間にある「マネージすべき領域」であり、適度な緊張と対立を意図的につくり出し、議論を通じて全体最適を探ることです。

コンフリクトマネジメントとは、争いを避けることではありません。異なる意見を表に出し、感情と問題を切り離し、共通のゴールを確認しながら、建設的な議論へと導くことです。その過程で、創造性が生まれ、問題が早期に発見され、相互理解が深まります。コンフリクトは「悪」ではなく、「変化が必要だ」というサインなのです。

今回の選挙の圧勝は、リーダー個人の勝利というよりも、有権者と政治がともに「問いを放棄した」結果ではなかったでしょうか。野党も、国民も、十分な問いを投げかけられなかった。その代償は、時間差で必ず現れます。問題は、そのとき誰が責任を引き受けるのか、という点です。

そしておそらく、こうした選挙を重ねるたびに、日本政治から静かに距離を取る人は、これからも増えていくのでしょう。そのこと自体が、すでに社会に現れている、ひとつの「コンフリクトのサイン」なのだと思います(社会全体の虚無化)。

では、どうすればよいのか。答えは短期的な対症療法ではなく、中長期的な教育のグランドデザインを描くことしかありません。日本には、何もないわけではない。小中学校から高校、大学に至るまで、本来は思考力を育てるための素材も蓄積も、すでに存在しています。問題は、それらが「問い」を中心に再編されていないことです。

良い問いの立て方を学び、仮説を立て、検証するという方法論を、段階的に身につけていく。その過程でAIを取り入れるのであって、AIに考えさせたり、書かせたりするのではありません。人間が書いた文章をAIに評価させ、問い返させる。その補助線として使うことこそが、健全な関係でしょう。

まずは現行の国語教育が本来何を目指してきたのか、その本質を確認すること。その上で、思考力を少しずつ積み上げていくしかない。問いを立て、考え、引き受ける力を育てること。それができなければ、日本は政治においても、教育においても、静かに思考を手放していくことになるのだと思います。

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2026年2月10日火曜日

人はいつ成長するのか ――家を買い、部下を切った経験から

 
奈良西ノ京(正面は三笠山)

人は、いつ「教育された」と実感するのでしょうか。

教室で知識を得たときでしょうか。それとも試験に合格したときでしょうか。私自身の経験では、人はもっと現実的な場面で、一気に成長するように思います。利害打算ではなく、現実的であるということであり、自分の信条に忠実であるということだからです。

仕事経験は人をタフにする

「持ち家派か、賃貸派か」という議論は、時代を超えて繰り返されてきました。住居は単なる生活の器なのか、それとも人生観を左右する選択なのか。私はこの問いに対して、少し違った角度から考えています。なぜなら、私は日本とアメリカの両方で、マンションや一軒家を数回ずつ購入し、そして売却してきたからです。

不動産の売買は、想像以上に人を鍛えます。特に海外での不動産取引は、制度も文化も言語も異なる中で、すべてを自己責任で判断しなければなりません。大抵の場合、強引で癖のある不動産業者(トランプのような人物)や、理不尽とも思える主張を押し通そうとする売り手側の弁護士が前面に出てきます。価格交渉、契約条件、税務、為替――その一つ一つについて、自分で判断し、決断を下さなければなりません。住居を持つという行為は、安定というよりも、むしろ精神的な緊張と決断の連続でした。

もっとも、家を買うことは、部下を切ることとは決定的に違う側面も持っています。それは、そこに「楽しみ」があるという点です。自分が住みたい場所を考え、街の空気を感じ、間取りや日当たり、周囲の環境など、さまざまな要素を天秤にかけながら、自分たちの予算の中で最善の選択を探していく。その過程は決して苦しいだけのものではありません。しかも、その判断は自分一人で完結するものではなく、家族との共同作業になります。意見が食い違うこともありますが、それも含めて、家族として一つの人生を歩む。家探しは、人生の一部分として記憶に刻まれていきます

ここで、少しだけニューヨーク郊外で一軒家を購入したときの経験を振り返ってみたいと思います。

借家のアパート暮らしは安全で便利でしたが、一軒家がもたらした「空間」と「自由」の前では、その利点は色あせました。広い庭で子どもと遊び、記念樹を植え、季節の変化を生活の中で感じるようになったことで、私たちは「旅行者的な駐在員」から「生活者」へと変わりました。金銭的な損得は簡単に割り切れませんでしたが、損得だけで決断していたら、家は一生買えなかったでしょう。すべてを自分たちで決めるという重圧の中で、初めて覚悟を伴った選択をした、その経験自体が私を大きく鍛えたのだと思います。我が家の信条は、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いです

それでもなお、不動産購入が人をタフにする経験であることに変わりはありません。大きな金額を動かし、後戻りのできない決断を自分の名前で引き受ける。その経験は、後になって振り返ると、確実に判断力と精神的な耐性を鍛えていました。

この「仕事や人生の中で、人を一皮むけさせる経験」について、非常に体系的に整理しているのが、モーガン・マッコール『ハイ・フライヤー』(2002年)の第三章です。同章では、優秀なリーダーが成長過程で必ずと言っていいほど経験している「成長を促す仕事経験」が分類されています。そこには、初めての仕事、初めてのマネジメント、ゼロからの立ち上げ、事業の立て直し、視野の変化、そして修羅場とも言える失敗や喪失が含まれています。

私自身のキャリアで、最も精神的な負荷が大きかった経験の一つは、アメリカのコンサルティング会社でのマネジメントでした。そこでは「アップ・オア・アウト」と呼ばれる評価制度があり、一定期間ごとに成果を出し昇進できなければ、組織を去ることになります。3〜6か月に一度、部下の評価を行い、下位パフォーマーと判断された20〜25%は、問題行動を起こしていなくても「カウンセルアウト」されます。端的に言えば、クビを切らなければなりません。

部下を解雇するという行為は、何度経験しても慣れるものではありません。家を買うときのような前向きな高揚感は、そこには一切ありません。毎回悩み、考え込み、自分の判断が正しいのかを自問します。しかし、その苦しさから逃げずに向き合うことで、組織で働く者として、そしてマネジメントとして、一皮むけた段階に進むのも事実です。

組織の成果を守るために、個人の人生に影響を与える決断を下す。その責任の重さが、決断力と精神的な強さを鍛えていきます。『ハイ・フライヤー』で言う「修羅場」の経験とは、まさにこのような場面を指しているのでしょう。

翻って、日本企業の役員の多くはどうでしょうか。自らの判断で部下を解雇した経験を持たないまま、役員になるケースが少なくないのではないかと感じます。制度や慣行として「誰かが決めたこと」を追認することはあっても、個人として重い決断を引き受ける機会が極めて少ない。その結果、決断を避け、責任を曖昧にしたマネジメントが温存されているようにも見えます。

家を買うこと、部下を切ること。性質は異なりますが、どちらも「自分の名前で決断し、その結果を引き受ける」という点では共通しています。『ハイ・フライヤー』が示すように、人を本当に成長させるのは、こうした避けがたい決断の積み重ねです。

成長とは、知識を増やすことではなく、覚悟を引き受ける回数を重ねることなのかもしれません。その意味で、仕事経験とは、人の精神を鍛える最高の道場なのだと、私は実感しています。
  
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2026年2月9日月曜日

バラバラの知識を“使える力”に変える教育 ――30年前に描いた一枚のスライドから

 


30年前のスライドの話です。でも、いまの教育と社会を考えるヒントが、そこにあります。

第1章:概念提示(シンセサイジング機能とは何か)

シンセサイザーの比喩

「シンセサイザー」と聞くと、電子音楽やテクノポップを思い浮かべる方も多いかもしれません。私自身、黒人音楽のシンプルなブルースやソウルを好んできたアナログ人間ですから、正直に言えば電子音楽は今でもあまり得意ではありません。しかし、ここで言うシンセサイザーは音楽の話ではありません。「シンセサイジング機能」の話です。

音楽におけるシンセサイザーとは、音をデジタル化して要素を組み合わせ、調整し、一つの音楽として成立させる装置です。私は30年ほど前、この考え方こそが、ビジネスや組織、さらには社会や国家の運営において最も重要な能力だと考え、まとめたのが上のスライドです。

多領域のピース

スライドの左側には、政治、経済、法律、情報システム、心理学、哲学・思想、数学、文学、歴史、語学といった、バラバラのピースが描かれています。これらは、いずれも現代社会を理解するうえで欠かせない分野ですが、単独では不完全です。専門知識をいくら深めても、それだけで複雑な現実の問題に対処することはできません。

現実の課題は、必ず複数の領域が絡み合って現れます。経済問題は政治と切り離せませんし、技術の問題は法律や倫理と無縁ではありません。にもかかわらず、私たちはしばしば、部分だけを見て全体を見失います。

統合とコミュニケーション

そこで必要になるのが、中央に示した「シンセサイジング機能」です。異なる分野の知識や視点を統合し、首尾一貫した全体像として理解する力、そしてその統合結果を他者に伝え、共有する力です。単に「分かっている」だけでは不十分で、「伝わる」形にすることが求められます。

スライドの右側に描かれているのが「ビジネス」、すなわち現実の意思決定と行動です。知識の量や専門性の高さだけでは、この領域には到達できません。統合し、判断し、他者と合意を形成して初めて、現実は動きます。

リーダー不在・教育問題への接続

約10年前、私は「迷走する日本の原因は、広い視野と深い洞察力を備えたリーダーの欠如にある」と書きました。この認識は、残念ながら今も変わっていません。私がよく思い出す、ある時代劇の言葉があります。「大義名分の『名分』を手に入れた悪党ほど恐ろしいものはない」という水戸黄門の言葉です。シンセサイジング機能を欠いた権力の危うさを端的に表しています。

部分的な正論や制度の正当性だけを振りかざし、全体を見渡す力を持たない人間が権力を握ったとき、国民は容易に人質になってしまいます。日本にバランスの取れたリーダーが育ちにくい背景には、戦後の教育制度の影響もあるでしょう。専門を細かく分断し、正解を早く当てる能力を競わせる教育では、統合する力は育ちません。

第2章:具体例(コンサルティングという実装例)

仮説と検証

シンセサイジング機能が、現実の仕事でどのように使われているか。その分かりやすい例が、コンサルティングです。コンサルティングのビジネスは、「仮説を立て、その仮説を検証する」ことを骨子としています。闇雲に情報を集めたり、相手の話を漫然と聞いたりすることが仕事ではありません。

限られた時間の中で本質的な問題を見極めるためには、まず「問い」を立てる必要があります。その問いに基づいて論点を構造化し、仮説としてまとめていきます。
論点を売る

この役割を担うのが、コンサルタントの中でもパートナーと呼ばれるリーダーです。パートナーの頭の中には、常に「論点を売る」という意識があります。商品やサービスを売るのではありません。「この問題を考えるなら、何が本質的な論点なのか」という枠組みそのものを提示することです。

事前に、議論の目的を明確にし、考えられる論点を「漏れなく、ダブりなく」整理し、それぞれについて仮説を立てます。仮説は暫定的な答えにすぎず、正しいかどうかは検証して初めて分かります。

Sense & Respond


打ち合わせの場では、「何かお困りですか」と聞くだけの御用聞き営業にはなりません。また、「話したいことを話す」こともしません。相手が最も関心を持っている論点は何か、その論点について仮説は妥当かどうか。相手の反応を感じ取りながら、論点を絞り込み、仮説を検証していきます。これが「Sense & Respond」と呼ばれるプロセスです。

この意味で、コンサルタントの仕事は「答えを出すこと」ではなく、「正しい問いと論点を設計すること」にあると言えます。

落とし穴(思い込み/ローラー作戦)

ここで重要なのは、仮説は否定されることを前提としている点です。コンサルタントが陥りやすい落とし穴の一つが「思い込み」です。準備した仮説に固執し、「準備した通りに違いない」と信じ込んでしまうことです。

もう一つの落とし穴は、すべての論点、すべての仮説を検証しようとする「ローラー作戦」です。緻密さが求められる場面では有効ですが、意思決定の場では本質を見失います。必要なのは、統合と選択です。


第3章:起源(アメリカのエッセイ教育)

エッセイ=説得と検証

この思考様式のルーツは、アメリカの作文教育にあります。アメリカの入学のための統一試験には、必ずエッセイが組み込まれています。エッセイとは、自分の主張を明確にし、その根拠を示し、読み手を説得する文章です。単なる感想文ではありません。

目的と主張がなければ成立しない

エッセイは、他人を説得し、自分の目的を達成できるかどうかを問う訓練です。自分の考えと目的がなければ、そもそも成立しません。この訓練を通じて、問いを立て、論点を構造化し、仮説を検証する力が自然と身についていきます。

教育の差が思考様式の差になる

一方、日本の中学・高校の国語教育では、この視点が決定的に欠けているように感じます。多くの場合、求められるのは無難な感想や正解らしいまとめです。その結果、社会人になっても、自分の主張を持てず、小学生の作文の域を出ない文章を書き続けることになります。チャットや生成AIが中身の空洞化を指数関数的に加速します。

30年前に私が「シンセサイジング機能」を問題提起した背景には、この教育と社会の断絶があります。部分最適の知識は増えても、それを統合し、目的を持って使う力が育たない。その延長線上に、迷走する組織や国家の姿があるのではないでしょうか。文系だ理系だという単純な問題ではない。

シンセサイジング機能は、特別な才能ではありません。本来、社会を担う人間すべてに求められる、基礎的な力なのです。

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2026年2月8日日曜日

中庸とは何か――三つの国民性から見える「assertive」という技術

 

このスライドは、日本・アメリカ・中国を、自己主張のあり方という一つの軸で配置したものです。アメリカ社会は、中国と同様に強い自己主張のエネルギーを持つ社会です。

それでもなお、アメリカの教育現場では繰り返しこう言われます。

Be assertive!
  • Assertive ≠ Aggressive
  • 主張せよ。しかし、攻撃するな
  • 意見は言う。相手は尊重する
これは「もっと強く出ろ」「負けるな」という意味ではありません。本来は「主張はせよ。しかし、攻撃するな」この一線を理解し、守ることが前提になっています。アメリカ社会では、
  • assertive(自己主張)
  • aggressive(攻撃・威圧)
この二つは明確に区別されます。そしてその区別は、個人の性格に委ねられているのではなく、教育、ルール、契約、言語といった仕組みによって支えられています。だからこそ、「Be assertive」という言葉が成立するのです。

一方、日本はどうでしょうか。

日本人は人の話を聞き、相手を尊重し、場の空気を読む力に長けています。これは本来、assertive になるための極めて重要な土台です。しかしその一方で、「意見を言うこと」がいつの間にか対立や攻撃と同一視されてきました。

その結果、日本は中庸に近い位置にあるのではなく、中庸に届いていない状態にとどまっているように見えます。アリストテレス的に言えば、日本は徳の「過剰」ではなく、「欠如」の側に寄ってしまった社会です。

このスライドが伝えたい本質は、「中庸とは、静的な真ん中ではない」という点にあります。

人は時に強く主張し、時に引きます。行き過ぎたら戻れること、足りなければ踏み出せること。その振れ幅を自覚し、理性的に調整できる力こそが中庸です。

もし私の理解が正しいとするならば、日本人が assertive になるために必要なのは、性格を変えることでも、欧米化することでもありません。必要なのは、ただ一つです。

「意見を言うことは、対立でも攻撃でもない」

この認識を、社会全体で共有し直すこと。日本人はすでに、相手を尊重し、耳を傾ける力を十分に持っています。欠けているのは、その土台の上で、「私はこう考えます」と、言葉にする訓練です。

正解を当てる必要も、相手を説き伏せる必要もありません。先ずは、自分の立場を提示してみる。その小さな一歩を許容する文化と教育があって初めて、日本人は攻撃的になることなく、理性的に自己主張する――本当の意味での assertive に近づくことができるのではないでしょうか。
  
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2026年2月7日土曜日

「引き出し」は才能じゃない。習慣だ。 ――日々の概念の蓄積が、人生の即興力を決める

引き出しとは何か――知識ではなく「概念の総量」

引き出しとは、習慣的に蓄積された「概念の総量」です。

この図が伝えようとしているのは、日頃から概念を蓄積している人は、必要な場面で自然とネタを引き出し、臨機応変に使うことができるという、ごく本質的な事実です。ここで言う「引き出し」とは、整理整頓された知識の箱ではありません。知識、経験、違和感、失敗、読書、他者との会話──そうしたものが、長い時間をかけて自分の中に沈殿した思考の材料です。意識して集めたものもあれば、無意識のうちに刷り込まれたものもある。その総量こそが、その人の引き出しなのです。 

概念とは何か――具体から本質を抜き出す力

重要なのは、その場で集めた情報は、引き出しにはならないという点です。流行の言葉やハウツー、誰かの受け売りを覚えても、それは概念として自分の中に定着しません。概念とは、個別の出来事を一回きりの現象として消費するのではなく、そこに通底する共通項を抜き出し、文脈を超えて使える形にまで抽象化されたものです。因数分解で共通項をカッコの外に出すように、本質的な要素だけを取り出していく作業とも言えます。

概念を使って考えるとは、具体例を並べることではありません。多様に見える問題の共通点を見つけたり、逆に、同じように見える現象の本質的な違いを区別したりすることです。その結果として、問題をより大きな構図の中に位置づけることができ、目の前の事象に振り回されず、自分なりの判断軸を持つことが可能になります。コンサルタントに求められる抽象的思考力とは、まさにこの力です。

基礎体力としての抽象思考――教育・仕事・対話の空白

ただし、これはコンサルタントだけの話ではありません。むしろ、すべての人にとって必要な思考の基礎体力だと言えるでしょう。本来であれば、中学・高校の段階でこの訓練が行われるべきなのです。絵日記が作文になり、やがて小論文や論文へと移行していく。その過程で、具体から抽象へと視点を引き上げる訓練が必要なのですが、日本の現行の教育システムには、この回路がほとんど存在しません。その結果、社会人になっても小学生の作文の延長線上の議論が横行することになります。日本のコンサルティング会社ですら、大同小異です。

コミュニケーションがうまくいかない理由も、ここにあります。賛成できなくても相手を理解しようとするには、自分の引き出しが必要です。スマホでのチャットのように、反射的に反応するだけでは、考える「間」は生まれません。間がなければ、蓄積されたネタが立ち上がる余地もありません。対話とは、言葉の応酬ではなく、引き出しの中身が静かに動き出す時間を含んだ営みなのです。

日頃から概念を蓄積していなければ、考えるための材料がない。これは厳しい現実です。優れたギタリストが、演奏中に考え込まずとも自然にフレーズを引き出せるのは、日々の練習と長年の蓄積があるからです。

日本人ギタリストのCharさんも同様で、即興(Improvisation)とは才能ではなく、蓄積が反応として現れた結果にほかなりません。その背景には、幼少期のピアノ訓練で身につけた音楽理論という基礎があり、その上に「概念」が積み重なっています。基礎があるからこそ、自由に発想が膨らむ。この構造は、思考やビジネスの世界でもまったく同じです。

AI時代の引き出し――考える責任は誰のものか

右側に描かれた「頑固ジジイ」は、否定される存在ではありません。彼は、「MBAだとか、上滑りのハウツーを追いかける前に、もっと地道に概念を蓄積しろ」と言っているのです。
環境問題、教育、個と公共、文化と文明、異文化コミュニケーション、デジタル化といった言葉は、それ自体が完成された概念なのではありません。むしろ、それぞれが概念を収集し、蓄積するための“引き出し”のラベルだと考えるべきものです。各引き出しの中に、具体的な概念が十分に詰まっていなければ、将来世代への責任や国際的な合意といったテーマについても、表層的な賛否をなぞることしかできません。問題なのは意見の違いではなく、引き出しそのものが空っぽであることなのです。

考える力は、その場で身につくものではない。日々の習慣として概念を蓄積してきた人だけが、必要な場面で気の利いた意見を言える。引き出しとは、整理された棚ではなく、時間をかけて積み上がった思考の堆積層なのです。

そしてAI時代だからこそ、あえて強調しておきたい。考えることまでAIにアウトソースしてはいけません。AIは引き出しを代わりに作ってはくれませんし、概念を自分の血肉にしてくれるわけでもありません。考える責任だけは、人間が引き受け続けなければならないのだと思います。

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2026年2月6日金曜日

映画が単なる「娯楽」ではなく「人生」だった時代 ――アメリカ映画と昭和日本映画、その底流にある人間性

 

アメリカ映画と昭和日本映画、その底流にある人間性

私は、小学生から中学生にかけて、アメリカに強い影響を受けて育ちました。地方都市の公団住宅でテレビっ子だったのです。私が観ていた映画やテレビは、当然のことデジタル以前のアメリカです。1940年代から60年代にかけてのアメリカであり、その時代の映画でした。

『カサブランカ』『哀愁』『素晴らしき哉、人生!』『風と共に去りぬ』に胸を打たれ、『理由なき反抗』や『十二人の怒れる男』に、言葉にならない違和感と正義感を教えられました。

私は、ほぼそれらすべての映画を観て育ちました。それらは私に、成功や勝利よりも、むしろ人間の脆さを教えてくれた作品群でした。つまり、アメリカの占領政策にコロりと騙されたのかも知れません(私はもはや戦後ではないといわれた世代ですが)。

ただし、私が受け取っていたのは、理念や成功神話だけではありませんでした。そこに流れていたのは、むしろ人間の弱さでした。不条理、挫折、報われなさ。しかし同時に、愛と友情や正義が確かに存在していた。

そして、私にとってアメリカを「物語」ではなく「生活の匂い」として感じさせてくれたのが、1950〜60年代のテレビドラマでした。

『ハイウェイ・パトロール』『サンセット77』『ハワイアン・アイ』『ルート66』、『ビーバーにおまかせ』『奥様は魔女』『かわいい魔女ジニー』、そしてイーストウッドの『ローハイド』。

中でも決定的だったのは、何と言ってもリチャード・キンブル博士の『逃亡者』です。

そこに映っていたのは、英雄ではなく、市井の人々でした。広い道路、郊外の住宅、キッチンのある家庭、仕事帰りの父親、笑ったり口論したりする家族。私はそれらを通して、アメリカの街並みや一般家庭の空気を、知らず知らずのうちに刷り込まれていったのだと思います。そして、大いにアメリカに憧れ、英語という言葉にも自然と興味を持つようになりました。小学生の頃、最初に覚えた英語は「Gone with the Wind」でした。

フィルム・ノワールの陰影も、メロドラマの涙も、テレビドラマの日常性も、すべては「人間とは何か」を問い続ける営みだったように思います。

60年代に入り、『夜の大捜査線』や『卒業』を経て、『俺たちに明日はない』『イージー・ライダー』『真夜中のカーボーイ』といった、アメリカン・ニューシネマが登場します。授業をサボって映画館に通った高校時代でした。

そこにはもはや、整った救済はありません。社会への反抗、不条理への怒り、虚無感。それでもなお、友情だけは捨てきれない男たちの姿がありました。愛があるからこそ、世界に絶望する。私は、その矛盾にこそリアリティを感じていたのだと思います。

当然のこと、学校や受験勉強からは疎遠になりますよね。

もう20年以上、私はハリウッド映画を積極的に観なくなりました。理由は単純で、どこかで「人間の匂い」が薄れていったからです。CGやシリーズ化が悪いわけではありません。ただ、私が影響を受けた映画は、すべてアナログの時代の産物でした。

近年、私が好んで観るのは、昭和の日本映画です。
敗戦後から1960年代前半までの作品。主に白黒映画です。

そこには、敗戦という決定的な喪失を背負った人間たちがいます。誇りを失い、しかし生きることをやめなかった人々。小津安二郎の静けさ、成瀬巳喜男の哀感、黒澤明の怒り。

彼らは間違いなく、ハリウッド黄金時代の映画文法を学びながら、それを日本的な人間観へと変換しました。そして興味深いことに、その日本映画が、再びハリウッドに影響を与えていく。黒澤の『七人の侍』が西部劇に姿を変え、『用心棒』がイーストウッドを生んだ。

文化は一方通行ではなかったのです。

そんな中で、唯一、私の感覚と同じ場所に立ち続けていると感じるのが、クリント・イーストウッドでした。『ミリオンダラー・ベイビー』や『グラン・トリノ』に描かれたのは、不条理な世界の中で、それでも人としてどう生き、どう終わるかという問いです。

突然断ち切られる人生。救いのない現実。それでも、最後に残るのは、他者への責任と愛でした。

アメリカ映画と昭和日本映画に共通して流れていたもの。それは、デジタルでは置き換えられない「人間性」だったのだと思います。不器用で、矛盾を抱え、完全には救われない存在としての人間。

私は、映画やテレビドラマからそれを学び、人生を考える材料を与えられてきました。今もなお、フィルムのざらつきの向こうに見える人間の姿に、私は静かな共感を覚え続けています。

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2026年2月5日木曜日

信頼関係の構築とは何か ――AI時代にこそ問われる、人と人との「空中ブランコ」

AI時代にこそ問われる、人と人との「空中ブランコ」


信頼関係の構築は、リーダーシップ、教育、組織運営、そして日常の人間関係に至るまで、あらゆる場面で根幹となるテーマです。私は16年前のブログで、日本のリーダーシップの欠陥として「信頼関係を構築できないこと」を指摘しました。当時、ワシントンポスト紙は、日本の首相が官僚機構と円滑な協力関係を築けず、危機に際して臨機応変な対応ができていない「loopyな総理」と批判していました。論調には少しだけ違和感を覚えつつも、「信頼関係の欠如」という指摘自体は的を射ていたと思います。

上のスライドは、さらに古いもので、30年近く前、チームビルディングを説明するために作成したものです。そこでは、信頼関係を「暗闇の中での空中ブランコ(Trapeze)」にたとえています。空中ブランコは、相手が確実に受け止めてくれると信じられなければ、決して手を離して飛ぶことはできません。

ここで重要なのは、「信頼するとは、相手の能力(Capability)と意志・覚悟(Commitment)を確認すること」だという点です。どちらか一方が欠けていては、信頼関係は成立しません。高いスキルがあっても、受け取る覚悟がなければ飛べない。逆に、受け取る気持ちがあっても、技量が伴わなければ危険すぎて飛べない。信頼とは、感情ではなく、極めて現実的で、命がけの判断なのです。

一般に、信頼関係はテクニックで築けるものではありません。言行一致、一貫性、誠実な謝罪、相手への関心といった、地味で時間のかかる行動の積み重ねによってのみ育まれます。約束を守ること、曖昧にしないこと、相手がいない場所でも誠実であること。いわば「信頼残高」を日々少しずつ積み上げていく作業です。

この点で、私は江戸時代の寺子屋に大きな示唆を感じています。寺子屋は、教師と生徒という関係以上に、師匠と弟子の信頼関係で成り立っていました。知識の効率的な伝達よりも、人と人との関係性、徳育を重視していた。コンピュータが人格を形成しないのと同じで、信頼はデジタルでは代替できません。

ビジネスにおいても同様です。合理性だけで動く組織は、一見強そうに見えても、予測不能な危機には脆い。有機体(Organism)としての組織、つまり人と人との信頼関係があってこそ、危機を乗り越えられます。M&Aが難しいのも、ここに理由があります。Organic growth(自律的成長)とは、単なる規模の拡大ではなく、その組織が本来持つ「稼ぐ力」「結束力」が内側から育っているかどうか、という問いでもあります。

個人の信頼関係構築の基本は、驚くほど単純です。時間を守る、約束を守る、嘘をつかない。これを愚直に、長年続けること。若い頃の私はスキルも実績もありませんでしたが、「絶対に時間に遅れない」ことだけは自分に課していました。早く着くことで生まれる余裕や静けさが、結果として自分の誇りになっていったのです。それしか取り柄がなかった、と言ってもいいでしょう。

そして今、AIがAIを騙す「フェイク everywhere」の時代に入りました。情報は溢れ、もっともらしい言葉や画像はいくらでも生成されます。だからこそ最後に問われるのは、「この人は信用できるのか」という、極めてアナログな感覚です。画面の向こうではなく、現実の行動、積み重ね、履歴が試される時代なのです。

信頼とは、「橋をかけること」だとも言えます。その橋は一夜にして完成しません。時間をかけ、何度も補修しながら、少しずつ強くしていくものです。この比喩は、空中ブランコのイメージともどこかで重なっています。飛ぶ者と受け止める者。その間に架かる、目には見えない一本の橋です。

サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)」は、単なる友情の歌を超えた、信頼関係の本質を描いた楽曲だと思います。歌の中で繰り返される “I will lay me down”(私は身を横たえる)という言葉は、信頼関係に不可欠な「脆弱性」を象徴しています。自分が先に橋となり、相手が渡れるように身を差し出す。その覚悟があって初めて、信頼は動き出します。

また、信頼が試されるのは平時ではなく、困難の只中においてです。

“When you're weary, feeling small / When tears are in your eyes”

相手が弱り切っているときに、なお変わらずそこに居続けられるか。その一貫性こそが、「何度も補修されながら強くなっていく橋」を支える土台になります。

AIやSNSが生み出すデジタルな繋がりは、一瞬で築けます。しかしそれは、橋というよりも、風が吹けば崩れる「ハリボテ」に近いのかもしれません。時間はコストではなく投資です。一夜にして完成しないからこそ、その橋には重みと価値が宿ります。

信頼とは、相手を信じることそのものではありません。相手が自分を信じられるように、自分がどう在るか。その姿勢を、時間をかけて示し続けることです。

空中ブランコも、橋も、そして信頼関係も、原理は同じです。飛ぶ前に、受け止める覚悟があるか。そして、明日もその場所に立ち続けているか。

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2026年2月4日水曜日

人生のグランドストラテジー ――なぜ日本人は「自分の物差し」を持てないのか

 

上の図は、私が今から20年ほど前に作成した「人生設計とキャリアプラン」を示すものです。

山登りに人生を喩え、社会人としての出発点から、50代以降に至るまでを、一続きの登攀として描いています。 足場は限られ、途中で引き返すことも容易ではありません。この図が示しているのは、成功モデルや理想像ではありません。むしろ、「人生にグランドストラテジーがないまま登ることの危うさ」を可視化したものです。

図の左下には「社会人登山口」があります。
  • 20代は「学に志す」。社会に出て、自分の専門性の軸を探し、学ぶことにエネルギーを注ぐ時期です。
  • 30代は「学を継続する」。資格取得や実務経験を通じて、学びを実装し、自分の足場を固めていく段階です。
  • 40代になると、「立つ&惑わず」。組織の中で一定の立場を得る一方で、自分は何者なのか、どこへ向かうのかという根源的な問いに直面します。
  • 50代、「人生を楽しめるか?」。ここで初めて、それまでの選択が静かに問い返されることになります。
この図の中央に置いた言葉が、「自分の物差し」です。

他人の評価や会社の肩書き、世間の常識ではなく、「自分は何を基準に、どの山を登っているのか」。これを持たないまま登り続けると、努力すればするほど、風の強い危険な稜線に立たされることになります。最悪の場合は、雪庇を踏み抜く。図の上部にある「無限風光在険峰」とは、雄大な景色は険しい峰の頂にこそある、という意味です。ただし、険しい峰である以上、足場は決して安定していません。自分の物差しを持たずに登れば、そこで立ちすくむことにもなります。

ここで多くの人が混乱するのが、「ビジョン」という言葉です。

ビジョンと聞くと、明確な理想像や、達成すべき成功イメージを思い浮かべがちです。しかし正直に言えば、理想の人生が何なのかなど、誰にも分かりません。若い頃にそれを描ける人は、ほとんどいないでしょう。 高齢になった今の私にも、正直なところ分かりません。

それでも、ビジョンを考えることには意味があります。それは、「人生の最後のフェーズを、おぼろげながら想像すること」です。私は、老人ホームでアルトサックスやハーモニカを吹いていたい!

自分は、どんな人間として人生を終えていたいのか。老いた自分は、どんな場所に立っていたいのか。そして、他者は最終的に、自分のことをどういう人間だったと思ってくれるのか。

ここで重要なのは、「自分がどう思うか」だけではありません。他者の記憶に、どのような存在として残るのか。言い換えれば、これはアイデンティティの問題です。

理想を完全に実現できる人は、ほとんどいません。しかし多くの人は、人生の終盤において、「この人には助けられた」「この人には感謝している」。そう言ってくれる人が何人かいることを、心のどこかで望んでいるのではないでしょうか。

恐らく、それで十分なのです。それこそが、「どんな人生を送りたいか」という問いへの、きわめて現実的な答えであり、ビジョンと呼んでよいものだと思います。ビジョンとは成功の設計図ではなく、自分はどんな存在として人生を終えたいのかという価値観の宣言なのです

ビジョンと戦略、戦術の違いを整理しておく必要があります。

ビジョンは「どんな山に、なぜ登るのか」。グランドストラテジーは、「限られた時間、能力、人間関係といった資源を、長期的にどう配分するか(resource allocation)」。戦術は、「今日、何をするか」です。

日本人は、この三つを混同しがちです。昭和の15年戦争を研究してみてください。日本社会は、目の前の課題を丁寧にこなす戦術能力においては、極めて優れています。しかし、「そもそもどの山に登っているのか」という問いを立てる訓練を、ほとんど受けてきませんでした。戦略性を学ばないまま大人になった人間が、次の世代を教えている。そう言ってしまえば、身も蓋もありませんが、現実はそこにあります。

その背景には、正解依存の教育、他者依存の社会構造、そして戦後日本が国家としてグランドストラテジーを自ら描かずに済んできたという歴史があります。企業が個人の人生設計を肩代わりしてくれた時代は終わりましたが、思考の習慣だけが、いまも残っています。AI時代に突入した現在、この思考習慣を変えられないままで、日本人はどこへ向かうのでしょうか。

だからこそ、これからの時代には、「自分の物差し」を意識的に持つことが必要になります。

完璧な答えを出す必要はありません。ただ、「自分はどんな存在として、誰に、どう記憶されたいのか」。その問いを言語化し、人生のどこかに据えておくこと。それこそが、人生のグランドストラテジーの出発点なのだと、私はこの図を見返しながら、あらためて感じています。

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2026年2月3日火曜日

子育ては一生続く。でも、干渉は一生いらない

子育てを考えるとき、私はいつも「起業」との共通点を思い浮かべます。

どちらも、成果は枝葉や果実として目に見える形で現れますが、本当に重要なのは、目に見えない「土壌」と「根」です。どんな養分や水分を、どの程度与えるのか。そして、どこで手を止め、成長を待つのか。その判断ひとつで、木の育ち方は大きく変わります。


子育てと起業に共通するのは、「育てる」ことではなく「育つ環境を整える」ことです。過度な養分や水分は、かえって根を弱らせてしまいます。

私の愛犬チャーリーは、正直に言って躾に失敗しました。

かわいい、かわいいと可愛がりすぎ、必要な距離を取らなかった結果です。叱るべき場面でも感情を優先し、こちらの都合よりも「まあいいか」を選び続けた。そのツケは、すべて飼い主である私に返ってきています。

一方で、息子はまったく逆でした。

親としては自由に育てたつもりですが、結果としては少々自立しすぎたきらいがあります。頼られることも少なく、拍子抜けするほどです。犬と息子を並べて考えるのは妙な話ですが、関わり方ひとつで、ここまで結果が違うのかと考えさせられました。

子育ては、おそらく自分が死ぬまで続くのだと思います。ただしそれは、死ぬまで子どもに干渉し続けるという意味ではありません。むしろ逆で、親がどう生きるか、その姿そのものが、子どもにとって最大の教材になるのではないでしょうか。

人間も動物です。情愛そのものに大きな違いはありません。しかし福沢諭吉は、人間と動物の違いを「相手に対する敬意」だと言いました。情愛だけでなく、敬意をもって相手を見ること。そこに、人間の教育の本質があるのだと思います。

情愛や敬意を欠いた子育てが続けば、社会正義は機能しなくなり、卑怯者ばかりが量産されてしまいます。私は息子が納税者になったとき、「これで親の務めは終わった」と正直ほっとしました。しかし福沢は容赦なく言います。子を生み、養い、教え、一人前の人間として社会に送り出して初めて、親の名に恥じないのだと。

シリコンバレーのパロアルトの飲茶レストランで、さまざまな訛りの英語が飛び交う光景を目にしたことがあります。インド訛り、中国訛り、韓国訛り、あらゆる英語が飛び交っていました。そこに、日本語訛りの英語はほとんど見当たりませんでした。日本人がいないわけではない。しかし選手層が薄く、存在感が出ないのです。

日本という社会は、テーマパークのようです。サファリパークと言ってもいい。安全で、親切で、居心地はいい。しかし、その中で過保護に育った人間は、ジャングルのような現実世界では目立ちません。世界には多様な「優秀さ」があるという事実を、親自身がまず理解しておく必要があると思います。

論語にある「切磋琢磨」という言葉も、私は少し違った意味で受け取っています。学ぶ側の努力というより、教える側への戒めではないか。素材を見極め、無理に削らず、的確に磨く。料理で言えば、素材に合った調理法です。流行の教育論や、誰かの成功体験を、そのまま我が子に当てはめる危うさを、親はもっと自覚すべきでしょう。

日光東照宮の三猿の彫刻を思い出してください。
子育てとは人生全体を見通す営みなのだと教えています。子育て、成長、挫折、友情、旅立ち。人生は順番通りには進みませんし、挫折は何度も訪れます。親ができるのは、転ばせないことではなく、転んだときに立ち上がる力を信じることではないでしょうか。

子育てにおける最大の敵は、「知らないこと」ではありません。「知ろうとしないこと」です。事勿れ主義は、親にとっては楽ですが、子どもも同じように育ってしまいます。独立自尊の個人とは、不安定で壊れやすい存在です。だからこそ、自信と自尊心を日々更新し続ける必要があります。その覚悟を、親自身が生き方で示すしかありません。

福沢諭吉は、まず身体を鍛えよと言いました。

獣のような身体をつくり、後で人の心を養えと。健康を管理できない人間は、社会人としても自立できません。子育てとは、知識を詰め込むことではなく、生き抜くための土台を整えることなのだと思います。

子育ては、起業とよく似ています。

種を蒔き、土壌を整え、あとは自然の力に任せる。根を育て、枝葉や果実は、その子自身のものです。親ができるのは、環境を整え、過度に手を出さないことだけです。

チャーリーを見て苦笑し、息子の背中を見て少し寂しくなる。その両方を引き受けながら、私は自分に問いかけざるを得ない。

子どもに何をしたかではなく、自分はどう生きているのか。子育ては一生続く。でも、干渉は一生いらないのだと。
 
福沢諭吉の言葉

福沢諭吉は、130年以上前に、すでに子育ての本質を言い切っていました。

天下の橐駝(たくだ=植木屋)は能く樹木の根を養うてその生力を盛んにし、枝葉花実はその自然の発生に任して各その美を呈せしむるのみ。教育の橐駝、果たしてここに見る所あるや否や。

(福沢諭吉『教育の方向如何』明治十九年)

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2026年2月2日月曜日

コンサルティングはジャズのジャムセッションだ ――契約と組織の違いから見える仕事の本質

 

コンサルティングはジャズのジャムセッションだ


契約と組織の違いから見える仕事の本質  

私はこれまで、日本の株式会社、米国のコーポレーション、シリコンバレーのスタートアップ(30年前)、そして米国型のパートナーシップによるコンサルティング会社と、いくつか異なる組織で働く機会を得てきました。その後、仲間に支えられて起業し、気がつけば二十年という時間が経っています。

こうして並べて書くと、いかにも経験豊富であるかのように聞こえるかもしれませんが、決してそういう話ではありません。自分自身の能力については、今でもたいしたものではなかったと思っています。ただ一つ言えるのは、いろいろな場所に身を置き、それぞれの組織のエコノミーにもまれ、その場の「当たり前」に戸惑い、時に失敗しながら過ごしてきた、という事実だけです。

日本の会社には日本の理屈があり、アメリカにはアメリカの、そして中国には中国人の動き方があります。本や理論で知ることもできますが、実際にその中に放り込まれると、頭で理解していたはずのことが、まったく別のものとして立ち現れてきます。その違いは、説明できる以前に、まず身体で感じるものだというのが、正直な実感です。

ですから、これから述べることも、何かを上から教えようという意図はありません。ましてや、経験を振りかざして優劣を論じるつもりもありません。ただ、自分が通り過ぎてきた現場で感じた違和感や納得感を、そのまま言葉にしているだけです。知らないことについて断言するつもりはありませんが、少なくとも自分が体験した範囲のことについては、「そうだった」と言い切るくらいの図々しさは、年齢相応に許していただいてもよいのではないかと思っています。

上の図で述べているコンサルティングビジネスの話も、その延長線上にあります。理想論でも、教科書的な定義でもなく、ある時代、ある環境の中で、実際に苦労して試行錯誤したコンサルタントの姿を、できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います。

コンサルティングビジネスを理解するうえで、まず押さえておかなければならないのは、日本と欧米では、ビジネスの前提となる制度や発想が大きく異なるという点です。日本には日本なりの合理性があり、欧米には欧米の歴史と制度に根ざした合理性があります。両者が百パーセント同じである必要はありません。しかし、その違いを理解しないまま表面的に真似をすると、誤解や齟齬が生じます。コンサルティングビジネスは、その典型例の一つです。

第一の違いは、会社の形態です。欧米の大手コンサルティング会社の多くは、株式会社ではなく、法律事務所と同じようなパートナーシップ型の組織です( 2人以上の出資者であるパートナーが共同で出資・経営し、利益や損失を直接分配する組織形態です。法人格を持たず、事業の利益が直接メンバーの所得となります)。これは、日本的な企業組織の感覚からすると、やや異質に映ります。親分がいて、その下に子分がいるという、いわば「親分衆の集まり」のような構造です。パートナー一人ひとりが独立した強いテリトリー意識や専門性と責任を持ち、組織はそれらの集合体として成り立っています。一方、日本にはこの意味でのパートナーシップ企業は存在せず、欧米コンサル会社の日本法人も、日本の法制度のもとでパートナーシップを「シミュレーション」しているにすぎません。

第二の違いは、契約の考え方です。日本では「請負」という発想が強く、成果物の完成を目的として対価を得るという関係が一般的です。しかし、欧米のコンサルティングビジネスでは、原則として請負契約は結びません。クライアントとの間に相互の信頼関係を築いたうえで、委任契約、いわゆる Times and Materials (日本の法律では準委任契約)で仕事を進めます。これは弁護士との契約と同じ発想です。成果を「保証する」のではなく、専門性と誠実さをもって最善を尽くし業務の遂行が契約の本質になります。

こうした環境の中で働くコンサルタントとは、どのような存在なのか。

それを直感的に説明しているのが、上のスライドです。このスライドでは、コンサルティングビジネスを「一流のジャズミュージシャンによるジャムセッション」にたとえています。

ジャズのジャムセッションでは、まず前提として、全員が自分の楽器を高度に演奏できる熟練者です。同じように、コンサルタント一人ひとりも、それぞれの専門分野において高いスキルを持っています。誰かに細かく指示されなければ動けない存在ではありません

次に、演奏している姿だけを見ると、各プレイヤーは自由気ままに、自分勝手に演奏しているようにも見えます。しかし実際には、全員が音楽に対する高いレベルでの共通理解を持っています。だからこそ、即興でありながら、全体として調和が取れるのです。コンサルティングでも同様に、各人が独立して考え行動しながら、ビジネスの基本を理解し、問題意識や価値観を共有しています

さらに重要なのは、聴衆、つまりクライアントを楽しませたい、価値を提供したいという情熱です。コンサルティングは単なる分析作業ではなく、クライアントの前で知的なパフォーマンスを行う仕事でもあります。そして、音楽を演奏すること自体を楽しんでいる点も共通しています。楽しめない演奏が人の心を打たないのと同じで、仕事を楽しめないコンサルタントが良い仕事をすることはありません

最後に、ジャムセッションでは、曲の流れに応じて誰もがリーダーになり得ます。ソロを取る人が自然にバンドを引っ張る場面もあります。コンサルティングでも同様に、固定的な上下関係ではなく、状況に応じて誰もがリーダーシップを発揮します

以上、このスライドは、欧米型コンサルティングビジネスの本質を、制度や契約の話を超えて、人の在り方として分かりやすく伝えようとしたものです。

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