玄関の水仙
仏壇に水仙活けし冬至哉 正岡子規
昔の日本の家には「仏壇」がありました。熱心な宗教の信者でなくても、一日のうちに亡くなった人や「死」を考える機会があったのです。ところが、仏壇のある家は少なくなりました。今の日本は、多くの人が人間は死なないというVR(仮想現実)の世界に生きているかのようです。
キリスト教やイスラム教徒のように、一日の中でお祈りをする機会のない日本では、「死」を考える瞬間がないのです。せめて、冬至には水仙でも活け、素直に手を合わすことがあってもいいのではないかと思います。
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