2012年12月31日月曜日

正月のお供え

  
 我が家には床の間がないので、下駄箱の上になりました
  
鏡餅は鏡の形に似ていることから鏡餅、『大鏡』とか『増鏡』という歴史書は、過去を明らかに映し出す鏡であるということから『大鏡』、『増鏡』というタイトルになったそうです。 

さて、平成も四半世紀の最後の年になります。 誰か『平成鏡』の編纂にとりかかってもらいたいものです。 良いお年を! 
  
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2012年12月27日木曜日

悪夢はさめたが

日本のリンゴを使って作るアップルケーキは本当に美味しい。 ケーキも自家製に限ります。

コンサルタントの基本は、「クライアントのために何かしてあげよう」という気持ちです。「何をしましょうか?」ではなく、「クライアントのために自分は何ができるか?」を考えて行動するのです。 そのためには、状況を丁寧に読み取る必要があります。 自分の知識の押しつけはよくない。  

人間が人間である以上基本的なことは同じでしょう。 何度でもやり直せる社会はいいと思いますが、自己愛で窒息しかけている日本を再生するには相当な覚悟と忍耐が必要です。 そして、悪夢を見た原因も冷静に検証してもらいたいものです。

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2012年12月24日月曜日

年末の身辺整理


電車の乗り換えでスカイツリーの真下を通ることになりました。

スカイツリーの経済効果は予測通りなのでしょうか? スカイツリーを見る場合、「どの位置から見るか」が重要ですね。 恐らく、今の日本を見る場合も同じことが言えるのでしょう。 そのためには、自分の人生観だけでなく死生観もしっかりさせないといけない。 年末ですから身辺整理でもしておきますか。

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2012年12月20日木曜日

前頭前野を機能させる

勝海舟@墨田区役所

用事があって墨田区役所に行ってきました。 勝海舟は本所の生まれという事で、墨田区役所に銅像が立っています。

人間の思考中枢は前頭前野にあるそうです。 未来への展望や、意志の発現にもっとも深くかかわっているのです。 この領域が損傷されると、行動は以前に獲得されたものの繰り返しになり、新しい行動は生み出されなくなるといいます。 もちろん、外部環境の変化に応じてフレキシブルに対応することはできなくなります。 日本人の前頭前野は江戸時代と比較しても、かなり衰退しているのではないでしょうか?

「行蔵(こうぞう=出処進退)は我に存す、毀誉(きよ=そしるもほめるも)は他人の主張」。 元幕臣ながら新政府に仕えたことの批判に対する勝海舟の回答です。 自分の行動は自分で決め、それについて人が何と言おうと自分は関知しないということです。 現実と未来を見据えていた勝海舟は前頭前野が発達していたのでしょう。

私は、幕末維新の志士達の中では勝海舟のファンなのですが、これまで勝海舟のことを書いたことがなかったですね。 私としたことが一体どうしたのでしょう。 前頭前野が機能していない。。。。

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2012年12月19日水曜日

手間をはぶくと。。。


手間をはぶくと美味しい漬け物が食べられません。

工程をはぶいて効率化することが頭のいいことだと勘違いしていませんか? 単なる手抜き? お天道様はちゃんと見ていますよ。

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2012年12月18日火曜日

新型のごみ箱


昨日は雨の中を関西方面から三鷹まで車で走りました。 デフレなのにガソリン代とサービスエリアのモノの値段は高めですね。

ところで、今回は新型のごみ箱を発見しました。 イノベーションですねぇ、日本的ですねぇ、、。 飲み残し対策がとられていたのです。「不要的飲料」って理解してもらえますかね?

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2012年12月13日木曜日

君たちはどう生きるか

山本有三記念館(三鷹)

~ 『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎 岩波文庫)の背景 ~

山本有三は、戦争へと向かう自由な執筆ができなくなった時代の中で(1935~1937年)、未来を支える少年少女のために何かしなくてはならない、子供たちに伝えるべきものがあるのではないかという熱意から、『日本少国民文庫』を編纂しました。 『君たちはどう生きるか』は、その中で「倫理」を扱うことになっていました。 リーダーである山本有三自身が執筆の予定だったのですが、健康問題のために吉野源三郎が担当することになったそうです。

昨年今年と大学生のための iCCP上海インターンシップで、ハーバード・ビジネススクールの
卒業式における有名教授のスピイチ(commencement address)を議論しました。 教授は、ビジネススクールで学ぶバランス・コアカードのようなテクニックよりも、倫理観念が重要であると語っています。 山本有三や吉野源三郎が、『日本少国民文庫』で少年少女たち(少国民)に伝えたかったことと同じですね。

山本有三は1936年に吉祥寺から三鷹へ移り住みました。 その頃に山本有三が編纂していたのが『日本少国民文庫』です。 三鷹には山本有三記念館があります。 機会があれば是非立ち寄ってみて下さい。

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