2026年1月31日土曜日

プロフェッショナルとは何か

 


プロフェッショナルとは何か


― ゼネラリストとスペシャリストを混同し続ける日本社会へ


日本のビジネス界を見渡すと、長年変わらない「基本的な勘違い」があります。それは、プロフェッショナル、ゼネラリスト、スペシャリストという概念の区別が、極めて曖昧なまま使われていることです。言葉だけが一人歩きし、レベルセットが行われないまま議論が進む。その結果、抽象度の低い、噛み合わない会話が延々と続く。これは日本のビジネスシーンの慢性病と言っていいでしょう。

添付した1枚目のスライドでは、「プロフェッショナル」を中心に、ジェネラリスト、スペシャリスト、エキスパートという概念を整理しています。ここで最も重要なのは、プロフェッショナルとは職種や専門分野の名称ではなく、姿勢であるという点です。

プロフェッショナルの前提にあるのは、顧客第一主義、すなわち「真のニーズに応える」ことです。自己満足でも自己中心でもない。常に相手の価値を最大化するために、自分をどう使うかを考える存在です。

ところが日本では、専門知識や技能を持っている人、つまりスペシャリストを「プロ」と呼んでしまう傾向が強い。極端な話、「うちはスペシャリストしかいません」と胸を張る会社すらあります。しかし、専門性があることと、プロフェッショナルであることはイコールではありません。スペシャリストやエキスパートは「スキル中心」の世界にいます。一方でプロフェッショナルは、スキルを含みつつも、それをどう使い、どう統合し、誰のために価値を出すのかという「働き方・生き方」の問題なのです。

2枚目のスライドでは、プロフェッショナルを支える三つの柱として、People Management、専門性、自己管理能力を示しています。

ドラッカーが繰り返し述べているように、マネジメントとは他人を動かす技術ではありません。本質は「自らをマネジメントすること」にあります。これは新渡戸稲造が『武士道』で語った「克己(こっき)」と同義でしょう。自分をコントロールできない人間が、他者をマネージできるはずがないのです。

政治家は英語で “Law Maker” とも呼ばれます。法律を作り、私たちの税金を使うことを国民からアウトソースされている、れっきとしたプロフェッショナルのはずです。それにもかかわらず、今の政治にプロフェッショナルの姿が見えないのはなぜでしょうか。責任と権限の概念を理解せず、言葉だけで場を取り繕う。その姿は、ビジネスの世界とも不気味なほど重なります。

プロフェッショナルとは、決して「できる人」ではありません。自分に満足せず、常に次の壁に挑み続ける人です。一つ壁を越えれば、また次の壁が現れる。その過程を苦行ではなく、楽しみとして引き受ける。論語にある「知る者は好む者に及ばず、好む者は楽しむ者に及ばず」という言葉の通り、楽しみながらやっている人の中からしか、本物のプロフェッショナルは生まれません。

小林秀雄は「模倣は独創の母である」と言いました。完璧に模倣できた地点が、プロフェッショナルのスタートラインです。エリック・クラプトンも、ジミー・ペイジも、ジェフ・ベックも、最初は徹底したコピーから始めています。中途半端な理解のまま「オリジナリティ」を語るのは、単なる自己満足に過ぎません。

黒澤明監督の映画『七人の侍』は、実に見事なチームビルディングの教科書です。リーダーは同質な人材を集めるのではなく、技量も性格も異なるプロフェッショナルを集め、全体としてのバランスを取ります。ムードメーカー、無口な達人、参謀役、橋渡し役。それぞれが自分の役割を理解し、自律的に動く。これこそがプロフェッショナル集団です。

今の日本では、新卒一括採用やハウツー偏重の教育が、「自分を知る(know yourself)」機会を奪っています。流行のスキルを追いかけるだけでは、死ぬまで漂流者のままです。ブログや日記を書くことは、自分とのコミュニケーションを始めるための有効なツールでしょう。

結局のところ、プロフェッショナルとは肩書きではなく、覚悟です

自分を律し、学び続け、楽しみながら壁を越え続ける。その姿勢を持つ人が増えない限り、日本はこれからも「埋もれたまま」なのでしょう。

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2026年1月30日金曜日

タコツボ社会という病理

タコツボ社会という病理

日本社会から世界へ広がる「自閉的共同体」の弊害

この図は、もともと日本社会の構造的な問題、いわゆる「タコツボ社会」の弊害を表現するために描いたものです。

タコツボ社会とは、組織や集団がそれぞれ狭い内部論理に閉じこもり、全体最適や他者との連携を顧みなくなる状態を指します。

日本の大企業を思い浮かべると、その姿は分かりやすいでしょう。製造部門、販売部門、物流部門、財務管理部門が、それぞれ自分たちの論理と都合で動き、横の連携が極端に弱い。部分最適は追求されますが、全体として会社がどこへ向かっているのかを誰も把握していない。結果として、非効率や責任の所在不明が常態化します。

この構造は、日本の教育システムにも色濃く表れています。

学校教育では、国語、数学、理科、社会、英語といった教科ごとに、多くの「柱」を次々と立てていきます。それ自体は知識を身につけるという意味で必要な作業です。しかし問題は、その柱同士をつなぐ「梁(はり)」が、ほとんど意識されないまま教育が進む点にあります。

知識をどう統合し、現実の社会や人生にどう結びつけるのか。本来ならば最も重要な問いが置き去りにされたまま、教育は大学受験へと突き進みます。そして入試が終わった瞬間、それまで必死に立ててきた柱は役目を終えたかのように忘れ去られていきます。学んだ知識が社会生活や現実の問題とどう関係するのかを考える機会は、ほとんど与えられません。

これはまさに、知のタコツボ化です。教科という名の壺の中で知識を詰め込み、壺の外とのつながりを考えない。その延長線上に、社会に出てからも全体を見渡せず、自分の担当領域だけに閉じこもる人間が生まれていくのは、ある意味で必然なのかもしれません。

このタコツボ構造は、戦前・戦中の日本にも重なります。

昭和の戦争を振り返れば、日本帝国において陸軍と海軍が事実上バラバラに行動していたことはよく知られています。国家存亡をかけた局面でさえ、組織間の連携や相互理解が欠如していた。ここにも、巨大なタコツボが並列して存在していた姿を見ることができます。

この図の下半分に描かれているのは、そうした「内輪だけの狭いコミュニティ」です。

外部の声は遮断され、異なる価値観は拒絶される。内部では自己正当化が繰り返され、やがて他の共同体に対して敵意すら向けるようになります。閉じこもるだけでなく、他者に対して攻撃的になるのが、この構造の危険な特徴です。

最たる例として、この図では宗教を象徴的に描いています。

本来、宗教は人間の内面を支え、倫理や節度をもたらすものだったはずです。しかし、共同体が自閉化すると、宗教は排他的なアイデンティティ装置へと変質します。「自分たちだけが正しい」「外は敵だ」という思考が強化され、反目と対立が固定化されていきます。

そして、この構図は宗教に限りません。昨今の世界情勢を見渡すと、強大な軍事力や経済力を持つ国家や巨大組織が、外部からの監視やコントロールを受けないまま、自分たちの利益と面子のためだけに行動している姿が目に入ります。閉じこもるだけでなく、他の共同体に対して攻撃的になる。その姿は、巨大化した自閉的共同体そのものです。

一方で、この図の上半分は「本来あるべき姿」を示しています。

組織は別であっても、人間である以上、相互理解と相互扶助が可能なはずです。立場や役割が違っても、対話を通じて相手の状況を想像し、必要であれば手を差し伸べる。そこには壁はあっても、完全な断絶はありません。

この上半分を貫くキーワードが「寛容」です。

寛容とは、相手に迎合することでも、無条件に許すことでもありません。自分とは異なる価値観や立場が存在することを認め、その存在を前提に関係を築こうとする態度です。教育においても、組織においても、国家においても、この寛容がなければ統合の梁は架かりません。

タコツボ社会の怖さは、当事者自身がその閉塞に気づきにくい点にあります。壁の内側だけが世界になり、外が見えなくなる。その状態が長く続くと、疑問を持つこと自体が裏切りとみなされるようになります。そうして社会は静かに、しかし確実に硬直していきます。

30年前に描いたこの図の問題意識は、残念ながら色あせるどころか、いまや日本社会を超え、世界全体の課題として私たちの前にあります。だからこそ、この図は過去の回顧ではなく、現在への警鐘として、改めて読み直されるべきものだと傲慢なジジイは思うのです。

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2026年1月29日木曜日

人生を400メートル走として考える

 
人生を400メートル走にたとえて考えてみます。

一番重要なことは、人生は不可逆的だという点です。
つまり、二周目はありません。一周のみです。

そして人生は、「100メートル走」でもなければ、「フルマラソン」でもありません。

400メートル走は、短距離のようでいて、実は過酷な中距離走です。

最初から最後まで全力疾走はできない。
かといって、ペースを誤れば、最後に必ず失速する。
この感覚は、人生の実感に驚くほどよく似ています。
アスリートでもない私が言うのも少し滑稽ですが、それでもこの比喩は捨てがたい。

人生のスタート地点は直線ではなく、第一コーナー付近に置かれています。つまり私たちは、生まれ落ちた瞬間から、すでにカーブを走らされている存在だ、という前提です。

家庭環境、教育、社会制度、時代背景。

自分では選べない条件の中で、身体はすでに傾き、遠心力を受けながら走り始めている。

人生は「よーいドン」で公平に始まるわけではありません。
すべての人が「gifted」ではないのです。

第1コーナー(20代)──スタートダッシュの誘惑

20代は、第1コーナーです。

多くの人が、ここでスタートダッシュをかけたくなります。
努力、根性、勢い、成功体験。確かにスピードは出ます。
しかし、400メートル走で最初に飛ばしすぎると、後半に必ずツケが回る。
人生も同じです。

ここで重要なのは、自分の軸足を確認することです。
自尊心とは何か。自分は何を武器に走るのか。
それを見極めないまま飛ばすと、後半で必ずフォームが崩れます。
恋愛もする。結婚もする。親になるかもしれない。
人生が一気に複雑になり始める時期でもあります。

第2コーナー(30〜40代)──バックストレッチへの備え

30代から40代にかけては、第2コーナーからバックストレッチに入る局面です。
まだ走れる、という感覚がある一方で、40歳を超えたあたりから、勢いだけでは通用しなくなります。

前半でどれだけ無理をしたか。
どれだけ自分の体力・能力・環境を冷静に把握してきたか。
それが、このあたりで明確に表れ始めます。難しいですね。

この時期に必要なのは、ペース配分の再設計です。
惰性で走り続ける人と、一度フォームを整え直す人との差が、
静かに、しかし確実に開いていきます。

バックストレッチ(50代)──不可逆の変化を受け入れる

50代は、人生のバックストレッチです。
ここで初めて、多くの人が気づきます。
――人生は不可逆的だ、という事実に。

体力は落ちる。回復は遅くなる。
若い頃のように無理は効かない。
だからこそ重要になるのが、「状態測定」です。
他人と比べるのではなく、自分の現在地を正確に知ること。
それができなければ、最後までは持ちません。

第3コーナー(60代)──力を抜くという技術

60代は、第3コーナーです。
ここでは、あえて「頑張らない」ことが戦略になります。
肩の力を抜き、無駄な緊張を手放す。
人生後半では、「力を入れる技術」よりも、「力を抜く技術」のほうが重要になるのです。

若い頃に身につけた「頑張り方」が、
人生後半ではむしろ足かせになることもあります。 

第4コーナー──最後の直線に向けて

第4コーナーに入る前までに、

何度でも読み返せる本。
気の置けない友人。
いくつかの趣味。

こうした「支点」を持っているかどうかが、最後の走りを左右します。

400メートル走の最後は、気力だけではどうにもなりません。
最後のチャンスは確かに存在しますが、それは奇跡ではありません。
それまでの走りの結果なのです。

人生は、やがて「私」から「公」へと重心を移していきます。
自分のためだけに走る人生から、
自分の経験や失敗が、誰かの役に立つ走りへ。

それは、社会に尽くせ、という話ではありません。
自分の経験や失敗が、誰かの役に立つ局面が増えていく、という自然な変化です。

残りの時間をどう楽しむか。
  
考えるためのフレームワークとして、
人生を400メートル走として捉えることには、十分な意味があるように思います。

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2026年1月28日水曜日

きんぴら


この年になりますとね、晩ごはんの献立いうもんが、
だんだん決まってきます。

わたしにとって、きんぴらごぼういうもんは、
「まあ、あったら箸のびるな」いう副菜やおまへん。
これはもう――思想ですわ。人生観ちゅうてもええ。
もっと言うたら、老後の指針みたいなもんです。

細う細う切ったごぼうに、牛肉の旨味がじわぁっと絡んで、醤油はちょっと濃いめ。
最後に、古式醤油なんかチョロっとたらすと、よろしおまんな。
鷹の爪が、これがまた赤うて勇ましい。
それをな、うっかり噛まんように避けながら、
口に運んだ瞬間ですわ。

……ああ。これや。完成してますなぁ。

きんぴらは、えらいもんです。最初から前に出てきよらん。
「わしを食え、食え」と主張せん。けど、後から効いてくる。
じわぁーっと、噛むほどに。食感がええですな。

これがまた、不思議なもんでしてな。
これがもう、人生の後半戦そっくりですわ。

若い頃はね、ステーキやの、鶏の唐揚げやの言うて、騒ぎます。
トロもそうやけど脂がのっているんがええ思うてた。
ところが、人生半ばも過ぎますと、
「今日のきんぴら、ええ出来やなぁ」
こんなこと言う自分がおる。

人はこうして、知らん間に成熟していくんですなぁ。

そもそも「きんぴら」いう名前からして、只者やおまへん。
坂田金平。金太郎はんの息子さんやそうで、怪力無双の豪傑です。
ごぼうの歯ごたえと、唐辛子の辛さを「強さ」に見立てた江戸の人の感覚、
これは大したもんです。

今は健康食品やらサプリやら、山ほどありますけど、
ごぼう一本で「強うなれ」言うてた昔のほうが、よっぽど核心突いてますわ。

戦争中の話になりますけどな、
自分らも食うもんあらへん時代に、
捕虜に木の根を食わせた言うて、虐待やと責められ、処刑された兵隊さんもいたと聞きます。木の根言うたら、今やったら健康食ですわなぁ。

木の根……つまり、ごぼうですわ。
なにをかいわんや、ですな。

さて、関西と関東の話もしておきまひょ。
関東のきんぴらは、ごぼうと人参だけ。
余計なもん入れへん。
武士みたいなもんですな。
潔い。

ところが関西は、牛肉入れよります。
これは文化です。
出汁と牛肉を愛してやまん土地柄ですさかい。
豊かで、現実的。

わたしはと言いますと、
濃いめの味付けに牛肉入り、しかもごぼうは極細。
関東の理屈と、関西の欲望を、ちゃっかり両取りしてます。
人生も料理も、ハイブリッドが一番ですわ


「最後の晩餐、何食べたい?」
こう聞かれたら、迷いません。
きんぴらごぼうでええ。
いや、「で」やない。
「が」です。

イエス・キリストはんの最後の晩餐は、えらい厳粛やったそうですが、
もしわたしの幕引きが許されるなら、

白いご飯に、
ちょい濃いめのきんぴら、
大粒の納豆、
きゅうりとなすの漬物。
味噌汁は、じゃがいも・玉ねぎ・わかめの三種入り。

これで十分。
静かに箸を伸ばして、
「ああ、いろいろあったなぁ」
そう振り返れたら、それでええ。

正岡子規はんも、病床で食べ物のことばっかり書いてはりました。
「糸瓜食いて痰のつまりし仏かな」
死ぬ間際まで、食うこと考えてた。
悲しいようで、どこか可笑しい。
生きるいうのは、食べたいと思うことやと、
子規はんは教えてくれてる気ぃしますな。

歳取ると、先のこと考える時間が増えますなぁ。
財産や墓の話も大事ですけど、
そこに「食」を入れてもええんと違いますか。

最後まで、何を「うまい」と思えるか。
それが、生きる意欲そのもんです


きんぴらのごぼうを噛みしめて、
牛肉の旨味を感じて、
「ああ、うまいなぁ」
そう思えてるうちは、人生、まだ終わってまへん。

きんぴらごぼういうもんは、
噛まんと、味がわかりません。

人生も、どうやら同じようでしてな。

おあとがよろしいようで。

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2026年1月27日火曜日

お金や契約を超えて、人が人を支えるとき ――質の高い人間関係が人生を豊かにする理由

 

人間交際の幅が広く、しかもその質が高ければ高いほど、人生は豊かになる

これは精神論でも理想論でもありません。現実に社会を生き抜いてきた人であれば、誰もが肌感覚として知っていることではないでしょうか。上の図は、そのことを非常に分かりやすく示しています。

左側に描かれているのは「公」の世界です。そこでは、お金や契約書がなければ他者は動きません。合理的で公平ではありますが、関係性は薄く、取引が終われば縁も切れます。現代社会の多くは、この「公」の論理で動いています。

一方、右側の図は「私」を中心とした人間関係の広がりを示しています。相互の「信頼と尊敬(trust & respect)」を土台に、知識や経験が共有され、時には契約書も報酬もなく、自然に手を貸してくれる人がいる。そうしたネットワークの層が厚いほど、人は孤立せず、困難にも耐えられるのです。

「甘え」が成立する場所は、どこへ行ったのか

私は以前、土居健郎の『甘えの構造』を引きながら、次のように書きました。

今の日本は「甘え」の解釈もアヤフヤだし、甘えや友情なんていうのもきわめて薄っぺらで、土居先生が『甘えの構造』で説明している「内」と「外」が曖昧になっていると思います。真の意味で甘える場所がなくなっているのではないでしょうか?

本来、人間関係のコアは家族にあり、その次に友人があり、さらに「楽屋」のような仲間と時間を共有する場があります。楽屋とは、緊張すべきステージとは異なり、失敗も弱さもさらけ出せる場所であり、同時に修練の場でもあります。

ところが今の日本では、ステージと楽屋の境界が曖昧になりました。緊張すべき場では緊張せず、緊張をほぐすための楽屋が存在しない。時間を共有し、成功も失敗も共に経験して友人をつくる手間を省き、SNSの「友達」が友達になったつもりになる――あまりにも安易です。

適度に甘えられる環境は、誰かが用意してくれるものではありません。自分で時間をかけて作るしかないのです。

信頼と尊敬がなければ、ネットワークは育たない

甘えの前提は「trust & respect(信頼と尊敬)」です。相手を尊敬するには、自分自身も尊敬されるよう努力しなければなりません。甘えの過剰は相互依存に堕しますが、健全な甘えは、人を自立へと導きます。親子関係、特に父と息子の関係は、一生をかけた trust & respect 構築のプロセスだと私は思っています。

この視点は、福沢諭吉の言う「人間交際」とも重なります。福沢は教育の要諦として、「智」「徳」そして「人間交際」を挙げました。知識やモラルだけでは不十分で、人と人との関係を築く力こそが文明の基礎だと見抜いていたのです。

映画『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)は、その逆説を鮮烈に描いています。世界最大のSNSを作った主人公が、実は最も人間交際が苦手だったという皮肉。承認を求めるあまり、唯一の親友を失っていく姿は、「成功の代償とは何か」「お金より大事な価値とは何か」を私たちに突きつけます。

人間関係は「訓練」であり、「時間」を要する

アメリカのサマーキャンプの話も、人間関係が「訓練」であり、「時間」を要するものだということを象徴的に示しています。

サマーキャンプでは、子どもたちは数週間から数か月、見知らぬ他人と寝食を共にします。異文化交流と自立心の修行の場です。最初は衝突も摩擦も起こります。価値観も習慣も違う。しかし、共同生活のなかで役割分担が生まれ、助け合いが必要になり、喧嘩をしながらも、信頼と尊敬が少しずつ積み重なっていく。友情は、イベントではなく「過程」なのです。

重要なのは、そこに近道がないという点です。人間関係は効率化できません。評価シートもKPIもありません。時間を共にし、失敗を見て、時には我慢し、それでも関係を続ける――その積み重ねの先にしか、質の高いネットワークは生まれないのです。

現代社会は、あらゆるものを「契約」と「成果」で測ろうとします。それ自体は悪いことではありません。しかし、その論理だけで人間関係まで処理しようとすると、社会は極端に脆くなります。少しの失敗、少しの対立で、関係は簡単に切れてしまうからです。

だからこそ、「お金や契約を超えた関係」が人生のセーフティネットになります。困ったときに「契約外だけど、ちょっと手伝うよ」と言ってくれる人がいるか。利害が一致しなくても、「あなたのことは信頼している」と言ってくれる人がいるか。それは、運ではありません。若い頃からの選択と、積み重ねの結果です。

最後に、あえて厳しいことを言えば(高齢者の特徴ですね、、、)、質の高い人間関係を持つには「覚悟」が要ります。時間を差し出す覚悟、面倒を引き受ける覚悟、そして自分自身も評価される覚悟です。楽な道ではありません。しかし、その覚悟を引き受けた人だけが、年を重ねるほどに人生が豊かになっていく。

お金は失えば取り戻せます。契約は更新できます。しかし、信頼と尊敬で結ばれた人間関係は、人生そのものを支える「資本」です。

それを持っているかどうか――
その差は、思っている以上に大きいのです。

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2026年1月26日月曜日

政治が幼く見える理由――親として考えたい「言葉」と教養の話

 

AIが「答え」を出す時代に、
人間に残されるのは、水面下で育つ力だ。


日本の政治を見て、私が考えていること

母国語の語彙が豊かで、表現の幅が広いほど、思考の空間も広がるのではないか。頭の中に言葉が多く存在すれば、それだけ考えを行き来させる余地が生まれる。逆に、使える言葉が少なければ、思考そのものが平板になってしまう。これは理屈というより、長年生きてきての体感です。

久しぶりに日曜朝の政治討論番組をテレビで観ました。大概は車の中で断片的にラジオで聞くのですが、 テレビで見ると、その酷さがよりはっきりします。 議論以前に、言葉が荒く、感情が表情に表れ、小学校の学級会のような政治家が多い。話している内容以上に、「この人は、どれだけ自分の言葉で物事を考えてきたのだろうか」と、そこが気になってしまったのです。言語は、その人の教養や人格を隠さずに映し出します。

もっとも、私自身も偉そうなことは言えません。語彙や表現力の乏しさに愕然とすることは、今でもあります。ブログを書くという行為は、書き手の力量を容赦なくさらすものです。その覚悟がなければ続けられない。そう思いつつ、 もう若くはありませんから 、今さら取り繕っても仕方がないと開き直って40年以上ぐだぐだと日記を書いています(年寄りは傲慢ですからね、、、、)。

突然に衆議院選挙が始まりました。日本の政治を見ていると、「政治ごっこ」という言葉が浮かぶことがあります。海外で暮らした時間が長かったせいで、私の感覚がずれているのかもしれません。しかし、テレビカメラの前で感情を制御できず、理念よりもその場の受けを優先する姿を見ると、どうしても幼さを感じてしまいます。

その原因の一つは、教養の欠如ではないかと考えています。教養とは単に知識量のことではありません。世界の歴史の流れをどう理解しているか、自分の国が国際社会でどんな位置にあるのか、そして自分自身が国民から何を託されているのかを、どれだけ自覚しているか。それらを含めた「生き方」そのものだと思います。

福沢諭吉は『学問のすすめ』で「人望」について語りました。多くの人から「あの人に任せておけば大丈夫だ」と思われること。それが教養の一つの形ではないでしょうか。権威や肩書きではなく、その人の姿勢や言葉、振る舞いから自然と伝わるものです。

政治と教育は切り離せません。国のビジョンが曖昧なままでは、教育も根を失います。義務教育は、子どもたちに日本人としての自信と希望を持たせる場であるべきだと思います。良いところも、失敗した歴史も、感情論ではなく、きちんと教える。それができなければ、考える力は育ちません。

私は本を読むとき、著者と議論するように読んできました。ページの余白に反論を書き込み、納得できないところで立ち止まる。本と格闘する経験は、思考の基礎訓練になります。討論番組が討論にならないのは、こうした訓練が不足しているからかもしれません。

オルテガは『大衆の反逆』で、凡庸さが権力を握る危険を指摘しました。思想を持たないまま声だけが大きくなり、創造的な少数を敵視する。マス・メディアやSNSが発達した現代では、その傾向はより強まっています。自分で考える努力を放棄した社会は、外からいくらでも誘導されてしまうでしょう。

それでも、私は絶望だけを語りたいわけではありません。教育を通じて、母国語で考える力を取り戻すことは可能だと思っています。AIが普及する時代だからこそ、自分の頭で問いを立て、判断する力が一層重要になります。

日本の政治に違和感を覚えるのは、政治家だけの問題ではなく、私たち自身の問題でもある。そう自戒しながら、これからも考え続けていきたいと思います。上手な答えは出なくても、考えることをやめない。それだけは手放したくありません。

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2026年1月25日日曜日

精神のリレーは、どこで途切れたのか ――本を読まなくなった日本と、子どもたちに何を手渡せるか

 
北斎の地方測量の図

江戸時代という「成熟した社会」


私は、江戸時代を高く評価しています。もしかすると、日本人が最も安定し、最も「幸せ」に近い時代だったのではないかとさえ思うのです。それは決して、貧しさや身分制度を美化したいという意味ではありません。むしろ、江戸社会が持っていた身の丈に合った統治、共同体のサイズ感、教育と道徳の在り方に、現代の日本が失ってしまった多くのヒントが隠されていると感じるからです。

明治政府は、幕藩体制を解体し、西欧型の近代国家を急いで作ろうとしました。しかし、その近代化はどこか「上滑り」でした。国家のために働くという意識を、制度としては導入できても、精神としては根付かせることができなかった。結果として、日本人にとっての統治の単位は、国家ではなく、最後まで「村」や「地域共同体」に留まったのではないでしょうか。

江戸時代の社会は、藩という分権的な構造のもと、村落共同体が生活と秩序を支えていました。人々は顔の見える関係の中で生き、過度な競争や中央集権的な管理とは無縁でした。コントロールスパンとしては、まさにそこが限界であり、同時に最適解だったのだと思います。

教育も同様です。全国に三万以上存在した寺子屋は、庶民のための実に優れた教育システムでした。教師と生徒という関係ではなく、師匠と弟子、人と人との信頼関係を軸に、「教える」よりも「学ぶ」ことが重視されました。年長者が年少者を教え、知識だけでなく、徳や振る舞いを自然に身につけていく。これは、現代のeラーニングや画一的な教育制度では決して代替できないものです。

また、江戸時代の日本人は、決して内向きではありませんでした。いわゆる「鎖国」とは、世界から目を閉ざした政策ではなく、宗教を侵略の道具としない国々と選別的に交流する、極めて現実的な外交戦略でした。ペリー来航以前に、欧米が日本を高度な教育水準と治安を誇る国として認識していた事実は、もっと知られてよいと思います。

明治以降、無理な近代化は多くの歪みを生みました。その矛盾の隙間に軍国主義が入り込み、昭和の十五年戦争へと突き進み、敗戦後はアメリカの庇護のもとで「思考停止の平和」と「自己欺瞞」が続いています。国家の独立とは何か、日本人の誇りとは何かを、正面から考える機会は、先送りされ続けてきました。

江戸時代の人々は、落語や時代小説に象徴されるように、ユーモアと余裕を持ち、葛藤や緊張と共に生きていました。多様性があり、均一ではなかったからこそ、個人と集団の間に健全な摩擦が存在していたのです。今の金太郎飴のような社会より、よほど成熟していたのではないでしょうか。

グローバル化とは、無国籍になることではありません。自分の立脚点を明確にし、他者と向き合うことです。江戸時代の日本人が自然に持っていた愛郷心や倫理観は、日本のアイデンティティの重要な欠片です。それらをゼロから作り直す必要はありません。忘れ去られたものを、一つひとつ拾い集め、つなぎ直せばいいのです。

江戸時代を見直すことは、過去に逃げることではありません。日本人がどこから来て、どこで道を誤ったのかを知るための、未来への作業なのだと思います。
  
では、精神のリレーは、いったいどこで間違ったのでしょうか。
  
本を読まなくなったこと、それ以上に、「物語を共有しなくなったこと」が決定的だったと思います。今の日本では、精神のリレーが完全に途絶える可能性すら出てきました。これは大げさではありません。由々しき事態です。しかも、生成AIの中途半端な理解は、その断絶にさらに加速度を与えています。

だからこそ、私は、江戸時代の小説や時代劇の価値を、あらためて見直すべきだと考えています。もし公共性という言葉に意味があるのなら、政府がファンドしてでも、時代劇を作り続ける意義は十分にあるはずです。

害を及ぼすことしかないテレビ番組、特に「報道番組」と称しながら思考を奪うだけの番組を無くし、日本の文化や精神を未来へリレーする物語に投資する。これは懐古ではなく、未来への戦略です。

江戸時代を学ぶとは、過去に戻ることではありません。日本人が何を大切にし、どこで受け渡しを誤ったのかを知ることです。精神のリレーを、もう一度つなぎ直す。その作業を放棄した社会に、未来はないのだと思います。

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