2025年12月7日日曜日

食べることは、いちばん大切な教育

 

昨夜は今季いちばんの冷え込みでした。

こういう夜は、おでんと熱燗に限ります。きゅうりとカブの浅漬けがあれば、もうそれだけで完璧です。

二か月前にもおでんについて書きましたが、今回はその続編として、日本食と文化の話を少し続けたいと思います。

☆ ☆ ☆


子どもの頃の私は、おでんが大嫌いでした。

練り物を食べるとなぜか頭が痛くなるという、今思えば不思議な体質だったのです。ところが十代の終わり、“ナニワのブルースマン”時代になると、養老乃瀧でちくわを片手に「人生はペンタトニックやなあ」と語っていました。

黒人ブルース音楽と大阪ミナミの街、そしておでん。この組み合わせが妙にしっくりきたのです。

☆ ☆ ☆ 

大阪のおでんは「関東煮(かんとだき)」で、ちくわぶは存在しません。
昔はくじらや牛すじが普通に鍋の中に入っていて、いま思えばかなりワイルドでした。

日本のおでんは地域ごとにだしが違います。

九州は昆布+あごだし、関西は昆布だし、関東は鰹節。
四国では昆布をベースにした甘めの味噌だれが添えられる地域もあります。
だしひとつで味の世界ががらりと変わるのが、日本食の面白さです。

私はやっぱり、透明でやさしい昆布だしがいちばんしっくりきます。
練り物にも大根にも、そっと寄り添ってくれる旨味があります。

☆ ☆ ☆

日本の食文化には、狭い国土のなかに驚くほど「深い」地域性が宿っています。アメリカのように世界中の選択肢がそろう「広さ」も魅力ですが、土地の記憶と結びついた日本の「深さ」は、できるだけ失ってほしくありません。

だからこそ、日本の食文化にはあまりグローバル化してほしくないのです。

ハンバーガーが世界標準なのは構いません。けれど、おでんの味まで世界中どこでも同じになってしまったら、寂しい気がします。

寒い夜に熱燗を傾けながら「やっぱりこの地域の味やな」とつぶやく――
そのささやかな幸福は、どうか守られてほしいと思います。

☆ ☆ ☆

現実には、日本食のグローバル化は急速に進んでいます。“なんちゃって日本食”が増えるだけでなく、マグロやウニなどの寿司ネタをめぐる国際的な争奪戦まで起きています。

世界が日本食を求めるほど、肝心の日本の食卓がその恩恵を受けにくくなるという逆説まで生まれています。

これからは、現地の嗜好に合わせた柔軟さと、日本食が持つ本来の価値を丁寧に伝える姿勢の両方が必要でしょう。異文化理解を深めながら文化を共有していくことが求められているのです。

☆ ☆ ☆

そして何より大切なのは、家庭で子どもに本物の味を覚えさせてあげることだと思います。子どもの頃に本物に触れておくと、大人になって異文化コミュニケーションの場で「基準」ができます。

本物を知っていれば、偽物に対して本能的な違和感を覚えるようになります。これは料理でも、仕事でも、人でも、言葉でも同じです。

私自身、子どもの頃に出会った味や風景、あの映画館の暗がり、あのレストランの衝撃の一皿――もう存在しないものたちが、いまも私の中に確かに生きています。

☆ ☆ ☆

ここで思い出すのが、「ツーン」の感覚です。

おでんのからしが鼻を刺すあの一瞬は、単なる痛みではなく、感覚の奥で「自分は生きている」と思い出させてくれる刺激です。

文化もまた、時に理解されず、伝わらず、孤独の中を生きます。それでも静かに根を張るものこそ、本物の文化なのだと思います。

AIの時代になっても、私たちがこの「ツーン」の瞬間を忘れないかぎり、文化はまだ生き続けます。

小林秀雄が「上手に思い出すことが大事だ」と言ったように、おでんを食べてツーンと感じるとき、人は自分の原点や、大切にしてきたものを自然と思い出すのだと思います。

☆ ☆ ☆

振り返れば、あの頃に触れた「本物」が、後の人生の方向をそっと定めていたのかもしれません。食とは、記憶であり文化であり、人生の基準そのものです。

だからこそ、日本の食文化が持つ「深さ」を、これからも大切に守っていきたいと思います。
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2025年12月6日土曜日

日本の教育を問い直す──「ロボットの大量生産」を越えて


はじめに

私は日本の教育について、「不足か過剰か」という議論ではなく、「質そのものに根本的な問題がある」と感じてきました。これは教育の専門家としてではなく、長く日本の外で暮らし、改めて日本という国家の姿を外側から眺めてきた者としての違和感に基づくものです。2009年にアメリカから帰国した直後に抱いた思いは、いま読み返しても変わっていません。日本は、個性ある子どもたちを社会に開かれた人間へと育てるのではなく、受験という狭い門を通すために均質化し、結果として「ロボットの大量生産」のような教育を続けているように見えるのです。

教育の「権利と義務」は誰のものか

義務教育は、本来「子どもに教育を受けさせる義務が国民・保護者にあり、国家にはその教育を施す権利がある」という構造になっています。では国家は、正しくその権利を行使しているのでしょうか。国家の役割は、自国民を自国民として育てること、つまり国家観・歴史観を共有しうる人間を育てることにあるはずです。しかし、日本の義務教育はこの最も根本的な部分を放棄しているように感じます。

歴史教育はその象徴でしょう。多くの学者が優れた見解を述べているにもかかわらず、その成果は教科書に十分反映されていません。歴史が歴史として教えられていない、意図的な空白がある――そう感じられる部分さえあります。自分の国の歴史を曖昧にし、誇りを持てない教育を続ければ、子どもたちが自尊心や帰属意識を育むのは難しくなります。海外に出れば、パスポートを手にし、国名で呼ばれ、自国の歴史に関する問いを向けられる。それなのに、日本人は自国の歴史に対してあまりにも無防備です。

私のアメリカ人の友人Rは、海軍の士官学校で学んだ歴史を語ります。日本海海戦、ミッドウェイ、山本五十六の戦略。彼との酒席では真珠湾攻撃をめぐる議論が何度も出ますが、そうした応酬ができるのは、お互いの国の歴史を前提として理解しているからです。歴史とは「正確さ」を競うものではなく、タイムマシンがない以上、各国が国策として示す“物語”でもあります。日本がその物語を持たず、子どもに伝えないことは、国家としての怠慢だと思います。 

日本に欠けているのは「概念」を育てる教育

あるビジネス雑誌には「人は概念によって世界を知覚する」と書かれていました。私もまったく同感です。概念は思考の土台であり、言葉よりも前に存在します。概念が貧困であると、議論の前提となるレベルセッティングができず、他者とのコミュニケーションが難しくなります。

日本の教育は、知識の量については豊富かもしれません。しかし、その知識を概念として整理し、世界観や価値観を構築する訓練には欠けています。外国語力以前に、日本語での抽象思考の力が弱い。だから変化に直面したときに、対応力が鈍くなるのです。

「日本人は変化への適応力が弱い」と言われるのも、過剰に環境へ迎合する一方で、自分の信念や観を形づくっていないからでしょう。明治維新以降、日本は西欧近代に、敗戦後はアメリカ的価値観に過剰適応してきました。夏目漱石がロンドンで苦しんだときから、日本人は劣等感と優越感の間で揺れ動き続けています。三百万人以上が亡くなった戦争の原因すら、国家として総括をせず、そのまま記憶喪失のように現代に至っている。この土台の弱さこそ、教育の質の問題です。

子どもたちが確固たる信念を持つには、日々概念を集め、自分の「観」を作っていかねばなりません。世界観、社会観、死生観……それらは読書や日記、思索を通じてしか育たないものです。本来、教育とはその基盤を整える営みであるはずです。 

個性を押しつぶす社会と、居場所のない才能

村八分(1969-1973)というバンドの存在は、教育の欠陥を象徴する例として語ることができます。彼らは時代の文脈を越えた表現をしていたにもかかわらず、日本社会の中に居場所を見つけることができなかった。ギフティッドの子どもが学校に適応できず、「問題児」とされてしまう構図とよく似ています。

欧米にも閉鎖的な共同体は存在しますが、同時にそれを跳ね返す「個人の自立」も育てています。日本は個人主義が弱いのに、共同体の規範は強い。そのため、周囲と異なる者は排除されやすく、しかも本人が跳ね返す力を持たされていないのです。これは教育の失敗と言うほかありません。

村八分の時代から半世紀が経ちましたが、地方の村八分は今も姿を変えて存続し、地方都市は過疎化し、依存心が強まる一方で住民自治は弱体化している。倫理的主体としての市民を育てない教育の帰結でしょう。 

必要なのは「ロボットではない人間」を育てる教育

日本の教育は、入試という細い門に向かって子どもたちを押し流し、均質化し、個性を削り取っていきます。保護者は疑問を抱きながらも、企業が学歴ブランドで採用する現実があるため、子どもをレールに乗せざるを得ません。学校で足りない部分は塾で補い、習い事で広げる。その構造自体が、教育の本質を見失っています。

教育とは本来、強みを育て、弱みを否定しない営みです。ところが現在の日本では、強みは矯正され、弱みは排除され、結果として「平均的な優等生」は生産されても、多様で自立した市民は育ちません。このままでは、日本は世界の多様性とダイナミズムに取り残されてしまいます。

同性愛やLGBTに関する国会議論が小学校の学級会レベルに見えるのも、抽象度の低い議論しかできない教育の帰結でしょう。個人の尊厳や自己決定という概念の土台が共有されていないから、社会的議論が深まらないのです。 

おわりに

私はこれは単なる高齢者の思い上がりではないと信じています。しかし、そう感じてしまうこと自体が、この国の教育が「自分の意見を堂々と言う力」を奪ってきた証左でもあるのかもしれません。

今こそ、ロボットを量産する教育から、個性と概念を育てる教育へ転換すべきです。国家としての物語を教え、世界と渡り合える市民を育て、倫理的主体としての個人を大切にする。そのための教育の質を問い直すことが、日本の再生に不可欠だと私は考えています。

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2025年12月5日金曜日

AI時代の判断倫理――法と医療の現場から

 
(出典:日経新聞)

生成AI・法律・医療に共通する本質

~ 人間を扱う領域で「予測」に頼りすぎる危うさ

息子の意見をきっかけに考えたこと

アメリカで働く息子が、次のような意見をSNSにポストしていました。

”近頃、生成AIの出す誤った回答を「バグ」や「幻覚(hallucination)」と呼ぶ議論をよく耳にする。しかし生成AIの本質を考えれば、それはバグではない。AIは、過去のデータやプロンプトから「最も尤もらしい答え」を計算しているにすぎず、その仕組みは単純な予測モデルと同じ構造を持っている。もし結果が外れても、それはモデルが間違ったのではなく、人間世界そのものがモデルの予測を超えるほど複雑だからだ”。

ここで少し補足します。生成AI(Generative AI)や LLM(Large Language Model)とは、人間の言語データを大量に学習し、その統計的なパターンから「次にもっとも来そうな単語や表現」を予測して文章や画像を生成する仕組みです。つまり、何かを“理解”して答えているわけではなく、過去のデータから計算される確率の高い結果を返しているにすぎません。

法律分野では、この「外れ」が許されません。誤った判例引用や事実認定は、弁護士にとって致命的なミスになります。同じように、医療の現場でも“予測の外れ”は生命に直結します。ここに、AIの限界が最も鋭く現れるのだと思います。

医療現場も、AIが前提とする「単純さ」とは正反対の世界です

私はここ一か月、身内の看病で毎日大病院に通うことになり、その変化と現実を目の当たりにしました。三次救急(高度救命救急病院)の大病院であっても、医療者・患者・家族という三者の「人間性」が常に影響し合っており、判断や感情の揺れが診療の流れを左右します。

20年前は母親、5年前には義母の看病で同じ病院に通いましたが、そのときとは様相が変わりつつあります。若い医師と若い看護師、高齢の雑務係。患者も付き添いも高齢者が多く、コンピュータの使用率は格段に上がり、院内のセキュリティ体制も厳しくなりました。

しかし、どれほど巨大で近代的な医療機関であっても、結局は人間同士の理解、葛藤、判断が診療の中核を形づくります。この複雑さは、AIが前提とする「予測可能な世界」とは根本から異なります。

今日の医療では、電子カルテや各種端末の導入によって、医師も看護師も患者より画面に向かっている時間の方が長くなっています。効率化のために導入されたコンピュータですが、これがAIによる意思決定支援へと進めば、医療全体が「予測に頼りすぎる構造」へ変質しかねません。

しかし、医療は法律以上に、予測の外れが致命的な結果につながる領域です。もし医師や看護師が判断の核心をAIに委ね始めれば、医療者の洞察力や判断力は確実に低下し、その影響は患者の命に直撃するはずです。
 
共通するのは「人間を扱う領域で予測は万能ではない」という事実です

法律も医療も、そして社会全般も、生成AIが扱うにはあまりに複雑で多層的です。AIはデータから「最善の推測」を返しているだけで、現実の因果の複雑さまでは理解できません。原因と結果の間には、数値化できない無数の人間模様が介在しています。
  • 法律では、誤った予測は弁護士の誤りになります。
  • 医療では、誤った予測は患者の死につながります。
いずれも、人間の身体・心・関係性という数値化できない領域を扱っており、「確率モデルの限界」が最も深刻な形で現れる世界だといえます。

だからこそ、AIを使うほどに「人間が人間であること」を忘れてはなりません。効率化や自動化が必要な場面はもちろんあります。しかし、判断と責任の核心をAIに委ね始めた瞬間、法律も医療も、そして社会も成り立たなくなると感じます。

AIは道具であり、人間の代替物ではありません

AIは計算の道具であって、人間を理解する存在ではありません。人間を扱う領域では、「AIの予測をどう使うか」以上に、「人間の判断をどう守るか」が本質になると考えています。

医療でも法律でも、そして社会全体でも、私たちが本当に恐れるべきなのは、AIの間違いそのものではなく、AIに頼って人間が思考を放棄することです。

これこそが、AI時代にもっとも重要な視点であると私は考えています。

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2025年12月4日木曜日

ジョン・レノンへの想い ~ 12月8日を迎えて


12月8日がやって来ます。ジョン・レノンが凶弾に倒れた日(日本時間)。

毎年この日を迎えるたびに、私は自然とジョンのこと、そしてビートルズのことを深く思い返してしまいます。季節の空気とともに胸によみがえるのは、ジョンの「イマジン」であり、ポールの「レット・イット・ビー」です。表現のスタイルも、宗教観も、人生の歩みも異なる二人でしたが、彼らが向かおうとした「心の平和」という方向性には、やはり共通するものがあったのだろうと感じます。

とりわけジョンの命日が近づくと、彼が残した思想や生き方、そして彼を通じて自分が考えてきたことをまとめておきたくなります。以下は、私自身が長年温めてきた「ジョン・レノン観」を、今の時代状況と重ね合わせながら記したものです。

『Get Back』でなければならなかった理由

ビートルズの映像作品『Get Back』(2021年)を見るたびに、タイトルが『Let It Be』(1970年)ではなく『Get Back』で本当に良かったと、あらためて思います。「Let It Be」は、一見すると慰めの言葉のようでありながら、文脈によっては「放っておいてくれ、もうたくさんだ」というニュアンスが強く出てしまいます。解散が迫ったあの緊張した時期、あの一言が過度に象徴化されてしまう危険もあったのでしょう。

その点、『Get Back』には「もう一度原点に戻ろうよ」「みんなでジャムっていた頃の気持ちを思い出そう」という温かい響きがあります。作中で演奏される “Dig a Pony” や “One After 909” などを観ていると、まるで若い頃のエネルギーが再び立ち上がってくるように感じられます。音楽の根源的な楽しさへ「戻る(Get Back)」というメッセージは、あの時のビートルズの姿を最も素直に映し出していたのではないでしょうか。

日本文化がジョンにもたらした視座

ジョン・レノンを語るとき、しばしば「イマジンはヨーコ・オノの影響が大きい」という議論がなされます。たしかに、ジョンがヨーコを通じてアート思考や平和観を深めたことは間違いありません。しかし私は、それは単なる受け売りではなく、ジョン自身が日本文化と深く接する中で、自分の中の問いをさらに大きく育てていった結果だと考えています。

ジョンは何度も日本に滞在し、京都を訪れ、伊勢神宮に足を運び、禅や日本仏教の思想に触れました。西欧近代が陥ってきた精神/物質、主体/客体という二元論への疑問を、彼は日本文化のなかに「別の地平」として見いだしたのでしょう。ジョンが「Nutopia(ヌートピア)」の宣言を行った背景にも、こうした精神世界への傾倒があったのは明らかです。

もしジョンが、私たちが経験したコロナ禍の3年間を生きていたら、彼の日本観、日本文化への関心はさらに深まっていたのではないか――そんな想像をしてしまうほどです。自然との共生や、人間の小ささへの自覚、人間中心主義の限界といった問題は、ジョンがずっと探求してきたテーマと響き合っています。

二元論を超える視点 ― ジョンが見つめた「一体化」

「人間と自然の関係」を語るとき、「共生」という言葉はしばしば表面的に理解されがちです。しかし、本当に問われるべきは、自然という巨大な因果の流れの一部にすぎない人間をどう捉えるか、という根源的な問いなのだと思います。

近代国家は、人間が自然を支配できるという二元論的な思考を採用してきました。西欧社会はすでにその限界に気づき、試行錯誤を始めて半世紀以上が経っています。それに反して中国は、共産党の面子のために、近代が陥った失敗の道をより強硬に突き進んでいるように見えます。そこで生きる多くの若者の苦悩を思うと、胸が痛みます。

ジョンが目指した「一体化」は、近代的な二元論を超えて、人間と自然、自己と世界を連続体として捉える思想でした。それは禅や日本の伝統的世界観とも深く響き合うものです。彼が日本文化に惹かれた背景には、西欧的思考では到達しにくい視座があったのでしょう。

「共同主観」をつくれるか ― 日本社会への課題

ここで、日本の問題に触れざるを得ません。日本は、人間中心主義に基づく近代国家の思想にも全面的には乗れていない(「上っ滑り」だった)。他方で、自然と共に未来を描くリーダーシップが強く存在しているわけでもない。つまり、どちらにも踏み切れない曖昧さを抱え続けています(アンビバレント)。

とくに難しいのは、「共同主観」を形成することです。主観と客観を揺れ動きながら、コミュニケーションを通じて共通の理解をつくりあげる――これは本来、民主主義がもっとも必要とするプロセスです。しかし日本社会は、この「丁寧な対話」を最も苦手としています。

ウイルス後、世界のパラダイムが大きく転換した今こそ必要なのは、まさにこの「共同主観」を模索する力なのだと思います。ジョンが生きていたら、この課題をどう歌に込めただろうか――そう考えることがあります。

ポストコロナの世界 ― 忘却ではなく、教訓へ

新型コロナが世界を襲ったのは2019年末のこと。WHOが「終息」を宣言した2023年春まで、3年3か月という長い時間が続きました。終息から2年が経った今、人々の記憶からは驚くほど急速に風化しつつあります。しかし、この「忘却」は本当に望ましいことでしょうか。

欧米では分断が深まり、ポストモダン的な多元化が一気に加速しました。中国はむしろ監視と統制を強め、近代的モダニズムの最も硬直した形へと突き進みました。そして日本は、強い対立が表面化しなかった代わりに、「なかったことにする」傾向を強めています。

真実を一つに決められない欧米、真実を党の都合のいいように一元化する中国、そして真実を曖昧にしたまま同調で吸収する日本――この三者のコントラストは、まさにジョン・レノンが生きた時代の「体制・権威・反権威」という単純な図式とは異なる、より複雑な現代世界の姿を映し出しています。

だからこそ、私たちは忘却ではなく、教訓として刻まなければならないのだと思います。

ジョンが遺した「想像力」という武器

ジョン・レノンは、音楽家である前に、「想像する人」でした。答えを押しつけるのではなく、人々に「考えるきっかけ」を差し出すことを大切にした人でした。「イマジン」は、その象徴でしょう。想像してごらん。

ジョンは決して夢想家ではありませんでした。むしろ、世界の矛盾や醜さを誰よりも直視し、そのうえでなお「想像力」という武器を信じ抜いた人でした。

12月8日を迎えるたび、私は思います。

もしジョンが今の世界を見ていたら、彼は何を歌っただろうか。私たちは、彼の「想像力」をどう継承できるだろうか。

ジョンの命日を前に、改めてその問いを胸に刻んでおきたいと思います。

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2025年12月3日水曜日

BBCの報道と、日本の事なかれ主義への苛立ち

 

BBCが尖閣の記事出してましたわ。

いやいや、隠居のわしがBBCに文句言うたところで、世間は鼻で笑うかもしれん。せやけど、これも高齢者の義務や。モンスター老人の社会参加や。「また年寄りがなんか言うてるわ」ぐらいの扱いでもええ、自分の記録として残しとくで。世間の承認なんていらん。

それにしてもやなぁ、日本のメディアは情けない。オリジナル記事を読まずに通信社から買ってきた翻訳記事だけ垂れ流すとか、もう情弱量産メディアやん。

BBCの記事をざっくり言うたらやな

日本の尖閣近くで、中国と日本の船がギャーギャー言いながら対峙したいう話や。

中国「日本の漁船がウチの領海に入ってきたんや!」
日本「いやいや、中国が日本の領海に侵入してきたんやろ!」

最近の国会でも台湾の問題が取り上げられて、お互いピリピリしとるからドンパチ寸前みたいな空気ですよ、いうことらしい。ほな、BBCの記事の問題点言わせてもらうで、よー聴きや。

BBCは案の定こう言うんや。

「双方に言い分があります」

ほら出た!英国式・高みの見物中立報道術。まるでワイドショーのコメンテーターや。

「両方悪いんちゃいます?」
「歴史的な背景は一旦置いておいて」
「ワシらは中立ですよ〜」

って、完全に上から評論家ポジション決め込んどるわけや。ほんまBBCはこういうの好きやな。大英帝国のお家芸か?

ほんで、史実はどこ行ってん。尖閣の話はな、ただの「どっちもどっち論」では語られへんねん。史実を欠いた評論は、国際報道では乱暴やで。
  • 日本は1895年に国際法に基づいて編入
  • 中国が言い出したのは1971年、資源見つかってから
  • 今も日本が実効支配しとる
これが最低限の前提や。それ全部すっ飛ばして、「両者の主張が対立してます」て、いやいや、それ説明の逃げ方やろ。事実はどうでもええから、国際関係の空気を上から目線で語りたいんや。

イギリス公共放送の悪い癖でたな。
  • 歴史言うたら責任生まれる
  • 片方に踏み込んだら批判される
  • せやから両論併記で逃げる
それ中立ちゃうで、ただの保身や。国際報道やるならこう言えや。

「どっちの主張に正当性があるんか」

避けんなや、BBC。そもそも尖閣ってそんな軽い話ちゃうねん。外交カードでもないし、SNSのネタでもない。領土と国際秩序の根幹の話や。

一番あきれる相手は、日本政府と日本の事なかれ主義や

でな、BBCに文句言うてる場合ちゃうで。ほんまに腹立つのは、日本政府と日本のメディアの無関心っぷりや。

駆逐艦みたいな中国海警の船が、機関砲つけて堂々と領海に入ってきてもやで、やることといえば “遺憾の意” だけやんか。これで国を守れる思てるんか?現場で命張ってる海上保安庁は気の毒や。自衛隊は出せません、政府は動きません、メディアは見て見ぬフリで翻訳記事回すだけやろ。

ほなどうすんねん?

まず海上保安庁の警備体制を最新鋭のものに強化したらええやろ。必要なら装備や制度も見直して、国としての姿勢を示したらええ。さらに国際社会にも堂々と言うたらええんや。

「習近平はん、歴史的・法的根拠あるなら出してきなはれ」

これは対立の激化やなくて、本来当たり前の主張や。それをせえへん政府。それを伝えへんメディア。それを教えへん学校、この国の鈍さこそ問題や。尖閣の緊張より、そっちの方がよっぽど危険やで。

領土領海は誰かが守ってくれると思ってる国ほど、失うのも早い。

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2025年12月2日火曜日

承認なんていらん、老後は自分のもんや!

 
old man playing sax

「老後のハウツー本」が売れる国で、ほんまに必要なんはハウツーか?

2025年12月1日月曜日

日本はなぜ中国に舐められるのか?

 

日中関係の根本は変わっていない

~ 15年越しの考察

いま、日中関係が再びぎくしゃくしています。何も目新しいことではないように思います。いま起きている現象は、15年前に私が感じていた懸念とほとんど同質のものです。むしろ、あの頃より見えにくく、複雑になり、深刻になっています。

この15年間、中国も日本も世界も大きく変化しました。中国はさらなる経済成長を遂げ、日本は国際政治の舞台で後退を続け、アメリカの戦略も様変わりしました。しかし日中関係の根本だけは、驚くほど変わっていません。

私は1970年代、文化大革命の真っ最中の中国に強い関心を抱きました。以来50年以上観察してきましたが、中国に対する本質的認識はいまも変わりません。ここで言う「中国」とは、言うまでもなく1949年に成立した中国共産党の国家です。党が統制し、歴史も情報も意思決定も一元的に管理する社会です。この前提を理解しなければ、日中関係は永遠に見誤ると思います。

いつも腹立たしいのは、日本国内の言論人と称する人々が、同じ思い込みを繰り返してはメディアで声高に叫び続けることです。視聴率しか興味のないマス・メディアも同罪です。そこには見識も歴史観も倫理観もありません。ウソと情緒とプロパガンダに対しては、冷静な真実の積み重ねによってしか対抗できないはずなのに、国内の議論はますます浅く軽くなっています。

中国人の反日感情はどう作られるのか

15年前、私は自社の上海オフィスの中国人コンサルタント(いわゆる“80后”)から、このようなコメントを聞きました。

子供のころは日本を嫌っていない。しかし、学校教育で植え付けられたイメージが、事件が起きた瞬間に思い出されるだけなのです。

つまり反日感情は常に燃えているわけではなく、引き金さえあればいつでも再燃します。国民感情は政府の統治手段の一要素なのです。

2005年の反日暴動も、尖閣の衝突事件も、まさにその構図が露骨に現れた事例でした。私は当時こう書きました。

「歴史とは勝者が書き換えるものである。現在を制する者は過去を制し、過去を制する者は未来を制する」。

オーウェルの『1984年』の一節です。この構造は今も変わっていません。

中国の問題、日本の問題

私は当時の反日騒動について、二つの理由を挙げました。一つは中国国内の社会不安です。所得格差、失業、汚職。国民の不満を逸らすには、外敵をつくるのがもっとも簡単で効果的な手法です。これは共産党統治の本質であり、今も全く同じ構造が続いています。

もう一つは日本の弱さです。政治の機能不全、経済力の低下、そして何よりも国家としての自信の喪失です。15年前の私はこう書きました。

日本が弱くなればなるほど、近隣諸国は元気が出てくる。

そしてこの構造もまた、全く変わっていません。もちろん、そこにはアメリカの外交戦略の意思があります。

日本社会の危うさ

私が危惧していたのは、中国の強硬姿勢そのものではありません。日本の側にある精神的崩壊です。外交と芸能ニュースを同列に扱うメディア、歴史認識を失った政治家、国家としてのビジョンも誇りも示せない社会。国民の心はすり減り、視野は狭くなり、余裕が無くなっています。

15年前の私はこう書いていました。

この国は国家としての誇りや気骨をどう取り戻すのか?

その問いは今も答えが出ないままです。むしろ当時より深刻になっています。

結局、何が変わっていないのか

私が観てきた50年以上の中国、そして日中関係を振り返ると、次のことだけは確信を持って言えます。

日中の緊張は、事件や偶然で起きるのではなく、構造から必然的に生じるのです。

中国側の統治構造、歴史教育、国家戦略。
日本側の精神的な弱さ、政治の失策、メディアの劣化。

15年前も、今も、問題の根本には何も変化がありません。

本稿をまとめながら、ひとつだけ希望を述べるとすれば、それは日本人が自国を知り、相手を知ろうとする姿勢を捨ててはいけないということです。孫子は言いました。

「知己知彼、百戦百勝」。

これは戦争の論理ではなく、外交にも国際社会にも通じる普遍の智恵です。

日中関係はこれからも形を変えながら続いていくでしょう。しかし、本質を見誤らなければ、危機は必ず乗り越えられるはずです。真実に誠実であろうとする姿勢だけが、プロパガンダと歴史の改ざんを超える唯一の道なのです。

駐日総領事・薛剣のXにおける暴言や、王毅外相に代表される日本に対する態度は、日本政府が招いたものです。つまり、日本を舐めている中国共産党を生み出したのは、日本の政治であり、事なかれ主義の敗戦後の日本精神なのです。

果たして、高市新政権はどこまで軌道を修正できるのでしょうか。

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